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手袋 1
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あの人は、言った。
「僕の婚約者…のキャサリン嬢かな? よろしくね。」
輝かしい笑顔で、そう言った。
私はそんな彼を目の前にしてもごもごと意味のない言葉を吐き出し、それを挨拶だと思い込んだ。こんな人の前で、こんなに美しい人の前で私は話をしていいのかわからなかったから、それが態度に出てしまったのだ。
「僕は、何か間違ったことをしてしまったかな。そんなに怯えないで……。キャサリン嬢の手は、どこにあるの? 手に触れさてくれる?」
殿下は目が見えない代わりに、人の感情を空気から読み取ることが得意だった。当たり前のように私の感情は王子様に見透かされてしまって、私はもっと恥ずかしくなった。
「殿下……。怯えてなど、おりませんわ。殿下のお心遣いに、感動してしまっただけにございます。」
殿下は気付いていると思うけれど、誤魔化す。
殿下の求めていた私の手を、殿下のすべすべとした手の上に乗せた。
私の手はいつもパリパリと固く、それはどうやっても綺麗にはならなかった。お母様はやっぱりそれを見て顔を顰めて、けれど私のために色々なクリームを取り寄せて下さった。
「顔が駄目でも、人によってはそれよりも肌をよく見る人がいるのだから、あなたもこれを治せば良い方とご縁を結べるかもしれないわ。」と言いながら。
色々な商人や医者から、様々な種類のクリームを買った。毎晩そのクリームを塗り込んで、昼間はさっぱりと乾きやすい保湿クリームを塗って。
淑女の持っている美しい手にするために、私もお母様も必死になって良いクリームを探し続けた。
でも、いくらお金をかけても、どれだけ効果があると言われているクリームを塗っても、私のかさついて固い手は淑女の手にはならなかった。
お母様はいつのまにか私のために商人を呼ぶことも、医者を呼ぶこともなくなった。
一度、お母様に尋ねてみたことがある。
「このクリーム、少しだけなのだけれど、手のカサつきが治ったような気がするのです。でも、あと少ししか残っていなくて……。これを下さったお医者様は、いつ来て下さるのですか?」
これは本当で、このクリームだけは私の手を少しマシなものにしてくれた。
けれど、お母様が私に言い放った言葉は、優しいものではなかった。
「そうなの。よかったわねぇ。それじゃあ、私に見せて御覧なさい? 本当にそうなっているのか調べてあげる。」
私はお母様の前に、そっと自分の両手を差し出した。
その手はやっぱり他の人よりも汚かったけれど、それでもお母様は少し変わったことに気づいてくれると思って。
お母様は、私の手を見て言った。
「汚いままじゃないの。」
お母様は、あっさりと私に言った。
「でも、少しだけ変わったような気がするのよ、お母様。触ってみてくださらない? 前よりは格段に良くなっているわ。見た目が変わらないだけ…」
「どこが? どこがそうなっているのよ? どうして私があなたの手に触れないといけないの? あんたがそうやって醜いから、少しでもましにしてあげようと思ったのに、どれだけお金をかけてもあんたのその醜さは変わらないじゃないの。本当にどうしてあなたはそんなにどうしようもないの? あなたに医者を呼ぶだけ無駄でしょう! 効果なんて出ていやしない!! 嘘なんてついて、そこまでして自分の醜さに気づけないの?」
「お母様、私は…」
「あんたの思ってることなんて聞きたくないわ!」
お母様は、人形のように整った顔を怒りで歪ませる。
親身になってくれていたと思っていたけれど、それは間違いだったのかもしれないと考える。
そうして、私は沢山のハンドクリームを取り寄せる事もなくなった。一番手頃で、一番香りがいいピンク色のパッケージのハンドクリームを使うことにしたからだ。
この手はカサカサでパリパリとしていて、硬くて醜い。
だからお母様は、今度は私に大量の手袋を買い与えた。
シルク、サテン、ビロード、リネン。細かいレースの物、素肌の色が少し透ける物。薄桃色に濃い桃色、赤、薄紫、深緑、緑、青、水色、白、黒、黄色。
私の衣装部屋には、たくさんの色の、たくさんの生地の手袋が入った、手袋専用の箪笥がある。
私の醜い手を隠すために。
手袋越しに殿下の手に触れると、それはとてもひんやりしていた。
「僕の婚約者…のキャサリン嬢かな? よろしくね。」
輝かしい笑顔で、そう言った。
私はそんな彼を目の前にしてもごもごと意味のない言葉を吐き出し、それを挨拶だと思い込んだ。こんな人の前で、こんなに美しい人の前で私は話をしていいのかわからなかったから、それが態度に出てしまったのだ。
「僕は、何か間違ったことをしてしまったかな。そんなに怯えないで……。キャサリン嬢の手は、どこにあるの? 手に触れさてくれる?」
殿下は目が見えない代わりに、人の感情を空気から読み取ることが得意だった。当たり前のように私の感情は王子様に見透かされてしまって、私はもっと恥ずかしくなった。
「殿下……。怯えてなど、おりませんわ。殿下のお心遣いに、感動してしまっただけにございます。」
殿下は気付いていると思うけれど、誤魔化す。
殿下の求めていた私の手を、殿下のすべすべとした手の上に乗せた。
私の手はいつもパリパリと固く、それはどうやっても綺麗にはならなかった。お母様はやっぱりそれを見て顔を顰めて、けれど私のために色々なクリームを取り寄せて下さった。
「顔が駄目でも、人によってはそれよりも肌をよく見る人がいるのだから、あなたもこれを治せば良い方とご縁を結べるかもしれないわ。」と言いながら。
色々な商人や医者から、様々な種類のクリームを買った。毎晩そのクリームを塗り込んで、昼間はさっぱりと乾きやすい保湿クリームを塗って。
淑女の持っている美しい手にするために、私もお母様も必死になって良いクリームを探し続けた。
でも、いくらお金をかけても、どれだけ効果があると言われているクリームを塗っても、私のかさついて固い手は淑女の手にはならなかった。
お母様はいつのまにか私のために商人を呼ぶことも、医者を呼ぶこともなくなった。
一度、お母様に尋ねてみたことがある。
「このクリーム、少しだけなのだけれど、手のカサつきが治ったような気がするのです。でも、あと少ししか残っていなくて……。これを下さったお医者様は、いつ来て下さるのですか?」
これは本当で、このクリームだけは私の手を少しマシなものにしてくれた。
けれど、お母様が私に言い放った言葉は、優しいものではなかった。
「そうなの。よかったわねぇ。それじゃあ、私に見せて御覧なさい? 本当にそうなっているのか調べてあげる。」
私はお母様の前に、そっと自分の両手を差し出した。
その手はやっぱり他の人よりも汚かったけれど、それでもお母様は少し変わったことに気づいてくれると思って。
お母様は、私の手を見て言った。
「汚いままじゃないの。」
お母様は、あっさりと私に言った。
「でも、少しだけ変わったような気がするのよ、お母様。触ってみてくださらない? 前よりは格段に良くなっているわ。見た目が変わらないだけ…」
「どこが? どこがそうなっているのよ? どうして私があなたの手に触れないといけないの? あんたがそうやって醜いから、少しでもましにしてあげようと思ったのに、どれだけお金をかけてもあんたのその醜さは変わらないじゃないの。本当にどうしてあなたはそんなにどうしようもないの? あなたに医者を呼ぶだけ無駄でしょう! 効果なんて出ていやしない!! 嘘なんてついて、そこまでして自分の醜さに気づけないの?」
「お母様、私は…」
「あんたの思ってることなんて聞きたくないわ!」
お母様は、人形のように整った顔を怒りで歪ませる。
親身になってくれていたと思っていたけれど、それは間違いだったのかもしれないと考える。
そうして、私は沢山のハンドクリームを取り寄せる事もなくなった。一番手頃で、一番香りがいいピンク色のパッケージのハンドクリームを使うことにしたからだ。
この手はカサカサでパリパリとしていて、硬くて醜い。
だからお母様は、今度は私に大量の手袋を買い与えた。
シルク、サテン、ビロード、リネン。細かいレースの物、素肌の色が少し透ける物。薄桃色に濃い桃色、赤、薄紫、深緑、緑、青、水色、白、黒、黄色。
私の衣装部屋には、たくさんの色の、たくさんの生地の手袋が入った、手袋専用の箪笥がある。
私の醜い手を隠すために。
手袋越しに殿下の手に触れると、それはとてもひんやりしていた。
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