とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第七章「希望の基に。」

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 身体中を貪られるような激痛に、ずっと苛まれている。
 意識を失ってもまたすぐに痛みに呼び起こされ、そうして痛みによってまた意識を失うことになる。
 その永遠の繰り返しの中でさえ、ファイナルは『死なない』身体に初めて感謝した。
 もはや耳に音は聞こえない。
 目の前の男が誰なのかも、わからない。


「ふむ、確かに手ごわいな。コアまで届かない」


 男、ゴルトはそう呟いて、ファイナルの身体を持ち上げた。
 身体中を彼の魔力が這っているが、それだけだ。
 侵食には至っていない。


「始まりより手ごわいとは、予想外だ」


 ゴルトはちらりと、傍らをみた。
 黒い液体が入った容器の中には、『彼女』がいる。
 ファイナルと同じか、それよりも炎の色に近い髪をした女。
 この世界をリ・スタートさせる機能を持つ、『始まり』の存在。


「ええ、まったく。始まりの方はもう完璧なのですが」


 モニター画面を睨みつけながら、ドクトールは頭を掻いた。
 数値は一定で、何の変化を見せる様子もない。


「やはり……」


 ドクトールが、ゴルトを見上げる。


「ああ」


 ゴルトもまた、それに頷いた。
 そうして、ドアノブに手をかける。


「帝王を殺す。その方が早そうだ」







***







 帝王城を上る。
 見慣れた廊下に兵士たちの姿はない。
 多少影が潜んでいたが、その程度だ。


「グリード本体がどっかにいるぞ。注意しとけ」

「うん!」


 階段を駆け上がりながら、ハイゼットは頷いた。
 ちくちくと、突き刺すような痛みは全身にある。
 ゴルトの魔力片への対策は万全だが、それもうまくいく保証はない。

(でも、大丈夫)

 ぐ、と剣の柄を強く握る。
 保証はないと言われたが、それでもハイゼットはその方法を信じられた。
 他でもない、デスが施すカウンターじみた術式だ。


「デスは、体平気?」

「当然だろ。誰だと思ってんだ」


 手刀は降ってこなかった。
 かわりに、ニッと笑顔が返ってくる。
 それだけで十分だった。いつもの笑顔だ。
 帝王城の内部は、以前よりずっとボロボロになっていた。
 誰も手入れをきちんとしなかったせいだろう。これもあとからリフォームが必要そうだ。


「城の中にさ、子供部屋とか、デスの部屋とか作ろうと思ってるんだ」


 ぽつりと、ハイゼットは呟いた。


「は?」

「だから、皆で住もうと思って。たくさん部屋をつくって、兵士たちもここで暮らせるように」

「…………」

「中庭を改造して家庭菜園して、ごはんもここでつくれるようにして、たくさん笑顔が溢れる場所にするの」


 キラキラした夢だ、とデスは思った。
 そうしてその中に、自分もちゃっかり組み込まれている。


「なんで当然のように俺が一緒なんだよ。普通、家族で住むだろ」


 呆れたようにそう返すと、ハイゼットはキョトンとした。


「どうして? みんなもう、家族みたいなもんじゃない。デスはとくにそうだよ」

「お前な……」

「次にそんな環境を手に入れたら、俺は絶対に手放さない。父さんが出来なかったことを、ずーっと、成し遂げてみせる」


 力強くそうつぶやくハイゼットに、デスは押し黙った。
 彼が夢見ているのはきっと、子供時代の楽しかった日々の延長だ。
 それに『帝王』としての義務と債務が乗っているだけにすぎない。
 所詮は子供だましの夢だ。
 この魔界で、それがどれだけ続くかなど、誰だって察しはつくだろう。

(だが)

 デスは、不思議と「馬鹿だな」とは言えなかった。
 そんなもん続くわけない、とも言えなかった。
 おそらく、ハイゼットなら成し遂げてしまうのだ。そんな奇妙な革新が、そこにあった。


「気味の悪い夢物語です」

「!」


 曲がり角を勢いよくまがると、そこに。
 最上階へと続く階段をふさぐように、グリードが立っていた。


「グリード……」

「ご安心を。今回は正真正銘生身ですよ。ほら、証拠に」


 彼は、自分の腕をぴっと爪でひっかいた。
 じわ、と赤い液体があふれ出てくる。


「そこを退いて。……じゃないと、キミを斬ることになる」

「ええ、そうなるでしょう。優しい貴方が、私という犠牲を払えればの話ですが」


 にたりとグリードが笑うと、ハイゼットは剣を構えた。
 傍らで、デスが鎌を放って、ごきり、と拳を鳴らす。


「ハイゼット」

「わかってる」


 デスの声に、ハイゼットは頷いた。
 そうして、じり、と二人一緒に、前に出る。
 グリードは思わずわずかに後退した。奥の手はある。指を鳴らすだけでいい。
 けれど。

(気迫、でしょうか)

 気圧されるという言葉を思い出す。
 あれは、きっとこういう状況を指すのだろう。


「安心しろよ。お前を殺すのは俺だ」

「!」


 とびかかってきたのはデスの方だった。
 青い炎をまとったそれが、グリードを掴もうと容赦なく繰り出される!


「く」


 なるほど、と思った。
 それを避けているうちにあいた階段へ、ハイゼットは真っすぐに向かっている。

(では)

 とびっきりの絶望を、と。
 彼は、その指を鳴らした。



 ──ぱちん。



 途端に、ハイゼットの足が止まる。
 ぐら、と倒れかけた彼の身体を見て、グリードは口角をつりあげ──そうして。


「は……?」


 その光景に、目を見開いた。


「く、う!」


 青色の炎が、ハイゼットの身体を巻いている。
 それはまぎれもなく、デスの発したものだ。
 そんなはずではなかった。彼の合図で、魔力片が心臓を詰まらせる手はずだった。
 そうして帝王は死に至るはずだった。はずだったのだ!


「驚いただろ?」

「はっ」


 ドッと彼の顎に、デスの拳がヒットする。
 彼の身体はいとも簡単に天井へと跳ね上がった。


「そもそも俺が魔力片をどう『処理』したと思う? ──俺はな、自分の身体の中のそいつを、『殺した』んだよ」


 デスはとんとん、と胸を自分の手で叩いた。


「だからすぐに能力使えるし、自由に動けた。ハンデで少しばかり治りは悪かったが、『それだけ』だ」


 べしゃり。
 天井から、勢いよくグリードは地面に衝突した。
 ぐぐ、と顔をあげると、そこにデスが立っていた。
 深い青の瞳が、彼をじ、と見下ろしている。


「あいつにも同じことしただけだ。加減が面倒だから極力やりたくなかったが、動き出した瞬間ならわかりやすい」

「……なるほど。だから、ここまで……」


 派手に動いた魔力片だけを、ピンポイントで打ち抜く術式をかけたのはつい数時間前のことだ。
 発案者はゼノンで、この術式の補助をしたのも彼女だった。


「どうだ」


 デスはハイゼットの方を振り返った。
 ハイゼットの身体にもう青い炎は残っていなかった。
 彼はぐ、と手のひらを握っては開いて、何かを確認しているようだった。
 そうしてデスの方を向くと、ブイサインをつくって笑った。


「ばっちり」

「そりゃなにより」


 はは、と笑って、デスは言った。


「じゃ俺はこいつを始末するから、お前は先にいけ。すぐ行く」

「……うん!」


 少し間を空けて、ハイゼットは階段を駆け上がっていった。
 それを確認してから、デスはぐり、とグリードの頭を踏みつけた。


「グリード・アレックス。……まさか六大家のうち二つがつるんでいたとはな」

「……どこかでお会いでもしてました? 私がアレックス家のものだと、いつお気づきに?」

「いいや。今しがたゼノンから得た情報だよ。あいつのいう『無意識の海』からな」


 デスはポケットから煙草を取り出した。
 そうしてそれに火をつけると、口にくわえた。


「どうせまだ隠し種とか奥の手とかあるんだろ。付き合ってやるから仕掛けてこいよ」


 グリードは目を丸くした。
 何を言っているのか、理解ができなかった。


「はは、わかんねえか?」


 デスはしゃがみこむと、グリードの頭をがし、と掴んだ。
 そのぐしゃぐしゃになった髪が、より一層乱れる。
 確かに隠し種はまだある。戦えないわけではない。
 今も、ただこうして機をうかがっているだけだ。


「お前の全部を『打ち破った』上で殺してやるっていってんだ」

「!」

「楽に死ねると思ったか? 死神の能力でか? はは、ふざけんな」


 ぱっと手を放して、デスは笑った。


「ハイゼットを殺すつもりで地中から刃を放っただろ。俺が軌道をずらさなかったら、確実に心臓をえぐってたはずだ」

「…………」

「それも、お前はあいつが『お前ら』を殺すつもりがないことを知ってた。知ってた上でそうした」


 だから、とデスはつづける。


「お前は徹底的に嬲って殺す。ラクになんて死なせるかよ。──ほら、立て。お前に抵抗を許すんだ。まだ優しいだろ?」


 グリードは、初めて彼にぞっとした。
 その深い青の瞳には、一切の光がない。
 情けも容赦も加減も持ち合わせていないことを、その目が証明していた。
 それは、死だ。
 逃れられない死。
 魔界の誰もが恐れる『死』が、今、目の前で嗤ってる。
 決して、親友には見せまいとしている『悪い顔』で。


「ひ、い」


 初めて理解した。
 北魔界にも顔がきく意味を。
 ゴルトも一目置いていた意味を。
 他の悪魔らがそれとなく彼には近寄る意味を。
 ──彼は、根っからの『こちら側』なのだ。
 親友のそばにいるために、ただ、少し仮面をかぶるだけで。


「なんだよ、何もねーのか? だったら、仕方ねえな。一方的に殴り殺すぜ」


 ごき。という音に、グリードは慌てて立ち上がって退いた。
 影から剣を抜く。
 必死に肩を上下させて、彼は目の前の死神を睨んだ。

(死神機構には属してないんだ。落ち着け、あの戦闘狂集団じゃないんだ)

 まるで全身の血の気がひいてしまったようだった。
 楽しくない。楽しくない。楽しくない。
 こんなものは、望んでいない!


「ほら」


 デスが、ひょいと飛んで距離を詰める。
 その拳を避けて、グリードは思い切り刃をふるった。
 が、斬り損ねなどないはずのそのレプリカの剣は空を切る。

(まだだ)

 だん、とグリードは地面を蹴った。
 床から影が飛び出して、いつかのようにデスの心臓めがけて剣がとぶ。
 ──が。


「またこれか?」


 そのすべてをデスはひょいとかわして、グリードへと迫った。


「ええ、またこれ、です!」


 その瞬間、グリードの足元から影が遅れて飛び出した。
 勢いよく飛び込んできたデスの胸めがけて、剣がその切っ先を向ける。


「な」


 グリードの口から、声が漏れた。
 デスは、それをとくに意にも介せず。
 自分の腕に突き刺して受け止めると、そのままグリードの腹をドッと蹴り上げた。


「ガッ」


 再びグリードの身体が天井へ激突し、そうして床へと落ちる。
 青い炎が見えた。
 彼の身体に入り込んだそれが、殺されたのだと悟った。
 ぼたぼたと、彼の腕からは赤い液体が落ちている。けれど彼は、それを何とも思っていないようだった。
 ただ、嗤いながらこちらへと歩いてくるのだ。


「あいつがいるときにこうすると、あいつ、すげえ怒るから出来ねえんだけど」


 化け物だ、と思った。
 死なないからといって腕を盾代わりには普通しないのだ。
 痛みという概念が彼にはないのか、とグリードは死神を睨みつけた。
 が、死神は変わらない。
 平然と、ぐり、とグリードの肘あたりに足を乗せる。

(あ)

 ぞくりとした。
 これは、まずい。
 動かそうとした腕はまるで動かない。
 死神の足が、がっちりと地面に彼の腕を固定している。


「今はいいよな? これも俺の憂さ晴らしだ」


 グリードは、生まれて初めて、自分の骨が『砕ける』音をきいた。

 ──ばきり。


  
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