旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや

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本編

私は?

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 「シャーロット」

 もう一度、私の名前を旦那様が呼ぶ。

 「旦那様……?」

 私が旦那様を呼ぶと、旦那様が私の目を見て微笑んだ。

 「具合はどう?」

 「いい、と思いますわ。でも……。申し訳ございません、旦那様が旦那様だということは分かるのです。ですが、旦那様とわたくしがどのように生活していたのか、それがわからないのです。」

 言っている途中から自分の表情が強張ってくるのが分かる。怒られてしまったらどうしようと、子供のような感情が湧き上がった。それは本能的なもので、なぜ、と言われても説明ができないような、そんな気持ちの悪い感情だった。
 旦那様は静かに言った。

 「そっか。どこか痛いところとか、そういう所はないね? もう暫くすれば、医者が来るから。不安に思わないで……。大丈夫だよ。」

 旦那様は優しく微笑まれた。目がギラついているように、ほんの一瞬だけ見えたけれど、きっとそんな事はない。

 「ありがとうございます。」

 少しだけ口角を上げるように意識する。まだ表情を動かすことに慣れていない私の表情筋が、思うように動いてくれない。自分が思っているよりぎこちない笑みになっていることだろう。でも、笑わなければいけない気がする。

 「当たり前のことをしただけだよ。大切な俺のシャーロット。」

 旦那様が心底大切そうな目線を私に向けてそう言った。頰は薔薇色で、本当に本当に、心から私に夢中だといっているような顔で言う。でも、それがおかしいと感じる。
 大切な俺のシャーロット・・・・・・・・・・・
 その言葉が少しだけ胸に引っかかった。でも、これは仲の良い夫婦にとっては普通のこと。どうして引っかかるんだろう? おかしいと思ってしまう私こそがおかしいのではないかと思う。

 「……ありがとうございます、旦那様。」

 旦那様、という言葉はするりと胸に入っていく。それなのに旦那様は少し寂しそうな顔をした。そうしてゆっくりと口を開く。

 「名前を呼んでくれないのかい……?」

 それもやっぱり引っかかる。私はいつも旦那様の名前を呼んでいなかったのではないか、と思ってしまう。でも、旦那様の口ぶりからして私はいつも名前で呼んでいたようだ。でも、でも、でも、と思い、旦那様にそれを伝える。

 「でも、旦那様…。わたくし、旦那様のお名前を……婚約期間以外、呼んでいない気がするのです。なんだか引っかかりを感じてしまって……。」

 引っかかる、引っかかる? 何に? どうして? どうしてそんなことに? 口にしてから疑問が溢れ出す。自分で自分が何をいっているのか頭の中で整理できない。ぐるぐるぐると、頭の中が回る回る回る。
 なにかが頭の中にちらつく。誰かと誰かが話していて、私はそれを見て………傷ついている?
 胸がじくじくと痛み始める。それと同時に、誰かにハンマーで殴られているかのような痛みが頭を襲う。激しい頭痛のせいで言葉を続けることができず、少し起こしていた体を二つに折ってしまった。

 旦那様が、何かを叫ぶ。ああ、早く医者を……とおっしゃっているのね。
 私は意識を手放した。
 柔らかな布団に、私の体が沈み込んだのを感じた。




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