僕だけみていてよね?

はやしかわともえ

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僕だけ見ていてよね?

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1・九月某日。午前五時を少し過ぎた頃、橋田啓は出勤前に日課にしているジョギングをしていた。

啓の走るジョギングコースは人気なようで、他にも走っている人をちらほら見かける。

毎朝こうして走っていると、他に走っている人とも顔見知りくらいにはなっており、出会えば軽く挨拶しあう。

人間関係が希薄になっていると叫ばれている現代で、それは確かに活きている繋がりだった。

啓はそれを皮肉に感じながらも、毎朝、その繋がりを確認するために走っている節がある。大人になって一人暮らしを始めて気が付くと、啓はふとすると孤独を感じるようになっていた。だが、その原因がなんなのかは分からない。その孤独感は夜、一人になると突然啓に襲い掛かってくる。そんな時は満たされない思いで頭がいっぱいになってしまい、何もできない。唯一できるのはそれが一瞬でも早くなくなるのを祈ることだけだ。啓はそんな時、いつも決まって思い出す。
啓は幼い頃から体を動かすことが大好きだった。大きくなったら日本を代表する陸上選手になりたいと、子供の頃から憧れて、その夢を叶えるために毎日、早く走るための練習に励んでいた。
だが、結局その願いは叶わず、希望は絶望に変わってしまった。啓は、ふとしたはずみでしたケガが原因で、全力で走れなくなってしまったのである。今でもそれを思い出すと悔しさでいっぱいになる。あの時、ケガを防げなかった自分をいつまでも責めてしまう。そんな時、夢なんてそんなものだ、と啓はいつもそう自分に言い聞かせている。夢は所詮、夢で叶わないものだと。そうでなければ自分の心が壊れてしまいそうで、とても怖かった。ただでさえわけのわからない孤独感に悩んでいるというのに、夢が叶わなかったという厳しい事実に更に押し潰されるなんて絶対に嫌だった。

(ここからもう少しスピードを上げよう)
啓は改めてジョギングに集中しようと頭を振った。今でもこうして走っていられるのは、やはり変わらず体を動かすことが好きだからだ。もちろんケガの後遺症で全力疾走は無理だが、軽くなら走っても構わないと主治医からも許可を得ている。
啓は少しだがスピードを上げる。いつもなら周りには誰もいないはずだった。
(あの子・・・見かけない子だな)
毎日走っている啓からすれば見慣れない人物がこのあたりを走っていればすぐに分かる。それが目の前を走っている誰かだ。黒いキャップを被り、黒のジャージ(上は長袖、下はハーフパンツだった)を着ている小柄な誰か。黒いキャップからは金髪が覗いている。後ろ姿だけでは性別が分からない。
(なんかふらふらしてる・・大丈夫かな?)
啓は更にもう少しスピードを上げた。その人物に一旦休むように助言しようと思ったのだ。目の前で、熱中症などで倒れられては後々困ってしまう。もう暦上は秋とはいえ、大分気温も上がってきている。
「うわ!」
啓がスピードを上げて追いつこうとした瞬間、その人物は派手に前に転んだ。啓は慌てて駆け寄り、その人物を助け起こしてやる。思っていたより軽くて啓は驚いた。
「おい、大丈夫か?」
「いったー」
啓は慌ててその人物の体を確認した。骨でも折れていたら大変である。
「ああ。これくらいなら大丈夫だ。ただ膝をすりむいているだけだし」
啓はホッとして言った。
ショートパンツから覗く白い右膝からわずかだが出血している。その人物の顔を改めて見ると、男だということが辛うじて分かった。だが童顔過ぎて、年齢までは分からない。おそらく自分よりは年下だろうか。
(やれやれ。とりあえずよかった)
彼が不思議そうに啓を見ている。
「お兄さん、誰?」
(それはこっちが聞きたいぞ・・・)
啓は彼の反応に呆れながらもウエストポーチから消毒液と絆創膏、ガーゼを取り出し、応急手当をしてやる。こういう時に備えて、走る時は毎回持ってきているのだ。
「ふわあ、すごーい。痛くなくなったあ」
彼は立ち上がってぴょんぴょん跳ねている。どうやらまだ元気なようだ。
「お兄さん、ありがと!お礼にこれあげるね!」
「はあ」
彼がくれたのは何かのチケットのようだった。
(なんのチケットだ?)
啓の様子に彼が首を傾げている。その仕草が可愛らしい。
「お兄さん。もしかして僕のこと、知らないの?」
「え、普通知っているものなのか?」
「僕、みんとっていうユニットでアイドルやってるんだよ?知らない人の方が珍しいのに」
むううと彼が膨れている。どうやら本当に有名人らしい。
「いや、知らなくてごめん。俺、テレビは朝のニュースくらいしか見ないから」
「へえ。そうなんだ。なら仕方ないかもね」
ふうむ、と彼が考えている。
「じゃ、これから自己紹介タイムね。
僕の名前は桂木(かつらぎ)雛(ひな)太(た)。二二歳。みんとに所属している人気アイドルです。よろしくね!」
雛太はにぱっと笑って敬礼した。どこまでも可愛らしい。隙のなさが、さすがプロのアイドルである。自分で人気があると言える辺り、彼の自信が窺える。雛太にじっと見つめられて、啓は自分が名乗るのを彼が待って居るのだと悟った。
「ああ、えっと俺は橋田啓っていうんだ。普通の会社員」
「へえ。啓くんっていうんだ?いくつ?」
「二八」
「じゃあ僕よりお兄さんなんだね!よろしくね!」
ぎゅっと雛太に手を掴まれてぶんぶん振られる。
「雛!こんなところにいた!探したわよ!」
黒い車が一台、自分達の近くに停まる。窓から女性が顔を出した。マネージャーかなにかだろうか。それか、もっと親密な間柄の人かもしれない。彼女は美人だ。雛太の恋人という線も捨てきれない。
「あ、りんりん。ごめんごめん。じゃ、啓くんまたね!」
雛太が車の後部座席に乗り込む。そして窓を開けてこちらに手を振ってきた。
「今日のライブ見に来てよね!」
「え!」
啓が固まっている間に車は行ってしまう。
車の後ろの窓から雛太が手を振っている。啓はただ呆然とそれを見送った。

2・「先輩。それ、みんとのライブチケットじゃないっすか?」
昼休み、啓は自販機でお茶を買おうとしていた。財布を取り出した時にチケットがぱらりと床に落ちたのである。それを後輩の会田は見逃してくれなかった。違う部署だが、彼とは同じ大学出身ということで時々話すようになった。
「え、先輩ってドルオタなんすか?」
面白いネタを見つけたとばかりに会田が食いついてくる。啓は面倒なことになったと頭が痛くなってきた。この後輩は確か、オタクというジャンルの人間である。
「たまたまもらったんだ。興味あるならやるよ」
「え、要らないっす。自分、もう買ったんで」
「はあ?」
会田がスマートフォンの画面をこちらに見せてくる。そこには「みんと単独らいぶ」という文字が可愛らしく舞っていた。どうやらデジタルチケットらしい。
「でも、先輩の持ってるチケットって、関係者限定の奴っすよ。なにかコネがあるなら教えて欲しいっす」
もみ手をしながら会田がすり寄って来たので、啓はそれを振り払った。
「コネなんかあってたまるか!」
会田を置いて啓は逃げ出した。なんだか今日は変な日である。朝、雛太に会ってから何かがおかしい。
「ここまで来れば大丈夫か」
啓は一階にある社内のロビーにやってきていた。
「なにが大丈夫なの?」
「うるさい後輩が居るから逃げてきたんだ」
普通に答えてしまってから啓は青ざめた。この声に聞き覚えがある。
「ひ、雛太くん」
振り向くと確かに雛太がいた。他にも同じ背丈くらいの子たちが三人、一緒にいる。
「ふふ、僕の情報網をなめないでもらいたいね!」
(なめていたつもりなんてないぞ)
啓は言葉にならない言葉を発しながら膝から崩れ落ちた。もちろんこれにロビーは大騒ぎになった。

3・「というわけで御社様と我々みんとのコラボ動画を撮りたいと思いまして」
(なんでこんなことになった)
啓は隣に座った雛太に顔を寄せてこう尋ねた。
雛太はにっこり笑うだけで何も返事をしてくれない。先ほどから向かいに座っている社長や専務らが難しい顔をしている。あとで首にされないか心配だ。
啓の胃はもうこれ以上にないくらい縮んでしまっている。啓の勤めている会社はスポーツ用品を扱っている。どちらかと言えば大手の会社だ。社長はようやく口を開いた。
「どんな動画を撮るのですか?」
社長の指摘は最もである。今まで説明をしていた一人がにこやかに答える。
「はい、僕達みんとは、ある番組の企画で来年の三月に都内で開催されるフルマラソンの大会に出場するんです。動画はその練習風景を配信する予定です」
その大会には啓も出場しようかと思っていた。
「つまりそのフルマラソンで、わが社の製品を使いたいと?」
「はい。ぜひお願いしたいです。もちろん童画で僕達が商品を宣伝させて頂きます」
スポンサーになってくれと遠回しで言われたのだと啓はようやく分かった。
「分かりました。協力しましょう。橋田くん、この件は君が担当するように」
「ええ?」
いきなりの大抜擢に啓は固まる。
「いいじゃないか。君もその大会に出るんだろう?みんとの皆さんやそのファンの方々に、わが社の製品の良さを知ってもらいたいからね」
「はあ・・分かりました」
社長や専務らがその後、みんとのメンバー全員にサインをもらっていたのを、啓は見なかったことにした。

啓はみんとのメンバー達と共に空いていた会議室に入った。せっかく自分の会社が有名アイドルのスポンサーになるのだから、いい宣伝になるようにしたい。啓は分厚いカタログを棚から持ってきた。
「わあ、こんなに商品があるんですね」
先ほどまで社長と交渉していた彼が歓声を上げる。
「ねえねえ、爽(そう)くん。まずは啓くんに名前を教えてあげて?」
雛太が言う。
「あ、そうですよね!失礼しました」
爽と呼ばれた少年が笑う。爽はおかっぱに近い髪型をしていた。だがそれも可愛らしくおしゃれに見えるので、顔が整っていると得だなと啓は思う。
「僕は五木爽っていいます。みんとのリーダーです」
「そうか。君がリーダーなら心強い」
「なにそれー。啓くんは僕がリーダーじゃ不満なのー?」
雛太がぶすっとした顔で言う。啓は慌てた。
「ひ、雛太くんはそうだな。総会長ってことでどうだろうか?」
「え、なにそれかっこいい」
雛太がキラキラした目で言うので啓はようやくホッとした。
「俺っちの番はまだか?」
「僕も挨拶したいですー」
他の二人も雛太や爽に負けないくらいの個性あふれる人物だった。
(アイドルってすごいな)
啓はしみじみ思う。
「で、啓さん」
にっこりと爽が笑う。
「今日の僕達のライブ、見に来てくれますよね?雛から話は聞きました」
「いや、えーと・・・」
「えぇ、啓くん来てくれないのおー?」
雛太があんまり大きな声を出すので啓は慌てた。会議室に雛太の声が反響している。
「わかった!行くから!」
「絶対だからね」
雛太が不敵に笑って見せる。こんな表情をしても彼の可愛らしさは損なわれない。
(完全に雛太くんのペースだな)
やれやれと思いつつ、啓はカタログを見せながら特に人気のある商品の説明を始めるのだった。

「わ、これ可愛い」
「ああ。それは女性に人気があるよ。確かサイズも小さめなんだ」
啓は分厚いカタログから抜粋して商品を説明していた。皆、啓の説明を熱心に聞いてくれる。雛太が指を差したのはピンク色のスニーカーである。
「女性用かあ。でも僕これがいいなあ」
「わかった。雛太くん達専用の物を作ってもらえるように工場に頼んでみる」
「え、本当?いいの?」
「うちがスポンサーになるならそれくらいはするよ」
「わあ、ありがとう」
他の三人も嬉しそうにしている。
「それならもっと細かいデザインを決めて欲しいな。参考にしたいから」
啓は自分の手帳を取り出した。白いページを開く。啓はスポーツウェアやシューズのデザインを受け持つ課にいる。大学では体の構造や働きなどをみっちり勉強した。
そして、今までの運動経験から更に走りやすいシューズやウェアを作りたいと、この会社に就職したのである。
自分が選手になる夢は途絶えたが、こうして間接的にスポーツに関われていることは素直に嬉しい。
「わあ、啓くんすごーい」
雛太が歓声を上げる。啓はそれに苦笑いしながらデザインを細かく書き込んでいった。
他の三人にも同様にデザインを聞く。
どうやらみんとのアイドル達にはそれぞれテーマカラーとマークがあるようだった。
その中でも雛太のカラーはピンク色らしい。なるほどな、と啓は一人納得していた。なんとなくだが、ピンク色は雛太に合っている気がしたのだ。
「いつ完成しますか?」
爽に尋ねられ、啓は考えた。彼らの出るフルマラソンの大会が来年三月とはいえ、新しい靴のまま長距離を走るのは厳しい。できるなら練習で履き慣れておいた方が無難だ。動画も撮るのなら尚更早めがいい。啓はそう考え、口を開いた。
「なるべく早く作ってもらえるようにする。できたら誰に連絡すればいいかな?」
「はいはーい、僕がそれやるー」
雛太が手を挙げる。てっきりマネージャーか事務所を通すのかと思っていたので啓は驚いた。当の雛太は自分のスマートフォンを操作している。
「啓くん、スマホ貸して」
「あ、ああ」
雛太の勢いに乗せられて啓は自分のスマートフォンを彼に貸していた。
「よっし。連絡先登録完了っと。じゃ、今度は一緒に練習しようね」
「はあ?」
「僕が一緒に走るんだから、啓くんも頑張ってよね?」
この子はどこ迄も強気である。
「じゃ、僕たちはこの辺りで帰らせてもらいます。どうもお騒がせ致しました」
爽がぺこりとお辞儀する。
「じゃあね、啓くん」
雛太が手を振っている。他の二人も同様に手を振ってくる。
啓はそれを呆然と見送っていた。なんだか既視感が襲い掛かってくる。
ぼーっとしているとスマートフォンが通知音を鳴らした。それを見てみると雛太からである。
「今日のライブ、頑張るね!」
こんな一言が書いてある。
(ライブか。初めて行くけど大丈夫かな)
そこまで言われれば行かないわけにはいかない。啓は改めて覚悟を決めるのだった。

4・(わあ、意外と大きいな)
夕方、会社を定時で上がり、啓は都内のライブ会場にやって来ていた。思っていたよりも広い。
やはり人気アイドルのライブともなると、これくらいの規模が普通なのだろうか。啓には初めての経験なので、よくわからなかった。
チケットで関係者席に入れてもらったはいいが。みな、カメラを持参しているようだ。おそらくプロの記者なんだろう。自分の場違い感にひやひやする。スーツを着ているのも自分だけなので尚更だ。
啓はとりあえず指定された席に座った。
(ここで大人しくしてよう)
そう決めてライブの開演時間を待つ。
そしてその時は来た。
音楽が鳴り響き、照明がステージを照らす。
わあっと歓声が聞こえた。客席には沢山の人が居る。その中でみんとが煙と共に登場する。
「みんなー!今日も来てくれてありがとうー!精一杯楽しいライブにするからねえ!」
爽の言葉に観客が沸く。
「瞬きしちゃだめだよ。この僕を見逃さないでね?」
雛太の言葉に黄色い歓声が上がった。雛太は女性ファンの人気も高いらしい。らしいというのは啓が調べた範囲で知った情報だからだ。ファンから雛太は「ひなたん」という愛称で呼ばれている。
啓はステージをただ見ていることしかできなかった。雛太はやはりアイドルなのだ。自分とは違う世界の人間である。
(雛太くん、かっこいいな。俺より小さくてあんなに可愛らしいのに)
曲のイントロが流れ出す。いよいよライブらしくなってきた。
皆ペンライトを持ち、揺らしながら応援する。啓もここに入る前に物販ベースでみんとのロゴが入ったペンライトとタオルを購入していた。今時のペンライトは、スイッチで色を変えられるらしい。啓は雛太のテーマカラーであるピンクを選択した。
一曲終わるとまた次の曲が流れ始める。
(なんか楽しいな)
啓はいつの間にかライブに夢中になっていた。
ふと気が付くとこちらに雛太が近づいてくる。
ステージの端まで来て雛太は屈んで啓に手を振って見せた。それに啓はドキリとする。ファンサービスというやつだろうか。周りの記者も慌てたように雛太の写真を撮っている。
「ひなたーん!こっちにも手を振ってー」
きゃああと女性ファンから歓声が沸く。
雛太はくるりと華麗にターンをすると客席にも大きく手を振った。
それにまた歓声が沸く。
(なんかすごいものを見せられてる気がする)
啓は胸の高鳴りが抑えられなかった。

ライブが終わり、啓が帰ろうとすると、誰かに呼び止められた。この前、雛太を迎えに来たあの女性である。
「橋田さん、ですよね?私はみんとのマネージャ―の鈴木リンカと申します」
「あ、どうも」
お互いに名刺を出して交換する。
(やっぱりマネージャーさんだったか)
それに何故だかホッとしてしまったことは気にしないようにする。
「うちの子たちが本当に申し訳ありません。勝手に橋田さんの会社に出向いたと事後報告されまして」
リンカが深くお辞儀をしたので啓は慌てた。
「いや、気にしないでください。うちとしても有名なアイドルさんとコラボできるって張りきってますから」
それは事実だった。今日の午後には社員皆がみんとのメンバーが会社に来たことを知っており、啓は同僚からいろいろ尋ねられたのである。
まだはっきりしない部分はぼやかしたが、啓は答えられることには全て答えた。
「本当にスポンサーとして契約して頂けるのですか?しかもコラボ商品まで作って頂ける?」
リンカが確認するように聞いてくる。彼女が何も知らされていないのがだんだん不憫に思えてきた。
「えっと、失礼ですが、鈴木さんはみんとのメンバーさんから何か聞いていないのですか?」
あえて尋ねるとリンカはため息をついた。
「あの子たちはウチの事務所の稼ぎ頭なので、あまり縛らないようにという社の方針なんです。私にはまだいろいろ話してくれている方だったのに」
その様子からリンカの苦労が少しわかったような気がする。
「あ、じゃあ俺からも何かあれば鈴木さんに連絡しますよ」
「助かります。では次の仕事があるのでまた」
リンカは再びお辞儀をすると駆けて行った。
(みんとはまだ仕事があるのか、大変だな)
啓は買ったペンライトとタオルを通勤鞄に詰め込んで、帰宅することにした。
(なんだか夢を見ているようだった)
啓はステージ上の雛太を思い出していた。
キラキラと彼は輝いていた。
思い出して一人呆けているとスマートフォンが鳴り出す。それは雛太からのメッセージ通知だった。
「啓くん、明日も走る?」
(雛太くん、忙しいのに大丈夫か?)
思わず苦笑してしまったが啓はこう返した。
「ああ。走るよ。雛太くんもそうするつもり?」
「じゃ、明日ね」
そう短く返信が来る。人気アイドルは忙しいようだ。

5・「啓くん、おっはよー!」
次の日の早朝、啓がいつも通りの時間にジョギングコースに向かうと、この間と同じ真っ黒な格好で雛太がいた。相変わらず膝には絆創膏が貼られている。綺麗な白い肌に傷が残らなければいいと啓は静かに思う。
「おはよう。雛太くん。昨日は遅くまで仕事だったんじゃないのか?」
そう尋ねると雛太が笑った。
「そう。あの後、番組の打ち合わせが入ってたの。でもこの僕には楽勝だけどね」
ふふんと雛太が薄い胸をのけぞらせる。
「そっか。偉いな」
啓は無意識に雛太の頭をポンポンしていた。雛太がそれに顔を赤くする。
「雛太くん?どうした?」
「啓くん無自覚なの?」
「え?何が?」
「もういいよ!」
むううと雛太が頬を膨らませる。啓はそれに気にせず言った。
「とりあえず走ろうか?でも、この前よりペースは少し落とした方がいい」
「ええ?できるだけ早く走りたい。僕、みんとの中で一番になりたいもん」
「そうか。なら余計ペースを落とした方がいいよ。フルマラソンはとにかく長いから」
啓の言葉に雛太は渋々といった様子で頷いた。
啓が雛太のペースに合わせるように一緒に走る。雛太も体力には自信があるようで、二十分程は息切れもせずに走れるようだった。もう九月とはいえ、まだ残暑は残っている。今日も既に日が照って暑い。
「ふああ、きつくなってきた」
「マラソンは瞬発より持久力だからね。少し休憩しよう」
ぜいぜいと雛太が辛そうに呼吸をしている。
啓は今日、大きめのリュックを背負って走っていた。
雛太と一緒に走るために用意してきたのだ。
「とりあえず水分を摂って」
雛太が啓の取り出したペットボトルを受け取る。中には啓の作ったスポーツドリンクが入っている。栄養補給と、熱中症対策でもある。
「え、啓くん、僕の為に?」
「俺も君たちと同じ大会に出るつもりだから、ついでだよ」
雛太がペットボトルの口を開けて飲み始める。
「うん、甘い。美味しい」
「よかった。じゃあ、もう少し休んだらあともう一回走って今日は終わりにしよう。雛太くんは今日も仕事で忙しいんじゃないか?」
啓の言葉に雛太はふふんと笑って見せた。
「忙しくても僕は仕事に完璧を追及しているから」
「さすがだね」
啓がまた雛太の頭をポンポンすると雛太は諦めたのかじっとしていた。
「啓くんが特別なんだからね?」
そう小声で呟かれるが啓には何のことだか分からなかった。
「じゃあそろそろ走ってみよう」
二人は練習を再開した。

「先輩、昨日みんとと、コネはないって言っていたのにどういうことっすか?」
その日の昼休み、ついに会田に捕まってしまった。啓は頭を抱えたくなったが、それで見逃してくれる後輩ではない。
「本当にコネはないから。雛太くんが勝手にここに来ただけで」
「でもそれって先輩を追いかけて来たってことっすよね?」
(なんでそうなる・・・)
頭が痛くなってきたが、啓は正直に昨日のことをかいつまんで会田に話した。
「え?ひなたんって朝、ジョギングしてるんすか?ふああ、尊い!」
「頼むからあまり口外しないでくれよ?
雛太くんなりに頑張ってるんだから」
「もちろんっす。ひなたんの為に動く!それがみんとすの務めっすから」
「みんとす?」
啓が聞き返すと会田が説明してくれる。
「みんとのファンの事っす。ってか先輩、それも知らずにライブに行ったんすか?」
啓はいよいよ逃げる用意を始めていた。会田にみんとについて語らせると長くなるのは周知の事実である。
「じゃ、お先に!」
ぴゅう、という効果音が付きそうな勢いで啓は自分の部署に逃げ帰った。後ろで会田がなにか言っているが止まる理由はない。
「橋田さん、ちょっと相談が」
部署に戻るなりそう言われて啓は席から立ち上がった。おそらく、みんと関連のことだろうと察しがつく。
「みんとさんの着用するジャージなんですが、デザインはこんな感じで」
それはまだデザイン画だったが、かなりの完成度だった。みんとの件に関しては啓が主立って担当しているので、のしかかってくる責任も当然重い。啓はよくデザイン画をチェックした。それは黒地をベースにして、メンバーそれぞれのテーマカラーが随所に入っているものだった。少しずつデザインも違う。みんとのメンバーが着ればさぞかし映えることだろう。
「そうだなあ。みんとは三月に走るけど、ハーフパンツとTシャツの案も一緒に考えてくれないか?コラボで商品化した時にパターンに幅があった方がいいと思う。あとサイズはメンズのものも頼む」
「分かりました」
「そういえばみんとの方たちのシューズのサイズ、控えていますか?」
そう他の同僚に聞かれて啓は固まった。大事な件なのにすっかり忘れていた。シューズはマラソン練習のために早めに仕上げるという約束をみんとのメンバーとしている。啓は慌てて席にある電話の受話器を掴んだ。電話を掛けた先はもちろんマネージャーのリンカだ。こういうことは彼女に聞くのが一番早いだろう。リンカはワンコールで出てくれた。こういうところからリンカは有能なマネージャーであると分かる。
「もしもし、鈴木です」
「もしもし、突然すみません。橋田です」
啓は事情を話し、謝った。みんとが忙しければ当然リンカも忙しいのだ。
「気にしないでください、橋田さん。サイズはメールで送りますね」
てきぱきとリンカが言う。それがありがたかった。
「ありがとうございます」
「シューズとウェアの件、よろしくお願いしますね。では失礼致します」
「こちらこそ」
ホッとしながら受話器を置くと、すぐにメールが社のパソコンに届く。リンカは本当に有能なのだ。
啓がパソコンを操作してメールを確認すると雛太達の体のサイズが細かく分かるようファイルが添付されていた。どうやら最近測ったものらしい。日付がファイルの名前に記されていた。
(わあ、雛太くん小さいな)
啓は忘れずにそのメールを保護した。一応個人情報なので簡単に見られないように鍵も付ける。鍵はこの課で共有した。
「橋田さん、シューズのデザインなんですが」
「ああ。今行く」
みんとのメンバー各人のサイズを担当の人間に改めて知らせ、ようやく落ち着く。今までスポーツ選手のスポンサーになったことは何度もある。だが今回は全くジャンルの違うアイドルのスポンサーだ。アイドルも体が資本の職業だが、スポーツ選手とは体の造りがまるで違う。
(どうすれば走りやすいかなあ)
啓はそれを朝からずっと考えていた。今朝、雛太と一緒に走ったことを思い出す。彼にはスタミナが圧倒的に足りない。フルマラソンで走り切るにはスタミナが絶対不可欠である。
(他の子はどうなんだろう?)
人気アイドルのみんとに、まともな練習時間があるかは疑問だが、啓は後で雛太にそこのところを聞いてみようと思うのだった。

(地面をしっかり蹴らなくちゃ前には進めない)
「どうですか?橋田さん」
その日の午後、啓は同じ課の同僚と、みんとに提供する為の靴の構造について話し合っていた。基本は一般の靴と変わりないが、やはりそこはスポーツ用のシューズなので細部のバランスにまでこだわる。靴次第でタイムが変わるなんてよくある話だ。みんとのメンバーはタイムを出すために走るわけではないが、なるべく足に負担の少ない靴を作ってやりたい。啓のその思いには他の社員も同意してくれた。
「うん、やっぱり一度、みんとのみんなの足のサイズとバランスを測らせてもらうか」
同僚もそれにはその通りだ、と頷いていた。

6・夜、啓が会社から家に帰ろうとすると、突然雨が降ってきた。慌てて近くにあったコンビニで安いビニール傘を買う。
店の外に出るとすでに雨は土砂降りになっていた。
(うわあ、コンビニがあってよかった)
啓がそのまま家に向かって歩いていると誰かが道でうずくまっている。具合でも悪いのだろうかと啓はその人物に駆け寄った。
「え、雛太くん?」
その人物は確かに雛太だった。全身びっしょりである。
啓は彼に慌てて傘を差し掛けた。もう遅いかもしれないが、そうせざるを得なかった。
「雛太くん、一体どうしたんだ?」
啓の言葉に雛太は寂しそうに笑うきりだった。
「ほら、こっちにおいで」
「啓くん?」
きょとん、としている雛太を待って居られずに啓は傘を閉じて彼を横に抱きかかえた。もうこれ以上放ってなどおけない。雛太も抵抗しなかった。彼はまだ状況を把握していないようだ。
「啓くんどうするの?濡れちゃうよ?」
「もう君が雨で濡れてるだろ?
俺の部屋で着替えていくといいよ。ここから近いんだ」
啓はそのままの状態で家に帰った。
「ほら先にシャワー浴びておいで。風邪を引いたら練習で走れないよ」
そう言って雛太に新品のタオルを渡す。
「え?それで僕に変なことするの?」
にやあっと雛太が意地悪く笑う。どうやら元気を取り戻してきたらしい。だんだんいつもの雛太に戻ってきているようだ。啓はそれに苦笑して言った。
「俺に年下の子を襲う勇気なんてないよ」
「啓くん、ありがと」
背中を向けたまま言われたので雛太がどんな表情をしていたか分からなかったが、啓は頷いた。雛太がシャワーを浴びている間に、先程の雨で濡れた頭を拭きながら着替えを探す。確か新品のスウェットがあったはずだ。下着も新品の物を棚から取り出す。買いだめしておいてよかったと啓は思った。休みで実家に帰るたびに、母親にデパートへ連れていかれて、下着やその他生活必需品を買うように指示されていたのが今、役立った。
(母さんにはなにか甘い物でも買って送るか)

雛太が浴室から出る前に着替えを脱衣場に置いておくつもりだったが、少し遅かったらしい。
雛太が脱衣場で体を拭いているのがちらりと見えてしまった。啓は慌てて体を引く。
「啓くんのえっち」
「ごめん。そんなつもりじゃ・・・着替えここに」
置いておくからと言おうとしたら裸の雛太に抱き着かれていた。
「雛太くん?」
「お願い、少しこのままでいたいの」
啓は彼の濡れた頭を撫でて抱きしめた。
そうしないと雛太が消えてしまいそうに思えたからだ。雛太の白い細い体からはなんとか残っていた理性で視線を外す。先程抱えた時も思ったが、雛太は思っていたよりもずっと小さかった。
「大丈夫?なにかあった?」
頭を撫でながら聞くが雛太は黙ったままだった。どうやら啓には言いたくないようだ。
「啓くん、お願い。チューして」
「へあ?」
突然の雛太のお願いに啓は慌てた。
キスなどここ何年もしていない。彼女がいたのは高校までだった。しかも卒業とともに振られたという苦い経験もある。しかも雛太は男だ。啓は困って雛太を見つめた。
「啓くん、一回だけ。お願い」
雛太は焦っているように見える。
(新手のハニートラップじゃないよな?)
ひやひやしながらも啓は雛太の頬に触れるだけのキスをした。
「ありがとう、啓くん」
そのまま背伸びをした雛太に唇を奪われる。先ほどよりはるかに深い口づけだった。何度も彼とキスをすると、びりっと快感が走る。男の性のせいか、下半身に熱がたまりつつある。啓は慌てて雛太を押し返した。これ以上は止まらなくなってしまう。自分だって男だ。
「雛太くん、駄目だよ」
「啓くんだからするんだよ?ね、お願い」
そう言って雛太はまた抱き着いてきた。可愛らしい彼に涙目で言われれば、してはいけないとは言えなかった。だがずっとこのままでいるわけにはいかない。
「とりあえず服を着よう。本当に風邪ひくよ」
「着たらまた抱っこしてくれる?」
「ああ」
そう言うと雛太が顔を明るくして啓が貸した服を着始めた。
(雛太くん、なにかあったのかな?)
啓は心配になったが、今、踏み込むのはやめておいた。服を着た雛太が抱き着いてくる。勝ち誇ったように彼は言った。
「ほら、服着たよ」
啓はしばらく彼を抱きしめて頭を撫でてやった。

どうやら雛太は疲れていたようだ。雨で体が濡れて体力を消耗したのだろう。少し横になると言って、すぐ眠ってしまった。啓は眠っている雛太の頭を撫でた。金色の髪の毛もすっかり乾いている。
(毎日フルで頑張ってるもんな)
ステージで見たキラキラした雛太を思い出す。強気で絶対的な自信を持っているかと思えば、先ほどのように寂しそうに甘えてくる雛太もいる。どちらも同じ雛太だ。本当に可愛らしい子だと啓は思う。
「俺はどっちの雛太くんも好きだな」
啓はいつの間にかそう独り言を言っていた。

7・次の日の早朝、啓が起きると雛太はまだ眠っていた。起こすのも可哀想かと思い、そのままにしておく。昨夜、ベッドを雛太に占領された啓は、床にマットを敷いて寝た。
朝食の支度をしていると、雛太が目を擦りながら起きてきた。
「おはよう、啓くん」
彼に貸したスゥエットはやはり雛太には大きかったらしく、ずれて白い細い肩が見えてしまっている。昨日、雛太の服を洗濯してそのまま乾燥機を回しておいた。そろそろ乾いているだろう。
「おはよう。雛太くんは今日走る?無理はしないほうがいいよ」
「ううん。走る。啓くんと一緒がいい」
雛太が笑いながら言う。先ほどから雛太が無理に笑っているような気がして心配になる。
「俺には話せないことなの?」
あまり踏み入るのもよくないかと思ったが心配のあまりつい聞いてしまっていた。
「啓くん、僕を信じてくれる?」
「うん、信じるよ」
「ありがとう。今は啓くんに話せないことなんだ。僕の中でまだ消化できてないから。ごめんね」
「大丈夫。信じてるって言っただろ?」
啓の言葉に雛太は笑った。今度は心から笑ってくれているようだと啓はホッとする。
二人は着替えてジョギングの支度を整えた。
そういえばと思い出す。彼に聞きたいことがあったのだ。
「ねえ、雛太くん、他のみんとの子たちはどうやって練習してるの?」
「ああ。僕たちのフルマラソンの練習は昼の情報番組で特集されてるよ」
「そうなのか」
それは初耳だった。アイドルが情報番組に出ているのも驚きである。もしかしたら今ではそれほど珍しいことではないのかもしれない。
「啓くん、全然テレビ見ないもんね。確か動画サイトに前の分から上がってると思うよ」
「わあ、それは見たいな」
「うん、時間のある時に見てみて」
雛太に動画サイトのURLを教えてもらい、啓はあとで視聴することに決めた。
(雛太くんはテレビではどんな感じなんだろう)
そう思うとワクワクが止まらない。そこでふと啓は気が付いた。
(俺、いつの間にかすごく雛太くんが好きになってる。いや、いつの間に・・・)
雛太は自分をどう思っているのだろうか、と考えたら途端に怖くなった。昨日は成り行きでキスしてしまったが、恋愛のそれとは違うような気がする。どちらかと言えば行きずりのようなキスだった。
「啓くん、昨日はごめんね」
雛太はしょんぼりと言う。
「気にしなくていいよ。俺はその、嬉しかったから」
「啓くんってドMなの?」
「断じて違う」
雛太がおかしそうにけらけら笑っている。やはり彼はこうでなくては。一緒に啓も笑った。
「じゃ、今日も練習しようか」」
「うん」

「そういえばさ、雛太くんってお家どこなの?一人暮らし?」
ふと気になったので走りながら聞いてみる。
「ああ。僕のお家、会社の寮だから」
「へえ。そうなんだ」
アイドルにも社宅があるらしい。
突然雛太のスマートフォンが鳴り出す。
「やばい、りんりんから電話だ。無断で出てきたから絶対怒られる」
雛太がスマートフォンを手におろおろし始めるので、啓はそれを奪って電話に出た。
「もしもし。橋田です」
「え・・・橋田さんですか?」
リンカが驚くのも無理はないだろう。
「いきなり雛太くんを外泊させてしまい申し訳ありません。昨日雛太くん、急に体調が悪くなってしまったようで」
「まあ、そうだったんですね。助けて頂いてありがとうございます」
リンカはそれに納得してくれたようだ。通話を切ると、雛太がじっと啓を見つめていた。その視線には謝意が含まれている。
「啓くん、ありがとう。りんりん怒ると結構怖くてさ。僕達も勝手に動くから悪いんだけ 
ど」
「鈴木さんは君たちを本当に心配しているようだし、もう少し話し合ってみたらどうかな?」
「うん。そうだね。僕達も大人だし、それくらいはできたほうがいいよね」
啓は雛太の頭を撫でた。雛太は頭のいい子だ。もちろん他のみんとの子達も。
「じゃ、練習を再開しようか」
「うん」
二人はこの間より長い距離を走った。その代わりペースは落としている。
「はあ、はあっ」
雛太が荒く呼吸をしながら啓に追いつこうと走っている。
「もう少しだよ、雛太くん」
啓が雛太を応援すると雛太は更に速度を速めた。
「着いたあ」
雛太が地面に座り込む。前よりは随分走れるようになってきている。
「じゃ、水分摂って今日は終わりにしよう。俺の家で朝ご飯食べて行く?そんな時間あるかな?」
朝ご飯と聞いた途端、雛太が顔を輝かせた。どうやらお腹が空いていたらしい。昨日の雛太は食べるどころではなかったので一晩で大分回復したようだ。
「食べていってもいいの?」
「もちろん」
「嬉しい」
雛太がにっこり笑う。そんな表情に啓は見惚れていた。
(やっぱり可愛いなあ)
雛太が好きだと自覚してから、彼の全てが愛おしい。
「啓くん?どうしたの?」
雛太が首を傾げたので、啓はなんでもないと首を横に振った。
「じゃ、これ」
啓はいつもの通り自分が作ったドリンクを雛太に渡す。
「ありがとう。これ美味しいから好き」
「よかった」
休憩後、二人は他愛もないことを話しながら帰路についた。

「わあ、美味しそー」
雛太が歓声を上げる。啓は温め直した味噌汁と玉子焼き、鮭の西京漬けを食卓に出した。ご飯のお供に納豆や卵、めかぶ、明太子も冷蔵庫から出して並べる。
「和食なんて久しぶりかも」
「普段は何を食べているの?」
「うーん、だいたいスパゲッティとかかなあ。僕、スパゲッティ大好きなんだ。寮だから、食堂にいろいろあるんだけどね」
雛太がご飯をもぐもぐ食べながら言う。
「そっか。雛太くんはスパゲッティが好きなんだね。じゃあマカロンは?」
それには雛太が言葉に詰まった顔をする。啓は雛太の所属する事務所のサイトをつい最近見てみたのだ。そこに雛太の好物はマカロンだと書いてあった。
「実はそんなに好きじゃない・・かな。だってあれ、すっごく甘いんだもん」
「そうか。アイドルってイメージもあるし大変だね」
啓の言葉に雛太が頷いている。
「でも僕を見てみんな喜んでくれるから、やりがいはあるんだ」
雛太が笑いながら言った。彼はどこまでもアイドルなのだろう。
「俺も君を応援しているよ」
「啓くん・・・・ありがとう」

「ご馳走様でした」
雛太はご飯をお替りしてようやく満足したらしい。
「美味しかった!またここに来てもいい?」
「ああ。またおいで」
「じゃあそろそろ帰らなくちゃ」
雛太は昨日啓が洗って乾かした上着を着る。
「じゃあね、啓くん。僕帰るね。いろいろそのままでごめんね」
「ああ。気にしないで。気を付けて帰るんだよ」
彼に手を振って見送る。
(雛太くん、結局なにも話してくれなかったなあ。昨日一体何があったんだろう)
食器を片付けながら啓はもやもやと考えた。
(いや、雛太くんなら大丈夫か。信じてるってさっき言ったばかりじゃないか)

啓は自分も出勤の支度をすることにした。まだみんとのコラボ商品についていろいろ決めていかなくてはならない。他にも新作のシューズやウェアの開発も行っている。
(よし、頑張るぞ)
啓は自分の両頬を叩いた。

8・啓が会社に行くと、社内は騒然としていた。啓はどうしたのだろうと同僚のもとに行く。
「おはよう。なにかあったのか?」
「ああ、おはようございます。橋田さん。ちょっと見てもらいたいものが」
啓が差し出されたそれを見ると芸能ゴシップ系の雑誌だった。皆、結局他人の噂が大好きなのだ。表紙には「人気アイドルみんと、桂木雛太の熱愛発覚」という黒い文字が表紙に大きく書かれている。
(わあ、嫌な予感するなあ)
啓がそのページを渋々見てみると自分と雛太が一緒に走っている写真が掲載されていた。自分の顔にはモザイクがかかっているが、服装から自分であることは間違いない。
記事にも目を通してみる。二人は清いお付き合いをしているようだとかジョギングで深い愛を育んだとか、勝手なことがつらつら書かれていた。
(やれやれ)
今朝、見たニュースでは特になにも取り上げられていなかったので大事にはなっていないようだが、やはり雛太は芸能人だということを痛感させられる。
「これ、もしかして橋田さんですか?」
同僚にこっそり聞かれたが啓は軽く否定しておいた。今は真実を話しても尾ひれがついてどう転ぶか分からない。雛太の為に自分は黙っていようと決意した。
パソコンを起動して今日のメールをチェックしていると、リンカからメールが来ていた。おそらく例の雑誌のことだろうと察しがつく。啓はそのメールを開いた。
(鈴木さんめちゃくちゃ謝ってる)
そのメール内容をまとめると、勝手に写真を掲載してしまったことの謝罪や、しばらく雛太の彼氏役を演じて欲しいというものだった。
それには啓も困ってしまう。
(俺は役じゃなくて本当に雛太くんの彼氏になりたいけど)
だが雛太は人気アイドルで、自分とは住んでいる世界がまるで違う。それなのに、そんな希望を抱いたところで叶うはずがないというのは啓にもよくわかっていた。
(俺はいつも叶いもしないことを希望してしまうな)
そんな自分を嗤って啓は了解のメールをリンカに返信していた。
(例え役でも雛太くんの彼氏になれるならいいかな。うん、役得だよな)
彼氏といってもなにをするでもないだろう。みんとは相変わらず毎日の仕事で忙しいようだし、雛太もまた元気を取り戻して、いつもの強気な雛太に戻っている。雛太が雑誌の件について知っていたかは定かではない。知っていたとしても咎めるつもりはない。そんな折、スマホが通知を知らせる。啓がそれを見ると雛太からだった。
「啓くん、雑誌のことごめんね」
そんな一言が書かれている。啓はそれに気にしていないと返した。するとすぐに返信が来る。
「今度、他のみんとのみんなとも一緒に練習して欲しいな」
啓はそれに了承の返事を返したのだった。
「橋田さん、新作のウェアのチェックをお願いします」
同僚に声をかけられ、そろそろ仕事をしなければ、と啓は頭を切り替えた。雛太もまた忙しいのは間違いない。
啓はスマートフォンを撫でて席を立ち上がった。

9・(わ、衣装可愛いな)
ある夜、啓は珍しく家でテレビを見ていた。それは毎週金曜日のゴールデンタイムにやっている生放送の音楽番組である。啓がこの番組をちゃんと見るのは小学生の時以来だ。そう思うと、なかなかの長寿番組である。啓は最近、みんとの公式ブログを読んでは彼らの出演番組をチェックしている。もちろん、この前雛太に教えてもらった、昼間放映されている情報番組のみんと特集も動画サイトで毎日欠かさずチェックしている。啓はいつの間にかすっかりみんとのファンになっていた。会田の気持ちがようやく分かった。
今日も、オープニングの登場時からずっと思っていたが、テレビで見る雛太もまたキラキラして可愛らしい。啓は、日曜日にあるライブに行くことにしていた。チケットもすでに購入してある。いつの間にか、あんなに悩まされていた謎の孤独感は消えていた。
(あれはなんだったんだろう?)
ふと考えそうになってしまうが、啓は改めてテレビに集中する。今はそれどころではない。
この番組でみんとは新曲と、特に人気のある曲の二曲をメドレーで歌ってくれるようだ。まだ歌う前だというのに、歓声がスタジオ中で沸いている。啓も今日の放映をすごく楽しみにしていた。
雛太達、みんとのメンバーは皆、白いタキシード風の衣装を着ていた。その衣装が雛太の可愛らしさを、より引き立ててくれている。
(雛太くん、頑張れ)
啓が心の中で応援しているとイントロが流れ出す。雛太達が曲に合わせて踊り始めた。みんとのメンバーは全体的に体格が小柄だ。だが彼らのダンスはそれを全く感じさせない。
(歌いながら踊れるの本当にすごいな)
啓は毎回そう感心してしまう。雛太のソロパートに、より歓声が高まる。彼は近づいてきたカメラに向かって笑って手を振った。啓はそれにドキドキしてしまう。
(すごいな、雛太くん。歌もダンスも上手だし。きっと普段から練習もすごく頑張ってるんだろうな)
自分と一緒に走っている時の雛太の様子を思い出す。彼はいつも真剣に練習に取り組んでいる。そんな雛太も啓は大好きだった。
~僕は君だけを見ているから~
啓も一緒に曲を口ずさむ。それは一途な恋の歌だった。この曲は、自分の雛太への思いが重なるような特別な曲だった。みんとの出番はあっという間に終わってしまった。どうやらこれから短い間だが、みんとのメンバーへインタビューがあるらしい。啓はテレビの音量を思わず上げていた。雛太の声が聴ける、そう思ったのだ。
「ひなたん、彼氏いるんだって?」
大御所の司会者が雛太に話を振っている。
「はい。います。僕の大好きな彼氏です」
雛太が笑って答える。啓はそれにドキドキしてしまった。自分は彼氏役であって、本当の彼氏ではない。だが、それでもそう言われるととても嬉しい。
「アイドルやってると彼氏さん、嫉妬しない?大丈夫?」
司会者が笑いながら聞くと雛太は小さく首を傾げた。その仕草に可愛いと客席から歓声が上がる。
「そうですね。嫉妬してくれたら嬉しい・・・かな。きっと今も見ていてくれてるよね?」
カメラが雛太の顔をアップで映す。彼はにっこり微笑んでいる。
(雛太くんが可愛すぎる!)
啓がひとりで悶死しそうになっている間にインタビューは雛太から他のメンバーに移り、番組はCMに入った。
(よかった。録画しておいて。雛太くんが可愛すぎてちゃんと観られなかった)
啓は今まで、テレビに付いた録画機能を使ったことがなかった。買った時はそんな機能は要らないから安く売って欲しいと思っていたのだが、いざこうして使ってみるととても便利である。先程のような雛太の可愛らしい一瞬を捉えるために、録画という機能は最高だった。番組も終わり、雛太がカメラに向かって手を振っている。今日の雛太もとても可愛かった。
(もう一回見よう)
明日は土曜日で、仕事も休みだ。多少であれば夜更かしも構わないだろう。啓はリモコンを操作して録画を観始めた。
(やっぱりここかっこいいなあ)
みんとのキレキレのダンスシーンに夢中になっていると、インターフォンが鳴った。
(誰だろう?)
時計を見るともう二三時を過ぎている。啓は一応警戒してモニターを覗いた。
「啓くん、僕だよ」
「雛太くん?」
慌てて玄関のドアを開けると、雛太が抱き着いてくる。
「僕のライブ、ちゃんと見てくれていた?」
「うん。見てたよ。すごくかっこよかった」
そう言うとふふ、と雛太がくすぐったそうに笑う。
「啓くんならきっと見てくれてるって思ってたよ」
「俺は雛太くんのファンだからね」
雛太が頬を膨らませる。
「違うよ。彼氏でしょ?」
「え・・・でも」
それは形式上のもののはずだと啓は一瞬思った。だが、雛太が涙目でこちらを見上げてくる。啓はそれに戸惑った。
「啓くんは僕の彼氏だもん。僕だけの人なんだもん」
雛太があまりに必死に言うので啓は逆に冷静になれた。
「大丈夫。俺はどこも行かないから」
優しく彼を抱きしめて言うと雛太が泣き声で頷く。どうやら今日は甘えん坊の方の雛太らしい。啓は笑って雛太に尋ねた。
「もうご飯食べた?」
「ううん」
こういう時の雛太はとても幼く感じる。部屋に入るように雛太を促した。彼も素直に従う。
「スパゲッティ食べる?」
「食べるー」
雛太が目をキラキラさせながら言うので啓は笑ってしまった。
(雛太くん、可愛いな)
「あ・・・」
居間に入った途端、雛太が固まった。啓はどうしたのだろうと彼を見つめて、彼の視線の先を見つめた。そこには一時停止された先ほどの録画がテレビに映っている。
「これさっきの生放送の・・・」
「うん。最近、録画して観てるんだ」
そう言うと雛太が顔を赤くする。
「啓くん、本当に僕達のこと観ていてくれてるんだね」
「もしかして嫌だった?」
そう尋ねたら雛太はにっこり笑って首を横に振った。
「ううん、すごく嬉しい」

「美味しい!」
「それはよかった」
雛太は啓が作ったスパゲッティをもぐもぐ食べている。ただ麺を茹でて市販のソースをかけただけだが、なかなか好評だった。
「啓くん、今度の練習のことなんだけどね」
雛太が言う。最近は雛太の仕事が忙しく、一緒に走れる機会が少なくなっていた。
「ああ。練習なら俺はいつでもいいよ。毎日走ってるし。そうそう、雛太くんに履いてみて欲しい靴があって」
啓はふと思い出して、靴の入った箱をいくつか棚から取り出した。雛太が驚いたようにそれを見つめている。
「みんとのみんなにも一度ウチの会社に来て欲しいんだけど、時間あるかな?」
「え・・いいけど。何するの?」
「うん、みんなの足のバランスとサイズを測らせてもいたくてね」
「へえ」
スパゲッティを食べ終えた雛太は啓が持ってきた靴を履いて軽く足踏みしていた。
「わあ、靴でこんなに足の感覚が違うんだね」
「そう。だから靴のバランスって走るうえですごく大事なんだ。鈴木さんにまず連絡しようと思ってたんだけど、俺もちょっと忙しくて」
「ありがとう、啓くん。りんりんには僕から言っておくね。後でスケジュール組んでもらうよ」
雛太が笑う。もう先程のような寂しそうな表情ではない。啓はそれにホッとした。
「雛太くん、明日の予定は大丈夫?」
「うん。明日は久し振りにオフだから。りんりんにもちゃんと許可は取ってきたよ」
雛太がじっとこちらを見上げてくる。
「だからっていうのも変なんだけど、ここに泊まってもいい?」
「もちろん、いいよ」
今日の雛太は自分の着替えを持ってきたらしい。黒いリュックを背負っていた。その方が啓もありがたかった。やはり雛太と啓では体格があまりにも違いすぎる。
「じゃあそろそろお風呂沸かすね」
啓がそう言うとじとっと雛太に見つめられる。なにか言いたそうだ。
「雛太くん、どうかした?」
「あ・・・あのね啓くん」
そう言った雛太はしばらくうつむいていた。啓が彼の言葉を待って居ると、雛太が顔を上げる。彼は早口でこう言った。
「明日は僕とデートして!
その・・啓くんがよければだけど」
「うん、どこに行こうか?」
そう啓が言うと雛太が嬉しそうに笑った。雛太が言うには、ある映画の試写会に行きたいとのことだった。その映画に仲の良い友人が主演で出演しているしい。ぜひ来てほしいと言われチケットをもらったそうだ。
(わあ、いかにも芸能人っていうお誘いだな)
啓がそんなことを思っていると雛太が尋ねてくる。
「啓くんは映画でもいい?」
「うん。映画なんてしばらく見ていないから楽しみだよ」
「よかった」
雛太がホッとしたように言う。
「でも日曜日の夜は、ライブだよね?
明日デートして大変じゃない?」
啓は思ったことを聞いてみる。
「もしかして啓くん、またライブに来てくれるの?」
雛太に尋ねられて啓は頷いた。
「うん、そのつもり。新曲いいよね。他にも好きな曲、結構あるよ」
「わあ、そう言ってもらえるのすごく嬉しい!」
雛太が嬉しそうに笑うのが啓にとっても嬉しかった。雛太が啓の前に立つ。雛太はやはり小さい。
「け、啓くんあのね・・・その」
彼がぎゅっと目を閉じて啓に抱き着いてきた。
「ぼ、僕とちゃんとお付き合いしてほしいな」
「俺でもいいの?」
啓がそう言いながら彼を抱きしめ返すと雛太がぶんぶん首を縦に振る。
「役とかじゃなくて本当に恋人になって欲しい。僕はずっと啓くんのこと、恋人だって思ってるんだけど、啓くんは違うみたいだし」
雛太にそう言われて啓は嬉しかった。
「俺も雛太くんが大好きだよ。ずっと本当の彼氏になりたかった」
「本当?」
見上げられて啓は頷いた。雛太が好きだと自覚してから彼に何も言わず、そのままにしてしまっていた。
「先に俺から言えばよかったね」
「ううん。最初に巻き込んだのは僕だし。
そ、それでね」
キスしてほしいと小声で頼まれた。雛太が真っ赤になっている。啓も雛太の艶のある小さな唇を見て緊張した。雛太が背伸びをしてきたのでそれを支えるようにしてやる。
二人は軽く触れあうようなキスを何度かした。
「啓くん、好きだよ」
「俺も」
だんだん恥ずかしくなってきて二人は同時にお互いから離れた。それがなんだか気まずい。
「お、お風呂沸かすから」
「う・・うん」
二人が再び意識せず普通に話せるようになったのは寝る直前だった。

⒑・「え…あそこにいるの有名な人だ。あ、あの人も」
「今日は関係者だけの試写会だから、ここに来る人はみんな芸能関係の人だよ」
「ええ?一般人の俺がここにいていいの?」
啓は慌てて雛太に尋ねる。すると雛太が噴き出した。
「当たり前じゃん。啓くんは僕の彼氏だし?」
「そうか・・そうか?」
啓が自問自答していると、向こうから誰かが声を掛けてきた。雛太もそれに応じている。
「僕のお友達」
こそっと雛太に耳打ちされて啓はその人物を見た。啓は気が付く。
「え・・あの人って確か特撮モノの・・すごいイケメン!」
「よう、雛。元気にやってるか?」
「サトルくんこそ上手くやってるみたいだね」
サトルと呼ばれた彼は大げさにため息をついてみせる。
「あのな、雛。言い方ってもんがあるだろうが。俺がまるで周りを騙してるみたいな言い方はヤメロ」
「ええー、違うのー?」
ひひと雛太が意地悪そうに笑って見せる。どうやら相当仲がいいようだ。
「で、雛。この人が噂の彼氏さんか?」
啓はぺこりとサトルにお辞儀した。
「どうも橋田です」
サトルが朗らかに笑う。
「橋田さん、雛太をよろしくお願いします」
サトルが手を差し伸べてきたので啓もそれを握った。彼の手は温かい。
「サトルくんにお願いされなくても大丈夫だもん」
むううと雛太が膨れている。サトルがそんな雛太を見てからから笑う。
「そりゃあ悪かったな」
(いい人だな)
サトルが優しい人物であることを知り、啓はホッとした。芸能人にもいろいろな人が居るようだ。
「じゃあ今日の映画、楽しんでいってくれ。俺は挨拶があるからまたな」
「感想、メールで送るね」
「おう!」
「サトルさん優しいな」
啓がそう言うと雛太が笑う。なんだかその笑顔は寂しそうに見えた。
「僕、あんまりお友達がいなくてさ」
「でもすごく仲がいいお友達なら、数じゃないと思うし」
「啓くんは大人だなあ」
「そんなことないよ」
二人は飲み物を購入して席についた。
「映画なんて何年ぶりだろう。こうやって観に来るの」
「え?啓くん、映画館に来たの久しぶりなの?」
雛太に驚かれて、啓は頭をぽりぽり掻いた。
「いやあ、仕事もあったし、映画観に来るなんて思いつきもしなかった。なるほどなあ」
「啓くん、人生楽しんでる?」
「今は楽しい」
「もー」
雛太が笑っている。いよいよ試写会が始まるらしい。出演している俳優陣がステージに出てきた。もちろんサトルもその内の一人だ。ひとりひとりの挨拶が終わり、映画が流れ始める。
映画の内容は恋愛ものだった。繊細な感情描写が女性受けしそうである。
「啓くん」
小さく隣の雛太に声を掛けられる。
「どうした?」
雛太が手をこちらに差し出してくる。
「握って欲しい。僕も啓くんといちゃいちゃしたい」
啓は雛太の小さな手を優しく握ってやった。
映画が終わる。いろいろな困難を経て主人公とその恋人は幸せになるという結末だった。
「ふう、映画観た後ってなんか気持ちいい」
雛太が席から立ちあがってぐっと伸びをしている。
「面白い映画だったね」
「うん。サトルくんに後で、感想送ろうっと」
「じゃあ、どこかでお昼食べようか」
「わあい。僕、お腹ぺこぺこー」
映画館を出て二人は街へ繰り出した。雛太はこの日、黒いマスクに黒いキャップを被っていた。やはり人気アイドルはそうでもしないとすぐに見つかってしまうのだろう。
「雛太くん、ハンバーグは?」
啓は看板を見つけて雛太に聞いた。そこはハンバーグ専門の大手チェーンの店だ。
「いいね。ハンバーグ大好き」
二人は店に入った。土曜日の昼時とあって大分混んでいる。啓は名前を書いて最後尾に並んだ。
「意外とバレないもんだね」
小声で雛太に言うと笑われる。
「そういうもんだよ」
順番を待つ間、雛太はスマートフォンを取り出して何かを打ち込み始めた。
「ねえ、啓くんはさっきの映画どうだった?」
いきなりそう聞かれて啓は考えた。何かを見て、感想を考えるなんて学生時代にしかしてこなかったのでなかなか言葉が出てこない。
「えーっと、そうだなあ。純愛っていうのはわかったし、女性が見たら楽しめそうだなって思った」
「あー。なるほどねえ。啓くんが女の子だったら、あの映画はキュンキュンするってことかあ」
雛太が文字を打ち込みながら言う。啓は自分が女性だったらと考えて映画を思い返してみた。そう思うと不思議なことに感想ががすらすら湧いてくる。
「俺が女性だったら好きな人に追いかけてもらったら嬉しいな。そのシーンがすごく好きだった」
「それはそうだよね。僕もそう思う」
「二名でお待ちの橋田様」
名前を呼ばれて二人は席に向かった。雛太と一緒にいるととても楽しい。
啓はチーズハンバーグを頼み、雛太はカレーライスの上にハンバーグと目玉焼きが乗っているという豪快なメニューを頼んだ。
「うん。感想はこんなもんかな」
雛太がさっきから打ち込んでいたのは映画の感想だったらしい。雛太がこちらへスマートフォンを差し出してくる。
「啓くん、添削」
「ええ?俺が?」
雛太がにこにこしながらこちらを見ている。
啓は文章を読み始めた。雛太の感想はシーンごとにしっかり区別され事細かに書かれていた。一度しか映画を見ていないのに、すごいと啓は思う。
「雛太くんは文章も上手いんだな」
啓がそう褒めると雛太は嬉しそうに笑った。
頼んでいた品が来て二人は食べ始めた。
「うん。美味しい」
スプーンいっぱいにカレーを乗せてそれを頬張る雛太は可愛らしい以外の言葉では表現できないだろう。
「ねえ啓くん、あーん」
「え・・・」
雛太が自分のカレーをスプーンに乗せて差し出してくる。啓は仕方なくそれを食べた。意外とスパイシーなカレーに驚く。
「美味いけど辛い」
そう言って笑ったら雛太も頷いていた。どうやら彼も同じ感想を抱いていたらしい。
「あの、ひなたんですか?」
しばらく二人が食事を摂っていると一人の若い女性が声を掛けてきた。
雛太が唇の前に人差し指を立てる。
「ごめんね。今日デートだから」
「あ、すみません。あの、握手だけでも」
雛太が白い手を差し出すと彼女はそれを優しく握った。
「ありがとうございます。マラソンも頑張ってくださいね」
「ありがと」
啓は雛太の優しい対応にドキドキしていた。
「雛太くんすごいな。ちゃんとファンの人に応えるんだ」
「ふふ。もう慣れてるもん」
雛太が食事の続きを食べ始める。やはり雛太と自分は住む世界が違う。少し落ち込んでいたら雛太がまっすぐこちらを見つめてきた。
「僕はいつも啓くんの隣にいるよ」
「雛太くん」
雛太が気遣ってくれたのがとても嬉しかった。これではどちらが年上か分からない。
(俺、しっかりしろ)
啓が自分を鼓舞していると雛太が食べ終わったようだ。
「あー、お腹いっぱい。次はカラオケいこ」
店の外に出ると、雛太に腕を掴まれ引っ張られる。
「ええ、カラオケ?」
カラオケに最後に行ったのは高校生の頃だった。友達とふざけながら歌ったのが楽しかった思い出がある。
「啓くん、もしかしてカラオケも久しぶりなのー?」
呆れたような雛太に啓はまた頷いた。
「いや、ずっと独りだったし、遊ぶ元気もなかったっていうか」
「啓くんはもっと遊ぶべき。僕もその方が嬉しいよ」
「そうか」
雛太が喜んでくれるなら、それでいいかと今の自分は思えてしまう。今まで色のなかった世界がいきなり色づいたようだった。
(好きな人が出来るってすごいな)
啓は改めてそう実感する。
昼時だったせいかラッキーなことに二人がカラオケ店に入るとすぐに部屋に入ることができた。
「やった。ゾイじゃん」
「ゾイってなんだ?」
雛太がまた呆れたようにため息をつく。
「啓くん、君はまだおじさんになるには早いからね」
「え?そうか?」
とっくに自分はおじさんだと思っていた啓である。目から鱗だった。
「ゾイって言うのは、カラオケの機種の名前ね。機種によって入っている曲が違うの。
それでゾイはアイドルのマニアックな曲も入っているから、オタクさんにぴったりなの。覚えた?」
「ああ。わかった」
「じゃ、啓くんなにか歌って?」
「ええ?俺からなのか?」
「はーやーくー」
啓は渋々自分が唯一歌えると思えた曲を入れた。さすがにデンモクの使い方は覚えている。今はタッチパネル式らしい。知らぬ間に時代は進んでいるようだ。
啓が入れたのは啓が高校生の時に流行ったポップスだった。
「あ、その曲知ってるー」
雛太が嬉しそうに声を上げる。イントロが流れ出した。啓はマイクを握る。
「走り出した~」
少し忘れている部分もあったが雛太も一緒に歌ってくれた。歌い終わると、雛太が拍手してくれる。
「啓くん、声かっこいいねえ」
「いや、そんなことは・・・」
雛太が笑っている。どうやらお世辞ではないらしい。
「そうだ。僕がみんとの曲歌うよ」
「え?」
啓は焦った。雛太はプロである。本来であればお金を払わなければ見ることができないものだ。
「ひ、雛太くん。さすがにそれは鈴木さんに怒られないか?」
ハラハラしながら聞いたら雛太に首を傾げられた。
「今はデート中だし啓くんには特別だよ」
雛太はそう言ってみんとの曲を数曲歌ってくれた。歌っている雛太はキラキラしている。
(雛太くんはやっぱりすごいな)
次の曲が流れ出す。啓はその曲を聞いて何気なく言っていた。
「この曲、ダンスがかっこいいよねえ」
「あ、啓くんもそう思う?」
今の啓は鬼のようにみんとのグッズを集めている。収集方法としてはフリマアプリだったり、オークション、他に大手の本屋やCDショップなど様々だ。CDショップに至っては顔を覚えられ、店員から挨拶されるようになってしまった。
「うん、去年のライブDVD見て思った」
そう笑いながら啓が言うと雛太は顔を赤くした。
「啓くん。僕たちのグッズとか、いろいろ買ってくれてたりする?」
「うん。買ってるよ。来月に握手会があるんだよね。今からすごく楽しみ」
「握手なら僕がいっぱいするから!」
雛太が慌てたように言う。啓は雛太の申し出が嬉しかった。雛太とはキスまでしてしまっている。恋人なのは間違いないのだが、啓はアイドルの雛太のファンでもあるので、そこの線引きが難しい。啓は自分の気持ちを正直に話した。
「俺はみんとの雛太くんも好きなんだ。握手会は行きたいな。また可愛い衣装着るんでしょ?」
「啓くんがそれでいいならいいんだけど」
雛太は相変わらず顔を赤くしている。
「あのね、啓くん」
「ん?」
雛太がそばに座ってくる。そして啓の肩に寄りかかって来た。
「僕見ちゃったんだけど、啓くんの部屋にみんとのCD全部あるよね?限定版まであるしびっくりしちゃった」
「ああ、確かにあるな」
啓としてはなんだか少し照れ臭い。それはオークションで競り落とした物だった。その限定版のCDは今や絶版で手に入れるのが困難になっている。
「啓くん、本当にありがと。でも今度は僕からプレゼントさせて?」
そう言う雛太の頭を撫でると雛太が笑った。
それで雛太が満足してくれるならそれでいい。
カラオケでしばらく歌い二人は帰ることにした。今日、雛太は寮に帰るとリンカに約束しているらしい。明日もライブで、雛太は忙しいはずだ。
「あー、楽しかったー」
「ああ。俺も楽しかったよ」
「今日はこれからライブの準備だあ。頑張るよ」
「ああ。明日楽しみにしているよ」
「うん」
近くの駅で啓は雛太と別れた。
明日の夕方にはまた雛太のパフォーマンスが見られる。すごく楽しみだった。

⒒・次の日の朝、啓はいつもと同じように一人でジョギングしていた。走っていると黒い車が停まる。啓は何事かと立ち止まった。その車に見覚えがあったからだ。
車から降りてきたのはリンカだった。
「橋田さん、少しお話が」
リンカの表情は暗い。啓は彼女の言うまま助手席に座った。車はゆっくり走り出す。
「なにかあったんですか?」
リンカはしばらく黙っていた。啓も急かさず待つ。リンカは車を走らせ、近くにある公園の駐車場に停めた。
「雛のことです」
リンカは言った。彼女は苦しそうだった。
「・・・・正しくは雛のお母様のことです」
リンカはようやく絞り出すように言った。
啓は明るい雛太の笑顔を思い出していた。
「いきなりすみません。雛太からあなたに話すのを待とうとも思ったのですがやっぱり心配で。その・・雛のご両親は雛が幼い時に離婚されてお母様が雛を育てていました。でも彼女は、雛が六歳の時に若年性認知症になってしまって雛を育てることができなくなってしまったんです」
「え?じゃあ雛太くんはどうなったんですか?」
「幸い母方の祖父母が近くにいたのでそこに引き取られたようです。でもお母様の症状は今もどんどん進んでいます」
「じゃあ雛太くんのことも?」
リンカは首を縦に振った。
「もうほとんど分からないそうです。雛はそれで随分落ち込んでいたようで」
それはそうだろうと啓は思った。
(雛太くんすごく辛かったろうな)
「雛は強い子です。周りに暗い部分は絶対に見せない。でも橋田さん、あなたには違う」
リンカがこちらを見つめてくる。
「雛に聞きました。あなたと本当の恋人になったって。どうかこれからも雛を守ってあげて欲しいんです」
啓は自然と頷いていた。
「鈴木さん、大事なことを話してくださってありがとうございます」
そう言うとリンカは頷いてくれた。それからリンカは啓が元いた場所まで、車で送ってくれた。
「今日のライブ、観に行きますね」
「はい。お待ちしております」
リンカに手を振るとリンカが頭を下げる。車が行ってしまったのを確認してから啓は再び  ジョギングコースを走り始めた。スマートフォンが鳴っている。確認すると雛太からだった。写真が送られてきている。それは走る練習をしている、みんとのメンバーの写真だった。おそらくSNSに載せるものだろう。啓はSNSにはあまり明るくない。それを雛太に話したら、こうして写真を送ってくれるようになった。みんとは今日も元気一杯らしい。
「啓くん、今日も走ってる?」
「ああ。走ってるよ」
メッセージが来てそう返すと、すぐに既読が付く。
「夕方からのライブ頑張るねえ」
「ああ。応援してる」
(あの雨の日、雛太くんが落ち込んでいたのはお母さんのことが原因だったのかなあ)
それは雛太に直接聞かなければ分からない。だが啓はそれを雛太に聞くつもりはなかった。
(だから俺に自分を信じて欲しいって言ったのか?)
あの時の雛太の言葉が鮮明に思い出される。結局、雛太は啓に詳しい話をしてくれなかった。
(もういいや。いつか彼が話してくれるのを待とう。雛太くんのそばに俺はずっといよう)
そう一人で決意していると雛太から新しいメッセージが届く。
「あのね、今週のどこかならスケジュール空いてるみたい。靴のサイズ測るんだよね?」
「俺ならいつでも合わせられるよ」
「じゃあ水曜日の午前中は?」
雛太の返事に啓は了解と返した。これでまた一歩、みんととのコラボ商品の開発が進みそうだ。
帰ってこのことを同僚にメールで伝えなければならない。仕事関連のメールは全てPCでしている。啓は帰り道を急いだ。

⒓・(今日はまた大きなステージだな)
その日の夕方、啓はライブ会場にいた。初めて来た場所だったので少し道に迷ってしまったが、なんとか辿り着けた。
(今日の衣装どんなのだろう。あ、先に物販か)
啓は物販ベースの列に並んだ。二度目ともなれば慣れたものである。ファンはほとんど若い女の子だが、時々自分と同じくらいの年代の男性も見かける。皆、今日のライブを楽しみにしてここにきたんだろう。皆、笑顔だった。その様子に啓はなんだかホッとする。
(俺、やっと人生が楽しいな)
今までずっと啓はどこかで自分を責めてきた。だがそれは無意味なことだった。自分を責めても、自分をむやみに傷付けるだけで、誰も救われない。啓はこうして、肩の力を抜いて毎日を暮らせるようになるとは思っていなかった。今更だが、最近は体調も少しいいような気がする。
「お待ちのお客様!どうぞー」
啓の順番が来て啓はレジに向かった。予め欲しい商品を用紙に記入してレジで商品を受け取るシステムらしい。
(わ、タオル素敵じゃないか)
スタッフから商品を受け取りながら啓は心の中で驚いていた。前回買ったタオルとデザインが違う。
それはピンク色の生地に赤文字で雛太とローマ字で大きく書かれている。今回のセンターは雛太だったことを啓は思い出していた。
(燃えてきた)
啓は自分の指定された席に座った。いよいよライブが始まる。ステージにみんとが現れて歓声が沸き起こった。
ライブはとても盛り上がった。ラストの曲ではみんなでタオルを振り回して応援する。
(みんとってすごいなあ)
いつも彼らのパワーに励まされている啓である。
「じゃあ、みんなー!またねえー!」
爽が叫んで、みんとはステージを去った。
拍手が沸き起こる。アンコールだ。啓もそれに倣って手を叩く。するといきなり照明が落ちて真っ暗になった。
客席がざわざわし始める。啓も少し不安になった。
パッとスポットライトが照らしたのはステージ上の雛太だった。客席から歓声が湧く。
「みんな、いつもアンコールありがとう。今日は僕が一人で歌います。僕の気持ちを全部込めた歌だから聞いてくれると嬉しいです」
雛太がそう言うとしんと場が静まり返った。
雛太が歌いだす。伴奏も何もない。雛太一人のアカペラだった。
啓はそれを聞いて雛太とのいろいろな記憶を思い出していた。雛太の声は澄んでいて優しい。観客も聞き惚れているようだ。
(雛太くんらしい優しい曲だな)
雛太が歌い終わって頭を下げると大きな拍手が沸き起こった。
「ひなたん、サイコー!」
「もっと歌ってー!」
こんな声が拍手の合間に聞こえる。啓も、もう一度聞きたかった。CDに収録されるのか気になるところだ。こうしてみんとのライブは今日も無事に終わった。
まだ高揚した気持ちでライブ会場を出ると誰かに腕を掴まれて路地裏に連れていかれた。
その相手は雛太だった。
「雛太くん?抜け出してきてよかったの?」
雛太が笑う。
「少しだから大丈夫だよ。啓くんに会いたかった」
ぎゅっと雛太に抱き着かれる。啓もその背中を優しく撫でた。
「雛太くんの歌感動した」
そう言ったら雛太が啓の腕の中で笑う。啓は先ほど思ったことを言ってみた。少し照れ臭かったのもある。
「あの曲はCDに入るの?」
雛太が声を上げて笑った。
「ふふ。多分シングルになると思う。またプレゼントさせて」
「ありがとう」
「あのさ」
雛太が啓の顔を見上げる。
「もう僕達、出会って一月経つんだよ?知ってた?」
啓は頷いた。
「そうだね。あっという間だった」
「うん。そうだよね」
季節が移り変わり、もうすぐ冬になろうとしている。出会った当初はこんなことになるとは思わなかった。二人はまた抱きしめあった。
「ちゅーしてくれないの?」
雛太が心配そうに言うので啓は軽く雛太の額に口づけた。雛太はそれで満足してくれたようだ。
「啓くん、じゃ。また会社でね」
「ああ」
雛太は走って会場の中に戻って行った。それを確認して啓はその場を静かに離れる。
また雑誌に写真が載ったりしたら今度は言い逃れできないだろう。
啓は辺りを警戒しながら家路を急ぐのだった。

⒔・「わあ、すごい!」
「かっこいいですう」
「俺っちのも見てくれよ」
二度目のみんとのライブを観に行ってから、既に二週間ほど経過している。啓はみんとのメンバーの足のサイズやバランスを測った後すぐに工場に発注した。そしてついに完成した。当然一人一人、足の重心バランスが違うので機械だけではとても作れない。いろいろな人の苦労が積み重なってこの靴はできている。
「啓さん、本当にありがとうございます。早速練習で履かせてもらいますね」
雛太は先ほどから靴をじっと見て何も言わなかった。
「雛太くん、大丈夫?」
啓がそう尋ねると雛太が寂しそうに笑った。だがそんな表情は一瞬で消える。
「大丈夫に決まってるじゃん。啓くんの会社って本当太っ腹だよねえ」
「あ、ああ・・・」
雛太が明らかに強がってみせるので啓は心配になった。
(多分今は言ってくれないよなあ。他の子もいるし)
リンカがそう言っていたのを思い出して啓は頭を切り替えた。雛太にはあとで聞いてみようと頭の片隅にメモする。
「スニーカーに何か不備があったら、また連絡をもらえる?」
「うん、分かった。今日から早速走ってみるね」
「ああ」
「あのー」
爽が手を挙げている。
「何かあった?」
啓が尋ねると爽は言いにくそうに言った。
「靴紐も僕達のイメージカラーにしてみてもいいでしょうか?」
確かにその方が、よりメンバーの個性が出る。
「そうか。そうだよな。待っててくれ。今すぐ在庫を確認する」
「啓くん、僕も一緒に行ってもいい?」
雛太にそう尋ねられ啓は頷いた。同じメンバーの雛太がいればメンバーの色を間違えることもないだろう。
「ああ。頼む」
二人は会議室を出て地下にある会社の倉庫にやってきていた。
「啓くん、聞かないの?」
「なにを?」
啓がとぼけて見せると雛太は笑う。
「啓くんは大人だねえ」
「雛太くん、今は言えないんだろ?」
「うん。そうなんだ・・・」
雛太がうつむきながら言う。まだ彼の中で消化できていないことは聞かない。啓はそう決めていた。雛太は聞いて欲しい時に自分に話してくれるだろう。そう信じている。
啓は一番下の段の棚から靴紐を探した。どうやら在庫はあるようだ。
「雛太くん、色はこれでいいか?」
「うん。ばっちり。さすが啓くんだね。
ね、啓くん」
雛太に突然しがみつかれた。啓はそれを抱き留める。
「今度、僕と来て欲しいところがあるんだ」
「うん。分かった。一緒に行くよ」
「うん」
雛太の笑顔に陰りが見える。やはりさっきまで強がっていたらしい。
「雛太くん、大丈夫。皆、君を応援しているよ」
「ありがとう」
二人が会議室に戻ると、残ったメンバーはゆっくりお茶を飲んでいた。どうやら同僚が気を利かせてくれたらしい。内心啓はホッとしていた。
「これ、靴紐な。そこまで考えが至らず申し訳ない」
「いえ!ありがたいです。僕達もしっかり宣伝させていただきます」
「ああ、頼むよ」
「あの啓さん。僕達の練習に付き合ってもらえるって雛から聞きました」
「ああ。いいよ。君たちの都合に合わせる」
「その、恐縮なんですが、僕達と一緒に番組に出て頂けませんか?」
「はい?」
「俺っちは聞いているぜ!あんた、雛の彼氏なんだろ?」
確かにその通りなのだが自分は一般人である。
「顔とか映さないならいいけど」
それに爽は顔を明るくした。
「もちろんです。雛はどんどん走れるようになってて、僕達悔しくて」
「ああ。それなら筋トレから変えてみたらどうだろうか」
「啓さん、どうかお力添えをお願いします」
啓は爽に頷いた。自分の知識が役に立つかどうかは謎だが、とりあえずやってみようと思った。
「あ、爽くん。りんりんが迎えに来たみたい」
窓から黒い車が見える。いつもの車種より大きい。
「では僕達はこれで。いろいろお手数をおかけしました」
「いや、気にしないでくれ。ジャージの方ももう作ってるから」
「楽しみですう」
みんとのメンバーが帰る時、社員がざわつくのはいつものことだ。啓は彼らを玄関まで見送った。

⒕・「どうも!みんとでーす!」
「今日もばっちり練習するからよろしくねえ」
カメラに向かって爽達が話している。
(収録ってこうするのか)
啓は日陰でその様子を見守っていた。スタッフが少なくても周りに十人はいる。ここはある都内の川原だった。ジョギングコースから近い上に広いこともあるだろう。今日は快晴。気温も十月下旬にしてはそこそこ高い。走りやすさという点ではまあまあだろう。啓はこの日の為に有休を取った。同僚には当然このことは内緒にしている。
「今日はなんと、皆さんに見せたいものがあります」
「見てみてー」
カメラが離れてみんとのメンバー全員の全身を映す。専用のジャージもついに完成していた。
「こんなにカッコいいジャージ、なかなかないでしょ。みんな似合ってるよー」
「このジャージとシューズはコラボ商品なので、皆さんもお店でお手に取ってみてくださいね。サイズも豊富なのでお子様から大人の男性まで対応していますよー」
「あえてワンサイズ大きめのものを買っても可愛いかもね」
みんとのメンバーがさりげなく商品を宣伝してくれた。担当者としてはありがたい。啓はホッとした。
メンバー皆、アイドルという名は伊達ではなくスタイルがいい。ジャージを着るとそれがよく分かる。
(雛太くん、今日すごく可愛いな)
雛太を見慣れているはずの啓もそう思ってしまうくらいに。
「じゃ、今日もこれから走るわけだけど、もう一つ。実は皆さんに紹介したい方がいます」
雛太の言葉にメンバーが反応する。みんとのメンバーは仲がいい。啓は改めて実感する。
「お、じゃあ雛が呼んで」
「おっけー。おーい、Kくーん」
雛の言葉に啓は声を出さずにカメラの前に立った。言った通り、顔は映さず足元だけだ。
(カメラマンさん大変だな)
申し訳なく思うが身バレは怖い。啓は黙ってみんとのメンバーの隣に立った。
「ええ?ついに雛に彼氏さんが出来たのー?」
「そうなの。みんな、よろしくね。
今日は僕達と一緒に少しだけど練習してくれるんだって。僕、ずっとこの日を楽しみにしてたんだあー」
楽しみにしていたのは啓も一緒だった。
今日はこれから川沿いの道をみんとのメンバーと一緒に走り、途中で抜けるということになっている。
「雛は彼氏さんに走り方を教えてもらったんだよね。羨ましい」
「そう。Kくん、教え方上手いんだなあ」
「じゃあ早速、ジョギングコースに向かいましょう」
そこでカメラが一旦止まる。移動の為にスタッフが動き出している。啓は息をついた。
「どう?啓くん、収録は」
雛太がペットボトルを啓に渡しながら話しかけてくる。啓はペットボトルの口を開け一口飲んだ。冷たくて美味しい。スポーツ飲料のようだ。
「いや、大変だな。俺には難しいよ」
自分がテレビに映ることになるなんて今まで思いもしなかった。
「啓くんとテレビに出ることになるなんて僕も思わなかったよ。でも」
雛太が遥か遠くを見つめた。啓も振り返ってそちらを見つめる。雛太にはなにが見えたのだろう。啓には分からなかった。
「ね、啓くん」
啓が雛太の方を向くとぎゅっと抱き着かれた。
「大好きだよ」
雛太の明るい笑顔に啓はホッとする。無理をして笑っているようには見えない。雛太が明るく笑ってくれるだけで啓の心も明るくなる。啓も彼の頭を撫でた。
「俺もだよ」
そう返すと雛太に軽くキスされる。
「二人ともー!早くー!」
爽が向こうから呼んでいる。二人は笑いあって歩き出した。

⒖・ある日曜日のことだった。啓は雛太にある場所に呼び出されていた。そこは啓の家からそこまで離れていない場所だ。そこはこの前、雛太がうずくまっていた道を通った先にある。啓は少し暗い気持ちでその道を歩いた。雛太のいろいろな顔が思い出される。ここまで濃密な時間だった。
(本当にいろいろあったな)
啓もこの間の収録のオンエアを見たが、雛太に彼氏がいるということに関してファンは温かい言葉をかけてくれているようだった。
雛太はいつものように強気で明るいキャラとして過ごしているらしい。啓もそんな雛太が大好きなのでとても嬉しかった。
(ここって)
啓はあまりこちらの方面に来たことがなかった。少し迷って啓は歩道橋を見た。啓はなんとはなしにそれに上ってみることにして歩き出す。交通量が多いのも一因だ。
「雛太くん・・・」
歩道橋の上に上ると雛太の姿があり、啓は驚いた。雛太がこちらを見て言う。
「啓くん。来てくれたの?」
「こんなところで何を?」
雛太が黙って視線を歩道橋の下に向ける。
そこから大きな病院の中庭が見えるのだった。
「お母さんがあそこの病院にいるの」
雛太の言葉に啓は気持ちが沈んだ。やはり雛太の中には母の存在が大きくある。
「お母さんね、僕のこと、もう分からないんだ」
「そうなのか・・・」
啓は知っていたが、敢えてそれは出さないことにした。
「僕が小さい時、お母さんずっと大変そうだった。僕なんて生まれて来なければよかったって何度も思った」
「雛太くん・・・」
雛太の大きな瞳に涙が溜まっている。小さな子供にとって親は大きな存在だ。親が居るから子供は安心して暮らしていける。
「僕が居なければお母さんは病気にならずに済んだんじゃないかって!」
雛太が叫ぶように言う。啓はもう耐えられなかった。雛太の傷は大きくて深い。啓もまた同じくらい傷ついているから分かることだ。
「雛太くん」
啓が雛太を優しく抱き寄せると雛太がしがみついて泣き始めた。今は慰めの言葉は意味を為さない。啓は直観的にそれを悟った。
「ひーなーちゃん。可愛いねえ」
しばらくして優しい声が聞こえる。雛太もまた気が付いたようだ。二人は歩道橋から下を見つめた。車椅子に女性が座って赤ちゃんの人形を抱えている。どうやらその人形に話しかけているようだ。
「雛ちゃんはいつも可愛いわねえ」
その女性は優しい手つきで人形を撫でている。
「おかあ・・さん」
雛太はしばらくその女性を見つめていた。啓はそっと彼の肩を抱き寄せる。
「お母さん、雛太くんのこと、ちゃんと覚えてるじゃないか。忘れてなんていない」
「お母さん・・・おかあ、さん」
雛太はそこでしばらく泣いていた。啓はそれを見守った。
「今度は直接会いに行こう。俺もお母さんに挨拶したい」
「啓くん、本当にありがとう」
雛太が抱き着いてくる。啓はそれを抱きしめ返した。雛太が真っ赤な顔をして啓に囁いてくる。
「啓くん、僕のことなんで抱いてくれないの?」
「え?」
啓は真下にある雛太の顔を見つめた。自分の顔も赤くなっているのが分かる。それくらい顔が熱かった。
「ずっと待ってたのにさ。啓くんってば全然そういうことしてくれないし、諦めてたんだよ?」
雛太がいじけたように言う。
「いや、それはその・・・」
啓はなんと返せばいいか分からなかった。
淡白な方だと自分でも思うが、性欲のある普通の男であることに変わりない。
「お願い、もうじらしちゃ嫌」
啓は雛太の腕を引っ張った。もう自分がどう行動するかは決まっている。
「どこ行くのー?」
「俺の家。こんなところでできないよ」
「それもそうか」
雛太の反応に啓は笑ってしまった。いつもの明るい雛太だと安心する。
二人は速足で啓の家を目指した。
「あのね、僕もいろいろ調べたんだよ。でも一人じゃ怖くてね」
雛太が困ったように言う。
「うん。これから二人でしよう」
「うん」
雛太が笑っている。啓はそれに鼓動が速くなるのを感じた。
ようやく啓の家にたどり着き何とか中に入る。
「啓くんのベッド発見!」
雛太が寝室に先に入ってしまう。啓は止めようとしたがもう遅かった。
「ああ!」
啓が寝室に入るとみんとの巨大なタペストリーが壁に飾られている。つい最近入手したものだ。雛太にまた盛大にめ息を吐かれる。
「啓くん、本当にみんとすさんなんだね」
「いやあ、まあ」
「推しは誰ですか?」
雛太にそう聞かれ、啓は改めて言った。
「桂木雛太くんです」
「よろしい」
雛太が服を脱いでいる。啓が止める間もなく、彼は服を全て脱いでしまった。白い綺麗な肌があらわになる。
「ほらほら、啓くんも脱ぐ脱ぐ」
「ええ」
雛太にシャツを掴まれて脱がされてしまう。
「ね、啓くん。キスして?」
じっと下から見上げられて啓は雛太に近付いた。そして唇を重ねる。
何度もキスを繰り返すうちにそれは深く激しくなっていった。お互いに呼吸が荒くなる。
「ん、っつ、けいく・・・」
ぎゅうと雛太が啓の背中に爪を立てる。苦しいんだろうと啓は思った。だが止めてやれるほど今の啓は冷静ではない。雛太をベッドに押し倒した。雛太が痛くないように気を付けたつもりだったが少し荒かったかもしれない。
「へえ。啓くん、やるねえ」
雛太が煽るように言う。啓は返事をするゆとりがなかった。雛太の鎖骨にキスをする。雛太も感じてくれているようだ。
「ん、くすぐった・・啓くん」
雛太の鎖骨に赤い跡がいくつもできる。これはしばらく消えないだろう。啓はそれに少し満足した。
「啓くん、もっと」
雛太が手を伸ばしてくる。啓が覆いかぶさるようにすると雛太が背中に手を回してくる。
性行為は初めてではなかった。だが、こんなに熱意を持って相手を愛するのは初めてのことだ。雛太はそれだけ特別だ。雛太の熱っぽい瞳に心がかき乱されそうになる。啓は深呼吸して気持ちを落ち着けた。
「啓くん、いつも僕を大事にしてくれて嬉しい」
「大好きだから」
「うん、ありがとう」
雛太の下腹部に手を伸ばすと雛太が身をよじる。
「そこ恥ずかしいかも」
雛太が困ったように言う。
「雛太くん可愛い」
「ん、啓くんって意外と変態なんだね」
「悪かったな」
二人で笑いあう。雛太の性器が少し立ち上がっている。どうやら感じてくれているようだ。啓はそれが嬉しかった。
「触っていいかな?」
啓が尋ねると雛太が頷く。
「うん、触って欲しい」
啓が性器を優しく握ると雛太が小さく喘ぐ。啓はその手を上下に擦った。雛太の喘ぎが大きくなる。
「あ、ああ、啓くん、僕ばっかりやだあ」
「雛太くんが可愛すぎて止まらないんだ」
「やだ!」
雛太が突然起き上がるので啓は驚いた。
「僕も啓くんのこと気持ちよくする!」
「え?」
啓が戸惑っている間に雛太が啓のズボンのチャックを開けている。
「ね、啓くんのやつ食べていい?」
そう言いながら啓の性器を触り始めた。
「ちょ、雛太くん」
「あーん」
はむという効果音が付きそうな勢いで雛太が啓の性器を咥えてしまう。
「ん、啓くん。すごく興奮してくれてる。可愛い」
「雛太くんっ」
ちゅ、と雛太は何度も優しく性器にキスをして味わうように舐める。雛太の舌の感触に啓はイキそうになるのを堪えた。
「啓くん、気持ちいい?」
「ああ。もうイキそうだから」
「いいよ。イって。啓くん大好き」
「雛太くん、ん、もう」
雛太が口で性器を絞るように吸うとあっという間もなく啓は果てた。雛太は精液をぺろりと舐めとっている。
「ね、啓くん、もっとしよ?ほら、来て」
雛太が寝そべって啓を誘っている。
(だめだ、頭がぼうっとする)
今の自分に正常な判断を下せと言われても無理だ。啓は雛太に覆いかぶさっていた。
「ねえ、啓くん。男同士ってどうやってするか知ってる?」
雛太がなんでもないように言う。理性のない自分を怖がる素振りもない。啓は深く呼吸してなんとか答えた。今の自分では雛太に乱暴をしてしまいそうだ。
「いや・・・よく知らない」
「だよねえ。なんかねお尻の穴に性器を入れるんだって」
「それなら確かに繋がれるな」
「啓くん、物分かりが良くて大変よろしい」
ふふ、と雛太が笑う。彼はこうして自分と一緒にいることを楽しんでくれる。
(好きだなあ)
啓は心の底でそう思った。
「じゃあ俺はどうすればいい?」
「うん。あのね、穴を指で解してほしい」
「分かった」
啓は雛太の精液を指に纏わせてから穴に指を押し入入れた。きつい。
「んん、結構苦しいなあ」
雛太の苦しそうな表情に啓は引こうとした。
「ダメだよ、啓くんもっと奥に」
「ああ」
指を更に奥に入れる、何度もそれを抜き挿し
しているうちに少し余裕ができてきていた。
指を増やしていく。
「啓くん、もう大丈夫そう」
「本当にいいのか?」
雛太が笑った。
「そんなの今更でしょ?」
啓が自分の性器を雛太の尻にあてがう。雛太が少し震えている。
「怖い?」
「初めてだもん。そりゃあ怖いよ」
笑いながら震えている雛太の頭を啓はぽんぽんと撫でた。
「啓くんはやっぱり優しいなあ」
「入れるよ」
「うん」
はじめはきつかったが、少し力を加えたら中に入れることが出来た。思っていた以上に中は温かい。
「んんんっ。お腹が苦しいー」
雛太が涙目で喘いでいる。啓もまたキツさで達しそうになってしまっていた。
「啓くん、イキそう?」
「大丈夫」
「ほら僕達、繋がってるよ」
雛太が笑う。こんな時でも彼は笑顔を絶やさない。
「一緒に気持ちよくなろうな」
「うん」
雛太の表情に余裕を感じ取ってから啓は少しずつ前後に動き始めた。
「ん、ん、ああ。そこ・・・・いい」
雛太がいいといった場所をピンポイントで狙うように抉る。
「あ、啓くん、気持ちいい!」
「俺もっ・く・気持ちいいよ」
だんだん自分にゆとりが無くなっていくのが分かる。啓は雛太を全身で感じていた。
「んう、啓・・・くん、はああ」
もう二人の息遣いしか聞こえない。啓が動くたびにぎしりとベッドが軋む。
「や、あ、もう・・イキそう」
雛太が悲鳴を上げる。啓もまた限界だった。律動を速める。
「一緒にイこうっ!」
「っああああ」

「いたたたた」
「大丈夫?雛太くん。明日は仕事だよね?」
「大丈夫。僕はカメラさえ回れば元気だもん」
プロ根性というものはすごい。雛太はやはりアイドルだ。二人はベッドに並んで横になっていた。本来であれば一人用のベッドなのでとても狭い。
「ごめん。無理させて」
啓が雛太の頭を撫でると雛太が笑う。
「啓くんが僕をすごく愛してくれて嬉しかったよ」
そう言われるとなんだか照れ臭い。
「俺は雛太くんが好きだから」
「啓くん」
二人はしばらく黙って抱き合っていた。お互いの熱がとても心地いい。外は日が暮れ始めている。だがここにいると自分達しかこの世界に存在していないかのような錯覚を覚えて不安になる。啓の不安を雛太も感じ取ったのかぎゅっとしがみついてきた。
「ねえ啓くん、僕との約束。僕からずっと離れないでね」
雛太の不安そうな表情に啓は彼に頷いて見せた。
「ああ。俺はずっと雛太くんと一緒だよ」
「例えば、喧嘩しちゃっても一緒にいてくれる?」
「当たり前じゃないか」
啓の言葉に雛太は嬉しそうに笑った。
「あのね、お母さんと暮らしてた時、本当に怖かったんだ。お母さんが辛そうなのは分かったけど僕、どうしたらいいのか分からなくて。いっぱい泣いちゃってお母さん困ってた」
「それは二人とも大変だったね」
幼い頃の雛太の不安は計り知れない物がある。また、雛太の母親の気持ちを考えるといたたまれない。どれほど苦しかったことだろう。自分の不調を感じていなかったはずがない。
「でもお母さんはずっと僕を可愛いって思ってくれてた。嬉しかった。」
「当たり前じゃないか。雛太くんはずっと可愛い雛太くんだよ」
「啓くん・・・」
「ん?」
雛太が明るく笑う。先程迄の寂しい表情ではなかった。いつもの強気な雛太である。
「ね、啓くん。これからも僕だけ見ていてよね?」
その不敵な笑みに啓は頷くことしかできなかった。
                おわり



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