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十一話・エミリオ
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1・「おはよう。サリアちゃん」
「お姉ちゃん、おはよう」
今日もお姉ちゃんは美人さんだな。お姉ちゃんは早速ギルドに行ってエミリオの捜索願を出したらしい。エミリオはライアット研究所に向かった可能性が高い、とお姉ちゃんは言った。ただし、研究所は特殊な科学技術で水中にあるそうだ。そんなところに行くなら当然準備がいるわけで、エミリオはまだ近くにいる可能性がある、とのことだった。あたしも早く探しに行きたいけど、お店を開かないわけにはいかない。まずは生活出来なかったら困るもんね。それにしても生物兵器か。神龍を探すとお姫様に言ってみたはいいけれど、どこにいるんだろ?
「おはようございます、サリアさん」
「ケインくん、おはよう。眠れた?」
「んー、なんだか不思議な夢を見ました」
「え?どんな夢?」
「なんか黄金の龍が飛び回ってる夢です。伝説では神龍と呼ばれた特別な龍なんですよ」
「あ、あたしもその神龍のこと知りたいな」
ケインくんが不思議そうな顔をする。そりゃあそうよね。龍に興味を持つ人はそんなにいないだろうし。あたしは昨日見たことを正直に話した。そして、神龍の血が必要であることも。
「生物兵器…ですか。しかも人に取り憑くなんて」
ケインくんが震えている。あたしも怖いからよく分かる。
「ライアットにはその生物兵器がいるんでしょうか」
「多分…」
「二人共、まずはお店を頑張りましょう。エミリオくんのことなら大丈夫。ギルドのスタッフは優秀なんだから」
「はーい」
二人で返事をした。エミリオの抜けた分を補うのは、もちろんあたしだ。てんてこまいとはまさにこのことだと思い知らされた。エミリオは相当頑張って働いてくれていたんだ。有り難みが今更分かっても遅いのよね。当たり前なんてこの世にはないんだ。暗い気持ちになったけれど、諦めるのはまだ早いよね。
必ずエミリオを見つけ出して、文句を言ってやらなきゃ気が済まないんだから。
そう思いながらも、表向きはにこやかにお客様を誘導する。カフェオレを淹れて、たっぷりクリームを絞ったパンケーキと一緒に運んだ。
「今日はお兄ちゃんはいないのかい?」
常連のおじさんが尋ねてくる。あたしは笑ってこう答えた。
「ちょっと用事があって。すぐ帰ってきますよ」
「そりゃあよかった。ここは居心地がいいし、何度でも来たい」
そう言ってもらえるなんて、とあたしはじん、としてしまった。お客様がゆっくり楽しめる空間にしよう、お姉ちゃんと最初に二人で決めたことだ。それにエミリオとケインくんが加わってくれた。
「ありがとうございました!またのご来店お待ちしております!」
今日もなんとか終わった。立ち仕事にも随分慣れてきたなぁ。片付けもこれで完了だ。
「サリアちゃん、ケインくん」
お姉ちゃんが慌てた声であたしたちを呼んでいる。
あたしたちはお姉ちゃんのそばに向かった。
「どうしたの?」
「巨大な龍がウインディルムの山頂で暴れてるって」
「また龍化した竜人さんでしょうか?」
「分からないわ。ギルドから救援の要請が来ているの。どうする?」
どうするもこうするも、あたしはにやっと笑った。
「攻撃は最大の防御だって誰かが言ってたわ」
「そうですね!僕たちも力になれるかも!」
ケインくんが頷く。お姉ちゃんも笑った。
「分かったわ。それならすぐ支度しましょう。一刻でも惜しいわ」
あたしたちは頷いた。いつもの装備を確認する。エミリオが強化してくれた弓を握ると力が湧いてくる気がする。エミリオ、あんたを必ず連れ戻すからね。
あたしたちはウインディルムの山頂に向かった。
「あれは…」
ケインくんが叫ぶ。金色の龍がぐるぐると上空を旋回していた。まさか。
「ケインくん、あれが?」
「はい。龍の中でも最上位クラスを誇る神龍だと思います」
これって偶然なのかしら。最近、龍と出会う確率高すぎない?それとも必然?一体あたしの周りで何が起きてるんだろう。
「とにかく、行くわよ!!」
あたしは龍に向かって矢を放った。それに龍が咆哮をあげる。これは倒すのは無理そうね。せめて血液が欲しいな。あ、そうだ。
あたしはポケットから石を取り出した。
この石の力って有効なのかな?お姫様はこれで龍とコミュニケーションを取っていたって言っていた。
「サリアさん、それ」
ケインくんが心配そうに見つめてくる。まあダメで元々か。
「神龍さん、聞こえますかー、あー、テステス」
石がきらきらと輝き始める。なになに?何が起きちゃうわけ?
「小娘、ワシを止めてみろ」
え、ちゃんと話せたけど、結局戦わなきゃいけないのかー。それは誤算だった。神龍が光の玉を打ち出してくる。あたしは咄嗟にそれを避けた。やばっ。殺す気満々じゃないの!
隙を見つけては矢を打ち込む。ケインくんやお姉ちゃんも神龍に攻撃し続けている。
でも一向に相手が弱まる気配がない。こんな時、エミリオがいたら。
「サリアちゃん、弓の使い心地はどう?」
あたしはびっくりして声が出せなかった。隣にいたのはエミリオだった。今までどこにいたんだろう。神龍を抑えたら無理にでも聞き出してやるんだから。
エミリオはやっぱり強い。神龍の迫りくる攻撃をスルスル避けて、打撃を加えていく。神龍が苦しそうに呻いて落下する。血液を採るなら今しかない。あたしは慌てて神龍の傍に駆け寄った。
「娘よ、ワシの血が欲しいのか?」
石を通して神龍が尋ねてくる。あたしは頷いた。
「よい、採っていけ」
あたしは小型のナイフで神龍の首元を切った。3つの小瓶に血液を入れて蓋をする。よし、これで生物兵器対策が出来たかな。まだそいつと対峙するかは分からないけど、一応念のために。
神龍の姿がバラバラと崩れていくのにあたしは驚いた。どうして?
「神龍!あなた、どこに行くの?」
石から神龍が笑う声がする。
「怪しい奴らに変な薬を入れられてな。暴れてすまなんだな。ワシの解毒力も落ちたわい」
まさか、またライアット研究所が?神龍が光になって空へ消えていく。あたしたちはただそれを見送ることしか出来なかった。
「エミリオ!あんた!」
「ごめんなさい!!」
あたしは反射的に叫んでいた。エミリオがあたしに向かって手を合わせる。
「もう、どこに行ってたのよ。心配したんだからね?」
「本当にごめん。ライアット研究所に行くために色々探っていたら、怪しいやつらがウインディルムの話をしていて」
エミリオはあたしたちが心配になって一度店に戻ったらしい。ちょうど入れ違いになってしまったようだ。もちろんエミリオはその怪しいやつらを警吏に突き出したそうだ。さすが。
「二人共、とりあえずお店に戻りましょう」
お姉ちゃんが声を掛けてくる。あたしたちは頷いていた。
2・「ウインディルムを龍たちの力で押し流す?」
あたしたちはエミリオから詳しく話を聞いている。ライアット研究所の目的、それは世界リセット計画だった。いや、リセットというより、世界を龍の標本をコレクトをする場所にする、といった方が正しい。
ウインディルムはその最初の実験をするために提案された場所らしい。
「なによそれ、本気なの?ふざけ過ぎよ」
「あぁ、どうも間違いないみたいだよ。龍とは言っていたけどコレクトするのは普通の龍じゃないみたいだ」
ケインくんが、あたしを見る。あたしが見たお姫様の件はみんなと共有しておいた方が良さそうね。あたしはケインくんにした話をもう一度みんなに話した。
「生物兵器?」
エミリオが低く呟く。
「私とサリアちゃんがラディアの王女だったなんて」
お姉ちゃんも驚いている。そりゃあそうだよね。エミリオが懐から何かを取り出す。地図かな?エミリオが地図を広げて示した。
「ライアット研究所を二体の水龍が守っているみたいなんだ。中にその生物兵器がいるとなると…」
「かなり厄介ね」
「お前たち」
あたしたちは急にした声に驚いた。迷彩柄の服を着た男性二人と女性一人に銃口を向けられている。気配もなにも感じなかった。あたしたちは両手を上げた。
そうすると彼らは銃を下ろす。
「なるべく静かに動きたい。装備を整えろ」
どこに行くのかも分からないまま、あたしたちは準備をした。喫茶・モンスターからそうっと出る。これじゃまるで夜逃げじゃない。しばらく歩いていくと迷彩柄の大きな車が二台、隠れるように停まっていた。あたしはエミリオと、お姉ちゃんがケインくんと同じ車に乗り込む。一体このヒトたちは?
「すまない。作戦の関係で多少荒くなった。俺はシド。こちらはホークだ」
「よろしく。あなたがサリアで、エミリオね」
どうやらあたしたちのことは全て知っているようね。あたしは一つ思い当たることがあった。
「もしかしてラディアの特殊部隊のヒト?」
「あぁ、そうだ。君たちの実力はよく見せてもらった。一般人にこんなことを頼むのは恥ずかしいんだが、俺たちに力を貸して欲しい」
「なにかあったんですか?」
エミリオの言葉にホークさんが頷いた。気怠げな美女、嫌いじゃない。
「ライアット研究所に突入した隊員たちと連絡が取れないのよ」
「特殊部隊は少数精鋭だ。正直に言って、もう俺たちしか残っていない」
なるほど。猫の手も借りたいってやつか。でも大丈夫かなぁ?
「着いたわ」
連れてこられたのは海辺だった。ここに研究所があるの?
「ここが通路になっている」
シドさんが海に入っていく。服が濡れていない、なんで?
「着いてきて」
ホークさんに言われてあたしたちは一列になって進んだ。透明なトンネルのようになっている。不思議だなぁ。魔法の一種だろうか。もう一人の軍人さんはローさんというらしかった。2キロほど進むと、巨大な建物が見えてきた。これがライアット研究所。建物の出入口付近は広場になっているようだ。
「来るぞ!」
シドさんが叫ぶ。水龍が二体現れた。やば、デカい。
「二手に分かれよう!!」
シドさんの指示が飛ぶ。あたしたちは分かれて攻撃を開始した。水龍の攻撃は最初から激しい。水のブレスを狙い撃ちしてくる。あたしは矢を連射した。今日はいいものを持ってきたのだ。
「サリアちゃん、ちゃんと用意したんだね」
エミリオが嬉しそうに笑う。そう、今日は雷属性を付与する矢を持ってきている。水といえば弱点は、電気だ。みんな、よく知ってるでしょう。シドさんは巨大な太刀、ホークさんは双剣、ローさんはヘビィボウガンを使っている。さすが特殊部隊、攻撃スタイルが洗練されているな。あたしも負けていられない。矢をひたすら龍の体に撃ち込む。こんなところで負けてるあたしたちじゃないんだからね!
「ギュウウ…」
水龍たちが呻く。そして二体はズウウンとほぼ同時に倒れた。カランと何かが水龍たちから落ちる。あたしはそれを拾った。
「サリアちゃん、それ?」
エミリオが上から覗き込んでくる。何かの機械みたいだけど。
「貸してくれないか?」
シドさんに言われて、あたしはその機械を彼に渡した。シドさんはそれを観察している。彼は腰からドライバーを取り出して、あっさり分解してしまった。
「龍を操る機械だったようだ」
ミシッとシドさんが機械を握り潰す。水龍は何も悪くなかった。こんなに悲しいことないよ。
「中へ行きましょう」
ホークさんに言われてあたしたちは研究所の扉の前にいた。ガガガガと音を立てて、扉が上に開いていく。いよいよ敵陣に乗り込む訳か。中に入るとパッと灯りが点く。最近流行りのセンサー式のライトのようだ。
「おいおい…」
むわん、とした匂いにあたしは思わず口元を抑えた。ケインくんもだ。この嫌な匂い、もしかして。
「いきなり死体か…」
出入り口付近にあった部屋に入ると、誰かが倒れている。なんでこのヒトは死んでるんだろう?一体何が起きたの?あたしたちは更に先に進んだ。気を抜くと今にも吐きそうなくらい匂いが強い。
他にも遺体を数体見つけた。どの遺体も切り裂かれたような外傷があった。シドさんによれば一撃だったのではとのことだった。
「どうやら生きているやつはこの中にはいないようだな」
シドさんが言いながら太刀を構える。ホークさんとローさんもそれぞれ武器を構えた。
「来るぞ、下がれ」
「グルルルル」
あたしはその人物に驚いてしまった。唸っていたのはエミリオにそっくりなヒトだ。なんで?そいつが鋭い爪を振り下ろす。シドさんはすかさずそれを剣で受け止めた。ぐぐ、と爪を更に振り下ろしてくる。いけない、助けないと。エミリオがそいつに斬りかかる。それを避けるため、やつが後退する。
「お前は誰だ?」
押し殺したような声でエミリオはそいつに尋ねる。相手は嗤った。
「俺はお前のクローンだ。そんなことも分からないのか?」
エミリオのクローン?
「俺が代わりにお前になってやろう」
嗤いながらクローンはいなくなっていた。エミリオは頭を抱えて呻いている。もしかして記憶が?
「大丈夫?エミリオ」
心配になって声を掛けると、エミリオが頷いた。
「あいつは俺が倒すよ。絶対に。クローンだろうがなんだろうが関係ない」
「ここの連中はあいつに殺られたのか」
シドさんが顎に手を当てて唸っている。生物兵器なのかどうかまだ確証はないけれど、その可能性が高い。
あたしは腰に入れた神龍の血の入った小瓶を確認した。これで倒せるといいのだけど。
「俺はなんとなくここに覚えがある」
エミリオの声は掠れていた。
「当時はライアットじゃなかったんだ。もっとちゃんとした研究所だった」
エミリオが矢継ぎ早に言う。あたしたちは彼に頷いた。エミリオが頭を抱える。
「俺はここで幼少期を過ごした…父さんや母さんと」
やっぱりエミリオの記憶が戻ろうとしている。エミリオが息を呑んだ。
「俺は竜人と人間のハーフなんだ。俺はヒトと違って、特殊な遺伝子を持っていたから、竜人特有の病気の特効薬を作れないかって…」
「石龍病ですね」
ケインくんが呟く。あたしもその名前は聞いたことがある。竜人の皮膚が石に変わってしまうという難病だ。今のところ、治療法は見つかっていない。その病にかかるとどんどん石化はすすんで、いずれ死に至る病だ。恐ろしい病気だ。
「俺のその遺伝子データを使ったんだ。ライアット研究所が父さんや母さんを、みんなを殺した…幼かった俺は脱出キットでラディアに逃げたんだ」
そうか、だからエミリオのクローンがいたんだ。
そしてお姫様の生命を与える力で、クローンは命を宿して目覚めたんだ。つまりライアットはお姫様の力をずっと保管していたことになる。エミリオというちょうどいい被検体をずっと探していたんだ。こうなるように。でも結局彼らは自滅してしまっているけれど。これじゃあ本末転倒だ。ライアットは世界をリセットしたかった。つまりあいつを何体も作って外に解き放つつもりだったんだ。
「絶対にあいつを止めなくちゃ」
あたしの言葉にみんなが頷く。お姫様は亡くなった今もずっと自分を責めている。そしてエミリオも。研究所は地下一階まであるようだ。なかなか広い。そしてあちこちに死体が転がっている。相当暴れたようね。
「ヒャハハ!お前ら、動きが鈍すぎだぞ」
クローンが天井からぶら下がりながらあたしたちを嗤う。あいつになんとか神龍の血を飲ませないと。
あたしは弓を構えた。
「あんたを絶対に止めるわ」
「おいおい、冗談はよせ。お前らに俺様は倒せない。
俺様は無敵だからな」
またクローンが唸りだす。来る!あたしはすかさず矢を放った。他のみんなも出来る限り最大の攻撃を加えている。待って。嘘でしょ?
「俺はデカくなれる!ハーフだが竜人だからな!」
グググと奴の体の筋肉が盛り上がる。体がどんどん大きくなっていく。あたしたちの攻撃がほとんど効かない。どうすれば。
「サリアちゃん、血の瓶を貸して」
「どうするつもり?」
「まあ見てて」
エミリオは小瓶を投げた。それを剣で軽く打つ。するとクローンの口元で瓶が上手く割れた。血をやつの体内に入れることに成功したんだ。
「ぐ、なんだ、今のは」
クローンの様子が明らかにおかしい。少し体が小さくなった。瓶はあと二つある。このまま押し切ろう。
エミリオがもう一発瓶の血液を奴の体内に入れる。
「ぐ、まさか神龍が復活していたとは…」
クローンが喘ぎながら苦しんでいる。
そこをすかさずみんなで攻撃する。
小瓶は残り一つ。何とかこいつを仕留めないと。
「ま、待ってくれ!!もう暴れないから!頼むから攻撃しないでくれ!」
クローンが態度を翻す。あたしたちに向かってペコペコし始めた。ふーん、なるほどね。
エミリオは容赦なく最後の小瓶を奴の口に放り込んだ。
「ぎゃあああああ!!!」
正に絶叫だった。神龍の血は奴に効果抜群だったみたいね。
クローンの肉体は溶けて骨だけになった。
あぁ、怖かった。
キラキラとあたしが持っていた石が空中に浮いている。
「サリアよ、アリアもいるな」
この声には聞き覚えがある。神龍だ。
「龍の家系図はこの部屋の金庫にある。番号は書いてあるからすぐ分かるはずじゃ。そしてもう一つ」
まだあるの?正直、あたしはもうヘトヘトだった。
「ライアットは配合によって最強の龍を作り出した。それを分解するのじゃ。そやつが目覚める前に。止められなければ世界はなくなるぞ」
な、なんだって?なんとかしなくちゃ。
「サリアちゃん!龍を分解しよう!!早く!!」
エミリオがあたしを呼ぶ。あたしもつられて走り出している。後ろからシドさんが着いてきた。
「エミリオ、その龍がどこにいるのか分かるの?」
「確かこの先に巨大な水槽があるから」
「さすが元関係者なだけあるね」
シドさんがあたしたちに銃口を向ける。え?どういうこと?
「ほら、案内しろよ」
「シドさん、なんで」
あたしの言葉を彼は嘲笑った。
「もうどうでもいいんだ。世界なんてリセットされちまえば」
シドさんはずっと揺れていたんだろうか。
「あなたも命を失うんですよ?」
「命なんざなんの足しにもならねえ」
いけない。シドさんを何とか止めなくちゃ。どうしたら。
そうだ、覚悟を決めてやるしかない。
あたしはくるんと側転して、シドさんの持っていた銃を蹴り落とした。咄嗟のことにシドさんの反応が遅れた。エミリオがすかさず、銃を拾って構える。
「クソガキが!」
「動かないでください」
「お前らは後悔するぞ」
「いいんです、後悔したとしてもきっとどこかに希望はあるから」
シドさんは舌打ちをして力なく座り込んだ。
「サリアちゃん!早く!!」
「うん!」
あたしたちは水槽を見つけた。そこには蛇のような龍が体を折り曲げて眠っている。この子が世界を終わらせちゃうの?
分解って、ど、どうすれば?
あたしがあたふたしている中で、エミリオが機械を操っている。
「これで分解出来るはず!」
エミリオがたんっとボタンを押した。水槽に泡が溜まっていく。龍がどんどん小さくなっている。うまく行ったみたいだ、よかった。
「サリアちゃん、エミリオくん!」
お姉ちゃんとケインくんが駆け寄ってくる。
水槽の中にはもう何もいなかった。うん、うまく行ったんだ。
「よかった、二人共無事で」
お姉ちゃんが泣いている。心配かけちゃったしなぁ。
あたしたちはライアット研究所を後にした。ホークさんによれば、シドさんには重い処分が下るだろうとのことだった。シドさんにもなにか事情があったのかな。ライアット研究所はラディアの騎士たちによって調べられているらしい。もう二度と繰り返さないようにしないと。龍の家系図は無事、ケインくんのお父さんの手元に返ってきたようだ。よかった。
あたしたちは喫茶・モンスターで今日も元気に働いている。
「キュ?」
「え?」
片付けをしようと思って、洗い場に行ったら小さな蛇がいた。小さな羽が付いてるからもしかしたら龍?またあたしは龍に遭遇しているの?
「キュピ」
その子があたしの前でくるん、と回る。
「キュイ」
「サリアちゃん、どうしたの?って、その子は?」
お姉ちゃんが慌てている。
「わあ、蛇神様ですねー。しばらく姿をお見かけしなかったからすごいなー」
ケインくんがのんびり笑った。
「サリアちゃん」
エミリオが引きつった顔であたしに言う。やっぱりそうなの?
「あの時、うまく龍を分解出来てなかったかも…」
「でもこの子、あたしに懐いてるみたい」
あたしが龍さんを撫でたら嬉しそうにくっついてきた。可愛い。
そうか。喫茶・モンスターに本物の龍が降臨したわけか。なにが起きるか分からないからこの世は面白いのかも!なんてね!
おわり
「お姉ちゃん、おはよう」
今日もお姉ちゃんは美人さんだな。お姉ちゃんは早速ギルドに行ってエミリオの捜索願を出したらしい。エミリオはライアット研究所に向かった可能性が高い、とお姉ちゃんは言った。ただし、研究所は特殊な科学技術で水中にあるそうだ。そんなところに行くなら当然準備がいるわけで、エミリオはまだ近くにいる可能性がある、とのことだった。あたしも早く探しに行きたいけど、お店を開かないわけにはいかない。まずは生活出来なかったら困るもんね。それにしても生物兵器か。神龍を探すとお姫様に言ってみたはいいけれど、どこにいるんだろ?
「おはようございます、サリアさん」
「ケインくん、おはよう。眠れた?」
「んー、なんだか不思議な夢を見ました」
「え?どんな夢?」
「なんか黄金の龍が飛び回ってる夢です。伝説では神龍と呼ばれた特別な龍なんですよ」
「あ、あたしもその神龍のこと知りたいな」
ケインくんが不思議そうな顔をする。そりゃあそうよね。龍に興味を持つ人はそんなにいないだろうし。あたしは昨日見たことを正直に話した。そして、神龍の血が必要であることも。
「生物兵器…ですか。しかも人に取り憑くなんて」
ケインくんが震えている。あたしも怖いからよく分かる。
「ライアットにはその生物兵器がいるんでしょうか」
「多分…」
「二人共、まずはお店を頑張りましょう。エミリオくんのことなら大丈夫。ギルドのスタッフは優秀なんだから」
「はーい」
二人で返事をした。エミリオの抜けた分を補うのは、もちろんあたしだ。てんてこまいとはまさにこのことだと思い知らされた。エミリオは相当頑張って働いてくれていたんだ。有り難みが今更分かっても遅いのよね。当たり前なんてこの世にはないんだ。暗い気持ちになったけれど、諦めるのはまだ早いよね。
必ずエミリオを見つけ出して、文句を言ってやらなきゃ気が済まないんだから。
そう思いながらも、表向きはにこやかにお客様を誘導する。カフェオレを淹れて、たっぷりクリームを絞ったパンケーキと一緒に運んだ。
「今日はお兄ちゃんはいないのかい?」
常連のおじさんが尋ねてくる。あたしは笑ってこう答えた。
「ちょっと用事があって。すぐ帰ってきますよ」
「そりゃあよかった。ここは居心地がいいし、何度でも来たい」
そう言ってもらえるなんて、とあたしはじん、としてしまった。お客様がゆっくり楽しめる空間にしよう、お姉ちゃんと最初に二人で決めたことだ。それにエミリオとケインくんが加わってくれた。
「ありがとうございました!またのご来店お待ちしております!」
今日もなんとか終わった。立ち仕事にも随分慣れてきたなぁ。片付けもこれで完了だ。
「サリアちゃん、ケインくん」
お姉ちゃんが慌てた声であたしたちを呼んでいる。
あたしたちはお姉ちゃんのそばに向かった。
「どうしたの?」
「巨大な龍がウインディルムの山頂で暴れてるって」
「また龍化した竜人さんでしょうか?」
「分からないわ。ギルドから救援の要請が来ているの。どうする?」
どうするもこうするも、あたしはにやっと笑った。
「攻撃は最大の防御だって誰かが言ってたわ」
「そうですね!僕たちも力になれるかも!」
ケインくんが頷く。お姉ちゃんも笑った。
「分かったわ。それならすぐ支度しましょう。一刻でも惜しいわ」
あたしたちは頷いた。いつもの装備を確認する。エミリオが強化してくれた弓を握ると力が湧いてくる気がする。エミリオ、あんたを必ず連れ戻すからね。
あたしたちはウインディルムの山頂に向かった。
「あれは…」
ケインくんが叫ぶ。金色の龍がぐるぐると上空を旋回していた。まさか。
「ケインくん、あれが?」
「はい。龍の中でも最上位クラスを誇る神龍だと思います」
これって偶然なのかしら。最近、龍と出会う確率高すぎない?それとも必然?一体あたしの周りで何が起きてるんだろう。
「とにかく、行くわよ!!」
あたしは龍に向かって矢を放った。それに龍が咆哮をあげる。これは倒すのは無理そうね。せめて血液が欲しいな。あ、そうだ。
あたしはポケットから石を取り出した。
この石の力って有効なのかな?お姫様はこれで龍とコミュニケーションを取っていたって言っていた。
「サリアさん、それ」
ケインくんが心配そうに見つめてくる。まあダメで元々か。
「神龍さん、聞こえますかー、あー、テステス」
石がきらきらと輝き始める。なになに?何が起きちゃうわけ?
「小娘、ワシを止めてみろ」
え、ちゃんと話せたけど、結局戦わなきゃいけないのかー。それは誤算だった。神龍が光の玉を打ち出してくる。あたしは咄嗟にそれを避けた。やばっ。殺す気満々じゃないの!
隙を見つけては矢を打ち込む。ケインくんやお姉ちゃんも神龍に攻撃し続けている。
でも一向に相手が弱まる気配がない。こんな時、エミリオがいたら。
「サリアちゃん、弓の使い心地はどう?」
あたしはびっくりして声が出せなかった。隣にいたのはエミリオだった。今までどこにいたんだろう。神龍を抑えたら無理にでも聞き出してやるんだから。
エミリオはやっぱり強い。神龍の迫りくる攻撃をスルスル避けて、打撃を加えていく。神龍が苦しそうに呻いて落下する。血液を採るなら今しかない。あたしは慌てて神龍の傍に駆け寄った。
「娘よ、ワシの血が欲しいのか?」
石を通して神龍が尋ねてくる。あたしは頷いた。
「よい、採っていけ」
あたしは小型のナイフで神龍の首元を切った。3つの小瓶に血液を入れて蓋をする。よし、これで生物兵器対策が出来たかな。まだそいつと対峙するかは分からないけど、一応念のために。
神龍の姿がバラバラと崩れていくのにあたしは驚いた。どうして?
「神龍!あなた、どこに行くの?」
石から神龍が笑う声がする。
「怪しい奴らに変な薬を入れられてな。暴れてすまなんだな。ワシの解毒力も落ちたわい」
まさか、またライアット研究所が?神龍が光になって空へ消えていく。あたしたちはただそれを見送ることしか出来なかった。
「エミリオ!あんた!」
「ごめんなさい!!」
あたしは反射的に叫んでいた。エミリオがあたしに向かって手を合わせる。
「もう、どこに行ってたのよ。心配したんだからね?」
「本当にごめん。ライアット研究所に行くために色々探っていたら、怪しいやつらがウインディルムの話をしていて」
エミリオはあたしたちが心配になって一度店に戻ったらしい。ちょうど入れ違いになってしまったようだ。もちろんエミリオはその怪しいやつらを警吏に突き出したそうだ。さすが。
「二人共、とりあえずお店に戻りましょう」
お姉ちゃんが声を掛けてくる。あたしたちは頷いていた。
2・「ウインディルムを龍たちの力で押し流す?」
あたしたちはエミリオから詳しく話を聞いている。ライアット研究所の目的、それは世界リセット計画だった。いや、リセットというより、世界を龍の標本をコレクトをする場所にする、といった方が正しい。
ウインディルムはその最初の実験をするために提案された場所らしい。
「なによそれ、本気なの?ふざけ過ぎよ」
「あぁ、どうも間違いないみたいだよ。龍とは言っていたけどコレクトするのは普通の龍じゃないみたいだ」
ケインくんが、あたしを見る。あたしが見たお姫様の件はみんなと共有しておいた方が良さそうね。あたしはケインくんにした話をもう一度みんなに話した。
「生物兵器?」
エミリオが低く呟く。
「私とサリアちゃんがラディアの王女だったなんて」
お姉ちゃんも驚いている。そりゃあそうだよね。エミリオが懐から何かを取り出す。地図かな?エミリオが地図を広げて示した。
「ライアット研究所を二体の水龍が守っているみたいなんだ。中にその生物兵器がいるとなると…」
「かなり厄介ね」
「お前たち」
あたしたちは急にした声に驚いた。迷彩柄の服を着た男性二人と女性一人に銃口を向けられている。気配もなにも感じなかった。あたしたちは両手を上げた。
そうすると彼らは銃を下ろす。
「なるべく静かに動きたい。装備を整えろ」
どこに行くのかも分からないまま、あたしたちは準備をした。喫茶・モンスターからそうっと出る。これじゃまるで夜逃げじゃない。しばらく歩いていくと迷彩柄の大きな車が二台、隠れるように停まっていた。あたしはエミリオと、お姉ちゃんがケインくんと同じ車に乗り込む。一体このヒトたちは?
「すまない。作戦の関係で多少荒くなった。俺はシド。こちらはホークだ」
「よろしく。あなたがサリアで、エミリオね」
どうやらあたしたちのことは全て知っているようね。あたしは一つ思い当たることがあった。
「もしかしてラディアの特殊部隊のヒト?」
「あぁ、そうだ。君たちの実力はよく見せてもらった。一般人にこんなことを頼むのは恥ずかしいんだが、俺たちに力を貸して欲しい」
「なにかあったんですか?」
エミリオの言葉にホークさんが頷いた。気怠げな美女、嫌いじゃない。
「ライアット研究所に突入した隊員たちと連絡が取れないのよ」
「特殊部隊は少数精鋭だ。正直に言って、もう俺たちしか残っていない」
なるほど。猫の手も借りたいってやつか。でも大丈夫かなぁ?
「着いたわ」
連れてこられたのは海辺だった。ここに研究所があるの?
「ここが通路になっている」
シドさんが海に入っていく。服が濡れていない、なんで?
「着いてきて」
ホークさんに言われてあたしたちは一列になって進んだ。透明なトンネルのようになっている。不思議だなぁ。魔法の一種だろうか。もう一人の軍人さんはローさんというらしかった。2キロほど進むと、巨大な建物が見えてきた。これがライアット研究所。建物の出入口付近は広場になっているようだ。
「来るぞ!」
シドさんが叫ぶ。水龍が二体現れた。やば、デカい。
「二手に分かれよう!!」
シドさんの指示が飛ぶ。あたしたちは分かれて攻撃を開始した。水龍の攻撃は最初から激しい。水のブレスを狙い撃ちしてくる。あたしは矢を連射した。今日はいいものを持ってきたのだ。
「サリアちゃん、ちゃんと用意したんだね」
エミリオが嬉しそうに笑う。そう、今日は雷属性を付与する矢を持ってきている。水といえば弱点は、電気だ。みんな、よく知ってるでしょう。シドさんは巨大な太刀、ホークさんは双剣、ローさんはヘビィボウガンを使っている。さすが特殊部隊、攻撃スタイルが洗練されているな。あたしも負けていられない。矢をひたすら龍の体に撃ち込む。こんなところで負けてるあたしたちじゃないんだからね!
「ギュウウ…」
水龍たちが呻く。そして二体はズウウンとほぼ同時に倒れた。カランと何かが水龍たちから落ちる。あたしはそれを拾った。
「サリアちゃん、それ?」
エミリオが上から覗き込んでくる。何かの機械みたいだけど。
「貸してくれないか?」
シドさんに言われて、あたしはその機械を彼に渡した。シドさんはそれを観察している。彼は腰からドライバーを取り出して、あっさり分解してしまった。
「龍を操る機械だったようだ」
ミシッとシドさんが機械を握り潰す。水龍は何も悪くなかった。こんなに悲しいことないよ。
「中へ行きましょう」
ホークさんに言われてあたしたちは研究所の扉の前にいた。ガガガガと音を立てて、扉が上に開いていく。いよいよ敵陣に乗り込む訳か。中に入るとパッと灯りが点く。最近流行りのセンサー式のライトのようだ。
「おいおい…」
むわん、とした匂いにあたしは思わず口元を抑えた。ケインくんもだ。この嫌な匂い、もしかして。
「いきなり死体か…」
出入り口付近にあった部屋に入ると、誰かが倒れている。なんでこのヒトは死んでるんだろう?一体何が起きたの?あたしたちは更に先に進んだ。気を抜くと今にも吐きそうなくらい匂いが強い。
他にも遺体を数体見つけた。どの遺体も切り裂かれたような外傷があった。シドさんによれば一撃だったのではとのことだった。
「どうやら生きているやつはこの中にはいないようだな」
シドさんが言いながら太刀を構える。ホークさんとローさんもそれぞれ武器を構えた。
「来るぞ、下がれ」
「グルルルル」
あたしはその人物に驚いてしまった。唸っていたのはエミリオにそっくりなヒトだ。なんで?そいつが鋭い爪を振り下ろす。シドさんはすかさずそれを剣で受け止めた。ぐぐ、と爪を更に振り下ろしてくる。いけない、助けないと。エミリオがそいつに斬りかかる。それを避けるため、やつが後退する。
「お前は誰だ?」
押し殺したような声でエミリオはそいつに尋ねる。相手は嗤った。
「俺はお前のクローンだ。そんなことも分からないのか?」
エミリオのクローン?
「俺が代わりにお前になってやろう」
嗤いながらクローンはいなくなっていた。エミリオは頭を抱えて呻いている。もしかして記憶が?
「大丈夫?エミリオ」
心配になって声を掛けると、エミリオが頷いた。
「あいつは俺が倒すよ。絶対に。クローンだろうがなんだろうが関係ない」
「ここの連中はあいつに殺られたのか」
シドさんが顎に手を当てて唸っている。生物兵器なのかどうかまだ確証はないけれど、その可能性が高い。
あたしは腰に入れた神龍の血の入った小瓶を確認した。これで倒せるといいのだけど。
「俺はなんとなくここに覚えがある」
エミリオの声は掠れていた。
「当時はライアットじゃなかったんだ。もっとちゃんとした研究所だった」
エミリオが矢継ぎ早に言う。あたしたちは彼に頷いた。エミリオが頭を抱える。
「俺はここで幼少期を過ごした…父さんや母さんと」
やっぱりエミリオの記憶が戻ろうとしている。エミリオが息を呑んだ。
「俺は竜人と人間のハーフなんだ。俺はヒトと違って、特殊な遺伝子を持っていたから、竜人特有の病気の特効薬を作れないかって…」
「石龍病ですね」
ケインくんが呟く。あたしもその名前は聞いたことがある。竜人の皮膚が石に変わってしまうという難病だ。今のところ、治療法は見つかっていない。その病にかかるとどんどん石化はすすんで、いずれ死に至る病だ。恐ろしい病気だ。
「俺のその遺伝子データを使ったんだ。ライアット研究所が父さんや母さんを、みんなを殺した…幼かった俺は脱出キットでラディアに逃げたんだ」
そうか、だからエミリオのクローンがいたんだ。
そしてお姫様の生命を与える力で、クローンは命を宿して目覚めたんだ。つまりライアットはお姫様の力をずっと保管していたことになる。エミリオというちょうどいい被検体をずっと探していたんだ。こうなるように。でも結局彼らは自滅してしまっているけれど。これじゃあ本末転倒だ。ライアットは世界をリセットしたかった。つまりあいつを何体も作って外に解き放つつもりだったんだ。
「絶対にあいつを止めなくちゃ」
あたしの言葉にみんなが頷く。お姫様は亡くなった今もずっと自分を責めている。そしてエミリオも。研究所は地下一階まであるようだ。なかなか広い。そしてあちこちに死体が転がっている。相当暴れたようね。
「ヒャハハ!お前ら、動きが鈍すぎだぞ」
クローンが天井からぶら下がりながらあたしたちを嗤う。あいつになんとか神龍の血を飲ませないと。
あたしは弓を構えた。
「あんたを絶対に止めるわ」
「おいおい、冗談はよせ。お前らに俺様は倒せない。
俺様は無敵だからな」
またクローンが唸りだす。来る!あたしはすかさず矢を放った。他のみんなも出来る限り最大の攻撃を加えている。待って。嘘でしょ?
「俺はデカくなれる!ハーフだが竜人だからな!」
グググと奴の体の筋肉が盛り上がる。体がどんどん大きくなっていく。あたしたちの攻撃がほとんど効かない。どうすれば。
「サリアちゃん、血の瓶を貸して」
「どうするつもり?」
「まあ見てて」
エミリオは小瓶を投げた。それを剣で軽く打つ。するとクローンの口元で瓶が上手く割れた。血をやつの体内に入れることに成功したんだ。
「ぐ、なんだ、今のは」
クローンの様子が明らかにおかしい。少し体が小さくなった。瓶はあと二つある。このまま押し切ろう。
エミリオがもう一発瓶の血液を奴の体内に入れる。
「ぐ、まさか神龍が復活していたとは…」
クローンが喘ぎながら苦しんでいる。
そこをすかさずみんなで攻撃する。
小瓶は残り一つ。何とかこいつを仕留めないと。
「ま、待ってくれ!!もう暴れないから!頼むから攻撃しないでくれ!」
クローンが態度を翻す。あたしたちに向かってペコペコし始めた。ふーん、なるほどね。
エミリオは容赦なく最後の小瓶を奴の口に放り込んだ。
「ぎゃあああああ!!!」
正に絶叫だった。神龍の血は奴に効果抜群だったみたいね。
クローンの肉体は溶けて骨だけになった。
あぁ、怖かった。
キラキラとあたしが持っていた石が空中に浮いている。
「サリアよ、アリアもいるな」
この声には聞き覚えがある。神龍だ。
「龍の家系図はこの部屋の金庫にある。番号は書いてあるからすぐ分かるはずじゃ。そしてもう一つ」
まだあるの?正直、あたしはもうヘトヘトだった。
「ライアットは配合によって最強の龍を作り出した。それを分解するのじゃ。そやつが目覚める前に。止められなければ世界はなくなるぞ」
な、なんだって?なんとかしなくちゃ。
「サリアちゃん!龍を分解しよう!!早く!!」
エミリオがあたしを呼ぶ。あたしもつられて走り出している。後ろからシドさんが着いてきた。
「エミリオ、その龍がどこにいるのか分かるの?」
「確かこの先に巨大な水槽があるから」
「さすが元関係者なだけあるね」
シドさんがあたしたちに銃口を向ける。え?どういうこと?
「ほら、案内しろよ」
「シドさん、なんで」
あたしの言葉を彼は嘲笑った。
「もうどうでもいいんだ。世界なんてリセットされちまえば」
シドさんはずっと揺れていたんだろうか。
「あなたも命を失うんですよ?」
「命なんざなんの足しにもならねえ」
いけない。シドさんを何とか止めなくちゃ。どうしたら。
そうだ、覚悟を決めてやるしかない。
あたしはくるんと側転して、シドさんの持っていた銃を蹴り落とした。咄嗟のことにシドさんの反応が遅れた。エミリオがすかさず、銃を拾って構える。
「クソガキが!」
「動かないでください」
「お前らは後悔するぞ」
「いいんです、後悔したとしてもきっとどこかに希望はあるから」
シドさんは舌打ちをして力なく座り込んだ。
「サリアちゃん!早く!!」
「うん!」
あたしたちは水槽を見つけた。そこには蛇のような龍が体を折り曲げて眠っている。この子が世界を終わらせちゃうの?
分解って、ど、どうすれば?
あたしがあたふたしている中で、エミリオが機械を操っている。
「これで分解出来るはず!」
エミリオがたんっとボタンを押した。水槽に泡が溜まっていく。龍がどんどん小さくなっている。うまく行ったみたいだ、よかった。
「サリアちゃん、エミリオくん!」
お姉ちゃんとケインくんが駆け寄ってくる。
水槽の中にはもう何もいなかった。うん、うまく行ったんだ。
「よかった、二人共無事で」
お姉ちゃんが泣いている。心配かけちゃったしなぁ。
あたしたちはライアット研究所を後にした。ホークさんによれば、シドさんには重い処分が下るだろうとのことだった。シドさんにもなにか事情があったのかな。ライアット研究所はラディアの騎士たちによって調べられているらしい。もう二度と繰り返さないようにしないと。龍の家系図は無事、ケインくんのお父さんの手元に返ってきたようだ。よかった。
あたしたちは喫茶・モンスターで今日も元気に働いている。
「キュ?」
「え?」
片付けをしようと思って、洗い場に行ったら小さな蛇がいた。小さな羽が付いてるからもしかしたら龍?またあたしは龍に遭遇しているの?
「キュピ」
その子があたしの前でくるん、と回る。
「キュイ」
「サリアちゃん、どうしたの?って、その子は?」
お姉ちゃんが慌てている。
「わあ、蛇神様ですねー。しばらく姿をお見かけしなかったからすごいなー」
ケインくんがのんびり笑った。
「サリアちゃん」
エミリオが引きつった顔であたしに言う。やっぱりそうなの?
「あの時、うまく龍を分解出来てなかったかも…」
「でもこの子、あたしに懐いてるみたい」
あたしが龍さんを撫でたら嬉しそうにくっついてきた。可愛い。
そうか。喫茶・モンスターに本物の龍が降臨したわけか。なにが起きるか分からないからこの世は面白いのかも!なんてね!
おわり
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