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「ローゼ、お茶にしない?」
ヴァルドの治める領地ハドにはすっかり雪が積もっている。とうとうこの国にも本格的な冬が到来したのだ。早朝からヴァルドが脅威的なスピードで雪かきをしていた。ローゼもなんとか起きて手伝った。だが、今まで雪かきなどしたことがない。思っていたより重たい雪に苦戦した。体も冷えてきている。ローゼは寒さで歯をカチカチ鳴らしながら頷いた。
「わぁ、ローゼ!寒いよね!早く中に入ろう」
ヴァルドに肩を抱かれ屋敷内に入る。フカフカのいい匂いのタオルで濡れた髪の毛を拭き、暖炉の前にいたら段々楽になってきた。
「ローゼ、ミルクティーでいい?」
「ああ。ありがとう」
ヴァルドからマグカップを受け取るとじんわり温かい。ふうふう息を吹きかけて飲むと、まろやかな甘みが広がった。
「美味しい」
「クッキーもあるよ」
「君が焼いたのかい?」
「うん。昨日どうしても作りたくなってね」
「頂くよ」
ローゼは菓子鉢のクッキーを1枚摘み齧りついた。
「美味しい。君はなんでも作れるんだね」
「ローゼに食べて欲しくて練習したんだよ」
「僕にかい?」
ローゼは驚いてしまった。
「そう。ローゼが甘い物好きだって聞いてたし、頑張ったよ」
「そうか。ありがとう」
ミルクティーを飲み干すと、ローゼはお腹がいっぱいになっていた。
「こちらの地域は積雪が多いのだね」
「うん。ローゼの住んでいる辺りは少ないよね」
「そうなんだ。僕はもっと雪かきに慣れなければね」
「ローゼ、ありがとう。いつもお手伝いしてくれて」
「僕の出来る範囲でならなんでもやるよ」
「ありがとう。あ!」
ヴァルドが急に立ち上がる。そばの引き出しからなにやら取り出した。
「ローゼ、今週末空いてる?」
「なにもないけどどうしたんだい?」
「舞台の招待券をもらっていたんだ。一緒にいかない?」
「舞台か…華やかな場所が僕は苦手でね」
「ローゼがいてくれるだけで場がかなり華やかになるから出来たら来てほしいんだけど」
「…まぁ構わないよ。面白い脚本なのかい?」
「うん、台本を書いたのは最近賞を獲った人気の脚本家だよ」
「それなら期待できそうだね」
ローゼは腕組みをして考えた。
「で、当日は何を着ていけばいいんだい?」
「うん。午後には仕立て屋を呼ぶよ」
「君の爵位は本当に男爵なのかい?」
「普段滅多にお金を使わないからね」
それもそうだとローゼも納得した。
約束通り、午後に仕立て屋がやって来て、ローゼは身体の採寸をしてもらった。今回は濃紺のドレスだ。デザインはあまり華美ではないがローゼはとても気に入った。靴も同じ色のものを選ぶ。
「ではまたお伺い致します」
「よろしくお願いします」
*
「ローゼ、これ読む?」
その日の夕飯時、ヴァルドに分厚い本を手渡された。作者は今回の舞台の脚本を手掛けた人物だ。
「君は本当に熱心だね。ふむ、氷上のホテルの怪か…」
「うん、短編集だからね。読みやすいよ」
「ありがとう、早速読んでみるよ」
夕飯はタンシチューだった。分厚いタンがホロホロして美味い。
「美味しいよ、ヴァルド」
「よかった」
夕飯の片付けも済ませ、ローゼは自室に向かった。
椅子に腰掛け、先程ヴァルドから借りた本を開いてみる。
「ふむ。ミステリものなのだね」
しばらく集中して読んでいると、ドアを引っ掻く音がした。ローゼは本を置き、ドアを開けた。
「ノーラ、よく来たね」
「んなぁぁ」
ノーラがローゼの前で腹を見せる。ローゼがよしよしと撫でると満足したようだ。起き上がりぴょい、とベッドに飛び乗り、そこに座って欠伸をしている。
「ノーラ、先にお休み?僕は今面白い所でね」
「にぃ」
ノーラは既に目を閉じている。ローゼは読書に戻った。
*
「おはよう、ローゼ。よく眠れた?」
いつもの朝、ローゼは欠伸を噛み殺しながら食卓に着いた。
「おはよう、ヴァルド。あの本、なかなか面白くてね。つい夜更かししてしまったよ」
「面白くて良かった。舞台も楽しみだね」
「あぁ。今日も雪かきはするのかい?」
「ううん。今日は晴れているからね。融けて落雪するかもだから屋根の下とか気を付けて」
「承知したよ」
朝食を食べ終わり、ローゼはいつもの作業着を着て、上から厚手のジャンパーを羽織った。これだけで随分暖かい。
「ローゼ、様になってるね。さすが」
「ふふん、僕にかかればこれくらい」
ローゼが薄い胸をのけぞらせて得意がっていると急にヴァルドに抱きしめられていた。
「ヴァルド?」
「ローゼ、愛しているよ」
ぼっとローゼの顔は炎上したように熱くなる。
「な、な、な、急に、何を…!!」
「今日もローゼが好きだなって思ったからさ」
「そんなの…僕だって負けていないよ」
「よし、2人で仕事頑張ろう。今日のお昼も美味しいよ」
「あぁ。君の作る食事には期待しているよ」
2人はそれぞれの仕事に取り組み始めた。
*
「ヴァルド、どうだい?」
「うん、すごく綺麗だよ。ローゼならなんでも似合うけど。舞台の前に監督に挨拶に行こうね」
「承知したよ」
当日、ローゼは出来たばかりのドレスに身を包んでいる。
屋敷の前に停まっていた馬車にヴァルドと共に乗り込む。今日はヴァルド馴染みの御者を雇っていた。劇場は王城のそばにある。周りの安全を確認して馬車が緩やかに走り出した。
「ヴァルド、脚本家の方は今日、来られるのかな?」
「そう言うと思った。会えると思うよ」
「それは嬉しいな。面白い本だったからね」
「よかった」
劇場の前に馬車は停まる。
「旦那様、着きましたぜぇ」
「ありがとう。ローゼ、行こうか」
「あぁ」
2人は馬車を降り劇場内に入った。
*
「お久しぶりです、アルトス先生」
「おぉ、ヴァルド様。来てくださったのですね」
アルトスが椅子から立ち上がりヴァルドと握手をしている。彼はローゼにも気が付いた。
「こちらは?」
「はじめまして、ローゼと申します」
ローゼはドレスの両端を摘み挨拶をした。
「なんと美しい…今日は楽しんでいってください」
「先生、演出で相談したいことがあると」
やって来たのは40代くらいの男だった。
「おお、バルトスくん。ヴァルド様が来ているよ」
バルトスは優雅に微笑む。右手をヴァルドに向かって差し出してきた。
「ヴァルド様、はじめまして。私はバルトスと申します。物書きの端くれです」
ヴァルドも彼の右手を握り返した。
「著書は全て目を通しています。素晴らしいですね」
バルトスはそれに驚いたらしい。一瞬だったが驚いたような表情を見せた。
「こちらは、俺のパートナーのローゼです。すっかりあなたのファンなんですよ」
ヴァルドがそう紹介してくれたので、ローゼは再び挨拶をした。
「ローゼさん、今日は楽しんでいってくださいね」
ローゼは笑って頷いた。
*
「ヴァルド…」
ローゼはそっとヴァルドの袖を引いた。
「どうしたの?喉渇いた?」
「これはなんだい?」
「?」
ヴァルドがローゼが握っていたものを覗き込んできた。それは金属で出来たゼンマイだ。
「え!もしかして幕を開けるときに使うやつじゃ」
舞台裏に戻ろうとヴァルドはローゼを軽々と抱き上げた。
周りの者がそれに驚いている。だが、ヴァルドは気にしなかった。
「ローゼ、それ、どこで拾ったの?」
「舞台から客席に繋がる通路さ。そんなに大事なものなのかい?」
「分からないけど、一応確認だけね」
2人が舞台袖に向かうと何やら騒がしい。人が血を流して倒れているのだ。
「早く担架を!」
「すぐ警察が来ます!客はどうしますか?」
「待機させろ!!」
ローゼはヴァルドから降ろしてもらい辺りを見渡した。そして幕を開閉する装置に近付く。
「何かあった?」
「ここのゼンマイだったようだね」
「本当だ。でもちゃんとあるじゃない」
ヴァルドの言う通り、ゼンマイはしっかり差し込まれていた。反対側の装置にもちゃんと差し込まれている。
「おい、あんまり現場をうろつくな」
やって来たのは大柄の獣人だった。手帳を見せてきたので刑事だと分かる。
「って…殿下?!これは失礼を!!」
「刑事さん、俺はもう殿下じゃないですよ。気にしないでください。勝手にウロウロしていた俺たちが悪いのは事実ですし」
「急に切り替えなんて出来ないですよ。で、なんか見つけたんですか?」
ローゼは刑事にゼンマイを見せた。
「こりゃ血痕が付いてる…?!お嬢さん、これをどこで?」
「僕はローゼ。客席から舞台に繋がる通路に落ちていたよ。ただ、舞台からなくなったものではないようだね」
「おそらくそれは予備のゼンマイかと…いてて」
頭に包帯を巻いた若い男がやってくる。
「君の名前を伺っても?」
「僕はポロ。ここの警備員です。急に後ろから殴られて。いってー。とにかく、それは警備員室の引き出しに入っていたんですよ!」
「ポロ、君は犯人を見ていないのかい?」
「はい。殴られて気絶してましたんで」
「むむう…なんで犯人はゼンマイを盗んだんだ?わざわざ人に見つかる可能性のあるリスクを冒して…」
倒れていた男は脚本家のバルトスだった。意識は今のところないが、命に別状はないらしい。
「カーニャ警部!犯人が使用したと思われる凶器が見つかりません。捜索範囲を広げますか?」
「いや…むむぅ…」
カーニャはすっかり困ってしまったらしい。目線を泳がせている。
「まずはお客様に事態を説明したほうが」
ヴァルドの言葉にカーニャはようやく頷いた。幸いなことに出入り口は予め塞いであった。外を警備していた警備員からは誰も外に出ていないということである。カーニャが事件の説明をすると客たちはどよめいた。
「今日の舞台はどんなものだったんだい?」
「あぁ。そういえばパンフレットを買っていたよね」
ヴァルドが先程売店で買ったパンフレットを開いた。
「ふむ…氷上のホテルの怪のシナリオをなぞるものだったのだね?」
「うん、主演はジュニヤさんっていう女性の俳優さん。彼女は探偵として最初から最後まで舞台に上がるんだ」
「彼らと話がしたいね」
「ローゼ、それはさすがに…」
ヴァルドがやんわりとローゼを止めようとしたがカーニャがそれを止めた。
「出来たら知恵をお借りしたい」
と。
*
「一体どういうこと?なんで事件なんかが起きるのよ!!」
楽屋内に入ると女性がヒステリックに叫んでいる。
「カナリヤ、落ち着いてほしい」
「だってそんな…あたしの初舞台だったのに」
カナリヤと呼ばれた女性が泣き始めた。
「ちょっと失礼しますよ」
カーニャが手帳を掲げながら奥に入ると、俳優陣は驚いたようだった。
「えーと、メインキャストはあなたたち5人ですか?」
俳優陣が皆頷く。他に黒子などのスタッフを含めたら全てで30人ほどになるようだった。
「容疑者がいすぎる…」
カーニャが弱々しく呟く。
「いや、そんなことはないよ。ちゃんと整理してみようじゃないか」
ローゼがそうきっぱりと言い切ると、カーニャがほっとしたような表情を見せた。ローゼはホワイトボードの前に立ち、黒のマーカーを手に取った。
「まず被害者の発見時間から。カーニャ警部、把握しているね?」
カーニャは手帳を取り出し確認している。
「は…はい。13時半頃だと聞いています」
ローゼはその旨をボードに書いた。
「被害者が襲われた可能性の高い時間は13時半より前の30分前の間くらいだろう。誰が一番最初にバルトスさんを見つけたのかな?」
「私だ」
す、と手を挙げたのは先程カナリヤを宥めていた女性だった。短髪で一見男性のように見える。
「あなたの名前は?」
「リルという」
「バルトスさんに何か用事が?」
「演出プランを相談しにいったんだ」
「僕とヴァルドが監督さんと一緒にいた時、バルトスさんが演出のことで僕たちのところに来たね。ヴァルド、その時間は分かるかな?」
「うん、確か13時くらいだったよ。舞台は14時開演だったから。彼は俺たちと5分位話したよね」
「ありがとう、ヴァルド。バルトスさんは1人、舞台でなにをしていたんだろう?知っている者はいないのかな?」
ローゼがサッと視線を巡らせると、一人のスタッフが手を挙げた。
「バルトスさんは大道具のチェックをされていました」
「あぁ、クライマックスに落ちてくるシャンデリアかな?こうして舞台に上がれる時点で客席にいた客の犯行はほぼないんじゃないかな」
カーニャはほっと息をついた。容疑者が絞られてきたことに安堵したのだろう。客たちは一度帰らせることになった。
「僕も落ちるシャンデリアを見てみたいな。下ろすことは可能かい?」
「はい。今すぐ…あれ?」
スタッフが装置を動かそうとしたが、うまくいかなかった。
「ゼンマイが折れてる…!これじゃ幕も上げられないじゃないか」
「つまり、可動装置は壊れていた。それを知っていた者が犯人だ」
「昨日の時点では壊れてなかったわよ!あたしたち、リハをしたんだから」
カナリヤの言葉にローゼは腕を組んだ。
「とりあえずこっちのゼンマイでシャンデリアを下ろせるかい?」
ローゼは先程拾ったゼンマイをスタッフに渡した。
今度は装置が動き始める。
「犯人はゼンマイが壊れていることを隠したかったのかな」
「確かに警部室の引き出しは滅多に開けませんからね」
「ただ血痕が付いているんだよ?」
ヴァルドの言葉は最もである。
「シャンデリア下りました」
ローゼはシャンデリアを観察し始めた。
「ん…ここにも血痕だ。恐らくバルトスさんのものだろう。シャンデリアが頭上から急に落ちてきたら防ぎようがないね」
「つまり、凶器はシャンデリア?」
カーニャが戸惑ったように尋ねてくる。
「ああ、間違いないだろう。バルトスさんは故意に自分に向けてシャンデリアを落としたのかもしれないね」
「彼は脚本家として成功しているんだよ?」
「人の生き死にに僕は興味がないけれど、どんな状況でも死んでしまいたいという人はそれなりにいるからね」
「…ローゼ、それならポロくんを殴ったのは…?」
「バルトスさんだろうね。血痕はポロのものだろう」
ローゼはこの場にいた皆を眺めた。
「僕は探偵ではないし、素人の意見に過ぎない。カーニャ警部、あとは引き継いでも構わないかい?」
「はい。私たちが尽力して真実を暴きます。ご協力感謝いたします!」
*
「ローゼ、大変な目にあったね」
「あぁ。僕はもうヘトヘトさ」
2人は屋敷に戻ってきている。
「ローゼは推理も出来るんだね」
「あんなの推理でもなんでもないさ。僕は事実を並べただけだよ」
「すごいと思うけどな」
「とりあえず、警察の結論を待つしかないね。答え合わせはそれからでいい」
ローゼは両腕を上げて体を伸ばした。
「ローゼ、夕飯の用意するから着替えて休んでおいで」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
ローゼとヴァルドの長い冬はまだ続く。
ヴァルドの治める領地ハドにはすっかり雪が積もっている。とうとうこの国にも本格的な冬が到来したのだ。早朝からヴァルドが脅威的なスピードで雪かきをしていた。ローゼもなんとか起きて手伝った。だが、今まで雪かきなどしたことがない。思っていたより重たい雪に苦戦した。体も冷えてきている。ローゼは寒さで歯をカチカチ鳴らしながら頷いた。
「わぁ、ローゼ!寒いよね!早く中に入ろう」
ヴァルドに肩を抱かれ屋敷内に入る。フカフカのいい匂いのタオルで濡れた髪の毛を拭き、暖炉の前にいたら段々楽になってきた。
「ローゼ、ミルクティーでいい?」
「ああ。ありがとう」
ヴァルドからマグカップを受け取るとじんわり温かい。ふうふう息を吹きかけて飲むと、まろやかな甘みが広がった。
「美味しい」
「クッキーもあるよ」
「君が焼いたのかい?」
「うん。昨日どうしても作りたくなってね」
「頂くよ」
ローゼは菓子鉢のクッキーを1枚摘み齧りついた。
「美味しい。君はなんでも作れるんだね」
「ローゼに食べて欲しくて練習したんだよ」
「僕にかい?」
ローゼは驚いてしまった。
「そう。ローゼが甘い物好きだって聞いてたし、頑張ったよ」
「そうか。ありがとう」
ミルクティーを飲み干すと、ローゼはお腹がいっぱいになっていた。
「こちらの地域は積雪が多いのだね」
「うん。ローゼの住んでいる辺りは少ないよね」
「そうなんだ。僕はもっと雪かきに慣れなければね」
「ローゼ、ありがとう。いつもお手伝いしてくれて」
「僕の出来る範囲でならなんでもやるよ」
「ありがとう。あ!」
ヴァルドが急に立ち上がる。そばの引き出しからなにやら取り出した。
「ローゼ、今週末空いてる?」
「なにもないけどどうしたんだい?」
「舞台の招待券をもらっていたんだ。一緒にいかない?」
「舞台か…華やかな場所が僕は苦手でね」
「ローゼがいてくれるだけで場がかなり華やかになるから出来たら来てほしいんだけど」
「…まぁ構わないよ。面白い脚本なのかい?」
「うん、台本を書いたのは最近賞を獲った人気の脚本家だよ」
「それなら期待できそうだね」
ローゼは腕組みをして考えた。
「で、当日は何を着ていけばいいんだい?」
「うん。午後には仕立て屋を呼ぶよ」
「君の爵位は本当に男爵なのかい?」
「普段滅多にお金を使わないからね」
それもそうだとローゼも納得した。
約束通り、午後に仕立て屋がやって来て、ローゼは身体の採寸をしてもらった。今回は濃紺のドレスだ。デザインはあまり華美ではないがローゼはとても気に入った。靴も同じ色のものを選ぶ。
「ではまたお伺い致します」
「よろしくお願いします」
*
「ローゼ、これ読む?」
その日の夕飯時、ヴァルドに分厚い本を手渡された。作者は今回の舞台の脚本を手掛けた人物だ。
「君は本当に熱心だね。ふむ、氷上のホテルの怪か…」
「うん、短編集だからね。読みやすいよ」
「ありがとう、早速読んでみるよ」
夕飯はタンシチューだった。分厚いタンがホロホロして美味い。
「美味しいよ、ヴァルド」
「よかった」
夕飯の片付けも済ませ、ローゼは自室に向かった。
椅子に腰掛け、先程ヴァルドから借りた本を開いてみる。
「ふむ。ミステリものなのだね」
しばらく集中して読んでいると、ドアを引っ掻く音がした。ローゼは本を置き、ドアを開けた。
「ノーラ、よく来たね」
「んなぁぁ」
ノーラがローゼの前で腹を見せる。ローゼがよしよしと撫でると満足したようだ。起き上がりぴょい、とベッドに飛び乗り、そこに座って欠伸をしている。
「ノーラ、先にお休み?僕は今面白い所でね」
「にぃ」
ノーラは既に目を閉じている。ローゼは読書に戻った。
*
「おはよう、ローゼ。よく眠れた?」
いつもの朝、ローゼは欠伸を噛み殺しながら食卓に着いた。
「おはよう、ヴァルド。あの本、なかなか面白くてね。つい夜更かししてしまったよ」
「面白くて良かった。舞台も楽しみだね」
「あぁ。今日も雪かきはするのかい?」
「ううん。今日は晴れているからね。融けて落雪するかもだから屋根の下とか気を付けて」
「承知したよ」
朝食を食べ終わり、ローゼはいつもの作業着を着て、上から厚手のジャンパーを羽織った。これだけで随分暖かい。
「ローゼ、様になってるね。さすが」
「ふふん、僕にかかればこれくらい」
ローゼが薄い胸をのけぞらせて得意がっていると急にヴァルドに抱きしめられていた。
「ヴァルド?」
「ローゼ、愛しているよ」
ぼっとローゼの顔は炎上したように熱くなる。
「な、な、な、急に、何を…!!」
「今日もローゼが好きだなって思ったからさ」
「そんなの…僕だって負けていないよ」
「よし、2人で仕事頑張ろう。今日のお昼も美味しいよ」
「あぁ。君の作る食事には期待しているよ」
2人はそれぞれの仕事に取り組み始めた。
*
「ヴァルド、どうだい?」
「うん、すごく綺麗だよ。ローゼならなんでも似合うけど。舞台の前に監督に挨拶に行こうね」
「承知したよ」
当日、ローゼは出来たばかりのドレスに身を包んでいる。
屋敷の前に停まっていた馬車にヴァルドと共に乗り込む。今日はヴァルド馴染みの御者を雇っていた。劇場は王城のそばにある。周りの安全を確認して馬車が緩やかに走り出した。
「ヴァルド、脚本家の方は今日、来られるのかな?」
「そう言うと思った。会えると思うよ」
「それは嬉しいな。面白い本だったからね」
「よかった」
劇場の前に馬車は停まる。
「旦那様、着きましたぜぇ」
「ありがとう。ローゼ、行こうか」
「あぁ」
2人は馬車を降り劇場内に入った。
*
「お久しぶりです、アルトス先生」
「おぉ、ヴァルド様。来てくださったのですね」
アルトスが椅子から立ち上がりヴァルドと握手をしている。彼はローゼにも気が付いた。
「こちらは?」
「はじめまして、ローゼと申します」
ローゼはドレスの両端を摘み挨拶をした。
「なんと美しい…今日は楽しんでいってください」
「先生、演出で相談したいことがあると」
やって来たのは40代くらいの男だった。
「おお、バルトスくん。ヴァルド様が来ているよ」
バルトスは優雅に微笑む。右手をヴァルドに向かって差し出してきた。
「ヴァルド様、はじめまして。私はバルトスと申します。物書きの端くれです」
ヴァルドも彼の右手を握り返した。
「著書は全て目を通しています。素晴らしいですね」
バルトスはそれに驚いたらしい。一瞬だったが驚いたような表情を見せた。
「こちらは、俺のパートナーのローゼです。すっかりあなたのファンなんですよ」
ヴァルドがそう紹介してくれたので、ローゼは再び挨拶をした。
「ローゼさん、今日は楽しんでいってくださいね」
ローゼは笑って頷いた。
*
「ヴァルド…」
ローゼはそっとヴァルドの袖を引いた。
「どうしたの?喉渇いた?」
「これはなんだい?」
「?」
ヴァルドがローゼが握っていたものを覗き込んできた。それは金属で出来たゼンマイだ。
「え!もしかして幕を開けるときに使うやつじゃ」
舞台裏に戻ろうとヴァルドはローゼを軽々と抱き上げた。
周りの者がそれに驚いている。だが、ヴァルドは気にしなかった。
「ローゼ、それ、どこで拾ったの?」
「舞台から客席に繋がる通路さ。そんなに大事なものなのかい?」
「分からないけど、一応確認だけね」
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「早く担架を!」
「すぐ警察が来ます!客はどうしますか?」
「待機させろ!!」
ローゼはヴァルドから降ろしてもらい辺りを見渡した。そして幕を開閉する装置に近付く。
「何かあった?」
「ここのゼンマイだったようだね」
「本当だ。でもちゃんとあるじゃない」
ヴァルドの言う通り、ゼンマイはしっかり差し込まれていた。反対側の装置にもちゃんと差し込まれている。
「おい、あんまり現場をうろつくな」
やって来たのは大柄の獣人だった。手帳を見せてきたので刑事だと分かる。
「って…殿下?!これは失礼を!!」
「刑事さん、俺はもう殿下じゃないですよ。気にしないでください。勝手にウロウロしていた俺たちが悪いのは事実ですし」
「急に切り替えなんて出来ないですよ。で、なんか見つけたんですか?」
ローゼは刑事にゼンマイを見せた。
「こりゃ血痕が付いてる…?!お嬢さん、これをどこで?」
「僕はローゼ。客席から舞台に繋がる通路に落ちていたよ。ただ、舞台からなくなったものではないようだね」
「おそらくそれは予備のゼンマイかと…いてて」
頭に包帯を巻いた若い男がやってくる。
「君の名前を伺っても?」
「僕はポロ。ここの警備員です。急に後ろから殴られて。いってー。とにかく、それは警備員室の引き出しに入っていたんですよ!」
「ポロ、君は犯人を見ていないのかい?」
「はい。殴られて気絶してましたんで」
「むむう…なんで犯人はゼンマイを盗んだんだ?わざわざ人に見つかる可能性のあるリスクを冒して…」
倒れていた男は脚本家のバルトスだった。意識は今のところないが、命に別状はないらしい。
「カーニャ警部!犯人が使用したと思われる凶器が見つかりません。捜索範囲を広げますか?」
「いや…むむぅ…」
カーニャはすっかり困ってしまったらしい。目線を泳がせている。
「まずはお客様に事態を説明したほうが」
ヴァルドの言葉にカーニャはようやく頷いた。幸いなことに出入り口は予め塞いであった。外を警備していた警備員からは誰も外に出ていないということである。カーニャが事件の説明をすると客たちはどよめいた。
「今日の舞台はどんなものだったんだい?」
「あぁ。そういえばパンフレットを買っていたよね」
ヴァルドが先程売店で買ったパンフレットを開いた。
「ふむ…氷上のホテルの怪のシナリオをなぞるものだったのだね?」
「うん、主演はジュニヤさんっていう女性の俳優さん。彼女は探偵として最初から最後まで舞台に上がるんだ」
「彼らと話がしたいね」
「ローゼ、それはさすがに…」
ヴァルドがやんわりとローゼを止めようとしたがカーニャがそれを止めた。
「出来たら知恵をお借りしたい」
と。
*
「一体どういうこと?なんで事件なんかが起きるのよ!!」
楽屋内に入ると女性がヒステリックに叫んでいる。
「カナリヤ、落ち着いてほしい」
「だってそんな…あたしの初舞台だったのに」
カナリヤと呼ばれた女性が泣き始めた。
「ちょっと失礼しますよ」
カーニャが手帳を掲げながら奥に入ると、俳優陣は驚いたようだった。
「えーと、メインキャストはあなたたち5人ですか?」
俳優陣が皆頷く。他に黒子などのスタッフを含めたら全てで30人ほどになるようだった。
「容疑者がいすぎる…」
カーニャが弱々しく呟く。
「いや、そんなことはないよ。ちゃんと整理してみようじゃないか」
ローゼがそうきっぱりと言い切ると、カーニャがほっとしたような表情を見せた。ローゼはホワイトボードの前に立ち、黒のマーカーを手に取った。
「まず被害者の発見時間から。カーニャ警部、把握しているね?」
カーニャは手帳を取り出し確認している。
「は…はい。13時半頃だと聞いています」
ローゼはその旨をボードに書いた。
「被害者が襲われた可能性の高い時間は13時半より前の30分前の間くらいだろう。誰が一番最初にバルトスさんを見つけたのかな?」
「私だ」
す、と手を挙げたのは先程カナリヤを宥めていた女性だった。短髪で一見男性のように見える。
「あなたの名前は?」
「リルという」
「バルトスさんに何か用事が?」
「演出プランを相談しにいったんだ」
「僕とヴァルドが監督さんと一緒にいた時、バルトスさんが演出のことで僕たちのところに来たね。ヴァルド、その時間は分かるかな?」
「うん、確か13時くらいだったよ。舞台は14時開演だったから。彼は俺たちと5分位話したよね」
「ありがとう、ヴァルド。バルトスさんは1人、舞台でなにをしていたんだろう?知っている者はいないのかな?」
ローゼがサッと視線を巡らせると、一人のスタッフが手を挙げた。
「バルトスさんは大道具のチェックをされていました」
「あぁ、クライマックスに落ちてくるシャンデリアかな?こうして舞台に上がれる時点で客席にいた客の犯行はほぼないんじゃないかな」
カーニャはほっと息をついた。容疑者が絞られてきたことに安堵したのだろう。客たちは一度帰らせることになった。
「僕も落ちるシャンデリアを見てみたいな。下ろすことは可能かい?」
「はい。今すぐ…あれ?」
スタッフが装置を動かそうとしたが、うまくいかなかった。
「ゼンマイが折れてる…!これじゃ幕も上げられないじゃないか」
「つまり、可動装置は壊れていた。それを知っていた者が犯人だ」
「昨日の時点では壊れてなかったわよ!あたしたち、リハをしたんだから」
カナリヤの言葉にローゼは腕を組んだ。
「とりあえずこっちのゼンマイでシャンデリアを下ろせるかい?」
ローゼは先程拾ったゼンマイをスタッフに渡した。
今度は装置が動き始める。
「犯人はゼンマイが壊れていることを隠したかったのかな」
「確かに警部室の引き出しは滅多に開けませんからね」
「ただ血痕が付いているんだよ?」
ヴァルドの言葉は最もである。
「シャンデリア下りました」
ローゼはシャンデリアを観察し始めた。
「ん…ここにも血痕だ。恐らくバルトスさんのものだろう。シャンデリアが頭上から急に落ちてきたら防ぎようがないね」
「つまり、凶器はシャンデリア?」
カーニャが戸惑ったように尋ねてくる。
「ああ、間違いないだろう。バルトスさんは故意に自分に向けてシャンデリアを落としたのかもしれないね」
「彼は脚本家として成功しているんだよ?」
「人の生き死にに僕は興味がないけれど、どんな状況でも死んでしまいたいという人はそれなりにいるからね」
「…ローゼ、それならポロくんを殴ったのは…?」
「バルトスさんだろうね。血痕はポロのものだろう」
ローゼはこの場にいた皆を眺めた。
「僕は探偵ではないし、素人の意見に過ぎない。カーニャ警部、あとは引き継いでも構わないかい?」
「はい。私たちが尽力して真実を暴きます。ご協力感謝いたします!」
*
「ローゼ、大変な目にあったね」
「あぁ。僕はもうヘトヘトさ」
2人は屋敷に戻ってきている。
「ローゼは推理も出来るんだね」
「あんなの推理でもなんでもないさ。僕は事実を並べただけだよ」
「すごいと思うけどな」
「とりあえず、警察の結論を待つしかないね。答え合わせはそれからでいい」
ローゼは両腕を上げて体を伸ばした。
「ローゼ、夕飯の用意するから着替えて休んでおいで」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
ローゼとヴァルドの長い冬はまだ続く。
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そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
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