平凡な俺が異世界送りとかありえない

最果ての気球

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第一章 こうして俺は少女を救い、魔王と戦うハメになった

嫌々ながらも怪物退治開始!

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 話が一通り終わり、俺はアルベールさんに連れられ、村の広場に移動した。

 そこには既に人だかりが出来ていて、俺はその人だかりの前方に設けられた簡易舞台の上に乗せられた。舞台から見下ろすと、聴衆の視線が一斉に此方へと注がれている。その圧に押されて、俺はそわそわしてしまい、そこにいる人々の顔も満足に見れなかった。

 ……何始まるの、コレ?

「皆の者! この方こそ、我らが神が遣わして下さった救い主様だ!」

 戸惑っている俺をよそに、隣に立っていたアルベールさんが集まった人々に向け高らかに叫んだ。
 一瞬の間……そして。

「おぉ~」

 大地を揺るがす勢いの大歓声が聴衆から立ち上った。同時に、俺に向けられた視線が期待に満ちたものへと変わった。

「先程、救い主様はかの魔人の討伐を承諾してくださった! これで、愛する同胞を悪魔に差し出さずに済むぞ!」
「おぉ~! なんと慈悲深い」
「ありがたや~」
「救い主様、万歳!」

 煽るような村長の物言いに、聴衆は更にテンションを高めて喜びの声を漏らす。

 その反応は様々で、ある人は涙を流し、ある人は喜びに目を輝かせ、またある人はあまりにも嬉しかったのか腕を大きく振り回して歓声を発する。

「さぁ皆。我らに救いを下さった慈悲深き神と救い主様に感謝の祈りを捧げよう!」

 アルベールさんが言うと、人々はさっと地面に膝をつき、両手を組んで頭を下げる。

「おお、神よ! 我らを創りたもうた偉大なる父よ。いつも我らに限りなき幸福と安らぎを御与え下さる事に感謝いたします」

「日々の実りに感謝いたします」
「感謝いたします! どうか、我らをお守り下さいますよう」
「救いを御与え下さり、感謝いたします!」
「救い主様に限りなき感謝を!」
「神の御使いに、限りなき感謝を!」
「感謝を!」
「感謝を!」
「どうか我らに安寧の時を齎し下さいますよう」
「我らの祈りを、どうか御受け取り下さい!」「「御受け取り下さい!」」

 その場にいる人々の大合唱は、大きな波となって俺の全身を振るわせる。肌を刺すような期待の嵐に、俺は笑うしか出来なかった。
 ああ、これはもう、絶対後には退けない。化け物退治する以外に道は無さそうだ。
 完全に投げ槍な状態でその祈りを聞き流し、自らの浅はかさと煽り耐性の無さに泣きたくなった。
 マジで勘弁してくれ。ホント、何の罰ゲームなんだよ?
 そう思った時、ふと誰かの視線を感じた。

「あッ!」

 そこには、小屋の影に隠れて此方を伺うアイシャの姿があった。
 アイツ、なんであんなところに?
 疑問に思った途端、自然と俺の脚は動いていた。

「救い主様?」
「すみません。すぐ戻ります」

 呼び止められたのを一言で制し、俺はアイシャのいる場所まで走りだした。すると、彼女もまたすっと回れ右して逃げるように走りだす。

「おい、アイシャ」

 慌てて呼び止めようとするが、彼女はお構い無しに俺から逃れるように走っていく。それどころか、心なしかペースが上がっていた。

 クソ、何で逃げんだよ。
 その様子に、俺も半ばムキになって走るペースを上げた。
 それから暫く、俺達は互いの距離がつかず離れずのまま、村から外れた森の中へと入っていた。相変わらず逃げるアイシャを捕まえるべく、俺は更にペースを上げる。程無く彼女の背中を捕えた。

「はぁはぁ……ちょっと待てって」

 彼女の追い越して前に出ると、荒い息を整えながら道を塞ぐように立ちはだかる。これ以上は逃げられまいとする俺の態度に、彼女は小さく溜息をついた。

「何の用?」

 一拍置いて、彼女は顔を上げるといつもと同じように平坦な調子で尋ねてきた。

「何の用って……お前が隠れて見てたから……」

 特に何か用があったわけでも無いが、何となく気になったというか。
 いや。そういえば、こいつには聞きたい事があったんだった。

「そういえば、村長から色々聞いたぜ? お前、魔人とかいう化け物の花嫁にされそうなんだって?」

「……」
「なんで黙ってたんだよ? 困ってる事無いかって聞いたのにさ」

 最初に出会って質問した時に、こいつは確かに困っていないと言った。でも、さっきの話を聞いたうえで言うが、確実に困ってるだろ。

「……困ってなんか無い」

 とか思ったのだが、彼女はぼそりとそんな言葉を返してきた。

「それより……ほんとにやるつもりなの?」
「えッ?」
「だから、魔人を倒すつもりなのかって事」

 いきなりの質問を理解できずにいる俺に、アイシャは再度尋ねてきた。

「ああ。成り行きでそういう事に。でも、あんな話聞いて放っておけないしさ」
「やめて」

 戸惑い混じりに答えた俺に、彼女は鋭い声を上げた。突然の事に驚きを隠せない俺に、彼女は続けた。

「絶対にやめて。ただの人間が魔人になんて敵うわけが無い」

 相当の剣幕で、アイシャは大きく身を乗り出して畳み掛けるように言った。俺は戸惑いながらも反論する。

「いや、今更断りようが無いって。それに、もしかしたらさっきのスライムみたいに上手く行くかもしれないしさ。こうなったら腹くくってやるだけやってみるしか」

「下級の魔獣なんかと魔人を比べないで! 奴らがどれだけ恐ろしい相手か、貴方はまるでわかってない。スライムだって偶然倒せただけじゃない!」

 貴方だって分ってるんでしょ?
 そう詰め寄られ、俺は言葉に詰まるも、何とか応戦すべく口を開く。

「そんなの言われなくても分ってるよ。でも、もうやるって言っちまったんだから今更どうにもならないだろ。見たろ、あの盛り上がり」

 もう断りようがないのは目に見えていた。村人達の喜びようは、軽いお祭り騒ぎだ。今更無理とか、どの面下げて言えっていうのか。

「そんなの、逃げちゃえば良いだけじゃない」
「ッ!」

 アイシャの口調が鋭いを通り越して辛辣なモノへと変わった。熱を帯びている分だけ普段の平坦なそれより何倍も鋭く痛い言葉だった。
 そして、その言葉は俺の心の一番大事な部分を深く深く抉っていった。

「逃げろ、だと?」
「そう。今すぐここから逃げて。私の事なんて気にせず、安全な場所に」

 少女の言葉に、俺は顔を奥歯を力いっぱい噛み締める。奥歯の尖った歯が小さく欠け落ちた。

「……っけんな!」

 搾り出すように言葉が口をつく。同時に腹の底から沸々と怒りが湧き上がった。
 少女の言葉は、さっき神(?)にも散々言われたのと全く同じだ。
 一番言われたく無い言葉を、友達でも無いような奴らや顔も見えない人間、果ては分けも分らず送られた会ったばかりの人間にまで言われて。
 それが、人がどれくらい嫌いな言葉か、どいつもこいつもまるで分ってない。分って無い癖に、好き勝手言いやがって!
 誰が好きでこんな状況だと思ってやがる! なめやがって!!
 こちとら上手く出来なくて苦しんでるってのに、何でこんなに!

「ふざけんな! お前は俺に、負け犬になれってのかよ!」
「死ぬよりマシだよ! 魔人になんて敵う筈が無い」
「上手く行くかもしれないだろうが! やる前から勝手に諦めてんじゃねぇよ!」

 もう俺は完全に頭に来た。語気が荒くなり、つい怒鳴り返してしまう。
 その強い口調に、少女の体がかすかに跳ねる。怯えたように体が縮こまり、少女の攻勢が止んだ。その隙に、俺は怒りに任せて少女に詰め寄る。

「大体コレ、お前の問題じゃねぇか! 周りが頑張って解決しようとしてんのに、何でお前がそんな否定的なんだよ!」

「そ、それはッ……」

 身を乗り出す俺から逃れるように、アイシャは切なげな様子で口ごもる。

「良いのかよ! このまま魔人なんて化け物に嫁がされて! 構わないのかよ?」
「ッ……」
「そんなわけ無いよな。化け物の花嫁になんて、進んでなりたい奴がいるとは思えないよ。大丈夫だったら、そんな悲しそうな顔するわけない!」

 早口に捲くし立てる俺の問いかけに、彼女は戸惑ったように一瞬視線を逸らす。その瞳は今にも泣き出しそうに潤んで揺れていた。

「私は……大丈夫だから」
「嘘つけ! 無理して強がってるだけだ!」
「そんな事ない」
「あるね! 大有りだ! 助けて欲しいって顔に書いてあるよ!」

 怒りに任せて、俺は言いたい事を思うまま、考えもせずに畳み掛けた。もう自分でも何を言っているのかまるで分らなくなってきてる。他人の本心なんて分るわけも無いのに……。

「誰が何と言おうが、もう後には退けないんだよ! 無理だなんて今更言えるわけない! こうなったら、意地でもその化け物をぶっ飛ばしてやる! 絶対に勝つ!」

 これ以上無い程強い口調で、俺は目の前で怯え縮こまっている少女に宣言する。
 人助けせずにいられない俺が、この状況を捨て置ける筈が無い。しかも、相手は右も左も分らない俺を助けてくれた恩人で、大怪我を直してくれた命の恩人でもある。
 そんな子を見捨てたなんて、天国にいる婆ちゃんに顔向け出来ないぜ。

「ジロー……駄目」
「やる前から諦めてどうすんだ! そんなの間違ってる! 絶対に間違ってる!」

 根拠も自信もまるで無かったが、やけっぱちになって言ってしまった。寧ろ、そうだと俺自身に言い聞かせるように。

「俺がお前を助ける!」

 俺はそう言うと、彼女の肩から手を離し踵を返す。

「無事に帰ってきたらお前は自由だ。おとなしく家で待ってろ! 無理じゃないって証明してやるよ!」

 最後にそれだけ言い残して、俺はその場を後にした。もうアイシャを救う為なのか、俺自身が魔人に勝てると証明したいのか、自分の中ではわけがわからなくなっていた。

「……行かないで」

 その背中に、か細くそんな声が聞こえた。
 勝算なんて欠片も無い。それでももう逃げようが無い。
 行くしか無いんだ!


「あそこです、救い主様」

 アイシャと別れてからしばらく、俺は村で渡された長くて幅広の鉄剣――刃が欠けてて重い――とブカブカの革の鎧――痛みが激しい――を身に着け、俺誘拐犯のリーダー格、クレマンさんの案内で魔人が潜伏しているという場所へとやってきた。

 因みに、武器も防具も、出征中の若い人達があらかた使っているらしく、これしか残っていないらしい。剣は重たいし、鎧はブカブカだし不安要素しかなかったが、丸腰よりはマシだと身につけてきたのだ。

 辺りは日も暮れ出し、二つの太陽が左右に分かれて地平線に沈んでいた。異様に幻想的な光景だったが、状況が状況だけに素直に感動出来ないのが勿体無く思う。
 はぁ~……こんな時じゃなかったら、どんなに良かったかな。

「魔人はあの砦に」

 クレマンさんが指挿す先、森に囲まれた小高い丘の上に、『砦』が見えた。

 石を積み上げて造られた城壁に囲まれた、四角い建物の連なり。ファンタジーを題材にした作品によく登場する城の上部に連なる飾りにも見える凸凹に積み上げられた矢避け。
 その上部に、旗が掲げられたであろうポールが立っているのが見える。白く塗装されていたであろう壁にはビッシリと苔が生えており、塗装もところどころ剥がれ落ち、城壁そのものに欠けた部分や穴が開いているところがある。
 どこからどう見ても砦、もしくは小規模な城にしか見えないソレは、打ち捨てられたとあってうらぶれた空気を全身からこれでもかというぐらい発していた。

「魔人はここを住処に先の戦争で受けた傷を癒しながら婚儀の日を待っております」
「なんか、肝試しでも出来そうな場所ですね」

 率直な感想が口をつく。そうでもしないと、平静さを保つのは無理だった。
 ただ、言われたクレマンさんにはきょとんとした顔で首を傾げられてしまった。
 ああ、会話は普通に出来ても、こういう言葉は伝わらないのね。まぁ、アイシャにも日本とか通じなかったから、知らない事は知らないか。

「で、その魔人ってどんなやつなんですか?」

 気を取り直し、俺はクレマンさんにずっと聞きたかった事を尋ねる。
 意味も分らず異世界で化け物退治する羽目になったんだ。喧嘩もした事の無い俺には、事前情報ぐらいは必要だ。武器も防具も頼りない状態だし。

「恐ろしい化け物です!」

 しかし、俺が欲した答えは得られず、クレマンさんは胸を張って的外れに解答する。

「あ、その……特徴とか知りたいんですが……」

 軽い頭痛を覚え、こめかみを抑えつつ何とか言葉を続ける。

「血に飢えた怪物です! とにかく凶暴で冷酷な、恐ろしい化け物なのです!」
「もう少し具体的に言うと――」
「思い出すだけで身震いしてしまうような、余にも恐ろしい化け物です!」
「……あ、はい。もう十分です。ありがとうございました」

 つらつらと語ってくれた彼に礼を言い、強引に話をぶった切った。自分から話振っておいてなんだが、何と言うか、ここの人達って状況を見るのとか苦手っぽい。

 はぁ~……。事前の情報すらなく化け物退治とか、無理ゲー過ぎる。
 とりあえず、戦い慣れている筈の狩人がやられたわけだし、気を引き締めよう。
 不安要素しか無いが、もうやるしか無い!
 アイシャにだって大見得切っちまったし、後には退きようがない。弾みとは言え、何であんな事言っちまったんだか……。

「それでは参りましょう」

 と、心を決めた俺に、クレマンさんの声がかかる。

「魔人は砦の奥の間にいます。さぁ、参りましょう」

 彼は勢いこんで立ち上がり、勝手に歩き出した。

「あ、ちょっと待って」

 慌てて呼び止めると、彼は怪訝そうな顔で此方を振り返った。

「ここからは一人で行きますよ。丸腰の人が化け物の前に立つのは危ないし」
「えっ? でも、お一人では危険では?」
「大丈夫です。一人の方が身軽だし、却って危険は少ないですから」

 それは紛れも無い事実だった。
 これから怪物退治をしなきゃいけないのだ。一緒にいたら、確実に危ない目に遭う。ここはさっさと帰してあげた方が懸命だろう。

「しかし、村長から救い主様の事を頼まれましたので」
「ここまで案内してもらってますし、さっき魔人の事も教えてもらいましたから。十分役目は果たしてると思いますよ?」

 そう言って、俺はクレマンさんの肩を軽く叩く。

「アルベールさん達に宜しく伝えといてください。きっと何とかしてみせますから。貴方は家族のところに帰ってあげてください」
「……おぉ。救い主様は、やはり慈悲深きお方です。ありがたや。ありがたや。このご恩は一生忘れませぬ」

 俺が笑いかけると、クレマンさんは大袈裟に泣き出し礼を言い始めた。もう慣れてきたけど、このリアクションはどう対処すれば良いのかまではイマイチ分らない。

「では。お気をつけて」

 手を振って森の中へ消えるクレマンさんを見送り、俺は砦に向き直る。
 さて、どんなのが出るかな。我ながら暢気だが、無理にでもそう考えないと怖くてやってられん。

 覚悟を決めて夕日に照らされた砦へと足を踏み入れると、中は予想通り荒れ放題だった。
 ところどころ床石が割れ、土が見えたり、雑草が生えたりと、もう滅茶苦茶だった。

 アルベールさんから聞いた話によれば、かつてこの辺りを治めていた豪族が、地方防衛の為に建てた砦の一つだそうだ。豪族が没落して以降、この辺りを治める国の兵が駐留していたが、先の魔人襲来に際して兵が中央へと戻り、以来無人だとか。

 自然の風化やら雨風に晒される内に、随分と滅茶苦茶になってしまったようだ。
 そんなわけで、足元は非常に危ない。窓から差し込む西日を頼りに進んでいるが、歩くのも相当難しかった。

 暫く歩くと、巨大な部屋の前にやってきていた。
 そこは四、五人は楽にすれ違えそうな大きな通用口がある。その先の部屋は闇が深くて見通せないが、結構な広さがあるのでは無いかと思わせた。

 多分、ここが聞いていた奥の間という奴だろう。

「とりあえず行くしかないか」

 こうしていても仕方無い。腰の剣を確かめつつ、俺は恐る恐る部屋へと立ち入った。
 その瞬間、頭上から異様な視線を感じた。

「ッ!」

 見上げる俺の視界に、闇に浮かぶ無数の血のような真赤な光が飛び込んでくる。ソレが何か認識する前に、それらは猛然と俺目掛けて飛んでくる。

「うわッ!」

 反射的に顔を庇う俺に、真赤な点が降り注ぐ。同時にそれが何だったのか理解する。

「蝙蝠!」

 腕を振り回し、殺到する群れを追い払う。マジ怖いじゃ済まない。何かの映画で主人公が似たような目にあって恐怖していたが当然だ。

「くそっ! どっかいけ!」

 必死で叫び腕を滅茶苦茶に振り回すと、蝙蝠達はバラバラに窓から飛び去った。

「ふぅ~……」

 ホント、さっきから何なんだよ。

「使い魔どもがウルセェと思ったら、侵入者かよ」

 と、一息ついた俺の耳に誰かの声が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、部屋の奥から誰かの足音が響いてくる。
 やがて、身構える俺の目の前にガラの悪い男が現れた。

 ソイツの見た目は、一言で言えば『チンピラ』。俺と同じく真っ黒な髪を撫で付けた頭に青白く妙に輝いて見える肌、見ようによっては恰好良くも顔立ちの、ガラの悪そうな男。

 そして、何より特徴的だったのは開いた口から食み出た鋭い犬歯。人間というよりも、獣のそれに近い長い犬歯が月明かりを浴びて刀剣のように光って見える。
 この感じの存在に心当たりがあった。

「吸血鬼……」

 剣の柄に手をかけながら、俺は小さく呻いた。
 狼、スライムと来ていきなり吸血鬼とか、グレード上がり過ぎだってば!!
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