旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや

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本編

全ては奥様の為に 3

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奥様が16、旦那様が20になった年に、お二人は御結婚なさいました。
 沢山の人を教会に呼び、奥様を着飾らせて、旦那様は微笑んでいました。
 お二人はとても幸せそうに見えました。


 ですが、旦那様は奥様に一向に手を出さないのです。
 お二人の触れ合いといえば、軽いキスほどでしょうか。

 そんな旦那様に、奥様は心配しておりました。
 自分に非があるのではないかと時々こぼしておいでになりました。

 それでも、矢張り私の目には旦那様が奥様を愛しているようにしか見えないのです。
 目を見れば分かります。
 あの熱のこもった手。
 腰に回している、壊れ物を扱うかのように慎重でありながらも愛しさを表している手。

 行動に移さない旦那様ですので、奥様はお気付きになっていないだけでしょうが。




 でも、暫くして私は気づいたのです。

 あれは、恋慕の目ではないことに。
 あれは……神を崇める様な盲目的でうっとりとした目でした。

 憧れ、だったのかもしれませんね。

 
 旦那様は、奥様に少なからず好意を持っている筈ですのに、娼館に通う様になりました。
 執事として、一度付き添いをした事があるのですが、選ぶ女は全て奥様に似ている方ばかり。
 矢張り、旦那様は奥様のことを愛しく思っているのです。


 私は一度、それを奥様に伝えようと致しました。
 旦那様は奥様の事を愛しておられます。もう少しだけ、奥様から行動をなさればすぐに旦那様も応えてくれるでしょう……。旦那様は臆病になってしまっているのです。
 そう伝えたかったのです。


 それは叶わないことになったのですけれども。


 私が奥様にそれを伝える前の日に、旦那様は奥様に似た娼婦を身請けなさいました。

 私はそれに失望をしたのですが、失望どころではなかったのだと今から考えてしまいます。

 ーーー旦那様は、奥様に似た娼婦を剥製になさったのです。
  
 その娼婦の瞳の色は奥様と違いましたので、奥様の瞳の色そっくりの義眼を目に入れていました。

 私はその様子を、地下室の扉の外で見ておりました。
 奥様が外出している間に、娼婦を家に連れて来て地下室へ案内したのですから。






 私が旦那様が娼婦を地下室に案内しているところを見て嫌な汗をかきつづけていると、旦那様は言いました。
 「庭師から痺れ薬と美しい花を貰っておいで。」

 なぜ、とは聞けません。
 私はもうわかっていたのですから。


 私は薬品を多く取り扱っている、屋敷の離れに住んでいる庭師を訪ねました。
 お昼休みの時間でしたので、庭師は煙草を吸って

 「旦那様が…痺れ薬と『美しい花』が必要だ、と仰っている。それを取りに来たんだが、今あるか?」

 庭師はニタニタとした嫌らしい笑みを浮かべて答えました。

 「ああ、あるさ。旦那様はやっと・・・・・・・あれをする気になったんだな? 喜ばしい事だ。ああ、これが薬だよ。あとこの紙も旦那様に渡してくれ。」

 美しい花、とは花ではなく薬の様です。
 何に使う薬なのかなんて、考えたくもありませんが。

 私は旦那様のそれを渡しました。

 旦那様が作業を続けます。

 少しその顔は青ざめて、動物に残虐なことをしていたあの頃の様な表情を浮かべてはいませんでしたが、その顔に私は恐怖しました。
 なぜかはわかりませんが、背筋が寒くなったのです。
 

 旦那様の作業を見ているうちに、私は旦那様のこのことが、外に知られてしまえばどうなるのだろうかと考えました。
 幸い旦那様はその娼館に初めて行って居ましたし、貴族の方々が娼館に通う時にするように、顔の隠れる仮面をかぶっていらっしゃいましたので、身元が割れることはないでしょう。

それに、このことを知っているのは度々食べ物に痺れ薬を入れて、旦那様の手伝いをしているシェフと私だけです。
私は少しだけ安心しました。



 ですが。


 これではいつ、奥様が犠牲になってしまうのかわかりません。

 私は奥様のことを御主人様の奥様として敬愛いたので、奥様を犠牲にするのを黙って見ていることは出来ません。

 どうすれば奥様を助ける事が出来るのでしょうか……。
 私は其の事を考え続け、奥様に辛く当たる事に致しました。
 その間にも、屋敷の奥様に似た使用人や孤児院に入っていた美しい少女を、旦那様は剥製にして行きます。

 私は焦りました。

 早く奥様を追い出さなければ。

 きっと奥様にこのことを話してしまえば他の方に言うのでしょう。
 私はいくら残酷なことをしている旦那様でも、小さい頃から面倒を見ておりました。
 私の息子の様な存在を、例え奥様を救う為とはいえ犠牲にすることは出来ません。

 私は旦那様も、奥様もどちらにとっても良い状態で、旦那様から奥様を離したかったのです。

 使用人にも奥様の粗を話し、女主人としてありえない、自覚がないなどの暴言を吐きました。
 使用人の中でも地位が高い執事の私が言っている事です。
 使用人は私に気にくわない事があったら首にされてしまうと思ったのか、その噂を広げ、奥様に辛く当たる様になりました。





 お願いです。奥様。
 


 どうか、このお屋敷から出て行ってください。
 でなければ貴方はーーーーー。



 痛む胸を無視して、奥様にして頂いたことも記憶の奥に閉じ込めて、私は恩を仇で返す様な真似を致しました。
 人間としてしてはいけないことをしました。



 それでも、私は奥様を救いたかった。
 










 マーガレットのせいで全て無駄になってしまいましたが。






 でも、私は奥様を心の底から守りたいと思っていたのです。




 きっと私は、地獄に堕ちるでしょうね。
 全てが間違いだったのですね。







 もう全てが遅いのですが。




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