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昼河柚黄のお話。
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ずる。ずる。ずる。
耳に、何かをひきずる音が響く。
それが自分の体であると悟ったのは、目を開けてからだった。
「……う……」
声が漏れる。
かろうじて映る視界は揺れ動いていて、そこが室内であることが何とかわかった。
自分を引きずっているのは、恐らくは赤野茉理だろう。
カッターナイフを手に体をいくつか切り付けられたあとから記憶がない。
隣にいた女子高生は、そのさまを黙ってみていた。
僕を助けようとか、そういう意思は一切感じられなかった。
むしろ、そういう光景を望んでいたかのように思える。
(殺されるのか、僕は)
ぼんやりとした頭で、考える。
どうするべきかを、考える。
(死にたくない)
(死にたくない)
(死にたくない)
先ほど口走った感情に間違いがないことを確認。
そうだ。僕は死にたくない。
赤野茉理のことは助けたいが、僕自身は死にたくない。
「柚黄くん」
赤野茉理の声がした。
「ごめんね」
意外にも、その口が紡いだのは謝罪だった。
「でも」
言葉は続く。
「やっぱり、一人は寂しいの」
ずる。ずる。ずる。……ごとり。
赤野茉理の足が止まる。
僕の体も、それに合わせて止まった。
彼女の体がするり、と僕の上を這う。
腐敗したあの体ではない。
共にタクシーに乗り込んだ、あの綺麗な体で、僕の上を這って、そうして。
「一緒に、死のう?」
曇った目で、彼女は言う。
僕を助けようとしたあの時の目はない。
僕をからかった時のあの目はない。
これが彼女のホントウなのか、あるいはあの時が彼女のホントウなのか。
僕には、もうわからない。
赤野茉理はおもむろにポケットから小瓶を取り出した。……睡眠薬だ。
「待って、話を、きいて、茉理ちゃん」
ふるふると、赤野茉理は首を横に振る。
「ダメ。嘘つきの話はきかない」
「そんな……」
飲んで。と、赤野茉理は僕に睡眠薬を差し出した。
「し、しにたくない、やっぱり、僕は!」
「やだ! 絶対一緒に死ぬ!」
「し、しにたくなっ、むぐ、う、うう、うう!」
大量の錠剤が口に突っ込まれる。
抵抗のできない僕の体が、飲み込むまいと喉を閉じる。
「パパもママも彼もみーんな嘘つきだもん。誰の話もききたくない。柚黄くんだけは、特別だって思ったのに」
ひどいよ、と赤野茉理はそう呟いた。
少し力が弱まる。
その時にあわせて、僕は思い切り彼女を突き飛ばした。
「う、うえ、おえっ」
慌てて錠剤を吐き出す。
ぼたぼたとだ液まみれになったそれが、床に散らばった。
山小屋のようだった。
どうやら無人のものが、この山には備わっていたらしい。
「…………」
赤野茉理は、僕に突き飛ばされて床に倒れていた。
声はない。
ただ黙って、じっとそこに倒れている。
「……茉理ちゃ……、赤野、さん……?」
恐る恐る、彼女を覗き込む。
強めに突き飛ばしはしたが、意識を失うほどでは……。
「!」
しかし、どういうことだろう。
頭のあたりから、じわじわと。
赤い、黒い、液体が。
床に、溢れて、きている!
「ひっ……」
僕はしりもちをついた。
体中がぞわぞわした。
今、僕の行動で。
彼女は、死んだのか?
(ちがう、ちがう、ちがう!)
必死に否定を頭に浮かべるが、それをあざ笑うかのように液体は流れ出ていく。
救急車、など呼んで。
誰が『事故』だったと信じてくれるのか。
こんなバカげた話を、だれが信じてくれるのか。
大の大人が女子高生に、殺されかけたなど!
「いつまでも曖昧な態度をとってるからじゃないですか?」
「! うわあ!」
唐突に、あの女子高生の声がした。
真横からだ。
「そういうのって、きっといつかどこかでツケがくるんだと思いますよ」
ぽんぽん、と背中を叩く。
そうして、彼女は。
あろうことか、赤野茉理に歩み寄った。
「ま、まって、何を、」
「? 何とは?」
なんでもないことのように、彼女は振り返る。
その手には。
──その、手には。
「食べるんですよお。無事においしく調理されたので」
ナイフと、フォークが握られていた。
耳に、何かをひきずる音が響く。
それが自分の体であると悟ったのは、目を開けてからだった。
「……う……」
声が漏れる。
かろうじて映る視界は揺れ動いていて、そこが室内であることが何とかわかった。
自分を引きずっているのは、恐らくは赤野茉理だろう。
カッターナイフを手に体をいくつか切り付けられたあとから記憶がない。
隣にいた女子高生は、そのさまを黙ってみていた。
僕を助けようとか、そういう意思は一切感じられなかった。
むしろ、そういう光景を望んでいたかのように思える。
(殺されるのか、僕は)
ぼんやりとした頭で、考える。
どうするべきかを、考える。
(死にたくない)
(死にたくない)
(死にたくない)
先ほど口走った感情に間違いがないことを確認。
そうだ。僕は死にたくない。
赤野茉理のことは助けたいが、僕自身は死にたくない。
「柚黄くん」
赤野茉理の声がした。
「ごめんね」
意外にも、その口が紡いだのは謝罪だった。
「でも」
言葉は続く。
「やっぱり、一人は寂しいの」
ずる。ずる。ずる。……ごとり。
赤野茉理の足が止まる。
僕の体も、それに合わせて止まった。
彼女の体がするり、と僕の上を這う。
腐敗したあの体ではない。
共にタクシーに乗り込んだ、あの綺麗な体で、僕の上を這って、そうして。
「一緒に、死のう?」
曇った目で、彼女は言う。
僕を助けようとしたあの時の目はない。
僕をからかった時のあの目はない。
これが彼女のホントウなのか、あるいはあの時が彼女のホントウなのか。
僕には、もうわからない。
赤野茉理はおもむろにポケットから小瓶を取り出した。……睡眠薬だ。
「待って、話を、きいて、茉理ちゃん」
ふるふると、赤野茉理は首を横に振る。
「ダメ。嘘つきの話はきかない」
「そんな……」
飲んで。と、赤野茉理は僕に睡眠薬を差し出した。
「し、しにたくない、やっぱり、僕は!」
「やだ! 絶対一緒に死ぬ!」
「し、しにたくなっ、むぐ、う、うう、うう!」
大量の錠剤が口に突っ込まれる。
抵抗のできない僕の体が、飲み込むまいと喉を閉じる。
「パパもママも彼もみーんな嘘つきだもん。誰の話もききたくない。柚黄くんだけは、特別だって思ったのに」
ひどいよ、と赤野茉理はそう呟いた。
少し力が弱まる。
その時にあわせて、僕は思い切り彼女を突き飛ばした。
「う、うえ、おえっ」
慌てて錠剤を吐き出す。
ぼたぼたとだ液まみれになったそれが、床に散らばった。
山小屋のようだった。
どうやら無人のものが、この山には備わっていたらしい。
「…………」
赤野茉理は、僕に突き飛ばされて床に倒れていた。
声はない。
ただ黙って、じっとそこに倒れている。
「……茉理ちゃ……、赤野、さん……?」
恐る恐る、彼女を覗き込む。
強めに突き飛ばしはしたが、意識を失うほどでは……。
「!」
しかし、どういうことだろう。
頭のあたりから、じわじわと。
赤い、黒い、液体が。
床に、溢れて、きている!
「ひっ……」
僕はしりもちをついた。
体中がぞわぞわした。
今、僕の行動で。
彼女は、死んだのか?
(ちがう、ちがう、ちがう!)
必死に否定を頭に浮かべるが、それをあざ笑うかのように液体は流れ出ていく。
救急車、など呼んで。
誰が『事故』だったと信じてくれるのか。
こんなバカげた話を、だれが信じてくれるのか。
大の大人が女子高生に、殺されかけたなど!
「いつまでも曖昧な態度をとってるからじゃないですか?」
「! うわあ!」
唐突に、あの女子高生の声がした。
真横からだ。
「そういうのって、きっといつかどこかでツケがくるんだと思いますよ」
ぽんぽん、と背中を叩く。
そうして、彼女は。
あろうことか、赤野茉理に歩み寄った。
「ま、まって、何を、」
「? 何とは?」
なんでもないことのように、彼女は振り返る。
その手には。
──その、手には。
「食べるんですよお。無事においしく調理されたので」
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