カラスの月夜

はやしかわともえ

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未来の茉莉也

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熱はなかなか下がらなかった。
このまま治らなかったらどうしよう。
茉莉也には、俺の焦りが分かるらしい。
その度に大丈夫だと諭してくれた。
茉莉也は本当に優しい。

「月夜、俺、買い物に行ってくるね」

茉莉也は大人になった今も、こうして家のことをしているらしかった。
すごいな。

「行ってらっしゃい」

そう返すと茉莉也に頭を撫でられる。
茉莉也、本当に大きくなったなぁ。
元気そうでよかった。

「月夜、起きられるか?」

ばあさんに呼ばれて、俺は起き上がった。
少し前まで目眩が酷くてまともに起き上がることすらできなかったのに、だんだん回復してきているようだ。

「薬を調合した。飲むといい」

ばあさんに湯呑を差し出される。
受け取って覗き込むと、あまりの匂いにむせた。色も緑色で不味そうなのは間違いない。困ったなあ。

「月夜、一息で飲め」

「はい」

涙目になりながら俺は湯呑をあおった。
うう、想像をはるかに超える不味さ。
ごくりとなんとか飲み込む。

「よし、そのまま寝ていろ」

湯呑を取り上げられて布団を被せられた。
口の中が本当に不味い。
でもなんだか、体が温かくなってきた。
薬が効いているのかな?

そのうちに俺は眠ってしまっていた。
夢の中で鴉の俺は中学生の茉莉也に体を撫でてもらっていた。
もっと、と茉莉也の小さな手に体を擦り寄せると茉莉也が笑う。
それが嬉しくて俺はますます体を擦り寄せた。

ふと目を開けると茉莉也が俺の頭を撫でていた。
夢だと思っていたのに嬉しい。
茉莉也は優しい。

「月夜、熱下がったね」

「茉莉也・・・」

静かだった。もう夕方くらいだろうか。
茉莉也は笑って俺の額に口づけた。

恥ずかしいけど嬉しい。

「大丈夫。月夜は俺が必ず元気にする」

茉莉也ははっきりそう言った。



次の日、俺は元通りに起き上がれるようになった。
薬の威力すごいな。

「よかったね、月夜」

「ありがとう。本当に助かった」

今日は日曜日だったらしい。茉莉也の弟、薫くんもいた。
俺を遠くから見つめている。

「薫、月夜に挨拶して」

茉莉也が言うと薫くんが近づいてくる。
小さい頃の茉莉也にそっくりだ。可愛いな。

「えっと、俺は月夜だ」

「俺の兄ちゃん取るなよ、バーカ!」

「こら、薫!」

薫くんは走って行ってしまった。きっと茉莉也が大好きなんだな。

「ごめんね、月夜。あいつ、甘えん坊だから」

「わかってる」

なんだかんだみんなで朝食を食べる。
茉莉也が作ったご飯は今日も美味しかった。
相変わらず箸がうまく使えない。

「月夜にはスプーンがいいね」

見かねた茉莉也が言う。

「月夜って赤ちゃんだな」

薫くんに笑われて俺はさすがに悔しくなった。

「大丈夫だ。箸くらいすぐ使えるさ」

「うん」

茉莉也が優しく頷いてくれた。



「じゃ、始めようか」

俺と茉莉也は家のそばにある土手にいた。
ここで一度、力の状態を見るそうだ。

「俺の霊力わかる?」

茉莉也が言う。
俺は集中してみた。
でもかすかにしかわからない。
俺はそう伝えた。

「ふーん。そっか。まあ俺も力のセーブはしてるしわかりにくいとは思う」

茉莉也はそんなこともできるようになったんだな。
感心していると茉莉也はなにかを取り出す。

「じゃ、剣出して」

俺は言われるがままに剣を出した。
茉莉也は一言なにか唱えて投げた。
俺の目の前に四体の人形が現れる。
なんだ?

「この子たちは俺の式神。月夜の攻撃を受けてデータを数値化してくれるよ」

なんかすごい。

「じゃあ、切ってみて」

それはさすがに躊躇われた。攻撃するなんていいのか。

「大丈夫。この子たちはそれなりに強いから」

「わかった」

俺は呼吸を整えた。
剣に意識を集中する。
俺は式神に切りかかった。
確かに式神は強いようだ。俺の攻撃をなんなく受け止めた。

「うん。わかった」

「茉莉也?なにがわかったんだ?」

「うん、月夜の力は強くなってるよ」

「え?」

訳が分からない。俺の力はなくなりかけてるんじゃないのか?

「蓋がされてるって言えばわかりやすいかな」

「蓋?」

「その蓋を外せば月夜は前よりもっと強くなれるよ」

「本当か?どうすればいい?」

「俺と修行しよ」

修行か。俺はちゃんと力を取り戻せるのか。
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