旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや

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本編

本当はね、 2

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 美しい蝶、綺麗で勇ましい虫に、薄汚い小鳥、丸々と太った兎。
 それらがぐちゃぐちゃになっていくのを見るのは楽しかった。
 みんなが美しいと言っているものがもがいて、それでも生きられないで死んでいくことを見るのはゾクゾクした。
 
 父が俺にやっていたことは、こんなことだったのかと腑に落ちた。
 それに、これだったら神様への献上ができるじゃないか。

 そうやって、死ぬ一歩手前まで色んな物を追い詰めた。
 いくら残忍に残酷にしたって、俺が直接手を下していないのだから、その生死は俺の手の中にあるわけじゃなくて神が決めることだ。俺がやっているわけではない。
 俺に捕まえられたのは、神が決めた運命なのだからそれを受け入れなくちゃ。

 でも、変に優しくて気持ちの悪い父はその俺を異常者だと思って色んな奴を屋敷に呼んだ。
 だから俺は、奴らが望んでいる優等生になってやった。
 そんなヘマはしないし、する訳がない。
 だって俺は、父が『公爵家に相応しいように』育てられたんだから。

 
 俺がやっていることはお前がやっていたことをそっくりそのまま生き物に向けてるだけじゃないか。
 どうして俺は異常者扱いをされて、お前だけがさも自分が正しい奴だと言うようにそんな奴らを呼ぶんだ?
 それだったらお前も異常者だろう。
 俺が狂ってるならお前だって狂っているはずだ。




 俺は父の玩具で、それに気づいたのはいつだっただろう。
 壊れたら捨てられて、都合のいい時に都合よく遊んでくれるだけだ。

 お前の全てが嫌いだ。
 お願いだからどこかへ行ってくれ・・・・・・・・・
















 そのうち、屋敷に精神科医がやって来ることはなくなった。
 俺は地下室に神のための部屋を作って、そこに沢山の生贄の残骸を置いた。
 神が見ても不快にならないように加工してあるものは、美しかった。
 死んでもなお美しいんだ、そんなに幸せな事はないだろう?
 そうやって、その物達は増えていった。



 それは、飽きるまで続く俺のただ一つの心の拠り所となっていたのかもしれない。
 飽きるまで切って割いて抉って剥いで繋いで潰して引っ張って、それを見続けた。
 あの美しい小鳥を手に入れた時にそれはもうやめたけど、その快感は胸に残り続けた。
 今にも崩れてしまいそうなバランスの中でスリルを味わいながら罪を犯し、神に赦しを乞い、神にそれを捧げる行為はゾクゾクしたし、そうしていれば自分の心の中にある黒い黒い感情にも、全てが混ざってドロドロになった感情にも気付かずにいられたから。
 見ないふりをして、精神科医が来た時と同じように、また自分は普通の人間としての生活をおくれると思ったから。











 それがいつだったのかわからない。
 ただ、その人が美しくて、言葉にできないほど…美しいとしか言えないほど、美しかったことだけが印象に残っている。
 その姿は儚くて、今にも壊れてしまいそうだった。
 初めて会ったと言うのに、俺以外の奴に近づかないで、俺だけの物になってほしいとさえ思った。冷静な思考なんて全て無くしてしまって、彼女がそこにいることが重要だと思った。
 そうして紹介された彼女は、幸福なことに俺の「婚約者」だという。
 それを聴くと、人生で勝つというのはこんなことを言うのかもしれないと思い込んでしまう程、自分の皮膚の下の血が騒めくのがわかった。

 彼女は最初は怯えてはいたが、段々と俺にも公爵家にも慣れてきて、彼女の本来の性格を見せてくれるようになった。
 真面目ではにかむように笑う彼女は社交界のキャラメルのような女たちとは違って、口に入れるとすぐに溶けてなくなってしまう氷のように滑らかで、気品溢れる人だった。

 俺が話しかけると、恥ずかしそうに返事をしてくれる。
 母親が付けた、俺の忌々しい名前も彼女の鈴のような声で呼ばれると好きになれるようにも思えた。
 シャーロットが俺の全てで、彼女だけが、俺が与えられたことのない程のなにかをくれた。
 俺はその名前なんて知らないし、その名前を知ってしまって口にすれば、それは砂の城のようにサラサラと崩れてしまうものだと本能的に感じる。
 だから知らないふりをした。
 あの自分のドロドロとした感情に気づかないふりをした時と同じように、心の隅へと追いやった。

 あの時この感情に気づいていたら、なにかが変わったのだろうか。
 今更こんなことを考える。
 それとも、どうせ結果は変わらなかったのだろうか。

 もう、わからない。

 

 父が死ぬと、彼女だけはそばにいてくれた。
 あんな奴は父親ではないと思っていた俺にも、悲しむ気持ちは少しはあったらしい。
 彼女といると、心が安らかになった。
 彼女はずっと一緒にいると言ってくれたし、あの澄んだ瞳で私の目を真っ直ぐに見て俺のことを認めてくれた。
 



 俺は彼女を愛していたし、彼女も俺を愛していた。
 
 だから、シャーロットが妻となった日に、俺はシャーロットを諦めた。









 だって、ねぇ?
 それは仕方ないからさ。


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