カラスの月夜

はやしかわともえ

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記憶

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俺は茉莉也の家の縁側に座って、月を眺めていた。俺の過去の記憶をようやく取り戻せた。
それは、俺が人間だったころの記憶だ。
俺は目を閉じて、頭の中で記憶を再生した。



今から200年ほど前に遡る。
俺はどこにでもいる農民だった。

毎日父親と畑を耕したり、収穫した野菜を母親と売りに行ったり、そこそこ忙しい毎日を送っていた。
そんなある日、俺は木にかかっている布を見つけた。
よくみるとそれはすごく美しかった。
きっと売れば高値がつくだろう、と期待してその布を取るために木に登った。

布を取るとあまりの柔らかさにびっくりした。

(なんて高級な布なんだろう)

布が汚れないように気を付けて木からおりた。
天から光が差し込んでくる。
俺はそれを思わず見つめた。
美しい女性が天からおりてくる。

「私の羽衣です。どうか返していただけませんか?」

これが茉莉也だった。
俺は彼女に見とれて、すぐには返事ができなかった。

「あなたは?」

そう尋ねると、彼女は微笑む。

「私はあなたを見ていました。
ずっと」

俺は羽衣を差し出した。

「ありがとう」

彼女はそう言って消えた。
あの時から俺はずっと茉莉也が好きだった。
この時は名前もわからず途方に暮れていた。
俺が死んだのはその後すぐだった。

大雨が降って、川が氾濫した。
俺はそれに呑み込まれた。

気が付くと目の前に茉莉也が座ってこちらを見ていた。

「あなたは神として生まれ変わりました」

そう彼女は言う。
このあと、極楽屋敷に案内されて、女将さんに名前をつけてもらった。
月夜、と。
それからしばらくは天界で霊力の使い方を教わった。

そのあと、天界で大きな戦いがあった。
それは女将さんに対する反逆からのものだ。
その反逆を唆したのが悪鬼だ。

俺は女将さんを守るため、青鬼とタッグを組んで悪鬼と闘った。
その戦いで俺は負傷。
そのまま意識が戻らなかった。
茉莉也はその間に人間として転生していたらしい。
俺が気がついた時にはすっかりその部分の記憶が抜けていた。

(茉莉也がいなかったら思い出せなかった)


「月夜、ご飯」

「あぁ!」

薫くんが呼びに来てくれた。
あとで茉莉也にこの記憶のことを話そう。
気になるのは悪鬼だ。
なんで今復活したんだろう。

俺は首を振った。
考えるのは俺の役目じゃない。

ご飯は今日も美味しかった。
ゴロゴロしたじゃがいもの入った肉じゃが、オムレツ、サラダだ。
毎日茉莉也はよく作っていると思う。

「月夜、美味しい?」

「ああ!すごく美味いな!」 

記憶を取り戻せたせいか、箸が使える。
薫くんがそれに気がついたらしい。

「月夜が箸使えてる!」

「あぁ、使えるようになった」

「よかったね、月夜」

俺は頷いた。

今日は俺が片付けをすることにした。

「茉莉也はゆっくりテレビでも見ていてくれ」

「ねえ、月夜」

茉莉也はなにか話したいようだ。 

「なんだ?」

「悪鬼が動き出してる」

「なんだって?」

俺も気配を探ってみる。でも無駄なようだった。

「茉莉也はなんでわかるんだ?」 

「悪鬼を封印したのは俺だよ」

「そうだったのか」

茉莉也は悔しそうな顔をする。

「俺がもっと早く行っていれば月夜を助けられた」

「茉莉也」

俺は茉莉也の髪の毛を撫でた。

「俺はずっと茉莉也に助けられている」

茉莉也は笑う。

「月夜、最後の仕上げをしよっか。悪鬼はもう動いてる。そろそろこちらの世界にも影響が出てくる」

「わかった」

俺たちは絶対悪鬼を止める、止めてみせる。
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