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本編
本当はね、 3
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彼女は、美しかった。
美しすぎて、穢れを知らないような純粋な目で私を見てきた。
ちゃかして、「旦那様」と言って笑いながら。
あの時は、名前を呼んで欲しかった。そうしたら、彼女の事をこんなに悲しませなくても良かったんだと思う。それに、こんなことにも気付かずに彼女と幸せに暮らせたのかもしれない。
「旦那様」そう言って俺の事を呼んだシャーロットは眩しくて。
俺の手に届かない…いや、届いてはいけない人のように感じた。
結婚式の間、シャーロットと話しているとそれが痛いほどに伝わってきた。
知り合いからの祝いの言葉に、彼女の眩しい程の笑顔、美しいはずの結婚記念パーティの様子も、なんだか怖かった。
明るいシャンデリアの光に照らされて、自分の醜さが、粗が、罪までもが剥き出しになるように感じた。
そうやっていれば、俺が今までやったことの罪深さと後悔、罪悪感が襲ってくる。自分は駄目な人間なんだと誰かが訴えているように思った。
今までのことがばれてしまったら? 彼女に嫌われたら? 出ていかれたら? 元々少ししかなかった自分の存在価値が全く無くなってしまう。自分が人間として欠落していて、異常で気が狂っているやつだって、俺が一番知っているんだから!
母親のように、俺を見捨てるだろう。
彼女が見てきたのは、俺のなんだったんだ?
少なくとも、汚い部分ではないだろう。
彼女は俺の醜さを知らないで俺のものになってしまった。
今夜、彼女は本当に俺のものになるのだろう。
だけど、俺はこんなに汚れた手でシャーロットに触っていいのかわからなかった。
シャーロットは俺が求めていた女神で、でも彼女はとても普通の女だ。
だから彼女を愛しても、彼女に触れてもいいのではないかと思った。
実際、そうしようともしていた。
自分がやったことをなかったことにできはしないかと思った。
でも、俺が興味本位で殺したものたちの拭っても拭っても取れない血と、生暖かいそれの感触が手から去ってくれない。
こんな手で、彼女を触ってはいけない。
もっと美しくて、もっと綺麗で、もっともっともっと穢れのない手で触らなければいけない。
それじゃないと、彼女までもが汚くなってしまう。
一番純粋で真っ白な彼女を、俺と混ぜて灰色にしてしまいたくない。
だから諦めるんだ。
彼女に触れられる手に、俺は一生なることはできないだろう。
洗っても洗っても取れないものは、何をしても無駄だろう?
それを無視して彼女に触れるようなことを、俺はできるようなやつだと思うか?
だから、敬愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して堪らない、俺の宝物にはふれない事にした。
神に背く事をし続けた俺が、神に誓った花嫁を迎え入れて幸せにすることなんてできないだろうと思ったんだ。
そして、俺は誓いのキスをした後ずっと、彼女にキスもしなかった。
触れることさえできなかった。
結婚後に触れた彼女の手は、手袋越しに。
そうじゃないと彼女が汚れるから。
2人で部屋に行った後、俺はソファで寝て、美しい夜着を着て初めての夜に希望を持っているはずの彼女が悲しそうに顔を歪めるのを放っておいた。
俺だって悲しかったんだよ、シャーロット。
わかっておくれ。
その言葉を飲み込んだ。
俺は、彼女の存在があるだけで幸せになれるだろうと思っていた。
今ならその甘い考えをどうにかしていればよかったのだと思う。
でも、彼女が屋敷の中で笑うたびに、無理して笑っているのを見るたびに全てを話してしまいたくなる。
懺悔をして、赦しを乞いたくなる。
でも、そうしたら?
彼女は俺のことを嫌いになるだろう。
気持ちが悪いと蔑むんだろう。
今までのやつらが俺に向けた、あの冷えた目線を向けるんだろう。
キスしたくなるほど美しい、真っ赤な唇を歪めて言葉を吐き出すんだろう。
そんなものに我慢はできない。
それだったら、何も知らないでずっと俺のそばにいてくれ。
逃しはしない。彼女の求めるものは全て与えるし、彼女がいらないと言ったものは全て屋敷から無くそう。
そばにいてくれるなら、そんなことくらい幾らでもする。
彼女が俺から逃げようとするなら、俺は彼女を壊すだろう。
壊して壊して、残骸も残せない程までに傷つけて、痛めつけて、彼女を自分の檻の中に一生入れ続けてしまうだろう。
そうなるよりか、俺が遠くでじっと彼女を見ていた方がいい。
美しい微笑みが俺に向けられなくても、あの鈴のように澄んだ声が俺に向けて発せられなくても。
ずっと、見つめ続けよう。
でも、そんな日は長くは続かなかった。
彼女を抱きしめたい、夫婦としての生活をしたい……。暖かい家庭という物を作ってみたい。
欲望が心に溜まり、いつしか俺は彼女を求めるようになった。
でも俺は彼女を求められない。
宝飾品を贈ったり、少しの時間お茶をしたり。
それで満足していたはずなのに、もっともっと彼女が欲しくなる。
自制がきかなくなりかけた時、酒を飲んで繁華街へ出かけた。
そうすれば、ケラケラと笑いながら俺に身を寄せてくる娼婦がいた。
その姿が滑稽で、まるで俺のように見えた。
名前も覚えていないその娼婦は瞳の奥底に何か黒いものが映っていて、全てが濁っていたような気がする。
酒に酔った状態で娼婦を見てみると、瞳以外は彼女にそっくりだった。
声も仕草も何もかもが彼女には追いつかないが、俺はその女を一晩買うことにした。
やることが終わると、やはり彼女ではないのだと自覚する。
彼女を裏切ったという罪悪感が頭を支配したが、彼女を傷つけるよりはマシだと思った。
その女と、2、3回は会ったのだろうか。
俺がその女を気に入ったと思ったのか、ある夜にあいつは自分を愛人にしてくれと頼んできた。
あなたを愛しているの、と見え透いた嘘までついて。
俺はそれに失望した。
失望したと思ったのに、脳裏に「こいつをあの動物のようにしてしまえば、こいつは彼女の素晴らしい代わりとなるのではないか」という考えが横切った。
それは素晴らしい考えのように思えて、次にその女と会った日には、ワインに混ぜて眠るように死ぬ毒薬を彼女に飲ませた。
この女は娼館に入っている女ではないから、足は付かないだろうと思った。
女がその薬を飲めば、数秒で目がとろんとしてくる。
ゆっくりと瞼が下がって、口元には笑みを浮かべている。
やはりそれは彼女にそっくりだから、ついつい見惚れてしまう。
そうやってじっとその女を見ていれば、その女はドサリと音を立ててベッドへと落ちていく。
死んだとは思えない程生き生きとした表情の女を屋敷まで運ぶ。
その女を地下室に持ち込んで、処理をする。
あの時、全てが素晴らしいと思えた。
完璧だと。
しばらくして、彼女ができた……!! そう思って、全ての処理を終えて服を着た彼女の代わりに会いに行った。
でも、それは彼女じゃなかった。
殺し方が悪かったのだろうか? 口に浮かべるのは不自然な笑み。
娼婦が客に向ける、作り物の笑み。
酒を飲んでいない状態で女を見ると、彼女に似ていないと気づく。
ああ、この女は失敗だ。
次を探さなければ。
2度目は、娼館の女を身請けした。
ジェームズはそれを見て眉を顰めていたが、俺が地下室で行なっていることを見るとそそくさと去って行った。2度目はやり方を変えて、痺れ薬を飲ませてから毒薬を与えた。嘘くさい表情は消え、自然な表情で完成させることはできたが、この女も彼女の代わりにはならなかった。
ジェームズはこれを見てどう思ったんだろう。
いつもは考えないことが頭に浮かぶ。
俺だってこんなことを嬉しくて、楽しくてやっているわけではないんだよ。
こうしたって、彼女の完璧な代わりになってくれるようなものができるのかどうかも分からないんだから。
希望が見えないようなことをしているんだよ。
でも、他の人にはわからないんだろうな。
女を抱かないで、彼女に似ているかだけを調べ上げ、それを加工して彼女にしていく。
それを続けて、完全な彼女を探す。完全な彼女の代わりを、彼女の代わりに俺の全てを知ってくれる人を。
でも、いくら殺しても、何をしてもそれは彼女にはならなかった。
どこか下品で汚く見える。そいつらはいいオモチャにはなったが、俺を完全に満足させるほどの彼女にはなりきれなかった。
それにやけになった俺は酒を飲み、失態を犯した。
彼女の侍女に手を付けたのだ。
何故自分がこんなことをしたのかわからない。
だがきっと、彼女に一番近い人間だから、彼女の全てを知っていそうな奴だから手を付けたのではないかと思う。
だからあいつに彼女を重ねて想いを伝え、本当の恋人のように振る舞えた。
ふとした時に現実に引き戻され、この関係を断たなければと思うのだが、あいつに彼女を重ねて過ごした時間は居心地が良くて、ズルズルとその関係を引きずり続けた。
そいつは図々しくて小生意気だったが、口だけが達者だったので俺が知らなかった彼女を知ることができた。新しい彼女を知った時の喜びったらなかった。
俺の思っていた通り、彼女は素晴らしいのだと再認識できた。
彼女のなかでは俺はぼやけた男になっていたかもしれないが、俺にとっての彼女はいつも鮮明だった。
それに満足していたのに、あいつは俺にある提案をしてきた。
「奥様を殺して頂戴よ」
最初はあいつに殴りかかろうかと思った。怒りで何も言えずに、お前如きが彼女に向かってそんな発言をすることは許されないのだと言いたかった。
でも、少し冷静に考えてみれば、そいつの言っていることは間違いではないのではないかと思った。
だから、マーガレットの意見に賛成したかのような態度を取って、彼女を貶める発言をしてしまった。これは後悔している。何か他の言い方があったのかもしれないのに、と。
彼女を俺の収集品に加えてはどうだろうか。
今まで彼女の身代わりでしかなかった所に彼女を迎え入れるのはなんて素晴らしいことなんだろう?
心が躍る。胸が熱くなる。
最近の彼女は、俺を見てくれない。
彼女は俺を愛していないんだろう。
アイシテイナイナラヤッテイインジャナイノ?
やってしまっていいじゃないか。
俺を愛してくれない彼女はいらない。
彼女のことを愛しているから、彼女が俺を想ってくれている様に作り上げればいい。
俺の収集品に加えたなら、彼女の思考も肉体も全てが俺のものになる。
彼女に俺を愛しているのだと思い込ませることもできるのではないか?
それがたとえハリボテだとしても、彼女の魂が入っていた抜け殻だ。
ああ、素晴らしい。
全てが計画通りに運んだら、俺は今まで手にできなかった幸福を掴み取れる。
身体が動かなくなる彼女の為に上質なベッドを用意しよう。
夜着も彼女が好きなデザインのものを取り揃えよう。
ドレスだって必要だ。
彼女に似合うエレガントなドレスを用意させよう。
今まで渡せてこなかった、書斎の棚にしまいこんでいた宝飾品を与えよう。
そして彼女の処理をする為の薬品は、今までのものではいけない。
庭師に頼んで特別上質な物を用意させよう。
彼女が安らかに眠れるように、爽やかな香りの香水をふんだんに使おう。
そして彼女が絶対に苦しむことが無いように、3日ほど仮死状態になる薬を与えてから死んだ様に眠る毒薬を投与しよう。
そうすれば、彼女の全ては俺の物だ!
ああ、手が震える。
声も心なしか震えている様な気さえする。
こんなに美しい彼女に手を加えることを考えると、言い表せない程の罪悪感と幸福感がせり上がってくる。
でも、これでシャーロットを手に入れることができるのなら。
俺は神さえも裏切るだろう。
言わなくては。
シャーロットの瞳を見て、動きを見逃さないように、動いている彼女を頭に焼き付けるようにシャーロットを見つめる。
そして、言った。
「お茶でもしないか?」
美しすぎて、穢れを知らないような純粋な目で私を見てきた。
ちゃかして、「旦那様」と言って笑いながら。
あの時は、名前を呼んで欲しかった。そうしたら、彼女の事をこんなに悲しませなくても良かったんだと思う。それに、こんなことにも気付かずに彼女と幸せに暮らせたのかもしれない。
「旦那様」そう言って俺の事を呼んだシャーロットは眩しくて。
俺の手に届かない…いや、届いてはいけない人のように感じた。
結婚式の間、シャーロットと話しているとそれが痛いほどに伝わってきた。
知り合いからの祝いの言葉に、彼女の眩しい程の笑顔、美しいはずの結婚記念パーティの様子も、なんだか怖かった。
明るいシャンデリアの光に照らされて、自分の醜さが、粗が、罪までもが剥き出しになるように感じた。
そうやっていれば、俺が今までやったことの罪深さと後悔、罪悪感が襲ってくる。自分は駄目な人間なんだと誰かが訴えているように思った。
今までのことがばれてしまったら? 彼女に嫌われたら? 出ていかれたら? 元々少ししかなかった自分の存在価値が全く無くなってしまう。自分が人間として欠落していて、異常で気が狂っているやつだって、俺が一番知っているんだから!
母親のように、俺を見捨てるだろう。
彼女が見てきたのは、俺のなんだったんだ?
少なくとも、汚い部分ではないだろう。
彼女は俺の醜さを知らないで俺のものになってしまった。
今夜、彼女は本当に俺のものになるのだろう。
だけど、俺はこんなに汚れた手でシャーロットに触っていいのかわからなかった。
シャーロットは俺が求めていた女神で、でも彼女はとても普通の女だ。
だから彼女を愛しても、彼女に触れてもいいのではないかと思った。
実際、そうしようともしていた。
自分がやったことをなかったことにできはしないかと思った。
でも、俺が興味本位で殺したものたちの拭っても拭っても取れない血と、生暖かいそれの感触が手から去ってくれない。
こんな手で、彼女を触ってはいけない。
もっと美しくて、もっと綺麗で、もっともっともっと穢れのない手で触らなければいけない。
それじゃないと、彼女までもが汚くなってしまう。
一番純粋で真っ白な彼女を、俺と混ぜて灰色にしてしまいたくない。
だから諦めるんだ。
彼女に触れられる手に、俺は一生なることはできないだろう。
洗っても洗っても取れないものは、何をしても無駄だろう?
それを無視して彼女に触れるようなことを、俺はできるようなやつだと思うか?
だから、敬愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して堪らない、俺の宝物にはふれない事にした。
神に背く事をし続けた俺が、神に誓った花嫁を迎え入れて幸せにすることなんてできないだろうと思ったんだ。
そして、俺は誓いのキスをした後ずっと、彼女にキスもしなかった。
触れることさえできなかった。
結婚後に触れた彼女の手は、手袋越しに。
そうじゃないと彼女が汚れるから。
2人で部屋に行った後、俺はソファで寝て、美しい夜着を着て初めての夜に希望を持っているはずの彼女が悲しそうに顔を歪めるのを放っておいた。
俺だって悲しかったんだよ、シャーロット。
わかっておくれ。
その言葉を飲み込んだ。
俺は、彼女の存在があるだけで幸せになれるだろうと思っていた。
今ならその甘い考えをどうにかしていればよかったのだと思う。
でも、彼女が屋敷の中で笑うたびに、無理して笑っているのを見るたびに全てを話してしまいたくなる。
懺悔をして、赦しを乞いたくなる。
でも、そうしたら?
彼女は俺のことを嫌いになるだろう。
気持ちが悪いと蔑むんだろう。
今までのやつらが俺に向けた、あの冷えた目線を向けるんだろう。
キスしたくなるほど美しい、真っ赤な唇を歪めて言葉を吐き出すんだろう。
そんなものに我慢はできない。
それだったら、何も知らないでずっと俺のそばにいてくれ。
逃しはしない。彼女の求めるものは全て与えるし、彼女がいらないと言ったものは全て屋敷から無くそう。
そばにいてくれるなら、そんなことくらい幾らでもする。
彼女が俺から逃げようとするなら、俺は彼女を壊すだろう。
壊して壊して、残骸も残せない程までに傷つけて、痛めつけて、彼女を自分の檻の中に一生入れ続けてしまうだろう。
そうなるよりか、俺が遠くでじっと彼女を見ていた方がいい。
美しい微笑みが俺に向けられなくても、あの鈴のように澄んだ声が俺に向けて発せられなくても。
ずっと、見つめ続けよう。
でも、そんな日は長くは続かなかった。
彼女を抱きしめたい、夫婦としての生活をしたい……。暖かい家庭という物を作ってみたい。
欲望が心に溜まり、いつしか俺は彼女を求めるようになった。
でも俺は彼女を求められない。
宝飾品を贈ったり、少しの時間お茶をしたり。
それで満足していたはずなのに、もっともっと彼女が欲しくなる。
自制がきかなくなりかけた時、酒を飲んで繁華街へ出かけた。
そうすれば、ケラケラと笑いながら俺に身を寄せてくる娼婦がいた。
その姿が滑稽で、まるで俺のように見えた。
名前も覚えていないその娼婦は瞳の奥底に何か黒いものが映っていて、全てが濁っていたような気がする。
酒に酔った状態で娼婦を見てみると、瞳以外は彼女にそっくりだった。
声も仕草も何もかもが彼女には追いつかないが、俺はその女を一晩買うことにした。
やることが終わると、やはり彼女ではないのだと自覚する。
彼女を裏切ったという罪悪感が頭を支配したが、彼女を傷つけるよりはマシだと思った。
その女と、2、3回は会ったのだろうか。
俺がその女を気に入ったと思ったのか、ある夜にあいつは自分を愛人にしてくれと頼んできた。
あなたを愛しているの、と見え透いた嘘までついて。
俺はそれに失望した。
失望したと思ったのに、脳裏に「こいつをあの動物のようにしてしまえば、こいつは彼女の素晴らしい代わりとなるのではないか」という考えが横切った。
それは素晴らしい考えのように思えて、次にその女と会った日には、ワインに混ぜて眠るように死ぬ毒薬を彼女に飲ませた。
この女は娼館に入っている女ではないから、足は付かないだろうと思った。
女がその薬を飲めば、数秒で目がとろんとしてくる。
ゆっくりと瞼が下がって、口元には笑みを浮かべている。
やはりそれは彼女にそっくりだから、ついつい見惚れてしまう。
そうやってじっとその女を見ていれば、その女はドサリと音を立ててベッドへと落ちていく。
死んだとは思えない程生き生きとした表情の女を屋敷まで運ぶ。
その女を地下室に持ち込んで、処理をする。
あの時、全てが素晴らしいと思えた。
完璧だと。
しばらくして、彼女ができた……!! そう思って、全ての処理を終えて服を着た彼女の代わりに会いに行った。
でも、それは彼女じゃなかった。
殺し方が悪かったのだろうか? 口に浮かべるのは不自然な笑み。
娼婦が客に向ける、作り物の笑み。
酒を飲んでいない状態で女を見ると、彼女に似ていないと気づく。
ああ、この女は失敗だ。
次を探さなければ。
2度目は、娼館の女を身請けした。
ジェームズはそれを見て眉を顰めていたが、俺が地下室で行なっていることを見るとそそくさと去って行った。2度目はやり方を変えて、痺れ薬を飲ませてから毒薬を与えた。嘘くさい表情は消え、自然な表情で完成させることはできたが、この女も彼女の代わりにはならなかった。
ジェームズはこれを見てどう思ったんだろう。
いつもは考えないことが頭に浮かぶ。
俺だってこんなことを嬉しくて、楽しくてやっているわけではないんだよ。
こうしたって、彼女の完璧な代わりになってくれるようなものができるのかどうかも分からないんだから。
希望が見えないようなことをしているんだよ。
でも、他の人にはわからないんだろうな。
女を抱かないで、彼女に似ているかだけを調べ上げ、それを加工して彼女にしていく。
それを続けて、完全な彼女を探す。完全な彼女の代わりを、彼女の代わりに俺の全てを知ってくれる人を。
でも、いくら殺しても、何をしてもそれは彼女にはならなかった。
どこか下品で汚く見える。そいつらはいいオモチャにはなったが、俺を完全に満足させるほどの彼女にはなりきれなかった。
それにやけになった俺は酒を飲み、失態を犯した。
彼女の侍女に手を付けたのだ。
何故自分がこんなことをしたのかわからない。
だがきっと、彼女に一番近い人間だから、彼女の全てを知っていそうな奴だから手を付けたのではないかと思う。
だからあいつに彼女を重ねて想いを伝え、本当の恋人のように振る舞えた。
ふとした時に現実に引き戻され、この関係を断たなければと思うのだが、あいつに彼女を重ねて過ごした時間は居心地が良くて、ズルズルとその関係を引きずり続けた。
そいつは図々しくて小生意気だったが、口だけが達者だったので俺が知らなかった彼女を知ることができた。新しい彼女を知った時の喜びったらなかった。
俺の思っていた通り、彼女は素晴らしいのだと再認識できた。
彼女のなかでは俺はぼやけた男になっていたかもしれないが、俺にとっての彼女はいつも鮮明だった。
それに満足していたのに、あいつは俺にある提案をしてきた。
「奥様を殺して頂戴よ」
最初はあいつに殴りかかろうかと思った。怒りで何も言えずに、お前如きが彼女に向かってそんな発言をすることは許されないのだと言いたかった。
でも、少し冷静に考えてみれば、そいつの言っていることは間違いではないのではないかと思った。
だから、マーガレットの意見に賛成したかのような態度を取って、彼女を貶める発言をしてしまった。これは後悔している。何か他の言い方があったのかもしれないのに、と。
彼女を俺の収集品に加えてはどうだろうか。
今まで彼女の身代わりでしかなかった所に彼女を迎え入れるのはなんて素晴らしいことなんだろう?
心が躍る。胸が熱くなる。
最近の彼女は、俺を見てくれない。
彼女は俺を愛していないんだろう。
アイシテイナイナラヤッテイインジャナイノ?
やってしまっていいじゃないか。
俺を愛してくれない彼女はいらない。
彼女のことを愛しているから、彼女が俺を想ってくれている様に作り上げればいい。
俺の収集品に加えたなら、彼女の思考も肉体も全てが俺のものになる。
彼女に俺を愛しているのだと思い込ませることもできるのではないか?
それがたとえハリボテだとしても、彼女の魂が入っていた抜け殻だ。
ああ、素晴らしい。
全てが計画通りに運んだら、俺は今まで手にできなかった幸福を掴み取れる。
身体が動かなくなる彼女の為に上質なベッドを用意しよう。
夜着も彼女が好きなデザインのものを取り揃えよう。
ドレスだって必要だ。
彼女に似合うエレガントなドレスを用意させよう。
今まで渡せてこなかった、書斎の棚にしまいこんでいた宝飾品を与えよう。
そして彼女の処理をする為の薬品は、今までのものではいけない。
庭師に頼んで特別上質な物を用意させよう。
彼女が安らかに眠れるように、爽やかな香りの香水をふんだんに使おう。
そして彼女が絶対に苦しむことが無いように、3日ほど仮死状態になる薬を与えてから死んだ様に眠る毒薬を投与しよう。
そうすれば、彼女の全ては俺の物だ!
ああ、手が震える。
声も心なしか震えている様な気さえする。
こんなに美しい彼女に手を加えることを考えると、言い表せない程の罪悪感と幸福感がせり上がってくる。
でも、これでシャーロットを手に入れることができるのなら。
俺は神さえも裏切るだろう。
言わなくては。
シャーロットの瞳を見て、動きを見逃さないように、動いている彼女を頭に焼き付けるようにシャーロットを見つめる。
そして、言った。
「お茶でもしないか?」
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