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愛されし姫
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僕はしょんぼりしていた。ユミル団長によれば、杖は盗まれてしまったらしいから。月姫様はあの杖で一体何をするつもりなんだろう。悪い事じゃないといいんだけど。しかもここは病院で、僕はこれから検査をして、様子を見るということになっている。つまり、すぐには宿舎に帰れないとのことだ。病室にはテレビもないし、すごく退屈だなぁ、と僕は何度目か分からない欠伸をした。
「ナーちゃん、暇そうだね」
「リヴァさん!来てくれたんですか?」
「そりゃあ心配だもの。それに検査入院って一番暇なやつだしね」
リヴァさんがパチンとウインクした。イケメンのウインクは効き目が凄まじい。
「はい。暇つぶし」
リヴァさんに手渡されたのは分厚いコミック雑誌だった。嬉しい。
「宿舎の漫画も遠慮せずに読んでいいんだよ?」
そう、僕はずっと気になっていた。
「でも汚しちゃいけないし」
いいのいいの、とリヴァさんが笑う。
「皆で読もうって言って買ってきたやつなんだから誰も文句言わないよ」
「じゃあ、また帰ったら読みます」
「そうだね。そうするといいよ、ねぇ?セス」
「!!」
僕はびっくりしてしまった。セスさんも反応する。ユミル団長が他の人に言うというのは考えられないしなぁ。
「あ、あの、リヴァさん?」
「セス、ずっと君の傍にいるでしょ?」
リヴァさんに確認されるように言われて、僕は困ってしまった。セスさんはどうするんだろう、と窺っていたら、セスさんの姿がふわっと現れる。え、こんなことも出来るんだ。
(リヴァ君、君って奴は、やっぱり僕に気付いていたね?)
セスさんの涼やかな声がはっきり聞こえる。
「そりゃあ、君のことだし、俺なら分かるに決まってるでしょ?」
(むうう、君はなんでそう強かなんだろうね?)
「セスこそ」
大変だ、なんか喧嘩になっちゃいそう、と僕はハラハラしていた。でも2人が急に噴き出すように笑い始めたので、僕はまたも驚いた。
(リヴァ君、ナーシャをよろしく頼むよ。僕も気を付けているつもりなんだが、どうしても無理させてしまうんだ)
「あー、まぁ…ね。セスが誰かの育成とか向いてないと思うし」
(やっぱりそう思うかい?僕もそう思い始めていた頃だよ)
リヴァさんが呆れたように笑っている。でもそれは一転して真面目な表情になった。
「セス、君と再会できて嬉しい」
(あぁ。まさか僕も魂だけ残るとはね。我ながらしぶとさに驚いているよ)
リヴァさんがセスさんを抱き締める仕草をした。
2人は本当に愛し合っている。なんとかしてあげたいけど、もうセスさんは亡くなってしまっているのだ。そして僕自身も。
「ナーちゃん、ありがとう。君のお陰でセスに会えた」
「いえ、僕はそんな」
気が付いたらリヴァさんに抱き締められている。
「じゃあ、俺は帰るね。そのコミック、面白かったら貸してね」
「はい」
僕は嬉しくなって返事をしたのだった。
✢
月姫はぎゅっと盗んできたセスの杖を握っていた。先程から杖の魔力に反発されてしまう。カラン、と杖は床に転がった。
「く…これはやはりセスでなければ扱えないのか」
これがあれば墓場の連中を黙らせる事が出来ると月姫は浅慮ながらに思ったのだった。墓場の連中は月姫を利用し、あるものを手に入れようとしている。それは鳳凰の宝玉だ。価値がつけられない程のとてつもない宝である。どこにあるのか分からないが、月姫の魔力があれば、時間はかかるが場所が分かるはずだと墓場の連中に詰め寄られていた。月姫には守りたい人がいる。墓場の連中にもそれは伝わっているようだ。言うことを聞かなければ何をされるか分からない。月姫はふらり、と城の最上階に向かった。そこにいたのは巨大な黒い龍だ。月姫を見つめ、身体を擦り寄せてくる。
「お前のたまごを借りていいか?」
「グル…」
月姫はたまごに保温の魔法を掛けた。
「届けて欲しい」
龍が巨大な翼を広げる。足で器用にたまごの入った巣を掴んでいる。そして、ふわり、と飛び立った。
「頼むぞ」
月姫は無事にたまごが届くことを祈った。
✢
「リヴァさん、このスープほかほかですね」
「うん、今日も寒いしね。生姜がタップリ入ってるよ」
僕は検査入院を終えて宿舎に戻って来ている。検査に異常はなかったけど、病院のご飯は僕には少なすぎて困ってしまった。ユミル団長からお小遣いをもらっていたので、売店に駆け込んでみたものの、毎回、食べ物は全て売り切れだった。多分、外来の患者さんが買ったんだろう。大きな病院だ。診察の待ち時間におやつ感覚で食べる人もいる。
病院から、宿舎に帰ってきた僕はリヴァさんにパンケーキを山程焼いてもらって食べた。もちろんそれだけで終わる僕じゃない。夕飯のチーズ煮込みハンバーグもぺろっと食べてしまった。美味しかったな。
そして今に至る。僕はリヴァさんのスープを冷ましながら飲んでいる。ロールパンに浸して食べても美味い。コーンサラダもすごく美味しいし、
健康ってかけがえのない財産だなと改めて思う。
いくらお金があっても健康は買えないから。
「ナーちゃん、お腹いっぱいかな?」
具材がゴロゴロ入った山盛りスープを三杯平らげた僕に、リヴァさんが恐る恐るといった様子で話しかけて来た。
しまった。食べ過ぎたかな。僕にとってはちょうどいいくらいなのだけど。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「良かった。夕飯もタップリ作るね。お手伝いしてもらえる?」
「はい!!」
キンコンと急にチャイムが鳴って、僕は驚いた。
「宅配便かな?」
リヴァさんが首を傾げながら玄関に向かう。僕も不安になって、後を追い掛けた。入り口に黒くて丸い石みたいなものが置かれている。
「なんだ?これ…」
(リヴァ君…これはたまごだよ)
セスさんの言葉に、リヴァさんが跳び上がる。
「た、たまご?こんな大きな赤ちゃんって…」
僕はそっとたまごに触れていた。温かい。
「ナーちゃん!大丈夫なの?」
「大丈夫です」
僕はよいしょとたまごを持ち上げた。わ、重たいな。
「どうすればいいの?セスさん」
(うむ!ナーシャはさすがだねっ!暖炉の前に置いてあげればいいんじゃないかなっ)
「分かった。リヴァさんもいいですか?」
「俺は構わないけどって…敬語やめてよー、ナーちゃーん!!」
僕はたまごを談話室に運んでいた。騎士さんたちがなんだなんだ?と集まってくる。僕はそっと真っ黒なたまごを暖炉の前に置いた。一体なんのたまごなんだろう?誰が置いていったのかなぁ?
僕はしばらくたまごを見つめていた。
「ナーちゃん、心配だよね」
リヴァさんに声を掛けられてハッとした。
「お掃除のお手伝いします」
「え、でも…」
「僕に出来ることやらせてください」
リヴァさんが屈んで僕を見つめてくる。
「ナーちゃん、君いくつ?」
「えっと10歳です」
「それくらいの年齢の子はもっと遊んでいていいんだよ?言い方悪いけど、今のナーちゃんは下働きみたいな生活なんだから」
「でも…」
「リヴァ、何かあったのかい?」
ユミル団長が颯爽と現れる。
「あ、団長。今たまごが来て…」
ユミル団長の表情が不思議そうになった。
「たまご?これは…」
ユミル団長が暖炉の前のたまごをじっと見つめている。
「これはブラックドラゴンのたまごだ」
「ブラックドラゴン…て、魔界の?」
あぁとユミル団長が頷く。
「恐らく、今回の件に関与しているんだろうね」
「今回の件って?」
僕の問いに、ユミル団長が頷いた。談話室の椅子に座るように促される。ユミル団長は静かに話し始めた。
「また絵画が盗まれると美術館に予告が来ている」
「また?どんな絵なの?」
(ふうむ、予告状を見る限り、宝の描かれた絵画のようだね)
「お宝?」
僕はびっくりした。本物の宝なんて見たことない。
「そうだ。3つの宝がそれぞれのキャンバスに描かれている。そのキャンバスにはその宝たちの在り処を示す暗号が書かれているという噂がある」
(まぁ噂の域は出ないがね)
「暗号なんてすごい!」
僕はすっかり舞い上がってしまった。
「その宝には名前とかあるの?」
ユミル団長が頷く。
「あぁ、月の形を模した月光の宝珠。太陽の光を現した光の環。そして、これが一番価値がある。鳳凰の宝珠だ」
「かっこいい名前」
僕はドキドキしていた。
「あ、でも盗まれそうなんだよね」
「あぁ。その絵画はそれぞれ個人が引き取っていてね。怪盗に屈するものかとあらゆるセキュリティを施しているらしい。ただ、鳳凰の宝珠の絵画はどこにあるか不明なんだ」
(ユミル君は現場に行くのかな?)
「あぁ、騎士団にも警護にあたるようにと指示が来ているからね。警察だけでは限界があるだろう」
(僕たちも行っていいかい?絵画の真贋を確認する必要があるだろう?)
セスさんの言葉にユミル団長は渋々と言った様子で頷いた。
✢
その日の夕飯は、温かいクリームシチューだった。僕は野菜の皮を剥いて、ひと口大に切った。騎士さんは体力仕事だ。沢山食べなくちゃとても働けない。僕もどうやら沢山食べる方らしいので、リヴァさんが大きな寸胴鍋にクリームシチューをタップリ煮込んでいる。
「美味しそうでしょ」
「はい!お腹空きました」
「おかわりしてね」
リヴァさんにニコニコされる。クリームシチューは最後の煮込みに入ったようだ。
僕は談話室の暖炉の前にあるたまごに触れてみた。ちゃんと孵るのかなぁ?すると、急にたまごがぐらぐら揺れ始める。
「わ、わわ!」
僕は慌ててたまごから離れた。
カツカツと中からたまごの殻を叩く音がする。
生まれるんだ、と思った瞬間、パキとたまごの殻が大きく割れた。
「ぎゅあ?」
中から出てきたのは名前の通り、真っ黒なドラゴンだった。円な緑の瞳で僕を見つめてくる。可愛い。僕は思わずドラゴンを抱きかかえていた。
「ナーちゃん?わぁ!!」
「ぎゅる?」
リヴァさんがドラゴンの赤ちゃんに驚いている。
「生まれたんだ」
「はい。お腹空いてるかな?」
「ぎゅ!」
どうやら空腹らしい。リヴァさんがちょっと待っててとキッチンに戻った。そして、すぐに戻って来る。手にはリンゴと野菜の入ったザルだった。
「はい、どうぞ」
僕はドラゴンをそっとザルの前に置いた。ふんふん、と野菜の匂いを嗅いでいる。そしてガツガツ食べ始めた。良かった、食べてくれて。
「なんでこの子はここに来たんだろうね?」
リヴァさんの疑問は最もだ。それに、ドラゴンはすごく大きいとユミル団長も言っていた。これからずっとはここにいられない。
「あの、推測なんですけど、月姫様が力を貸してくれたのかも」
「え、月姫が?今は魔界も物騒みたいだし、団長に力を貸してほしいのかな」
そうだった、月姫様が怪盗であることをリヴァさんは知らない。危ない危ない。
(ブラックドラゴンは月姫の従魔だ。ありえない話じゃないよっ)
「でも月姫はどうしてドラゴンのたまごを?」
(僕たちに助けを求めているのかもしれないね)
「え、急に不穏じゃん。何が起きてるの?」
(リヴァ君大丈夫さっ。月姫のことは僕たちに任せてくれっ)
リヴァさんもそれ以上は追求してこなかった。
✢
ブラックドラゴンの名前はハヤテになった。
今は丸くなってクッションの上で眠っている。夕飯のクリームシチューはほとんどが僕とハヤテのお腹の中に収まってしまった。リヴァさんが今、第2陣を作っている。僕も当然お手伝いをした。
「よし、皆、出来たよー」
リヴァさんが声を掛けると、騎士さんたちがやってくる。皆お腹が空いているだろうに申し訳ない。
「ナーちゃんも食べな。まだお腹すいてるでしょ?」
「でも…」
「いいの。食べられる時に食べなくちゃあ」
僕はお言葉に甘えることにした。リヴァさんの作るシチューはまろやかでほわほわした優しい味がする。ゴロゴロ野菜が入っているし、時折ある大きな鶏肉を見つけたら嬉しくなる。僕の食べっぷりに負けないくらい騎士さんたちも食べている。食事もある意味戦争みたいなものかもしれない。
僕はようやくお腹がいっぱいになって、ごちそうさまをした。
✢
「へー、宝の絵画がねー」
夕飯を食べたあとは、僕のお仕事の時間だ。食器を拭いて棚にしまう作業である。僕は作業をしながらリヴァさんに予告状の話をしていた。
「セス、頼むからナーちゃんに危ないことさせないでよ?」
(むぐう、僕なりに善処するよっ)
「それが、かなりお金持ちの人がそのお宝の絵を持っているみたいなんです」
「あー、セキュリティ抜群だからかかってこいみたいなこと言ってたかも」
リヴァさんが笑っている。
「セキュリティが最先端なら捕まえられるんでしょうか?」
「うーん、今までだってかなりセキュリティが厳しかっただろうしね」
月姫様はお宝を手に入れてどうするんだろう?
考えたけど分かるはずもなかった。
✢
「こちらの12層構造のロックドアであれば、必ず怪盗を捕まえる隙が生まれるはずです。月光の宝珠は絶対に盗ませませんよ」
なるほど、鍵が12個もあれば、こじあけるのも難しいはずだ。
(ふむぅ…)
セスさんが唸っている。どうしたんだろう?
(あの鍵では月姫を止められないよ)
「ええ?」
僕は慌てて口を抑えた。説明してくれていた人が怪訝そうな顔で僕を見てくる。
(どういうこと?)
心の中で尋ねると、セスさんが頷く。
(あれには魔力防御がかかっていないからねっ。魔法でチョイと開けられるのさっ)
さすが最高位の魔力を持つ月姫様だ。
(だが、だからこそ月姫を捕まえられる好機が出来るかもしれないねっ)
(どういうこと?)
僕は2回目の同じ文言を心の中で繰り返した。セスさんが得意気に笑う。
(ナーシャ、お手々を出してご覧?)
僕は両手を差し出した。
(鍵をあげようね)
コロン、と小さな銀色の鍵が手の平の上に落ちてきて、僕は驚いた。
(これもあげよう)
チリンと鈴の音が響く。それは虹色に輝いていた。
「綺麗」
(ナーシャ、これは君の魔力の塊だ。なくならないように気を付けるんだよ。鍵に付けなさい)
なくならないように、と言われて僕はこくん、と唾を飲み込んだ。
(大丈夫、君の傍には僕とユミル君がいるからねっ)
失敗はつきもの、セスさんはそう笑った。
前を向くと、ユミル団長とさっき説明してくれていた人が話をしている。2人とも真剣そうだ。僕はユミル団長に駆け寄っていた。
「ユミル団長」
くい、とユミル団長の服の裾を軽く掴むと、ユミル団長はすぐ気が付いてくれた。
「どうした?何かあったかい?」
ユミル団長が僕の目線まで屈んでくれる。僕はどうしたものか迷って、ユミル団長の耳にこそっと言った。
「あの保管庫、魔力防御がされてないから危ないってセスさんが」
ユミル団長がハッとしたような顔をする。
「確かに月姫ならあっさり解錠出来る…」
ユミル団長は立ち上がった。先程の男の人が何事かという顔をしている。僕みたいな子供に何が分かるのかと言いたげだった。確かに僕もそう思う。ユミル団長が静かに話を切り出した。
「質問なんですが、あの扉に魔力防御は施されていますか?」
男の人は否定を示した。ユミル団長が魔法では簡単に解錠出来る旨を説明している。
「魔法で解錠が出来る?そんなに簡単に開けられてしまうのですか?」
「はい。残念ながら。今は魔力を持った人はあまりいませんが、魔力を持っている人程それを隠すのが上手いです」
「そんな…ではどうしたら」
ユミル団長が頷く。
「簡単な話です。魔力に反発する魔法をランダムに扉にかければいいのです。それだけで時間が取られます、好機を作り出すいい機会かと」
「なるほど!で、その魔法は…」
ユミル団長が僕を示した。
「この子に任せましょう」
「え、そんな子供に?」
「信じてください。この子は怪盗と対峙して絵を守っています」
男の人は信じられないといった顔をしていた。僕は先程セスさんからもらった小さな鍵を取り出す。チリリと虹色の鈴が鳴る。
(ナーシャ、どうすればいいか分かるねっ?)
セスさんに念を押すように言われて僕は頷いた。鍵に念じると杖に変わる。僕は杖を振るった。
「魔力防御のちからを与える。反発し警告せよ」
(うん、ちゃんと魔法が効いているようだねっ)
僕はホッと息を吐いたのだった。
✢
「ナーシャ、食事が遅くなってすまなかったね」
ユミル団長にそう謝られて、僕は困ってしまった。途中から僕の腹の虫が鳴いて仕方がなかったのだ。恥ずかしい。僕たちは近くの喫茶店にいる。ユミル団長はたっぷり料理を注文してくれた。
「大丈夫です。僕のせいで邪魔してごめんなさい」
「そんなことないよ、ナーシャ。さ、沢山食べなさい。今日はリヴァも直に来るから、宿屋で休みながら待とう」
「うん」
僕は目の前の大きなカツパンを手に取っていた
。あむ、と頬張るとザクリという心地良い音がする。大きなカツは厚くて柔らかかった。肉汁が甘くてすごく美味しい。
「美味しい…」
「ナーシャがそう言うんだから間違いないね。私も食べてみよう」
ユミル団長もそう言って食べ始める。僕はあっという間にカツパンを平らげていた。一緒に注文していたホットミルクをこくっと飲む。幸せすぎる。次は何にしようと僕は視線を巡らせた。ユミル団長が口を開く。
「ナーシャ、君に伝えなければと思っていたのだけど」
「なあに?」
「学校に行ってみないかい?」
「…いじめられないかな」
不安をそう告げたら、ユミル団長が笑った。
「大丈夫。色々な年代の人が通う学校だから」
どうやら僕の知識の中にある学校とは随分違うらしい。楽しいと言われると気になる。
「見学に行ってみようか?」
僕は迷って、考えてみますと返した。
✢
もう夜中の22時だ。予告状は明らかに夜、盗みに入ることを示していたらしい。僕たちには息を潜めていることしか出来ない。ユミル団長が警察に力を貸すようになって、一方的に盗まれるということはなくなったようだ。
(ナーシャ)
セスさんに呼ばれる。どうしたんだろう。
(どうしたの?)
(気を付けるんだよ)
その瞬間、電気が全部消えた。当然それはこちらも予期している。
「予備電源入ります!」
警察官の一人が叫ぶ。電気はすぐに回復したけど、絵が収納されていた保管庫のロックが開けられている。もう?
僕は立ちあがった。月姫様の逃走手段は基本的に空だ。多分彼女は屋上に向かった。僕は階段を駆け上がった。上を見ると、誰かがドアを開けている。僕は更にスピードを上げた。
屋上に出ると、その人はいた。
「月姫様!」
チラッとその人が僕を見る。月姫様じゃなかった。分かったことはその人が女性だということだ。誰なんだろう。僕がじり、と近寄るとその人は怯みもせずに僕を見つめていた。
「絵を返して!」
声が震えた。
「たまごは無事届いたか」
「え?」
ピカッと激しい光が起きる。どうやら閃光弾を投げたらしい。気が付くとその人はもういなかった。向こうに絵が落ちている。慌てて確認したけれど、絵は無事なようだった。月姫様、どうしちゃったの?
「ナーちゃん、暇そうだね」
「リヴァさん!来てくれたんですか?」
「そりゃあ心配だもの。それに検査入院って一番暇なやつだしね」
リヴァさんがパチンとウインクした。イケメンのウインクは効き目が凄まじい。
「はい。暇つぶし」
リヴァさんに手渡されたのは分厚いコミック雑誌だった。嬉しい。
「宿舎の漫画も遠慮せずに読んでいいんだよ?」
そう、僕はずっと気になっていた。
「でも汚しちゃいけないし」
いいのいいの、とリヴァさんが笑う。
「皆で読もうって言って買ってきたやつなんだから誰も文句言わないよ」
「じゃあ、また帰ったら読みます」
「そうだね。そうするといいよ、ねぇ?セス」
「!!」
僕はびっくりしてしまった。セスさんも反応する。ユミル団長が他の人に言うというのは考えられないしなぁ。
「あ、あの、リヴァさん?」
「セス、ずっと君の傍にいるでしょ?」
リヴァさんに確認されるように言われて、僕は困ってしまった。セスさんはどうするんだろう、と窺っていたら、セスさんの姿がふわっと現れる。え、こんなことも出来るんだ。
(リヴァ君、君って奴は、やっぱり僕に気付いていたね?)
セスさんの涼やかな声がはっきり聞こえる。
「そりゃあ、君のことだし、俺なら分かるに決まってるでしょ?」
(むうう、君はなんでそう強かなんだろうね?)
「セスこそ」
大変だ、なんか喧嘩になっちゃいそう、と僕はハラハラしていた。でも2人が急に噴き出すように笑い始めたので、僕はまたも驚いた。
(リヴァ君、ナーシャをよろしく頼むよ。僕も気を付けているつもりなんだが、どうしても無理させてしまうんだ)
「あー、まぁ…ね。セスが誰かの育成とか向いてないと思うし」
(やっぱりそう思うかい?僕もそう思い始めていた頃だよ)
リヴァさんが呆れたように笑っている。でもそれは一転して真面目な表情になった。
「セス、君と再会できて嬉しい」
(あぁ。まさか僕も魂だけ残るとはね。我ながらしぶとさに驚いているよ)
リヴァさんがセスさんを抱き締める仕草をした。
2人は本当に愛し合っている。なんとかしてあげたいけど、もうセスさんは亡くなってしまっているのだ。そして僕自身も。
「ナーちゃん、ありがとう。君のお陰でセスに会えた」
「いえ、僕はそんな」
気が付いたらリヴァさんに抱き締められている。
「じゃあ、俺は帰るね。そのコミック、面白かったら貸してね」
「はい」
僕は嬉しくなって返事をしたのだった。
✢
月姫はぎゅっと盗んできたセスの杖を握っていた。先程から杖の魔力に反発されてしまう。カラン、と杖は床に転がった。
「く…これはやはりセスでなければ扱えないのか」
これがあれば墓場の連中を黙らせる事が出来ると月姫は浅慮ながらに思ったのだった。墓場の連中は月姫を利用し、あるものを手に入れようとしている。それは鳳凰の宝玉だ。価値がつけられない程のとてつもない宝である。どこにあるのか分からないが、月姫の魔力があれば、時間はかかるが場所が分かるはずだと墓場の連中に詰め寄られていた。月姫には守りたい人がいる。墓場の連中にもそれは伝わっているようだ。言うことを聞かなければ何をされるか分からない。月姫はふらり、と城の最上階に向かった。そこにいたのは巨大な黒い龍だ。月姫を見つめ、身体を擦り寄せてくる。
「お前のたまごを借りていいか?」
「グル…」
月姫はたまごに保温の魔法を掛けた。
「届けて欲しい」
龍が巨大な翼を広げる。足で器用にたまごの入った巣を掴んでいる。そして、ふわり、と飛び立った。
「頼むぞ」
月姫は無事にたまごが届くことを祈った。
✢
「リヴァさん、このスープほかほかですね」
「うん、今日も寒いしね。生姜がタップリ入ってるよ」
僕は検査入院を終えて宿舎に戻って来ている。検査に異常はなかったけど、病院のご飯は僕には少なすぎて困ってしまった。ユミル団長からお小遣いをもらっていたので、売店に駆け込んでみたものの、毎回、食べ物は全て売り切れだった。多分、外来の患者さんが買ったんだろう。大きな病院だ。診察の待ち時間におやつ感覚で食べる人もいる。
病院から、宿舎に帰ってきた僕はリヴァさんにパンケーキを山程焼いてもらって食べた。もちろんそれだけで終わる僕じゃない。夕飯のチーズ煮込みハンバーグもぺろっと食べてしまった。美味しかったな。
そして今に至る。僕はリヴァさんのスープを冷ましながら飲んでいる。ロールパンに浸して食べても美味い。コーンサラダもすごく美味しいし、
健康ってかけがえのない財産だなと改めて思う。
いくらお金があっても健康は買えないから。
「ナーちゃん、お腹いっぱいかな?」
具材がゴロゴロ入った山盛りスープを三杯平らげた僕に、リヴァさんが恐る恐るといった様子で話しかけて来た。
しまった。食べ過ぎたかな。僕にとってはちょうどいいくらいなのだけど。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「良かった。夕飯もタップリ作るね。お手伝いしてもらえる?」
「はい!!」
キンコンと急にチャイムが鳴って、僕は驚いた。
「宅配便かな?」
リヴァさんが首を傾げながら玄関に向かう。僕も不安になって、後を追い掛けた。入り口に黒くて丸い石みたいなものが置かれている。
「なんだ?これ…」
(リヴァ君…これはたまごだよ)
セスさんの言葉に、リヴァさんが跳び上がる。
「た、たまご?こんな大きな赤ちゃんって…」
僕はそっとたまごに触れていた。温かい。
「ナーちゃん!大丈夫なの?」
「大丈夫です」
僕はよいしょとたまごを持ち上げた。わ、重たいな。
「どうすればいいの?セスさん」
(うむ!ナーシャはさすがだねっ!暖炉の前に置いてあげればいいんじゃないかなっ)
「分かった。リヴァさんもいいですか?」
「俺は構わないけどって…敬語やめてよー、ナーちゃーん!!」
僕はたまごを談話室に運んでいた。騎士さんたちがなんだなんだ?と集まってくる。僕はそっと真っ黒なたまごを暖炉の前に置いた。一体なんのたまごなんだろう?誰が置いていったのかなぁ?
僕はしばらくたまごを見つめていた。
「ナーちゃん、心配だよね」
リヴァさんに声を掛けられてハッとした。
「お掃除のお手伝いします」
「え、でも…」
「僕に出来ることやらせてください」
リヴァさんが屈んで僕を見つめてくる。
「ナーちゃん、君いくつ?」
「えっと10歳です」
「それくらいの年齢の子はもっと遊んでいていいんだよ?言い方悪いけど、今のナーちゃんは下働きみたいな生活なんだから」
「でも…」
「リヴァ、何かあったのかい?」
ユミル団長が颯爽と現れる。
「あ、団長。今たまごが来て…」
ユミル団長の表情が不思議そうになった。
「たまご?これは…」
ユミル団長が暖炉の前のたまごをじっと見つめている。
「これはブラックドラゴンのたまごだ」
「ブラックドラゴン…て、魔界の?」
あぁとユミル団長が頷く。
「恐らく、今回の件に関与しているんだろうね」
「今回の件って?」
僕の問いに、ユミル団長が頷いた。談話室の椅子に座るように促される。ユミル団長は静かに話し始めた。
「また絵画が盗まれると美術館に予告が来ている」
「また?どんな絵なの?」
(ふうむ、予告状を見る限り、宝の描かれた絵画のようだね)
「お宝?」
僕はびっくりした。本物の宝なんて見たことない。
「そうだ。3つの宝がそれぞれのキャンバスに描かれている。そのキャンバスにはその宝たちの在り処を示す暗号が書かれているという噂がある」
(まぁ噂の域は出ないがね)
「暗号なんてすごい!」
僕はすっかり舞い上がってしまった。
「その宝には名前とかあるの?」
ユミル団長が頷く。
「あぁ、月の形を模した月光の宝珠。太陽の光を現した光の環。そして、これが一番価値がある。鳳凰の宝珠だ」
「かっこいい名前」
僕はドキドキしていた。
「あ、でも盗まれそうなんだよね」
「あぁ。その絵画はそれぞれ個人が引き取っていてね。怪盗に屈するものかとあらゆるセキュリティを施しているらしい。ただ、鳳凰の宝珠の絵画はどこにあるか不明なんだ」
(ユミル君は現場に行くのかな?)
「あぁ、騎士団にも警護にあたるようにと指示が来ているからね。警察だけでは限界があるだろう」
(僕たちも行っていいかい?絵画の真贋を確認する必要があるだろう?)
セスさんの言葉にユミル団長は渋々と言った様子で頷いた。
✢
その日の夕飯は、温かいクリームシチューだった。僕は野菜の皮を剥いて、ひと口大に切った。騎士さんは体力仕事だ。沢山食べなくちゃとても働けない。僕もどうやら沢山食べる方らしいので、リヴァさんが大きな寸胴鍋にクリームシチューをタップリ煮込んでいる。
「美味しそうでしょ」
「はい!お腹空きました」
「おかわりしてね」
リヴァさんにニコニコされる。クリームシチューは最後の煮込みに入ったようだ。
僕は談話室の暖炉の前にあるたまごに触れてみた。ちゃんと孵るのかなぁ?すると、急にたまごがぐらぐら揺れ始める。
「わ、わわ!」
僕は慌ててたまごから離れた。
カツカツと中からたまごの殻を叩く音がする。
生まれるんだ、と思った瞬間、パキとたまごの殻が大きく割れた。
「ぎゅあ?」
中から出てきたのは名前の通り、真っ黒なドラゴンだった。円な緑の瞳で僕を見つめてくる。可愛い。僕は思わずドラゴンを抱きかかえていた。
「ナーちゃん?わぁ!!」
「ぎゅる?」
リヴァさんがドラゴンの赤ちゃんに驚いている。
「生まれたんだ」
「はい。お腹空いてるかな?」
「ぎゅ!」
どうやら空腹らしい。リヴァさんがちょっと待っててとキッチンに戻った。そして、すぐに戻って来る。手にはリンゴと野菜の入ったザルだった。
「はい、どうぞ」
僕はドラゴンをそっとザルの前に置いた。ふんふん、と野菜の匂いを嗅いでいる。そしてガツガツ食べ始めた。良かった、食べてくれて。
「なんでこの子はここに来たんだろうね?」
リヴァさんの疑問は最もだ。それに、ドラゴンはすごく大きいとユミル団長も言っていた。これからずっとはここにいられない。
「あの、推測なんですけど、月姫様が力を貸してくれたのかも」
「え、月姫が?今は魔界も物騒みたいだし、団長に力を貸してほしいのかな」
そうだった、月姫様が怪盗であることをリヴァさんは知らない。危ない危ない。
(ブラックドラゴンは月姫の従魔だ。ありえない話じゃないよっ)
「でも月姫はどうしてドラゴンのたまごを?」
(僕たちに助けを求めているのかもしれないね)
「え、急に不穏じゃん。何が起きてるの?」
(リヴァ君大丈夫さっ。月姫のことは僕たちに任せてくれっ)
リヴァさんもそれ以上は追求してこなかった。
✢
ブラックドラゴンの名前はハヤテになった。
今は丸くなってクッションの上で眠っている。夕飯のクリームシチューはほとんどが僕とハヤテのお腹の中に収まってしまった。リヴァさんが今、第2陣を作っている。僕も当然お手伝いをした。
「よし、皆、出来たよー」
リヴァさんが声を掛けると、騎士さんたちがやってくる。皆お腹が空いているだろうに申し訳ない。
「ナーちゃんも食べな。まだお腹すいてるでしょ?」
「でも…」
「いいの。食べられる時に食べなくちゃあ」
僕はお言葉に甘えることにした。リヴァさんの作るシチューはまろやかでほわほわした優しい味がする。ゴロゴロ野菜が入っているし、時折ある大きな鶏肉を見つけたら嬉しくなる。僕の食べっぷりに負けないくらい騎士さんたちも食べている。食事もある意味戦争みたいなものかもしれない。
僕はようやくお腹がいっぱいになって、ごちそうさまをした。
✢
「へー、宝の絵画がねー」
夕飯を食べたあとは、僕のお仕事の時間だ。食器を拭いて棚にしまう作業である。僕は作業をしながらリヴァさんに予告状の話をしていた。
「セス、頼むからナーちゃんに危ないことさせないでよ?」
(むぐう、僕なりに善処するよっ)
「それが、かなりお金持ちの人がそのお宝の絵を持っているみたいなんです」
「あー、セキュリティ抜群だからかかってこいみたいなこと言ってたかも」
リヴァさんが笑っている。
「セキュリティが最先端なら捕まえられるんでしょうか?」
「うーん、今までだってかなりセキュリティが厳しかっただろうしね」
月姫様はお宝を手に入れてどうするんだろう?
考えたけど分かるはずもなかった。
✢
「こちらの12層構造のロックドアであれば、必ず怪盗を捕まえる隙が生まれるはずです。月光の宝珠は絶対に盗ませませんよ」
なるほど、鍵が12個もあれば、こじあけるのも難しいはずだ。
(ふむぅ…)
セスさんが唸っている。どうしたんだろう?
(あの鍵では月姫を止められないよ)
「ええ?」
僕は慌てて口を抑えた。説明してくれていた人が怪訝そうな顔で僕を見てくる。
(どういうこと?)
心の中で尋ねると、セスさんが頷く。
(あれには魔力防御がかかっていないからねっ。魔法でチョイと開けられるのさっ)
さすが最高位の魔力を持つ月姫様だ。
(だが、だからこそ月姫を捕まえられる好機が出来るかもしれないねっ)
(どういうこと?)
僕は2回目の同じ文言を心の中で繰り返した。セスさんが得意気に笑う。
(ナーシャ、お手々を出してご覧?)
僕は両手を差し出した。
(鍵をあげようね)
コロン、と小さな銀色の鍵が手の平の上に落ちてきて、僕は驚いた。
(これもあげよう)
チリンと鈴の音が響く。それは虹色に輝いていた。
「綺麗」
(ナーシャ、これは君の魔力の塊だ。なくならないように気を付けるんだよ。鍵に付けなさい)
なくならないように、と言われて僕はこくん、と唾を飲み込んだ。
(大丈夫、君の傍には僕とユミル君がいるからねっ)
失敗はつきもの、セスさんはそう笑った。
前を向くと、ユミル団長とさっき説明してくれていた人が話をしている。2人とも真剣そうだ。僕はユミル団長に駆け寄っていた。
「ユミル団長」
くい、とユミル団長の服の裾を軽く掴むと、ユミル団長はすぐ気が付いてくれた。
「どうした?何かあったかい?」
ユミル団長が僕の目線まで屈んでくれる。僕はどうしたものか迷って、ユミル団長の耳にこそっと言った。
「あの保管庫、魔力防御がされてないから危ないってセスさんが」
ユミル団長がハッとしたような顔をする。
「確かに月姫ならあっさり解錠出来る…」
ユミル団長は立ち上がった。先程の男の人が何事かという顔をしている。僕みたいな子供に何が分かるのかと言いたげだった。確かに僕もそう思う。ユミル団長が静かに話を切り出した。
「質問なんですが、あの扉に魔力防御は施されていますか?」
男の人は否定を示した。ユミル団長が魔法では簡単に解錠出来る旨を説明している。
「魔法で解錠が出来る?そんなに簡単に開けられてしまうのですか?」
「はい。残念ながら。今は魔力を持った人はあまりいませんが、魔力を持っている人程それを隠すのが上手いです」
「そんな…ではどうしたら」
ユミル団長が頷く。
「簡単な話です。魔力に反発する魔法をランダムに扉にかければいいのです。それだけで時間が取られます、好機を作り出すいい機会かと」
「なるほど!で、その魔法は…」
ユミル団長が僕を示した。
「この子に任せましょう」
「え、そんな子供に?」
「信じてください。この子は怪盗と対峙して絵を守っています」
男の人は信じられないといった顔をしていた。僕は先程セスさんからもらった小さな鍵を取り出す。チリリと虹色の鈴が鳴る。
(ナーシャ、どうすればいいか分かるねっ?)
セスさんに念を押すように言われて僕は頷いた。鍵に念じると杖に変わる。僕は杖を振るった。
「魔力防御のちからを与える。反発し警告せよ」
(うん、ちゃんと魔法が効いているようだねっ)
僕はホッと息を吐いたのだった。
✢
「ナーシャ、食事が遅くなってすまなかったね」
ユミル団長にそう謝られて、僕は困ってしまった。途中から僕の腹の虫が鳴いて仕方がなかったのだ。恥ずかしい。僕たちは近くの喫茶店にいる。ユミル団長はたっぷり料理を注文してくれた。
「大丈夫です。僕のせいで邪魔してごめんなさい」
「そんなことないよ、ナーシャ。さ、沢山食べなさい。今日はリヴァも直に来るから、宿屋で休みながら待とう」
「うん」
僕は目の前の大きなカツパンを手に取っていた
。あむ、と頬張るとザクリという心地良い音がする。大きなカツは厚くて柔らかかった。肉汁が甘くてすごく美味しい。
「美味しい…」
「ナーシャがそう言うんだから間違いないね。私も食べてみよう」
ユミル団長もそう言って食べ始める。僕はあっという間にカツパンを平らげていた。一緒に注文していたホットミルクをこくっと飲む。幸せすぎる。次は何にしようと僕は視線を巡らせた。ユミル団長が口を開く。
「ナーシャ、君に伝えなければと思っていたのだけど」
「なあに?」
「学校に行ってみないかい?」
「…いじめられないかな」
不安をそう告げたら、ユミル団長が笑った。
「大丈夫。色々な年代の人が通う学校だから」
どうやら僕の知識の中にある学校とは随分違うらしい。楽しいと言われると気になる。
「見学に行ってみようか?」
僕は迷って、考えてみますと返した。
✢
もう夜中の22時だ。予告状は明らかに夜、盗みに入ることを示していたらしい。僕たちには息を潜めていることしか出来ない。ユミル団長が警察に力を貸すようになって、一方的に盗まれるということはなくなったようだ。
(ナーシャ)
セスさんに呼ばれる。どうしたんだろう。
(どうしたの?)
(気を付けるんだよ)
その瞬間、電気が全部消えた。当然それはこちらも予期している。
「予備電源入ります!」
警察官の一人が叫ぶ。電気はすぐに回復したけど、絵が収納されていた保管庫のロックが開けられている。もう?
僕は立ちあがった。月姫様の逃走手段は基本的に空だ。多分彼女は屋上に向かった。僕は階段を駆け上がった。上を見ると、誰かがドアを開けている。僕は更にスピードを上げた。
屋上に出ると、その人はいた。
「月姫様!」
チラッとその人が僕を見る。月姫様じゃなかった。分かったことはその人が女性だということだ。誰なんだろう。僕がじり、と近寄るとその人は怯みもせずに僕を見つめていた。
「絵を返して!」
声が震えた。
「たまごは無事届いたか」
「え?」
ピカッと激しい光が起きる。どうやら閃光弾を投げたらしい。気が付くとその人はもういなかった。向こうに絵が落ちている。慌てて確認したけれど、絵は無事なようだった。月姫様、どうしちゃったの?
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