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後日譚①「死神と帝王」※BL・GL要素を含みます
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しおりを挟むドクトール・アレックス。
その名をまじまじと見つめながら、デスはため息をついた。
最初の出会いは、連れ去られたハイゼットを追って帝王城へ押しかけ、雇うように説得した時だ。
裏切らないかの検査、と称してゴルトが連れてきたのが彼だった。
片手で余裕にひねることができる相手に、拘束され、体をいいようにされるのは正直なところだいぶ堪えたが、その程度だ。
その程度では、彼の目的を阻む要因にはなりえなかった。
「……俺、アイツ苦手なんだよなあ」
やっぱ、あの時殺しておけばよかった。
脳裏には、ハイゼットの記憶を奪い返した時のことが思い浮かぶ。
腕だけといわず、全身をやっておけば、この後始末はなかった。
もう少しうまくやっていれば、ハイゼットの邪魔もなかったかもしれない。
(まあ、過ぎたことだ。仕方ねーんだけど)
とはいえ、彼の所在地など心当たりがまるでない。
一応死神機構が調べたアテがあるようだが、その信号はこともあろうに『帝王城』である。
(城は改装してるし、今不用意に帰るわけにはなあ)
顔を出すたび、ハイゼットが何かを言いたげにしているのは知っている。
知っていて、彼はハイゼットを避けていた。
優しい彼のことだ。
ファイナルと結婚後も一緒に暮らそうとか、まだ寝ぼけたことをいうのだろう。
そんなバカップルと一つ屋根の下に暮らすのはさすがのデスもまっぴらごめんである。
せっかく表舞台から去れるいい機会だ。あとは自分の自由にやりながら、二人を支えていたい。
「……なんて、これは『逃げ』になんのかな」
煙草をふかす。
この苦い味も、久しぶりにゆっくり味わう気がした。
ああそうだ。最後に吸ったのは北魔界なのだから、それもそうだろう。
短くなった煙草を床に踏みつぶして消して、それからデスは立ち上がった。
帝王城に忍び込むなら、ルートは一つだ。
恐らくハイゼットはあの時通った道なんか、覚えてはいないだろう。
改装してあるからどこにつながっているのかは知らないが、それでも、繋がっていることには違いない。
まずはそう、最近また会うようになったシャルルの隠れ家へ向かう必要がある。
「バイクでも買うか。わざわざ飛んでくのも面倒だよなあ……」
がしがしと頭を掻きながら、彼は立ち上がるとひょい、と窓から外へ飛び降りた。
***
デスと連絡が全く取れないことにハイゼットが気が付いたのは、その日の夕方のことだった。
アマテラスの厚意で作ってもらった疑似太陽が予定通り傾き始め、世界をオレンジ色に染める中、ハイゼットは帝都の真ん中で立ち尽くしていた。
「デスが、いない……」
今日は各所への挨拶回りが予定にあった。
けれどファイナルとゼノンによってその予定をキャンセルしてもらい、ようやくとれた休日だ。
この一日でデスをみつけ、連れ戻す。
そう意気込んで執務室から飛び出したものの、彼は一向に見当たらない。
へなへなと、噴水の淵に腰を下ろす。
方々を駆け回ったし、いろんな知人にデスのことを聞いて回ったが、所在を知っている者は誰もいなかった。
「あっれ。なんでこんなとこにいんの、あんた」
「? 君は……」
顔を上げると、そこにはいつかの闇医者が立っていた。
ミルクティー色の髪を揺らし、その紅茶のような目でこちらを見下ろしている。
「シャルル……くん?」
相変わらずの白衣と、医者に似つかわしくない派手なシャツ。
その手にはとくに何の袋もないので、買物に来たというわけではなさそうだ。
「大正解。帝王ってヒマなの? そっちにデスとか帰ってたりする?」
その言葉に、ハイゼットは飛び上がった。
「デ、デスを探してるの? 君も?」
「キミもってことはあんたもか。あちゃー、あいつどこいったんだろ」
がりがりと頭をかいて、シャルルは辺りを見渡した。
そのひどい隈のある顔には、少し困ったような表情が見て取れた。
「帝王城にいくっていうから通路開けたんだけど、その後戻ってこないからさあ。店の出勤どうすんのって聞きたくて……あ」
「……店の、出勤?」
「まった。今のなし。聞かなかったことにして。マジで」
シャルルは、ずるずると後ずさった。
立ち上がった帝王の目が、これ以上ないほど澄んでいた。
澄みすぎて怖い。怒っているのか、これは。と、がらにもなく抑えるように両手を向ける。
(まずった。ついフランクに喋っちゃった。やばい)
デスとシャルルとは、とある『店』で働く同僚である。
休職中の彼が最近復帰したことはもちろん、どういう店か、どこにある店かも、『帝王』には内緒にすること、というのが条件だった。
何故そんなことを、と思ったが、どうやらこれが理由らしい、とシャルルは悟った。
確かに、何か、怖い。そんなわけないのだけれど、後ずさってしまう意味の分からない威圧感がある。
「ムリだよ。聞いちゃったもん」
いつものニコニコ笑顔は消え失せ、無表情である。
「あーでもほら、早く見っけないとやばくない? 予定あるのに消えるって、アイツに何かあったってことじゃないかなー!」
「!」
苦し紛れの呟きに、ハイゼットはぴたりと足を止めた。
そうしてしばらく黙ると、それからすぐに顔を上げた。
「通路って、あの通路?」
「え、ああ、うん。お前ら通ったじゃん、一回」
「あの下って、どうなってるの? 例えば落ちたら戻ってこれないとか」
「いやそれはねーな。そもそもアイツ落ちる要因ないし。飛べるし。あの下には誰もいないしなあ」
「でもそこを通ったのは間違いないんだよね?」
「ウン。見送ったからな」
シャルルが頷くと、ハイゼットは踵を返して走り出した。
彼は慌てて、その背に叫んだ。
「デスに会ったら! 出勤どうすんのかきいてくれよなー!」
頭の中が真っ白になりそうだった。
ファイナルが連れ去られたときとよく似ている。
この身を駆り立てるような焦燥感は、二度と味わうまいと決めたのに、とハイゼットは拳を握りしめた。
城の中を駆け回って、あの通路を探す。
中はすっかり改装してしまって、あちこち部屋はバラバラだ。
いや、そもそも帝王城から向こうへ行くルートがどこにあるのかは聞かなかった。
それ以上にあるかどうかも定かじゃない。記憶があやふやで、あいまいだ。
「あれ。デス見つかった?」
「ゼノン!」
居住スペースまで戻ってくると、ゼノンが両腕にお菓子を抱えてうろついていた。
その下着同然のラフな恰好を見れば、恐らく彼女の父親であるサタンは怒り狂うだろう。
「ね、ねえ、帝王城からどこか別の町に直接伸びてる空間とか、どこにあるかわかる?」
「は? 何ソレ。そんなもんあるの? ここに?」
「あるはずなの! ほら、ゼノンと再会したとき、俺たち変な場所から出てきたでしょ? あれがそうだったの!」
ハイゼットの言葉に、ゼノンは少し小首を傾げると、ふ、と瞼を閉じた。
それから少しして瞼を開けると、ハイゼットの腕をつかんで走り出した。
「こっち。でも突然どうして? そこにデスがいるわけ?」
「わかんない。でも、もしかしたら、そこにいるかもしれなくて」
曲がり角を幾度か曲がって、階段を下りる。
真新しい綺麗な廊下には兵士が数名歩いていて、彼らの横を走り抜けると、彼らはポカンとしていた。
(申し訳ない、けど、構ってる余裕がない!)
本当ならお勤めご苦労様、くらいは言いたいのだ。
何しろ自分の部下である。常にねぎらいたいし、常に大事にしたい。
けれどそれ以上に、デスは大事な存在だった。
それこそ、いないと調子が狂うくらいに。
それこそ、ファイナルと同じくらいに。
「ここ!」
しばらく走った先。
真新しい壁の前、つまりは行き止まりのそこで、ゼノンは立ち止まった。
「この先の空間、歪んでる。ドアでもつければ、その先に進めるかも」
「よし」
ハイゼットは、壁にそ、と触れると長方形の枠をなぞった。
するとそこから木の板が出現し、ドアノブが浮き出て、それはドアへと変貌していった。
ハイゼットは、そのドアノブをがちゃり、と回した。
「……ここだ……」
あの時と同じ空間が、そこにあった。
見えない床と、果ての見えない虚無の詰まった側溝。
ここから足を滑らせて落ちる、なんて、確かに考えられることではないが──。
「! みて、ハイゼット、あれ!」
ゼノンが少し先の方を指さして叫んだ。
ハイゼットも、それに視線を向ける。
「……うそ……」
見えない床に、底の見えないはずの暗闇に、不自然なほどの『赤』が滴っていた。
それも大量だ。少しの吐血などではない。
胸をまるごと撃ち抜かれたような、致死性のある出血量だ。
ハイゼットは手足が冷えるのを感じた。
もし、何らかの陰謀で、彼がここで攻撃を受け、この底へ落ちたとしたら。
それこそ、修復に時間のかかるような、大けがだったとしたら。
「……ゼノン、俺、下へ降りてみるよ」
「だ、大丈夫なの? 罠とかじゃない? デスがやられるって、相当だよ」
「でも、助けに行かないと」
ハイゼットは、底をぐ、と覗いてみた。
やはりその先は見えない。
──けれど、その程度だ。
デスが死なないことは、ハイゼットが一番よく知っている。
ともすれば、もし回復しきれないような大けがを負っているとしたら、想像もできないほどの痛みに襲われていることだろう。
「ゼノンはここのことをファイナルたちに伝えて。それから、医務室を準備しておいて。……必ず戻る」
「……うん。わかった、気を付けてね」
ハイゼットはこくりと頷くと、その背から翼を出して、下へと飛び込んだ。
その背を、ゼノンは少し不安そうに見送ったあと、ぱん、と両手で両頬を叩いて、ドアノブから出ていった。
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