カラスの志垣くん

まめ

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「わたるん、ちゃんと息してっ!大丈夫?」

 志垣くんが、ぼくから唇を離し、ほほをぺちぺち叩いた。なにをするんだ、今、とてもいいところなのに。――前世の別れは急にやってきた。ぱちんと音がして、それきりだった。

「……ぼくは、志垣くんのことを思い出した……自分がいきなり終わったのも思い出した。不安なんだ。
一秒先も自分が生きてられるって、誰が保証してくれるの?
志垣くん、今すぐ、ぼくを食べてよ。今すぐ」

 志垣くんは、びっくりしたように目を見開いて瞬きをした。
 一瞬、過去を思い出すような、遠い目をして……
 ゆっくり、噛み締めるように、笑った。
 
「……わたるん、俺の薔薇。
俺のこと、やっと思い出してくれたんだ。
言葉一つ交わせなかったのに、覚えててくれたんだね。うれしいよ……俺だけが、思い続けるばかりで、このまま平行線かと思ってた。
これから、わたるんを食べるよ。君の花びらにも柱頭にも傷ひとつつけたりしない。さあ、そのラビリンスを俺に見せて……いただきます」


 志垣くんは、噛みつくようなキスをして、ぼくを呑み込んでいった。
 頭の先から足の小指まで、彼が触れなかった場所はないだろう。
 ぼくの胸のつぼみはつんと立ち上がって、彼に愛されるのを喜んでいたし、柱頭は甘い蜜を垂らし、受粉されるのを待ち望むかのようだった。志垣くんは、その蜜をなんどもしゃぶりながら、熱いため息をついていた。

「わたるん、君のラビリンスに触れてもいいだろうか。……俺だけに……見せて」

 ぼくはこくりとうなずいた。ゆっくりと身体の力を抜いて、彼の手にゆだねる。ぼくは、彼の唇に翻弄され、せつない吐息を漏らしながら、やわらかな指で、少しずつ身体の奥を、迷宮の扉を開かれていった。
 そして、ずっと無言だった志垣くんが、口を開いた。

「……わたるん、きれいだ。……極彩のピンクと赤が交差する、蜜したたる君のラビリンスに……入ってもいい……?」

「はぁっ……、志垣くんのその余裕なんなの。……早く……入れてっ。ぼくの中に来いっ!」

 志垣くんのそれが、ぼくの中にゆっくりと入ってきた。背骨がびりびりとしびれるような快感に呑み込まれる。彼がぼくの中心にいる。
 この感覚はなんだろう。彼が身体を揺さぶるたびに、花びらが一枚一枚ほどかれるように、ぼくがむき出しになっていく。
 大好き……気持ちいい……愛してる……あなただけだ。志垣くん。

 ぼくたちは、何度交わったかわからない。いつの間にか眠ってしまい、気づけば空は茜色に染まり、夕刻が近づいていた。

「わたるん、おはよう」

 少しも掠れてセクシーな志垣くんの声がした。朝も聞いたなそのセリフ。だけど今はもう夕方、お風呂の時間が近い。
 起き上がろうとして、ぼくは自分の身体に散る、花びらのような鬱血痕に気づいた。あ、やらしい。これは人に見せたらダメなやつだ。
 志垣くんの胸元にも、どぎつい赤い跡がついている。誰だ、こんなにしたの!――ぼくだよね……きっと。
 これじゃあ、共同風呂には入れない。

 ぼくがお風呂のことを考えていると、志垣くんが、ぴとって巻き付いてきた。肌と肌がくっつく。

「ねぇ、わたるん、俺たちさっきまで愛し合ってたのに、なんでもう冷静になっちゃうの?今は、愛を語る時間じゃないの?」

「今は、お風呂と夕食のことを考える時間じゃないの?」

「もー、賢者タイムかよっ!」

 うん、そういえば、めちゃくちゃ恥ずかしいことしたんだった。ぼくは志垣くんの頭をよしよしして、ほっぺたにキスをした。

「さっきまでエロスの塊のようだったわたるんが、普通に戻ってしまった……」

「いいじゃん、またみんなに見せたくないって叫ぶだろ?ギャーって。……あれ、カラスのカーだったの?」

「別に、カラスはカーって言ってるつもりないんだよ。喉からあの声が出るだけで」

「ふーん。あのさ、ぼくたちの話聞かせてよ。この前の続き」

 ぼくは、志垣くんに肩枕をしてもらって、話を聞く準備を整えた。今日は真面目に聞くぞ。
 志垣くんはとてもうれしそうだった。ぼくはパチパチ拍手をしてやる。よっ、待ってました!

「こほん、それでは、続きをおはなしいたしましょう! わたるんに恋をした俺は、すぐそばの木の枝に留まり、毎日君を見ていたんだ。俺はカラスだし、わたるんは薔薇の花だし、今で言う異類婚とも違うよな。
そもそもわたるんに自我があるかすらわからないわけでさ。
俺もカラスだからそこまでは考えてないんだけど、わたるんが欲しくても、自分の嘴で咥えたら傷つけてしまうってことだけはわかってたの」

「うん、カラス頭いいな」

「で、俺が出来るのは、わたるんが他のやつらに手折られたりしないように見張るだけなんだけど。
わたるんが少ししおれた頃、造園業者が君をハサミでちょんと切って、くずかごに入れてしまったんだ。ほんの少し目を離しただけだったのに……俺は悔しくて、悲しくて、狂ったように啼いたよ。そして、くずかごに入ったわたるんを追いかけて、倉庫の壁に激突した――から記憶がない。あのときの俺、わたるんと同じくずかごに入れてたらいいのに……お話終わりっ!」

 志垣くんは、悲しんだり怒ったり、いろんな顔をしながら語って、最後はにこって笑顔になった。ぼくもにこって笑った。

 ぼくは、志垣くんの異常なくらいの執着心の意味が、ようやくわかった気がした。
 なんで、ふたりとも人間になれたのかなあ、神様?仏様?なんかわからないけど、きっとなんかが見ててくれたんだろうね。
 そもそも薔薇には自我はないと思うよ。ぼくは置いといて。

「めでたしめでたし?」

「えっ、なんで?」

「だって、志垣くんの話の続きが、今で、ここでしょ。めでたくない?」

「めでたいっ!」

 それからぼくたちは、顔を洗って、ちょっと身綺麗にして、コンビニに行った。もうお風呂も夕食もどうでもよかった。
 
 アイスを食べながら、踊るように手をつないで、公園でジャングルジムに登った。

「志垣くん、なんだかふりだしに戻ったみたいだね」
 
「わたるん、結婚してくださいっ!」

「それは、ムリです。でも、ずっと一緒にいても、いい……よ」

 志垣くんが、ギャーって泣いた。
 ぼくは、笑った。





 おわり
 
 

 
 
  
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