旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや

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本編

秘密

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 (旦那様side)


 あれから俺はシャーロットが目覚めるのをずっと待っていた。

 最初は彼女の部屋に彼女を移動させようと思っていたのだが、シャーロットの部屋に行って呆然とした。
 何もない・・・・のだ。ベッドと数冊の本にランプ、控えめな花と最小限の宝飾品などしかない。部屋は結婚したばかりのままで、流行りのものは一切置いていなかった。おかしいと思った。
 最近の社交界では部屋の内装をガラリと変えることが流行っているのではなかったか? 何人もの貴族がそれを自慢してくるのを聞いていたから、狭い範囲で流行っていることではないはずだ。シャーロットもそれにならって変えているものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。どうして変えなかったのだろう。
 シャーロットには、決して少なくはない額の、自由にできる金を与えていた。

 部屋の様子はおかしいが、衣装部屋を見に行き、シャーロットの服を確認する。シャーロットは社交をしっかりと行っていたから、全てドレスに注ぎ込んでいるのかもしれない。
 でも、それも違った。あるのは流行りを取り入れた枚数のドレスで、それも華美なものではない。素材にだけこだわっているシンプルな物で、そこまで高額ではないはずだ。
 家で着るドレス、外出用の昼のドレス、夜会のドレス。どれを見ても違和感しか感じない。
 彼女は何に金を使っているんだ?
 どこを見ても分からない。ジェームズにシャーロットがどこに行っているのかなどを報告してもらっているが、散財してしまうような場所には行っていない。
 シャーロットは賭博場などは嫌いだった筈だ。オペラなどの観劇はしていたが、そのチケットは俺が用意していた。シャーロットは役者に夢中になる人ではないから、いつも気になっている話にだけ出かけ行っていた。これも金を使う理由にはならない。

 金が余ったなら銀行に入っている筈だが、ジェームズからはその余った金を銀行に入れている事は聞いていない。シャーロットは全ての金を使っている筈だ。

 可笑しさしか感じない不自然な部屋。

 前に、ジェームズはこう言っていなかったか?

 「最近、使用人達が高額なものばかり持っています。それも、1月分の給金と変わらない値段のものだったり、高級ブランドのものだったり。近いうちに確認をしておいた方がいいかもしれません」

 シャーロットは金をどこに置いていたんだ? シャーロットはいつも、大切なものを奥にしまい込むと言っていた。奥にしまい込む、その奥はどこだ? 
 俺は部屋を見渡した。
 一番最初に目についたのは、シャーロットが嫁入りの時に持ってきた、丁寧な彫刻を施した鍵付きの引き出しだった。その一番下の小さな小さな引き出しには鍵穴があった。反射的にその取っ手を掴んで、自分のいる方向に引く。クッ、っと引っ掛かって開ける事ができない。開ける事はできるかと、ジェームズを呼ぶベルを鳴らした。
 
 ジェームズはすぐに飛んできて、鍵はないのだと教えてくれた。鍵の場所を知っているのは奥様だけです、と青ざめた顔をしながら言った。ありがとう、と言ってジェームズを下がらせる。
 俺は、そこをピンで開けてしまう事にした。複雑な鍵なのであれば、シャーロットが目覚めた後に事情を聞くしかないだろう。
 でも、俺はどうしても知りたかった。好奇心は俺を非道徳的な行動を犯す事についての後押しをしてくれた。
 こんな泥棒のような真似はしたくないが、この部屋は何かがおかしいのだ。シャーロットが何か秘密を持っているのか、それとも……疑いたくはないが、使用人の仕業なのか。
 それを確かめるために、俺はそっと鍵穴にピンをさしこんで動かした。それはとても、とても簡単な鍵で、すぐに手応えがなくなった。箪笥をもう一度自分の方に引くと、簡単に開いた。
 口角が上がるのがわかった。だが、ほんの数十秒ピンを差し込むだけで簡単に開いてしまうこの棚は問題だ。彼女が目を覚ましたら、すぐにでも職人を呼んで鍵の交換をしてもらおう。

 俺は最後までその棚を開けてしまった。もう慣れてしまった背徳的な感覚が背中を伝っていったが、それすらもなぜか楽しく感じてしまう自分がいた。
 ああ、気持ちが悪いな、と自分でも思ってしまって、自嘲的な笑いがこみ上げてくる。
 
 シャーロットはその棚の上に白い布を被せていた。何か見られたくないものでもあるのだろうか?
 そっとその布を退けてしまい、中に入っているものをみる。
 赤いビロードの巾着と、表紙が真っ黒な黒い本が入っている。
 赤いビロードの巾着を取り出して、そっと中を見る。その中には、沢山の金貨と携帯用のハンドクリームらしきものが入っていた。その中の金貨の枚数を数えるが、それは今月に渡した金には不十分だ。ジェームズに確認したが、今月シャーロットはドレスを新調していなかった。
 俺は棚にそれらをもう一度入れ直した。

 これはどういう事だ?
 前にジェームズが言っていたことも気になり、使用人をまとめて集める事にした。
 その使用人の部屋にジェームズに入ってもらい、高価なものを探す。使用人が買えるようなものではなく、使用人が持つにはありえない物があったら報告するように、と言って。

 集めた使用人達は、不思議そうな顔をして俺を見ている。
 ずっと沈黙のままだと、俺も息が詰まってしまう。
 何か適当な話をしようと口を開く。

 「シャーロットが、倒れてしまったのは君たちも知っているね? シャーロットが最近困ったことがあったかどうか、知っていることがあったら私に伝えて欲しい。」

 少し気になっていたことだった。
 これは本当に後悔していることだが、俺は彼女を裏切った。しかも、その相手はシャーロットの専属侍女だ。もしかしたらシャーロットが使用人達に何かをされていたかもしれない。
 これに気がつくには俺は遅すぎた。どうして今までその考えに至らなかったのか、自分を殴ってやりたい。それほどまで俺は愚かだった。彼女の愛が近くにあることを知らずに、それを渇望していた。これからは彼女が好きでいてくれるような夫にならなければいけない。

 その言葉を言った途端、わかりやすく肩を震わせる女がいた。マーガレットあの女とよく話していたメイドの数人だった。
 さらに追い討ちをかける。

 「本当は、全部わかっていたんだ。言わなかっただけでね。何かやましい事があると思う者はここに残りなさい。」

 もちろんこれは出鱈目だ。だが、俺の言葉を信じた使用人達が目線をそらしたり、少し姿勢を崩したりし始める。

 一番反応が分かりやすかったメイドの目を見て、名前を呼ぶ。
 「後で話がある」
 そういうと、メイドたちは顔を真っ青にした。

 そうこうしているうちに、ジェームズが戻ってきた。俺が彼女にあげた宝石や屋敷にある高価な品々を持って。
 その持ち主を聞き出し、その持ち主も後で部屋に来るようにと声をかけた。
 俺が結婚前にあげた宝石を奪っただけでも許されない事だ。

 俺は今までの自分がいかに仕事のできていなかった主人なのかを思い知った。使用人の管理すらもできていない。

 ああ、とため息をつきたくなるのを我慢した。
 ほかの無害な使用人達を下がらせ、その使用人達を奥の部屋に、1人ずつ招き入れた。
 その使用人達の人数は12人。女が7人、男が5人。随分と舐めたことをしてくれる。
 
 事情を聞き、男の3人はすぐに解雇をした。紹介状を軽く書いてやり、それをわたす。ジェームズにこの日までの給金を払わせ、荷物をまとめてすぐに出て行くように指示をした。
 彼らは盗みを働くようなことはしなかったが、シャーロットについて貶めるような発言をしてしまった事があると言った。その3人は本当の正直者だったようで、教師に叱られた子供のように深く反省をしていた。その姿勢だけは評価してやろうと思って紹介状を書いたが、その3人はそれをありがたがって泣きながら謝ってきた。
 謝る相手はシャーロットだと言ってやりたかったが、こいつらをシャーロットに合わせたくなかったので、そのまま黙って出て行く姿を見届けた。

 男の2人は屋敷のものを盗んでいたので、警察に突き出した。次からはもっと丁寧に使用人を選ぼうと心の中で誓う。泥棒を雇ってしまった俺にも責任があるのだ。

 問題があったのは、女7人だった。

 その中の5人は、シャーロットの物を盗んでいた。中にはそれらを売って金にしていた者もいたようで、醜悪な笑みを浮かべていた。
 「だって、奥様には似合わないじゃぁないですか。私はそれを売って、両親の仕送りに役立てようと思って。」
 そんな事を俺の前で言えるような神経を持ち合わせている女は、最大の罪を受けるようにと不敬罪をかけられるように手を回した。その5人の家族にも懲罰を与えようと思ったが、それはやめた。暴動など起こされたらたまったものじゃない。
 その中の2人は案の定、と言うべきかシャーロットの金を盗んでいた。聞けば、今よりも贅沢な暮らしをしてみたかったのだとはっきりと言った。女の1人は子供の進学の金にしようとしていたそうだ。その女達も処分した。女の1人の子供はとても優秀で将来見込みがある青年だったから、進学できるだけの十分な金を与えた。

 次の使用人を出来るだけ早く集められるように信用できる友人に手紙を送った。
 新しい使用人が必要だから、誰か相応しい者はいないか、と。
 新聞にも広告を出す。条件は出来るだけ多くしなければならない。
 今度こそいい屋敷を作るために、内側から掃除をしていかなければいけない。
 俺は今も残っている使用人について考え、今回問題を起こした12人と親しかった者は紹介状を書いて近いうちに解雇することにした。

 そうこうしているとすぐに一日は経ってしまった。

 俺は棚に白い布をかけ直していない事に気がついた。それは彼女の机の上に置きっぱなしにしてしまった気がする。
 すぐに彼女の部屋に戻ってみると、やはり白い布は彼女のテーブルの上に置きっぱなしになっていた。
 俺は棚をもう一度開けて、その白い布を掛けようとした。が、その時目に映った一冊の本が気になり出した。はじめに開けた時もそれを見たが、あまり気にならなかった。なのに、今はとてもそれが気になって堪らなくなる。
 俺は何かに引き込まれるように怪しげに黒光りする本を手に取った。触った事の無いような、乾いた感触の表紙が手に当たる。それは古い本のようで、白いはずのページが茶色く変色していた。
 恐る恐るページをめくる。パリ、と乾いた音が部屋に響いた。
 
 その本の1ページだけ見ただけなのに、それには何が書いてあるのかよくわかった。
 彼女が持っているには相応しくない筈の、酷く汚れたことの書いてある本を見て、俺はほっとした。
 彼女は人間だった。欲望に突き動かされ、愚かにもそれをしようと試みる人間だった。
 書いてある内容が、彼女が内に秘めていた醜さのように感じて少し嬉しくなる。
 目を見開いて、その本のページを次々とめくっている。
 彼女がこんなことに興味があるだなんて思わなかった。
 嬉しくて嬉しくて堪らない。口角はこれ以上上げられないほど釣り上がり、目はらんらんと輝いていることだろう。俺は無我夢中でそれを貪り読んだ。

 俺と彼女は、似た者同士だった。
 俺たちはなんてお似合い・・・・な夫婦なんだろう?















*補足
紹介状を貰った3人の男→盗みは働いていません
盗みを働いた人と仲の良かった使用人→仲が良かっただけで、盗みなどしていません(シャーロットいじめもなし)       

紹介状の件で、これは良くないというご意見をいくつかもらったので、もしかしたら誤解させてしまったのかなと思い書きました。
作者ももう一度調べ直して、修正するべきところは修正をしていきたいと思います。


 






 
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