31 / 52
第四話
小休止
しおりを挟む
「なるほど。その怪しい男が現れたわけだね」
「うん、その人、多分人間じゃない。どうしよう…私、どうしたら」
「夕夏ちゃん、落ち着いて」
トパエルから帰ってきたその日の夜、私は端末でナミネ姫と話していた。
こうして何かあると報告するのが恒例になりつつある。ナミネ姫は私にとても良くしてくれる。それがすごく嬉しかった。
「夕夏ちゃん、君はよくやったよ。
勇気を持ってよく行動したね。そうだ、一度サフィールに来ないかい?」
「え?いいの?」
「あぁ、当たり前じゃないか。
見せたい物もあるしね」
見せたい物?なんだろう。
ナミネ姫の澄んだ声を聞いていたら、だんだん落ち着いてきた。
私が遠くへ飛ばした男が、今どこにいるのか私には知る術はない。
私はあの時、ただ必死に想ったのだ。
彼をできる限り遠くに飛ばせるようにと。
でも彼はまだこの世界にいる。
私にはマギカ姫のような次元を超える魔法は使えないから。
「行ってもいいか、ウル様に聞いてみるね」
そう答えるとナミネ姫が笑って頷いてくれた。端末を切って机に置くと、部屋がノックされる。私は返事をした。
「ゆうかさま、お夕飯の支度できたよ」
「リゼ、ありがとう」
私がそう答えると彼女は笑った。
テーブルにつくと、ウル様の姿はない。
「ウル様でしたらお仕事をされていますよ」
私の気持ちに気が付いたのか、ミカエルさんがそう答えてくれた。
ウル様は忙しい。夏休みに入ってから、私にずっと付き合ってくれている。
ウル様にももっとゆっくり休んでほしいなぁ。私には見せないけれど、きっと大変なんだと思う。
「いただきます」
「本日のメインは牛のタンシチューになっております。デミグラスソースをたっぷり付けてお召し上がりください」
ミカエルさんがいつものように説明してくれる。
私はナイフとフォークで分厚くて柔らかなタンを切り分けた。美味しそう。
こうして温かいご飯を毎日食べられるのだって当たり前じゃない。
私はそれを知っている。
あの時の地獄のような毎日を。
「夕夏様、大丈夫ですか?」
ロゼが心配そうに声を掛けてくれる。
私は首を横に振った。
みんなに心配は掛けたくない。
「大丈夫だよ、ロゼ」
「本当に?」
ロゼに見つめられる。
「うん、本当だよ」
私が笑って答えるとロゼはようやく頷いてくれた。
(美味しかった)
パジャマに着替えながら、先程のタンシチューを思い出す。
とろとろのほろほろだった。
デミグラスソースも濃厚だったなぁ。
(あ、ウル様におやすみだけ言ってこよう)
私はそう思って部屋を出た。
ウル様の部屋は二階の一番奥にある。
ノックするとすぐに返事が返ってくる。
「夕夏…すまないがクシマキは呼べるかな?」
ウル様に突然こんなことを言われて、私は驚いた。でも言われた通りにする。
「クシマキ」
クシマキは現れなかった。
どうしたんだろう。
「やはり…」
ウル様が呟く。
「ウル様、どうしたの?」
ウル様がパソコンの画面を私に見せてくれた。それは地図だ。赤い点が点滅を繰り返している。
「先程から何者かわからない相手からこれが送られてきてね。
おそらくクシマキだ。あの男にずっと張り付いているようだよ」
「えぇ?!」
なんて危ないことを。
クシマキは実体を持たないとはいえ。
「奴はこちらに向かってきている。
なんとかしなければ」
ウル様が手を組む。
「あ、そういえばナミネ姫が見せたい物があるからって」
私は先程のナミネ姫との会話をウル様にした。
「そうか。ナミネのことだ、何かあるんだろう。明日、ロゼを連れてサフィールに行きなさい。
私はあの男の足を止める」
「そんなことできるの?」
ウル様は笑った。
「わからない。ただ、彼を止めなければこの世界が危険なのは間違いないよ」
確かにその通りだ。
「わかった」
「ナミネには私から連絡しておこう」
おいで、とウル様が手を広げる。
私は彼にしがみついた。
「夕夏、私達は大人だ。
君を守る義務がある。
無理をしてはいけないよ」
「うん、ありがとう。ウル様」
私はおやすみを言って部屋に戻った。
「うん、その人、多分人間じゃない。どうしよう…私、どうしたら」
「夕夏ちゃん、落ち着いて」
トパエルから帰ってきたその日の夜、私は端末でナミネ姫と話していた。
こうして何かあると報告するのが恒例になりつつある。ナミネ姫は私にとても良くしてくれる。それがすごく嬉しかった。
「夕夏ちゃん、君はよくやったよ。
勇気を持ってよく行動したね。そうだ、一度サフィールに来ないかい?」
「え?いいの?」
「あぁ、当たり前じゃないか。
見せたい物もあるしね」
見せたい物?なんだろう。
ナミネ姫の澄んだ声を聞いていたら、だんだん落ち着いてきた。
私が遠くへ飛ばした男が、今どこにいるのか私には知る術はない。
私はあの時、ただ必死に想ったのだ。
彼をできる限り遠くに飛ばせるようにと。
でも彼はまだこの世界にいる。
私にはマギカ姫のような次元を超える魔法は使えないから。
「行ってもいいか、ウル様に聞いてみるね」
そう答えるとナミネ姫が笑って頷いてくれた。端末を切って机に置くと、部屋がノックされる。私は返事をした。
「ゆうかさま、お夕飯の支度できたよ」
「リゼ、ありがとう」
私がそう答えると彼女は笑った。
テーブルにつくと、ウル様の姿はない。
「ウル様でしたらお仕事をされていますよ」
私の気持ちに気が付いたのか、ミカエルさんがそう答えてくれた。
ウル様は忙しい。夏休みに入ってから、私にずっと付き合ってくれている。
ウル様にももっとゆっくり休んでほしいなぁ。私には見せないけれど、きっと大変なんだと思う。
「いただきます」
「本日のメインは牛のタンシチューになっております。デミグラスソースをたっぷり付けてお召し上がりください」
ミカエルさんがいつものように説明してくれる。
私はナイフとフォークで分厚くて柔らかなタンを切り分けた。美味しそう。
こうして温かいご飯を毎日食べられるのだって当たり前じゃない。
私はそれを知っている。
あの時の地獄のような毎日を。
「夕夏様、大丈夫ですか?」
ロゼが心配そうに声を掛けてくれる。
私は首を横に振った。
みんなに心配は掛けたくない。
「大丈夫だよ、ロゼ」
「本当に?」
ロゼに見つめられる。
「うん、本当だよ」
私が笑って答えるとロゼはようやく頷いてくれた。
(美味しかった)
パジャマに着替えながら、先程のタンシチューを思い出す。
とろとろのほろほろだった。
デミグラスソースも濃厚だったなぁ。
(あ、ウル様におやすみだけ言ってこよう)
私はそう思って部屋を出た。
ウル様の部屋は二階の一番奥にある。
ノックするとすぐに返事が返ってくる。
「夕夏…すまないがクシマキは呼べるかな?」
ウル様に突然こんなことを言われて、私は驚いた。でも言われた通りにする。
「クシマキ」
クシマキは現れなかった。
どうしたんだろう。
「やはり…」
ウル様が呟く。
「ウル様、どうしたの?」
ウル様がパソコンの画面を私に見せてくれた。それは地図だ。赤い点が点滅を繰り返している。
「先程から何者かわからない相手からこれが送られてきてね。
おそらくクシマキだ。あの男にずっと張り付いているようだよ」
「えぇ?!」
なんて危ないことを。
クシマキは実体を持たないとはいえ。
「奴はこちらに向かってきている。
なんとかしなければ」
ウル様が手を組む。
「あ、そういえばナミネ姫が見せたい物があるからって」
私は先程のナミネ姫との会話をウル様にした。
「そうか。ナミネのことだ、何かあるんだろう。明日、ロゼを連れてサフィールに行きなさい。
私はあの男の足を止める」
「そんなことできるの?」
ウル様は笑った。
「わからない。ただ、彼を止めなければこの世界が危険なのは間違いないよ」
確かにその通りだ。
「わかった」
「ナミネには私から連絡しておこう」
おいで、とウル様が手を広げる。
私は彼にしがみついた。
「夕夏、私達は大人だ。
君を守る義務がある。
無理をしてはいけないよ」
「うん、ありがとう。ウル様」
私はおやすみを言って部屋に戻った。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる