カラスの月夜

はやしかわともえ

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唆し

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俺は先ほど認識した気配を探った。
小さい反応だけど、悪鬼が何かを意図して動いているのなら、急ぐ以外ない。
俺は霊力を総動員して、そいつを追いかけた。

(戦うことも考えないと)

先ほど茉莉也が霊力を分けてくれたとはいえ、俺の体に収まる分しか俺は保有できない。
慎重に行くほうがいい。
なるべく早く、でも霊力を温存しつつい急ぐ。

(悪鬼はなんで地上を襲うんだ?ここになにかあるのか?)

悪鬼は天界には入れない。女将さんがそうしたからだ。
だから封印されるまでは冥界でおとなしくしていたはずだ。
それが突然地上に脅威をもたらすようになった理由。

そのことも探る必要がある。

気配が近づいてきた。
そいつはあちこち蛇行しながら進んでいる。
それは遊園地にいたあの半魚人だった。
またヘドロの人形に山車を操らせている。


「待て!そこで止まるんだ!」

俺は奴らの前に躍り出た。
半魚人はニタリと気味悪く笑った。

「またお前か。この前はよくもわしの邪魔をしてくれたな?
あの時はわしも完全ではなかったが今日は違う」

なんだか自信があるようだ。だとしてもここを通すわけにはいかない。


「お前が悪さをしないと誓えばなにもしない」

「そりゃあ無理な相談だ」

半魚人は持っていた扇子を一振りした。
なんだ?視界がぐらつく。
俺は地上へ真っ逆さまに落下していった。


気が付くと周りは暗かった。ここはどこだ?
なんだか息苦しい。いるだけで霊力が奪われるようだ。

「小僧、ようやく目が覚めたか?」

半魚人の声がガンガンと頭に響く。

(苦しい)

「お前は本当に役立たずだな。茉莉也姫もそう思っているに違いない」

「そ、そんなこと」

茉莉也がそんなこと思うはずがない。

「お前の力は茉莉也姫の足元にも及ばないじゃないか。
お前のその口はほらを吹くためにあるのか?茉莉也姫を守るんじゃなかったのか?」

声が俺に絡みつくようだ。くそ、どうすればいい。真っ暗なこの世界からなんとか出ないと。

(俺が茉莉也を守る!)

「うおおおお!!」

俺ががむしゃらに叫ぶと体から力が溢れてきた。
なんだ、これ。

暗闇が吹き飛ぶ。

「わしの技が?!」

俺は無我夢中だった。悪鬼に刃を向ける。

「悪鬼、いい加減、改心させてやる!」

「うひょおおおお!!」

悪鬼に向けて俺は刃を突いた。
ズグ、と水のような感触がする。
悪鬼から黒い念が消滅していくのが見えた。
やった、のか?

刀の先を見ると、しぼんで豆粒みたいに小さくなった悪鬼がいた。

「わしは一体?」

きょとん、と首を傾げている。
どうやら記憶も無くしているようだ。

「ついにやったんだね、月夜」

女将さんがいつのまにか俺の前に立っていた。
悪鬼を彼女はつまみあげる。

「ひ、姫様!!」 

悪鬼はバタバタと足を動かした。
姫様?女将さんが?

「このたわけ!勝手に封印を解いたね?」

「はっ!申し訳ありません!」

悪鬼はぺこぺこと土下座している。
俺には何のことだかさっぱりわからない。
きょとんとしていると、女将さんが俺の方に向いた。

「月夜、今回のこと、よくやった。茉莉也姫の修行によく耐えたね」

「女将さん!」

俺は嬉しくなって鼻の奥がつんとしてきた。


「月夜ー!」

向こうから茉莉也がやってくる。
ああ、きれいだな、茉莉也は。
そう思ったら目の前がぐるんと回った。
あれれ?力が入らない。

「月夜!」

茉莉也が俺の顔を覗き込む。
俺はどうしたんだ?

「覚醒に力を使ったから反動が来たんだよ」

「まりや」

なんとか声を振り絞ったけど俺はそこで限界だった。
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