とあるマカイのよくある話。

黒谷

文字の大きさ
37 / 52
第六章「暴力と快楽と信仰。」

05

しおりを挟む



 ──時は少し巻き戻る。
 デスは、アルシエルの先導で彼の地下室へ向かっていた。
 そこに竜人種の少女がいるという話を聞いたからである。


「戦利品で奴隷奪うとか、あんたも中々だよな」

「お前と一緒にすんな。俺は付きまとってくるガキから解放されたいだけだ」

「そもそもガキから付きまとわれるってなんだよ」


 ぶつぶつ文句を呟きながら、鉄のドアを開けるとそこにいたはずの少女はおらず。
 ただ黒い何かが入れられた檻だけが、そこにたたずんでいるだけとなっていた。


「え、嘘。なんで?」


 アルシエルは、少女が寝そべっていた床を見下ろした。
 とくに重傷を負ったような跡も、引きずられたような跡もない。


「……アルマロスじゃねえの?」


 あとは、ハイゼットとか。と、デスは心の中で呟いた。
 アルマロスと話をした彼がどうなったかはわからないが、恐らく子供がここにいたなら放ってはおかないだろう。


「くそッ!」


 気に入ってた玩具を取り上げられた子供のように、アルシエルは檻を蹴りつけた。
 いわゆる、八つ当たりである。
 がん、がん、がん、と四度ほど蹴ったところで、デスはぐい、とアルシエルの腕を引っ張った。


「そのへんにしとけよ。壊れるぞ、それ」

「いいんだよ別に。俺のじゃねえし」

「俺のじゃねえっていったって、檻に入れるっつーことはお前、たぶん危険な……」


 ──ずるり。
 何かが這いずる音がして、デスはハッと振り返った。
 檻に入っていたはずの黒い何かが、ずるずると、這い出しているではないか。


「……どうすんだこれ」

「……うわあ」


 二人は揃って呆然とソレを見上げた。
 檻から這い出たそれは、ずるずると伸びあがるように大きくなっていく。


「ほらみろ。蹴ったからだぞ。加減しないで壊すからだ」

「仕方ねえだろむしゃくしゃしたんだから」

「だからってお前、これ」


 バケモノだ。
 黒い何かは徐々に大きくなり、天井まで達そうとしている。
 その体からは無数に触手が伸びだし、地下室の壁をいとも簡単に覆ってしまった。
 それもただ覆っただけではない。
 まるで覆った先からむさぼり喰うように、壁を吸収していっている。


「城ごと喰ってやがる……」


 デスは、はは、と乾いた笑いを漏らした。
 一体どこからこんな生体兵器を仕入れてきたのか、アルマロスに今すぐ問いただしたい、とそう思った。


「バケモンが。ナメてんじゃねえぞ!」

「あ、馬鹿!」


 アルシエルは折れた大鎌を思い切りぶん投げた。
 刈り取るように回転して投げられたそれは、しかし、黒いそれを切り裂くどころか『ぐにゃり』と受け止められ、あっさりと飲み込まれてしまった。


「まじか」


 と、アルシエル。


「まじだな」


 と、デス。
 黒い体に、ばちばちと黒い電撃のようなものが走る。
 アルシエルの魔力で形作られた大鎌だ。それをそのまま『食べた』のだろう。

(まるごと『殺す』か? いや、ダメだ。城が崩壊しかねない)

 すでに黒い体は、そのまま城の壁を侵食し始めている。
 これがパッと消えたなら、恐らくは城が崩れだすだろう。
 おそらく上には、ハイゼットらがいる。
 最終的にはどうにかするにしても、まずは避難をさせなければならない。


「アルシエル、俺がここを何とかするから、お前は──」


 上にあがれ、と言いかけて、デスは目を見開いた。
 先ほどまで隣にいたはずの彼は、がっしりと黒いそれをつかんで、魔力を流し込んでいるのである。


「は? え、何してんのお前!」

「喰いたいなら、『腹いっぱい』食わせてやろうと思って」

「! お前、破裂させるつもりかよ、こいつを」

「その方が手っ取り早いだろ。死神、お前も手伝えや!」


 むちゃくちゃだ、と思った。
 しかしもうやり始めているのだ。反論をしている余裕はない。

(タイプ違うけど、こいつも馬鹿と同じかよ)

 頭を使うよりも、力で殴った方が早い。
 そう考えるところは、きっと似ているに違いない。
 仕方なしにデスは黒いそれをがしり、と掴んだ。
 思い切り、力を流し込む!




 ×××××────ッ!




 黒い化け物から、咆哮があがった。
 びりびりとその液体のような体が震え、ぶくぶくと膨れ上がっていく。
 がしり、と四方八方から触手が体に絡む。


「はは、取り込もうってか! いい度胸じゃねえか!」


 アルシエルは楽しそうに叫んだ。
 事実、彼は楽しいのだろう。戦いを楽しむ癖があるようだ。

(あー、しんどい!)

 すでに足にはぐるぐると触手が巻かれている。
 全身をからめとるように巻き付かれ、ぐいぐいと引きずられていきそうだ。
 ほどなくして、黒い体は地下室すべてへと広がっていった。
 みちみちと、あちこちに黒い体が蔓延っていて、今にも圧迫死させられそうだ。


「生きてるかよ! アルシエル!」

「当然だろ! トドメをくれてやるぜ!」


 見えないどこかから、声が上がり。
 ほどなくして──ブツッ。




 ×××××────ッ!




 絶叫だ。
 びりびりと全身が痺れてしまいそうな、断末魔の叫び。
 黒い体はひび割れ、ばきばきと音を立ててはじけ飛んだ。
 そうして、ぼたぼたと雨のように天井から二人へとそれは降り注いできた。
 デスは、ため息をつきながら体に残った触手を無理矢理はぎ取って、地面へ叩きつけた。


「いってぇ……」


 あちこちアザになるほどしめられていたようだ。
 痕が残らないとはいえ、くっきりと赤が肌にこびりついていた。


「ははははは! 風船みてーだった!」


 げらげら笑い転げるアルシエルを、デスは呆れたように見た。
 疲れてはいるのか、地面からすぐに立ち上がる様子はないが、少なくとも元気そうだ。
 彼の体にもあちこちに赤い痕が出来ている。
 このまま町を歩けば、『そういうプレイ』をしてきたと思われても仕方ないだろう。


「俺は先に上いくぞ。馬鹿を迎えにいく」

「んあ。俺もアルマロスに文句言いにいくわ」


 どうせ執務室だろ、とアルシエルは飛び起きた。
 鉄のドアを難なく開き、外へ出る。


「……あ?」


 が、二人の足を引き留めるものがあった。
 触手である。
 二人は顔を見合わせた。
 触手は、部屋の真ん中から伸びていた。
 バラバラにはじけ飛んだ体は、床に落ち、ずるずる、ずるずると一か所に集まり、再生しようとしていた。


「作戦失敗みたいだぞ」

「いけると思ったんだけどなあ」


 じと、とした視線を送るデスに、アルシエルはヘラっと笑った。
 それから、二人は勢いよく掴まれていない方の足を触手へ振り下ろした。
 ぶち、と音がして拘束がとれると、ドアを閉めるのも忘れて、彼らは階段を勢いよく上った。



「で、今に至ると」


 アルマロスは冷ややかな視線を、二人に向けた。
 珍しい姿をした二人、と思えばレアな光景という気もするが、それでは少し済まない。

(ゴルトの置き土産か。試作品のバケモノを秘密兵器で置いてくなんて、本当に悪趣味だ)

 思わずため息をついた。
 自分の判断が結果的に正しかったのは悪くないが、ゴルトにしてやられたのは少し納得できない。


「アルシーくんさあ、短慮すぎない? どーして僕に相談できないかなあ」

「風船みてえだからいけるかなと思って」


 あげく、やらかした相棒からは謝罪の一言もなかった。
 それどころか、ハイゼットの連れてきた子供と、その子の手の先にいる少女をみて、怒り出す始末である。


「つーか、俺のガキ勝手にあげるとか信じられねえんですけど!」

「あげてないし。奪われたんだし。あと、拘束具つけてなかったのキミだし、そもそも僕のお金でしょうに」

「あはは……」


 二人のやり取りを、ハイゼットは居た堪れないような目で見つめた。
 一応デスが無事なのは嬉しいが、やけにアルシエルと仲良しになっているのはなんだか気にくわなかった。


「ま、いいけどな。もう死神にあげちまったし」

「え? あげたの?」

「負けたからな。戦利品としてくれてやった」


 アルシエルは少女を見た。
 少女もまた、アルシエルに驚いたような視線を向けた。


「お前の勝ちだよ。頃合いみて壊そうと思ったのに、お前が頑丈だったから楽しみすぎちまった」

「か、ち?」


 小首を傾げる少女に、アルシエルは頷いた。


「そうだ。それが兄貴なんだろ。お前らは自由ってこった」


 少女はフォルテを見た。
 フォルテが頷くと、少女はフォルテにぎゅっと抱き着いた。
 彼女の体は傷だらけで、多少鱗が剥がれてガサガサしていたが、フォルテもぎゅっと彼女を抱きしめた。


「あり、がとう!」

「俺は何もしてねーよ」


 フォルテから向けられた笑顔に、デスはふい、とそっぽを向いた。
 やれやれ、とため息をつく姿を、フォルテはどこか憧れるように見つめた。


「で、その化け物が地下で大きくなってるんだっけ?」


 アルマロスはため息をついた。
 何やら知らない問題が解決したようだが、彼の前には大きな問題が立ちふさがっている。


「おう。このままだと全員飲まれるんじゃねえか?」

「ねえか? じゃないんだってば。僕の城ってことは、キミのものでもあるんだからね!」

「そういわれたってなあ……、俺だって万能じゃねえんだ。できることとできねえことくらいある」


 もはや開き直りである。
 アルマロスは頭を抱えた。
 扱いやすい馬鹿をつれてきたつもりだ。
 けれど少しばかり馬鹿すぎた。と後悔した。
 城がなくなる、なんて前代未聞である。
 魔王が野宿なんて、恥さらしどころの騒ぎではない。


「ということなんだけど、帝王くんは何とかできるかな?」

「うーん、頑張ってみるけど、……まずはみんなを避難させよう。このままだと育っていく一方だし」


 ハイゼットはソファから立ち上がると、んーっと体を伸ばした。
 できるかできないかはわからないが、帝王剣をきちんとふるうチャンスではありそうだ。


「いいや、お前はすっこんでろ。これ以上事態をややこしくさせられてたまるか」


 立ち上がったハイゼットを、デスが制止した。
 それからくい、と目でファイナルに合図する。


「城から離れてろ。全員だ。──俺が『城ごと』殺す」

「城ごとって……あの青い炎使うってこと?」

「コツさえつかめばなんとかなるだろ。心配すんな、死なねえし」


 ファイナルがゼノンと、金髪の女を抱きかかえた。
 デスはその女にまったく見覚えがなかったが、今は言及している場合ではなさそうだ。
 地下室を突破したのか、ずしん、と城全体が揺れ動くのが感じ取れるようになってしまった。


「でも城ごとなんて困るんだけど……」

「城かあ……仮でよければ、俺が魔法で……」

「できるの?」

「……わかんない……、さすがに城を創るなんてやったことないし……」


 うーん、とハイゼットは唸った。
 そもそもそんな魔法は見たことがないのだ。


「全部喰われるよりはましだろ。おら、とっとと出ろ」


 吐き捨てるようにデスが呟いた。
 確かにそれはその通りだ。
 部下ごと城を失うのと、城だけを失うのであれば、まだ城だけの方がいいだろう。
 アルマロスは諦めたようにうなずいた。


「アラート鳴らすから、三分くらいでみんな外に出ると思うよ。あと城の再建は帝王持ちね。絶対だからね」

「それはもちろん! よくわかんないけどなんとかするよ!」

「不安だ……」


 呟きながら、アルマロスは机のボタンをポチ、と押した。
 ほどなくしてサイレンが鳴り響き、ハイゼットらも移動を開始した。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...