医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語

スピカナ

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704話 海辺にて

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 朝、目を覚ますと鈍い頭痛がした。振り切るように、重い身体を起こす。

莉子と話さなければ‥‥‥そう思いながらダイニングへ向かった。

すでに時刻は10時を過ぎていた。

そのせいか、莉子の姿はなかった。アトリエだろうか。

アトリエへ行くと、莉子はリトグラフの作業をしていた。

「莉子、おはよう」

「うん、おはよう。どうしたの? ここまで来るなんて珍しいね。何か用?」

「うん、莉子に大事な話があるんだ。出かけないか? 二人だけで話したい」

「え……? 今、やりかけなんだけど……今じゃないとダメ?」

「うん、ダメだ」

そう言うと、彼女はふぅっとため息をつき、手を止めた。

「……じゃあ、支度するよ」

二人で4階へ上がる。俺はすでに着替えていたから、莉子の部屋の前で待っていた。

しばらくして、彼女はジーンズにレースの襟がついた白いロングブラウスをまとい、現れた。とても似合っている。

「じゃあ、行こう」

夏に一声かけようと思ったが、いないようだった。

鍵をかけて駐車場へ向かい、莉子を助手席に乗せると、車を発進させた。

お互いに言葉を交わさないまま、俺は国道へ出て海へ向かった。

松林のそばにある大きな駐車場に車を停める。

近くの自販機で、莉子の好きなアイスミルクティーを買ってきた。

俺はアイスコーヒーを手にし、ひんやりとした缶の感触に緊張感が増した。

「砂浜へ行こうよ」

人影はほとんどなく、潮風が心地よく頬を撫でる。

打ち際のすぐそばにシートを広げ、並んで腰を下ろした。

俺も莉子も黙ったまま、ただ静かに飲んだ。

「何が話したいの?」

莉子の声は、少し緊張していた。

「莉子、俺はすごく莉子のことを愛しているよ。初めて会った8歳のときから……それは今も変わらない。でも、今の莉子は無理をしていないか? 俺に聞いてほしいことがあるなら、ちゃんと話してほしいんだ。俺は頼りにならないか?」

「ううん、そんなことないよ。いつも頼りにしてる」

「手術をして半年たったけど、まだ身体がつらいことがたくさんあるはずだ。俺を寄せ付けないのに、どうして理由を言ってくれないの? 卵巣を摘出したら、ホルモン療法をしない限り一気に更年期がくる。それなのに、何も言ってくれない……我慢しなくていいんだよ。いや、むしろ我慢しちゃダメなんだ。ちゃんと言ってくれなきゃ、俺には分からないよ。産後うつになった時も、回復に2年かかっただろう? あの時も、俺はじっと待ったよ」

そう言うと、莉子は少し苦しそうな表情を浮かべた。

「それと気になることがある。手術後の診察に1回しか行っていないだろう? どうして? ホルモン療法をしないといけないのに……なぜ行かないの? 言ってくれたら、俺は一緒に行くよ」

「だって、病院へ行きたくないんだもん……」

「つらいことがあるの? 診察されるのが嫌なの?」

「……病院へ行くと、おなかの大きい人がいっぱいいるから……その光景を見るのがイヤだもん……」

そう言うと、莉子はポロポロと涙をこぼし、嗚咽した。

思わず肩を抱きしめると胸の中で泣きじゃくった。

まだその場所に……‥‥‥受け入れられずに。

衝撃だった。まさかまだそこから先に進めていなかったなんて。

……それもこの半年間ずっと続いていたんだ。

「莉子……つらかったね、ごめん……気づいてやれなくて……」

俺も自分の不甲斐なさに、涙が溢れた。俺も嗚咽していた。

どうして莉子の痛みを見過ごしてしまったんだろう?

結局、俺は自分のことばかり考えていたんだ。

「莉子、分かった。川瀬に相談して、病院へ行かなくてもホルモン療法ができる方法を聞くよ。だから、ちゃんと治療を受けよう。無理してるだろう? もう我慢しないで……お願いだから」

ひとしきり泣いたあと、莉子が静かに頷いた。

「今はどんな症状がある? 遠慮せずに言ってほしい。ちゃんと聞かなきゃ、正しい判断ができないから」

「……ずっと耳が半分しか聞こえないの。変な音がする。それから、高熱を出しているときみたいに頭がぼーっとして、身体がふわふわ浮いている気がする……宙を歩いているみたいで……」

「え? 耳が半分しか聞こえないって……? そんな大事なこと、どうして黙っていたの?」

莉子はうつむいて、黙り込む。

「……ごめん、莉子。驚きすぎて言い過ぎた。すぐ川瀬に相談するから、もう少し待ってて」

それから俺は静かに問いかけた。

「今夜……抱きしめて寝てもいいか?」

彼女はうつむいたまま、ゆっくりとうなずいた。良かった。

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