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第一章「地底の魔女」
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しおりを挟むぐつぐつとさわがしい鍋を、彼女はじっと見つめていた。
深い緑の色をしたそれは、底なしの沼のようだった。時折、鍋の底からふわりと上がってくる葉を、彼女は木の棒で底へと戻す。
額から頬へ、つつー、と汗が流れ落ちる。
それをぐいと手の甲でぬぐってから、彼女は五時間ぶりに、「ふう」と息をついた。
彼女は、この地底にただ一人で暮らす魔女だった。
地底に根ざし、地上までそびえたつ大樹──その中身、内側が彼女の家だ。
大きな根の側には、彼女お手製のかまどと、それから鍋があった。
火は先ほどよりもうんと弱くなっていて、鍋は真っ白な煙をゆったりと漂わせている。
彼女は、根から少し離れた場所で、自分の魔法で作ったベンチに腰掛けていた。
頭上には、どこまでも伸びる木の幹がある。
地表近くにある葉が、太陽の光を分散させて地底に下ろしていた。
落ちてくる葉をぼんやりと見つめながら、彼女はしばしの間ぼうっとしていた。
今は彼女の趣味である、万能薬の製作途中だった。
大樹の葉、地底の砂、鉱石、キノコ、花──ここでとれるあらゆるものを混ぜ合わせて作る、彼女の自信作だ。
誰に使うあてもないもので、彼女の家は同じ薬が大きな瓶に詰められていくつもあった。
それでも薬を作るのは、ひとえに、暇つぶしだ。
来客の一人もいない、静かな地底は退屈ではあれど彼女のお気に入りだった。
静かというのは、波風が立たないことだ。
特別喜ばしいことはなくとも、特別悲しいこともないのだから。
耳を澄ませば、地表近くの葉たちが奏でる小さな囁きと、鍋から聞こえる小さな声が耳へと届く。
彼女は腹のあたりに手を置いて、瞼の重みにまどろんで薬の完成を待っていた。
それからしばらく経った頃、うんと上、それこそ地表の葉たちを掻き分けて、『何か』が落ちてくる。
それは魔女のおでこを目掛けて──ごつん!
「いったぁーい!」
彼女は痛みと衝撃でベンチから飛び起きた。
そうして目覚めてすぐ、彼女の鼻は焦げ臭い匂いを感じ取った。
慌てて鍋の方を見る。鍋からは真っ黒な煙がもくもくと上がっている!
彼女はすぐに指先を炉へと向けて、パチンと指をはじいた。
その瞬間、火はパッと消えてしまって、煙だけが鍋の上にしばらく居座っていたが、それもほどなくして消えた。
緊張で強張った肩が、ふっと緩んで下がる。
薬は、焦げてダメになったわけではないようだった。
この地底では、薬の素材も数が限られている。
地上にあがることはない彼女にとっては、たった一度の失敗だって大痛手だ。
ほっと息を吐いたのもつかの間、彼女は、自分の足元に何かが転がっていることに気がついた。
視線を落とすと、そこには自分より少し背丈の小さなモンスターが横たわっていた。
額からは大きな角が、立派にそびえ立っている。
「おや、これは……上から落ちてきたのか」
魔女は一度、空──はないが、視線をはるか頭上へと向けた。
地表の葉などはみえやしない、果ての無いそこからは、いつもより多く葉が落ちてきているようだった。
どれだけ枝を折って落ちてきたのか、彼の服はあちこちが破れている。
いや、もしかすると『落ちる前』から傷や怪我があったのかもしれないが。
彼女はまず、ゆさゆさと肩を揺さぶった。
こういうものが落ちてくるということは、初めてではなかった。
いつもなら反応などないのが当たり前だ。こんな高いところを、まっさかさまに落ちてきたらみんな死ぬのだ。
それゆえに、ここに客人はないのだから。
しかし。
「……うう」
「!」
この日は、いつもとは違った。
彼女に揺すられると、モンスターは小さく呻いたのだ。
反応があるということは、つまり。
「まだ生きてる!」
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