平凡な俺が異世界送りとかありえない

最果ての気球

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第一章 こうして俺は少女を救い、魔王と戦うハメになった

思い出したくもない一年前のあの日

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「はぁ~……」

 放課後、日が暮れ西日が差し込む人気の無い廊下で、俺は一人肩を落としていた。
 俺の目の前、別クラスの教室に面した廊下の壁には、この間の中間試験の結果が張り出されていた。俺は顔を上げ、再度試験結果の紙に視線を滑らせる。そして、その視線がある一点で止まる。

 二位、佐藤次郎、四百八十九。

「はぁ……」

 そこで再びが肩が落ちる。自然と漏れる溜息が重苦しい気分をより掻きたてて行く。
 視線の先にあるのは、見慣れた自分の名前と”二”の数字だった。
 また駄目だった……。

「次郎」

 と、背後からかかる。振り返ると、軽薄そうな笑みを浮かべる雰囲気イケメンな男子生徒がオレンジ色の夕日を浴びて立っていた。見慣れたいつもの顔馴染みだ。

「慶太郎」
「もう放課後だぜ? なにやってんの?」

 隣のクラスの山戸慶太郎。
 見ての通りの軽薄な男だが、情に厚く友人思いな俺の数少ない友人。
 二人は小学校からの付き合いで、クラスが変わった今でも交流が続いている。なんだかんだ気があって、恐らく卒業してもなんだかんだ続きそうだと思っている。

「いや、なんていうか、現状確認?」
「ふ~ん」

 苦虫を噛み潰したように答えると、軽薄な笑みはそのままに壁にかかった順位を見上げる慶太郎。しかし、結果を見た瞬間、軽薄な笑みが青汁を飲んだみたいに歪む。

「かぁ~。相変わらずとんでもない点数だな。一位と二点差とか、凄まじすぎるだろ。俺じゃ地球が滅びてもとれないぜ」

 心底感心したように呻く慶太郎に、俺は小さく溜息を漏らす。
 彼の言うとおり、この試験の点数そのものはそれ程悪いモノじゃない。
 試験科目は5教科の500点満点で、489点というのは悪くない結果だ。
 ただ……それじゃ意味がない。少なくとも俺にとっては。

「一位じゃなきゃ意味がない。何せ俺は世界一を目指してるんだからな」

 俺――佐藤次郎の掲げる目標、小さい頃からの夢は『世界一』になる事だった。
 名前の通り、俺は平凡な名前に、平凡な一般家庭に生まれた、近所の公立中学校に通う平凡な中学二年生だ。身長、体重も中二の全国平均の百六十五センチ、五十五キロ。顔立ちはやや幼げな中性的な童顔だが優れてるわけでも無い。

 ついでに、次郎という名前ではあっても一人っ子だ。
 産まれて来れなかった幻の兄がいるのかと思ったかもしれないが、単に父さんが子供の頃好きだった特撮の登場人物の名前らしい。

 そんなわけで産まれながらにして『一番(長男)なのに次』などという不名誉な名前を賜ってしまった、平凡を通り過ごして少し残念な感じなのがこの俺である。

 それが小さい頃から嫌で、色々と考えたものだ。そして、思いついた。
 名前が次でも、自力で一番になれば気にしなくても良いんじゃないか、と。そして、誰にも後ろ指刺されない為には、世界で一番にならないといけないって。
 以来、俺の目標は世界一になる事で、ずっとその為に勉強も運動もジャンル問わずに頑張ってきた。が、自分で設定した目標すら中々クリアできてないのが現状だ。
 ホント、ダメダメだ。

「世界一か。相変わらずスケールがデカいな。でも、今でも十分凄ぇじゃん」

 そこで一度言葉を切り、慶太郎は空を見上げてツラツラと続ける。

「勉強は出来て、テストでも85点以下はとった事が無い。小、中学校と成績は常に上位で、勉強だけじゃなく運動も出来ると来た。成績表には4と5がズラリと並んでる」

「世界一目指してるんだから、出来てなきゃダメなんだよ。それに、自分が立てた目標もクリア出来て無いし」

「ふ~ん。ま、何処がやっぱりとんでもない向上心だな。ホント、尊敬するよ。ところでさ」

 自己嫌悪に陥っている俺に軽い調子で返し、慶太郎はニヤニヤ笑って俺の肩に腕を回して引き寄せた。

「なんだよ」
「お前を励まそうと思って良いモノを手に入れたんだけど……一緒に見ようぜ」

 嫌な予感を感じつつ尋ねる俺に、慶太郎は抱えていた鞄から何かを取り出した。

「ほら、これだ!」

 バサッと目の前に掲げられた途端、水着姿の女性の写真が視界を埋め尽くす。

「ほら。新作の写真集だぞ」
「うぉ! 止めろ!」

 ニヤニヤと笑う慶太郎を振り払い、慌てて背を向ける。

「ほらほら、これとか凄いぞ?」
「だから止めろって!! 見せようとすんなぁ!」

 ニヤニヤ笑いで追いかけてくる慶太郎から必死で逃げ回る。 
 しばらく謎の追走劇を演じた後、俺達は息を切らして足を止めた。ぐったり教室側の壁にもたれかかる俺に、慶太郎が呆れ交じりに息を吐いた。

「こっちも相変わらずなんだな、お前」
「苦手なモノは苦手なんだよ! 仕方ないだろ」

 顔面全体に異様な熱さを感じつつ、息も絶え絶えに答える。

 俺は昔から、女性の裸や水着など、そういった『性的なモノ』が非常に苦手だった。いつの頃からかは分らないが、異性が肌を晒しているのを見るのは実物、写真、二次元的な絵でも直視できなくなっていた。

 別に女性が苦手なわけではないが、恋仲でも夫婦でも無い相手をイヤらしい目で見る事に拒否反応が出ているのだろうと、自分では分析している。何故かは分らないが。

「ホント、今時珍しいぐらい初心だよね~、お前」
「性分なんだよ。ほっとけ!」

 やけくそ気味に叫ぶ。真赤になった顔をどうにか落ち着けようと呼吸を荒くしてると、写真集をしまった慶太郎が歩み寄ってくる。

「ま、少しは元気出たみたいだな」
「元気が出るどころか、スゲェ疲れたけど?」
「ははは」

 カラカラ笑う慶太郎に、俺は渋い顔で返すしかなかった。
 ったく、コイツは……。毎度この調子でからかってくるんだから困る。
 内心で呆れつつ、思った事は口には出さずに変わりに溜息をつく。

「で、今回は駄目だったけど、諦める気は無いんだろ?」

 一頻り笑った後、慶太郎は勤めて明るく尋ねてきた。尋ねた、と言っても答えは分っていると最初から顔に書いてある。

「ああ。俺が世界一になりたいってのは、自分自身の問題だから。人がどんなに評価してくれても、俺が求める結果にならなきゃ意味がない。出来るまではやるさ」

 決意を篭めて首肯すると、慶太郎は満足げな笑みを浮かべる。

「それでこそ佐藤次郎だ。『出来る出来ないじゃなく、やるかやらないか』だろ?」
「そうだな。ってか、それ俺の台詞」
「ははッ」

 苦笑交じりに返すと、慶太郎は満足そうな笑みを浮かべた。

「とりあえず、部活行こうぜ。何を隠そう、俺はお前がサボらないように先輩から使わされてきたんだ」
「マジでか」
 慶太郎の物言いに軽口で返し、俺は廊下を後にした。

 廊下を歩いていると、そこにもやはり人気は皆無だった。既に皆、部活に向かってしまったのだろう。
 他愛もない雑談をしつつ、一応入部している文芸部の部室に向かう。部室とは言いつつ、ただの図書準備室なのだが……。

「あ!」

 と、最上階の廊下に差し掛かった時、声がかかる。

「これはこれは~」
「万年二位のジロー君じゃないですか~」

 聞きなれた声、わざわざ待ち伏せていたのか、お決まりの嫌味をいってくる奴ら。
 チャラいという言葉が嫌という程板についている、軽薄極まりない二人組み。
 またコイツラか。えっと名前、何だっけ?

「山田、加藤」

 名前すら満足に覚えていない俺に代わり、慶太郎がその二人の名前を呼ぶ。多分に呆れも含んだその声音に、『ああ、コイツラそんな苗字なんだ』と人事の様に思う。

「聞いたぜ? また試験結果が振るわなかったって」
「またトップはまた秀一君だったみたいだな。ご愁傷様~」

 わざと煽るような事を言ってくる天田と加藤。今時小学生ですらこんな物言いはすまいというような分りやすい挑発だった。
 コイツラ、歳幾つだよ、と内心呆れるだけで怒りは欠片も湧いてこない。
 というか呆れ以外にコイツラに対して何も感じられた事は今まで一度も無い。
 ただ、隣の友人は許せなかったらしい。

「ウルセェぞ、テメェら。平均点スレスレだった分際で、寒い絡みかましてんじゃねぇよ」
「はぁ? お前になんて言ってないし~。俺はそこの万年二位野郎に話しかけてんだよ」
「お前こそしゃしゃり出てくんじゃねぇよ、部外者~」
「なんだとッ?」

 放っておけば良いのに、慶太郎と山田&加藤はやいのやいのと言い合いしだす。当事者である筈の俺といえば、相変わらずの人事でしらーっとした気分でそのやり取りを眺めていた。
 五月蝿いな、コイツら。

「やぁぁ~い、負け犬ジロー」
「負け犬負け犬!」

 などと思っていた矢先、山田&加藤が更に酷い悪口を言い出した。その言葉に、慶太郎が『しまった!』と小さく呟くのが聞こえた。

「おい、お前ら……」

 と同時に、俺の中で何かが弾ける。

「今、なんて言った!」

 自分でも驚く程、デカイ声が出ていた。低めに響くドスの利いた声で、俺は今まで無視していた悪がきコンビを睨みつける。

「誰が負け犬だ!」
「負け犬だから、負け犬だって言ってんだよ~」
「悔しかったら一位になってみろよ~」

 俺が怒りを露わにした事で、山田&加藤も調子に乗った口調に拍車がかかる。
 コイツら……黙って聞いてりゃ舐めた事言いやがって。

「ざけんな! テメェらに何の関係が――」
「君達、何をしてる」

 と、完全に堪忍袋の尾が切れた瞬間、図書準備室から誰かが顔を出した。

「あっ!」

 その声に、山田と加藤がビクッと体を跳ねさせる。俺も慶太郎も、自然と口から言葉にもならない声が漏れる。
 声の主、本当の意味でのイケメンを体現したような中世的で柔和な顔立ちと女性的ともとれるようなすっきりとした体型の少年が此方に向かってきた。
 村瀬秀一。
 学校一の秀才にして、成績は常にトップから落ちた事の無い、およそ現実感の薄い男。
 話によると、家の経済状況で私立中学にいけなかったが、私立中学の学生レベルでもかなり上位につけるであろう男であり、将来の夢は弁護士だそうだ。
 それでいて聖人君子という言葉が服を着ているような人間の出来た奴なので、非の打ち所が無い。
 俺のように世界一を目指しているわけでも無いのにここまで揃ってるって、どんだけ凄いんだよと感心する。俺なんて高い目標を得てようやくこの程度なのに。

「いや、あの……」
「試験結果について……ちょっと……」

 村瀬の登場で、途端しどろもどろになる山田&加藤。確かに試験結果についての話ではあったけど、一方的に煽られただけなんだけどな。

「はぁ~。また佐藤君に絡んでいるんだね。全く君達は……」

 二人の言い訳など先刻承知の上なのか、村瀬は溜息混じりに呆れた様子で此方に歩み寄って来る。

「いつも言ってるだろ。佐藤君は君達の何倍も努力して結果も出している。軽々しくその結果を嘲る事が許されるとでも思っているのかい?」
「でも…だって」
「一番になりたいとか言って、いつも二番にしか」

 尚も食い下がる二人に、村瀬は満面の笑みを浮かべ、

「君達はいったい何番だったんだい?」

 有無を言わせぬ迫力を持って二人を黙らせた。
 しかし、その言葉は俺の心にも深く鋭く突き刺さった。

「彼に何かを言う資格は誰にも無いさ。ソレは追いかけられてる僕でさえね」

 満面の笑みから一転、真剣な表情に戻った村瀬は二人を睨む。押し黙った二人は、完全に蛇に睨まれた蛙状態で固まってしまった。

「いつも友人達が済まない」

 そんな二人を無視して、村瀬は俺に歩み寄ると、呆気にとられた慶太郎と俺に声をかけてくる。

「こんな身近に目前に迫ってくるライバルがいるお陰で、僕も緊張感を保っていられるんだ。トップで居られるのも君のお陰だと思ってるよ」

 これからも宜しく。
 爽やかさ全開、邪気の欠片も感じられない様子で村瀬は握手を求めてくる。
 だが、相手に悪気があるかどうかはともかく、不動の一位からそう言われてしまっては何も感じないというわけにはいかなかった。

「それ……皮肉か?」
「えっ!?」
「いや、なんでもない。俺もわかりやすい目標が有る方が努力のしがいがあるってものだ」

 ついもれてしまった本音をごまかし、俺は村瀬の手をとった。
 ガッチリとつながれた握手は、無駄に力が篭ってしまったのは仕方の無い話だったかもしれない。
 手を離すと、村瀬は山田と加藤を連れ、一足先に踵を返して図書準備室へ戻っていった。

「か~ッ! 相変わらず爽やかなヤツ。参るわ~」

 三人の背中を眺めていると、慶太郎がげんなりという態度で呟き、此方に向き直る。

「ま、こうしてても仕方ない。行こうぜ、ジロー」
「ああ」

 促され、俺達も図書準備室に入っていった。


 部活を終え、家路についたときには、もうほとんど日も落ちる寸前だった。

 梅雨にもさしかかろうかという時期にも関わらず妙に肌寒い空気を感じる。
 自宅の一軒屋がある長い坂に差し掛かった時には、もう辺りはかなり暗く、すれ違う車もライトを点灯しはじめている。同時に、まばらについた電灯もつき始めており、お陰で周囲の状況も一応見える程度ではあった。

『トップで居られるのも君のお陰だと思ってるよ』

 部活前に言われた不動のトップからの一言は未だ心に突き刺さっている。
 相手に何の悪気も無い事は分っていても、言われた側からしたら嫌な事もある。
 俺がいるからアイツがトップでいられるのなら、俺は永久にトップになれないって事か?
 万年二位。
 山田と加藤に言われた事自体は事実でしか無い。
 事実だから何も反論する気も無かった。アイツラに言われても傷つきもしないけど。ってか、実際にイラついている

「ま、それでも事実は事実なんだよな」

 自嘲めいた言葉が漏れて、はっとする。
 正直今考えても全く意味は無い。ともかくやれる事をやろう。アイツラが何を言ってこようが、どうでも良い事だ。何を言われようが関係ない。

「帰ったら、さっそくミスしたところの復習だな」

 千里の道もまず一歩から。そう心に決めて、家までの道を急ぎ足に歩き出す。
 ガシャ~ン!
 と、背後からデカイ音がして、反射的に振り返った。
 見ると、丁度車道を挟んで対岸道脇の外灯下で、小柄な男の子が地べたに倒れこんでいるのが見えた。その横には、子供用自転車が車輪を空転させながら倒れている。
 転んだ子供はゆっくりと置きあがる。そして――

「うわぁぁぁぁぁぁぁん」

 地べたに座り込んで泣き出してしまった。

「うっ」

 思わず漏れる呻き。急いで帰ろうとした矢先にこれである。
 どうやら自転車で転んだらしい。
 常識的に考えれば助けてやるのが筋だが、しかし今は急いで帰宅したい。

「ここは見なかった事に……」

 自分に言い訳して、無理矢理回れ右する。そして――

「……ったく!」

 良心の呵責に耐え切れず、俺は仕方なく来た道を引き返した。
 こういう時、自分の性格が恨めしい。
 誰かが困っていると、どうにも放っておけなかった。
 今は時間が惜しいのに。こうしている間にもライバルとの差は開くかもしれないのに。

「大丈夫か?」

 倒れた自転車を起こしながら、優しい口調で俺はその子に声をかけた。
 その子は一瞬驚いたように体をびくつかせ、ゆっくり此方を向く。
 ようやくはっきり顔が見えたが、その子は一言で言って美少年だった。やや中性的な顔立ちとサラサラの黒髪から育ちの良さが感じられる。小柄な体型だから、小学校の低学年だろうか。

「転んだんだろ? どこか怪我してない?」

 声をかけると、男の子は此方をじっと見詰めてきた。

「膝すりむいた」
「そっか。ちょっと見せてみろ」

 俺がしゃがむと、少年は膝を立てる。彼の言うとおり、膝をかなり大きく擦り剥いていた。
 こりゃ、痛そうだな。

「立てるか?」

 俺が尋ねると、首を横に振る少年。
 だよな。
 俺は学ランのポケットから携帯を取り出して、少年に向き直る。

「じゃあ、お家の電話番号とか分る?」

 再度尋ねると、少年はまたしても首を横に振った。
 これも駄目か。
 かくなる上は……。

「あ~、もう仕方ねぇな」

 俺は覚悟を決めると、少年の横にしゃがみこみ背中を向ける。

「歩けなさそうだし、家まで送るよ」
「……」

 俺が申し出ると、少年は一瞬戸惑った様子で俺の顔と背中を交互に見たが、意を決して俺の背中におぶさった。

「んじゃ、家まで案内宜しくな」
「うん。あっち」

 控えめに返事して、少年は指差した。それは、さっきまで歩いてきた方角だった。
 ……やれやれ。
 完全に逆戻りする羽目になったが、関わった以上はしょうがないか。
 俺は覚悟を決め、少年の案内に従って道を歩き出した。

 
 結果的に、少年の家は中学を挟んで距離がそうとう離れていた。
 お陰で時間は大分浪費してしまった。
 こういう時は自分の性格が恨めしくなる。目標達成の為には一分一秒が惜しいのに、誰かが困っているとどうにも放っておけなかった。
 ったく、このお人よしめ!
 そんなこんなで、思い出したくも無い一日は夜を迎えていった。
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