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「ヴァルドさまー!持ってきたよー!」
「ヴァルド様!いますかー?」
ローゼは庭から聞こえたこの声に目を覚ました。朝がかなり苦手なローゼである。しばらく起き上がれず、布団の中でうつらうつらしていた。
「ありがとう、エマ、トーマス」
ヴァルドの声にローゼはようやく目を開けることが出来た。だが、まだ眠たい。しかし、楽しげに話しているヴァルドたちのことも気になる。むくり、となんとか起き上がりベッドを這い出た。ローゼは今、薄紫のネグリジェを着ている。もちろんローゼのために特別に仕立てたものだ。ローゼはふらふらしながら階段を降り、庭先に繋がる窓から外を窺った。
ヴァルドのそばに見知らぬ幼い子供が二人いる。兄妹だろうか、とローゼは当たりをつけた。
「あ、ローゼ。起きたんだ。おはよう」
ローゼの存在にヴァルドはすぐ気が付いたらしい。こちらに向かって手を振ってくる。ローゼはどうしたものか迷って、手を小さく振り返した。
「このお屋敷にはお姫様がいるの?」
エマと呼ばれた女の子が不思議そうに首を傾げながらヴァルドに尋ねている。
「うん、そうだよ。俺の大好きな人なんだ」
きゃーとエマが叫ぶ。
「エマ、まだ朝早いんだし静かにしろよ。ヴァルド様、採れたベリーを置いていくね。ジャムも楽しみにしてる。エマ、行くぞ!」
「はぁーい。バイバイ。ヴァルドさま」
2人は走って行ってしまった。ローゼはそっと様子を窺って庭に出る。
「あの子たちは?」
「うん、近くに住んでる子たち。ここらへん子供が多くてね。ああやって時々うちに遊びに来るんだ」
「へぇ…そうだったのか。ベリージャムは僕も食べたいな」
「もちろん。もうすぐこのあたりで秋のお祭りをやるし、紅葉を見に来る観光客で賑やかになってくるから楽しいよ」
「お祭りか…それは僕も参加出来るのかい?」
「うん。ローゼが来てくれたら皆喜ぶよ。さ、ベリージャムを早速作ろうかな」
「僕も手伝うよ」
「ローゼはまず朝ご飯ね」
「あ…」
ローゼが顔を赤くしているとヴァルドが笑う。
「ほら、涼しいし中に入ろう」
ヴァルドの大きな手で手を優しく掴まれた。食卓に着くとカリカリに焼かれたチーズトーストにオムレツ、サラダ、熱々のスープが並べられている。
「いただきます」
ローゼはオムレツから食べ始めた。
「ん…おいふぃ」
「良かった。俺は今日お祭りの打ち合わせがあるから昼過ぎには出掛けるね」
「ん…分かったよ」
ヴァルドがキッチンに向かったのを見送って、ローゼはゆっくり朝食を楽しんだ。ようやく食べ終えてごちそうさまをする。キッチンに食べ終えたばかりの食器を運ぶとヴァルドは鍋を見つめていた。ローゼも隣に並ぶ。
「ジャムってそうやって作るんだね」
「うん、こうしてコトコト煮込むんだ。それだけなのにすごく美味しくなるよね」
ローゼもしばらく鍋を見つめていた。
「よし、こんなものか」
ヴァルドが鍋を火から下ろす。紫色のそれからは甘い香りが漂っている。
「完成かい?」
「ううん、まだ。熱を取らなくちゃ」
「意外と手間がかかるんだね」
「ふふ。手間がかかった方が食べる時、美味しいからね」
ヴァルドは言いながら沢山の瓶が入った箱を棚から取り出した。
「それに詰めるのかい?」
「うん、まず入れる前に煮沸消毒しなくちゃ」
ヴァルドがてきぱき作業しているのをローゼは見守った。
「ローゼ、お手伝いしてくれる?」
「あぁ。やっと僕の出番だね」
「うん、そう。えっと、瓶にジャムを注いで欲しいんだ。このスプーンでね」
ヴァルドが手渡してきたのは普段使うものより、すこし大きめのものだ。
「構わないよ。秤は使わないのかい?」
「うん、目分量で大丈夫」
「承知した」
ローゼはスプーンを使い、次々にジャムを瓶に詰めていった。その数50。ローゼの周りは瓶だらけだ。
「1つはうちのだから置いておいて。後は売り物なんだ」
「秋祭りに売るのかい?」
「うん。ローゼにもお店を手伝って欲しいな」
「あぁ」
ヴァルドの作るジャムが美味しいことはローゼもよく知っている。きっと忙しくなるのだろう。
「そうそう、ローゼ。お祭り用の服を着てみない?」
ヴァルドがそう言って差し出してきたのは、茶に近い黄色の厚手のワンピースだった。ところどころにフリルがあしらわれている可愛らしいものだ。
「僕がこれを?」
「嫌?」
「そんなわけないだろう。でも、僕は騒がしい祭りの類は嫌いでね、今まで参加したことがなかったんだ。だけど君もいるし、今回は挑戦してみるつもりだよ」
「ローゼ…頑張るんだね!」
「君が教えてくれたんだ、新しい世界を」
「ローゼ」
ヴァルドが嬉しそうに微笑んでいる。ローゼにはそれが嬉しい。
「あ!もうこんな時間。ローゼ、打ち合わせ行ってくるね!瓶はそのまま置いておいて!」
「行ってらっしゃい」
ヴァルドがバタバタと走っていくのをローゼは見送った。
「さて、お祭りの準備に僕が出来ることは何かないのかな」
そうだ、とローゼは閃いた。
*
「ここをこうして」
ローゼは画用紙を切り、値札を作っている。値札にはモミジの絵を描いた。庭に落ちていた葉を持ってきて写生したのだ。初めてながらなかなかうまく出来た。値段はこれから入れるつもりである。そんなことをしていたらヴァルドが帰ってきた。
「ただいま、ローゼ。何作ってるの?」
「おかえり。ジャムの値札さ」
「可愛い。すごいね」
「ジャムはいくらで売るんだい?」
「100zかな」
「安いんだね!」
「材料費は砂糖と水くらいしかかかってないからね」
レモン果汁も入れたが数滴である。ローゼはなるほどと納得した。
「夕飯を作るね、お腹空いたでしょう?」
「あぁ。今日は何を作るんだい?」
「うん、キノコを沢山もらったからパスタかな」
「この時期ならではだね」
「パスタも貰い物なんだ。多く作りすぎたからって」
そう言ってヴァルドが食材を革の袋から取り出し始めた。
「こんなに?」
ローゼがぽかん、とするとヴァルドが笑う。
「うん、有難いよね。俺も明日、玉子を持ってくって言ったんだよ」
「それがいいね。でね、ヴァルド。僕は肝心なことを君に聞き忘れていたよ」
「なあに?」
「祭りはいつからなんだい?」
「うん、明後日からなんだ。明日は町の飾り付けをする予定」
「道理で君が忙しいはずだよ」
ヴァルドはいつも忙しいがそれに輪をかけて忙しそうだった。ローゼはむむ、と膨れた。
「僕にもっと早く知らせてくれてもよかったんじゃないかい?」
「ごめんね、ローゼが知ったら無理するかなって」
「僕は男なのだから多少のことではへこたれたりしないよ」
ローゼがとん、と胸を叩く。ヴァルドは再び謝罪をしてきた。ローゼも手伝い、夕飯の支度を済ませる。2人は対面に座りいただきますをした。
「む…パスタがモチモチしているね」
「うん、美味しいね。ねえ、ローゼ。明日やってほしいことがあるんだけど」
「構わないよ。高所の飾り付けかい?」
「うーんと、飾り付けは他の人の係なんだ。ローゼにはお祭りのポスターを町の掲示板に貼ってきて欲しいの」
「分かったよ。僕に任せてくれ」
「ありがとう、助かるよ」
*
そして次の日になっている。ローゼは作業着を着ていた。長い栗色の髪の毛は後ろで1つにまとめている。
「ローゼのその格好、板に付いてきたって感じ」
ヴァルドにそう言われてローゼも悪い気はしない。ふふん、と胸を仰け反らせた。
「僕にかかれば朝飯前さ」
「さすがローゼ」
ヴァルドは褒め上手だ。ローゼがより気を良くしていると、子供たちが数人駆け寄ってきた。
「ヴァルドさまー!お手伝いにきましたー!」
「ありがとう、皆。ローゼに町の掲示板の場所を教えてあげてくれる?」
「本当にお姫様だ。キレー」
「ローゼさま、掲示板はこっちだよ!」
ローゼが戸惑っていると、ヴァルドに優しく肩を叩かれた。
「ローゼ、お願いね」
ヴァルドにこう言われたら今更引き返すことは出来ない。ローゼは子供たちと歩き出した。
「ローゼさまって神様なの?」
「うん!うちの父さんも言ってたよ。女神様だって」
ローゼはしばらくぽかん、としていたが最終的には吹き出していた。
「僕は人間さ。ヴァルドが僕をここに呼んでくれてね」
「ヴァルドさまってやっぱりすげー!」
「な!」
「あ!ローゼさま、掲示板は町中に5カ所あるんだよ。まずはあそこからね」
子供たちに示された先には確かに掲示板が置かれていた。
「分かった。すまないが僕はあまり体力がなくてね。ゆっくり歩いて欲しい」
「分かった!!」
「ローゼさまからお花のにおいがするの!」
「本当だ!」
わいわい言われながらローゼは掲示板にポスターを貼り付けようとした。
「ローゼさま、ちょっと右かも」
「こうかい?」
「もうちょっと。あ!そのまま!」
画鋲でポスターを貼り付ける。ローゼはホッとした。
「ローゼさまは、雨の日なにをしているの?」
「晴れてる日は動物の世話をしているよね」
ローゼはすっかりタジタジである。子供はよく見ているなとローゼは改めて感心していた。
「雨の日なら僕は塗り絵をしているよ。ただ、美的センスが壊滅的になくてね、ヴァルドに聞きながら塗ってるんだ。もちろんヴァルドとお喋りをするのも楽しいよ」
「ヴァルドさまとラブラブなんだね!」
「お前の父ちゃんたちもラブラブだよな!」
「よせやい!照れるだろ!」
こんな調子でローゼと子供たちは最後の掲示板に辿り着いていた。
「ここが最後だよ!」
「あぁ。皆、ありがとう。ん?」
ローゼはふと掲示板の下を見た。茂みに何かが置かれているのが見える。ローゼはしゃがんでそれを引きずり出した。何かと思えば段ボールの箱だ。
「ローゼさま?これ…」
子供たちが青ざめている。
「皆、ポスターを貼っておいてくれるかい?」
「でも…」
泣きそうな子供もいる。
「大丈夫。まだ間に合うはずさ」
ローゼは段ボール箱を抱えて、ある場所に走った。
*
「ローゼ!!」
ローゼはうとうとしていたがヴァルドの声にようやく薄目を開けられた。
「あ、ヴァルド。お帰り」
「ただいま…じゃなくて!大変だったでしょう!」
ローゼが見つけたのは生まれたての乳児だった。ローゼは全力疾走で病院に駆け込み、受付に詰め寄った。緊急で医師に診てもらった所、随分衰弱しており点滴をすることになった。その間、ローゼは眠っていたのだ。
「あぁ…実を言うと僕はずっと眠っていてね」
「疲れてたんだね」
ぎゅっとヴァルドに抱き締められ、ローゼは自身の体の冷たさにようやく気が付いた。
「寒かったし怖かったよね」
「いや、僕より怖かったのは本人さ。泣くことも満足に出来なかったのだからね」
看護師がやって来る。
「お二人とも、診察室にどうぞ」
二人は医師の待つ診察室に入った。
*
医師の話によれば、乳児はまだ生まれるには早い段階だったとのことだった。そのため、もう少し大きくなるまで入院を勧められた。ローゼが連れてきていなければとっくに亡くなっていたと医師は渋い顔で言った。
「ローゼ、俺たちが里親を引き受けるって言っちゃったけど大丈夫かな?」
ヴァルドとローゼは屋敷に戻ってきている。
「子猫の世話より大変だろうね。あの子はよく泣きそうだ」
「ローゼ、楽しそう」
「命が助かったからね。僕は嬉しい」
「そうだね」
ヴァルドに抱き寄せられ二人はキスをしていた。
「ローゼ、知っていたけれど君は勇敢なんだね」
「僕にはそれくらいしか取り柄がないのさ」
二人は再び口づけを交わしていた。
「ヴァルド様!いますかー?」
ローゼは庭から聞こえたこの声に目を覚ました。朝がかなり苦手なローゼである。しばらく起き上がれず、布団の中でうつらうつらしていた。
「ありがとう、エマ、トーマス」
ヴァルドの声にローゼはようやく目を開けることが出来た。だが、まだ眠たい。しかし、楽しげに話しているヴァルドたちのことも気になる。むくり、となんとか起き上がりベッドを這い出た。ローゼは今、薄紫のネグリジェを着ている。もちろんローゼのために特別に仕立てたものだ。ローゼはふらふらしながら階段を降り、庭先に繋がる窓から外を窺った。
ヴァルドのそばに見知らぬ幼い子供が二人いる。兄妹だろうか、とローゼは当たりをつけた。
「あ、ローゼ。起きたんだ。おはよう」
ローゼの存在にヴァルドはすぐ気が付いたらしい。こちらに向かって手を振ってくる。ローゼはどうしたものか迷って、手を小さく振り返した。
「このお屋敷にはお姫様がいるの?」
エマと呼ばれた女の子が不思議そうに首を傾げながらヴァルドに尋ねている。
「うん、そうだよ。俺の大好きな人なんだ」
きゃーとエマが叫ぶ。
「エマ、まだ朝早いんだし静かにしろよ。ヴァルド様、採れたベリーを置いていくね。ジャムも楽しみにしてる。エマ、行くぞ!」
「はぁーい。バイバイ。ヴァルドさま」
2人は走って行ってしまった。ローゼはそっと様子を窺って庭に出る。
「あの子たちは?」
「うん、近くに住んでる子たち。ここらへん子供が多くてね。ああやって時々うちに遊びに来るんだ」
「へぇ…そうだったのか。ベリージャムは僕も食べたいな」
「もちろん。もうすぐこのあたりで秋のお祭りをやるし、紅葉を見に来る観光客で賑やかになってくるから楽しいよ」
「お祭りか…それは僕も参加出来るのかい?」
「うん。ローゼが来てくれたら皆喜ぶよ。さ、ベリージャムを早速作ろうかな」
「僕も手伝うよ」
「ローゼはまず朝ご飯ね」
「あ…」
ローゼが顔を赤くしているとヴァルドが笑う。
「ほら、涼しいし中に入ろう」
ヴァルドの大きな手で手を優しく掴まれた。食卓に着くとカリカリに焼かれたチーズトーストにオムレツ、サラダ、熱々のスープが並べられている。
「いただきます」
ローゼはオムレツから食べ始めた。
「ん…おいふぃ」
「良かった。俺は今日お祭りの打ち合わせがあるから昼過ぎには出掛けるね」
「ん…分かったよ」
ヴァルドがキッチンに向かったのを見送って、ローゼはゆっくり朝食を楽しんだ。ようやく食べ終えてごちそうさまをする。キッチンに食べ終えたばかりの食器を運ぶとヴァルドは鍋を見つめていた。ローゼも隣に並ぶ。
「ジャムってそうやって作るんだね」
「うん、こうしてコトコト煮込むんだ。それだけなのにすごく美味しくなるよね」
ローゼもしばらく鍋を見つめていた。
「よし、こんなものか」
ヴァルドが鍋を火から下ろす。紫色のそれからは甘い香りが漂っている。
「完成かい?」
「ううん、まだ。熱を取らなくちゃ」
「意外と手間がかかるんだね」
「ふふ。手間がかかった方が食べる時、美味しいからね」
ヴァルドは言いながら沢山の瓶が入った箱を棚から取り出した。
「それに詰めるのかい?」
「うん、まず入れる前に煮沸消毒しなくちゃ」
ヴァルドがてきぱき作業しているのをローゼは見守った。
「ローゼ、お手伝いしてくれる?」
「あぁ。やっと僕の出番だね」
「うん、そう。えっと、瓶にジャムを注いで欲しいんだ。このスプーンでね」
ヴァルドが手渡してきたのは普段使うものより、すこし大きめのものだ。
「構わないよ。秤は使わないのかい?」
「うん、目分量で大丈夫」
「承知した」
ローゼはスプーンを使い、次々にジャムを瓶に詰めていった。その数50。ローゼの周りは瓶だらけだ。
「1つはうちのだから置いておいて。後は売り物なんだ」
「秋祭りに売るのかい?」
「うん。ローゼにもお店を手伝って欲しいな」
「あぁ」
ヴァルドの作るジャムが美味しいことはローゼもよく知っている。きっと忙しくなるのだろう。
「そうそう、ローゼ。お祭り用の服を着てみない?」
ヴァルドがそう言って差し出してきたのは、茶に近い黄色の厚手のワンピースだった。ところどころにフリルがあしらわれている可愛らしいものだ。
「僕がこれを?」
「嫌?」
「そんなわけないだろう。でも、僕は騒がしい祭りの類は嫌いでね、今まで参加したことがなかったんだ。だけど君もいるし、今回は挑戦してみるつもりだよ」
「ローゼ…頑張るんだね!」
「君が教えてくれたんだ、新しい世界を」
「ローゼ」
ヴァルドが嬉しそうに微笑んでいる。ローゼにはそれが嬉しい。
「あ!もうこんな時間。ローゼ、打ち合わせ行ってくるね!瓶はそのまま置いておいて!」
「行ってらっしゃい」
ヴァルドがバタバタと走っていくのをローゼは見送った。
「さて、お祭りの準備に僕が出来ることは何かないのかな」
そうだ、とローゼは閃いた。
*
「ここをこうして」
ローゼは画用紙を切り、値札を作っている。値札にはモミジの絵を描いた。庭に落ちていた葉を持ってきて写生したのだ。初めてながらなかなかうまく出来た。値段はこれから入れるつもりである。そんなことをしていたらヴァルドが帰ってきた。
「ただいま、ローゼ。何作ってるの?」
「おかえり。ジャムの値札さ」
「可愛い。すごいね」
「ジャムはいくらで売るんだい?」
「100zかな」
「安いんだね!」
「材料費は砂糖と水くらいしかかかってないからね」
レモン果汁も入れたが数滴である。ローゼはなるほどと納得した。
「夕飯を作るね、お腹空いたでしょう?」
「あぁ。今日は何を作るんだい?」
「うん、キノコを沢山もらったからパスタかな」
「この時期ならではだね」
「パスタも貰い物なんだ。多く作りすぎたからって」
そう言ってヴァルドが食材を革の袋から取り出し始めた。
「こんなに?」
ローゼがぽかん、とするとヴァルドが笑う。
「うん、有難いよね。俺も明日、玉子を持ってくって言ったんだよ」
「それがいいね。でね、ヴァルド。僕は肝心なことを君に聞き忘れていたよ」
「なあに?」
「祭りはいつからなんだい?」
「うん、明後日からなんだ。明日は町の飾り付けをする予定」
「道理で君が忙しいはずだよ」
ヴァルドはいつも忙しいがそれに輪をかけて忙しそうだった。ローゼはむむ、と膨れた。
「僕にもっと早く知らせてくれてもよかったんじゃないかい?」
「ごめんね、ローゼが知ったら無理するかなって」
「僕は男なのだから多少のことではへこたれたりしないよ」
ローゼがとん、と胸を叩く。ヴァルドは再び謝罪をしてきた。ローゼも手伝い、夕飯の支度を済ませる。2人は対面に座りいただきますをした。
「む…パスタがモチモチしているね」
「うん、美味しいね。ねえ、ローゼ。明日やってほしいことがあるんだけど」
「構わないよ。高所の飾り付けかい?」
「うーんと、飾り付けは他の人の係なんだ。ローゼにはお祭りのポスターを町の掲示板に貼ってきて欲しいの」
「分かったよ。僕に任せてくれ」
「ありがとう、助かるよ」
*
そして次の日になっている。ローゼは作業着を着ていた。長い栗色の髪の毛は後ろで1つにまとめている。
「ローゼのその格好、板に付いてきたって感じ」
ヴァルドにそう言われてローゼも悪い気はしない。ふふん、と胸を仰け反らせた。
「僕にかかれば朝飯前さ」
「さすがローゼ」
ヴァルドは褒め上手だ。ローゼがより気を良くしていると、子供たちが数人駆け寄ってきた。
「ヴァルドさまー!お手伝いにきましたー!」
「ありがとう、皆。ローゼに町の掲示板の場所を教えてあげてくれる?」
「本当にお姫様だ。キレー」
「ローゼさま、掲示板はこっちだよ!」
ローゼが戸惑っていると、ヴァルドに優しく肩を叩かれた。
「ローゼ、お願いね」
ヴァルドにこう言われたら今更引き返すことは出来ない。ローゼは子供たちと歩き出した。
「ローゼさまって神様なの?」
「うん!うちの父さんも言ってたよ。女神様だって」
ローゼはしばらくぽかん、としていたが最終的には吹き出していた。
「僕は人間さ。ヴァルドが僕をここに呼んでくれてね」
「ヴァルドさまってやっぱりすげー!」
「な!」
「あ!ローゼさま、掲示板は町中に5カ所あるんだよ。まずはあそこからね」
子供たちに示された先には確かに掲示板が置かれていた。
「分かった。すまないが僕はあまり体力がなくてね。ゆっくり歩いて欲しい」
「分かった!!」
「ローゼさまからお花のにおいがするの!」
「本当だ!」
わいわい言われながらローゼは掲示板にポスターを貼り付けようとした。
「ローゼさま、ちょっと右かも」
「こうかい?」
「もうちょっと。あ!そのまま!」
画鋲でポスターを貼り付ける。ローゼはホッとした。
「ローゼさまは、雨の日なにをしているの?」
「晴れてる日は動物の世話をしているよね」
ローゼはすっかりタジタジである。子供はよく見ているなとローゼは改めて感心していた。
「雨の日なら僕は塗り絵をしているよ。ただ、美的センスが壊滅的になくてね、ヴァルドに聞きながら塗ってるんだ。もちろんヴァルドとお喋りをするのも楽しいよ」
「ヴァルドさまとラブラブなんだね!」
「お前の父ちゃんたちもラブラブだよな!」
「よせやい!照れるだろ!」
こんな調子でローゼと子供たちは最後の掲示板に辿り着いていた。
「ここが最後だよ!」
「あぁ。皆、ありがとう。ん?」
ローゼはふと掲示板の下を見た。茂みに何かが置かれているのが見える。ローゼはしゃがんでそれを引きずり出した。何かと思えば段ボールの箱だ。
「ローゼさま?これ…」
子供たちが青ざめている。
「皆、ポスターを貼っておいてくれるかい?」
「でも…」
泣きそうな子供もいる。
「大丈夫。まだ間に合うはずさ」
ローゼは段ボール箱を抱えて、ある場所に走った。
*
「ローゼ!!」
ローゼはうとうとしていたがヴァルドの声にようやく薄目を開けられた。
「あ、ヴァルド。お帰り」
「ただいま…じゃなくて!大変だったでしょう!」
ローゼが見つけたのは生まれたての乳児だった。ローゼは全力疾走で病院に駆け込み、受付に詰め寄った。緊急で医師に診てもらった所、随分衰弱しており点滴をすることになった。その間、ローゼは眠っていたのだ。
「あぁ…実を言うと僕はずっと眠っていてね」
「疲れてたんだね」
ぎゅっとヴァルドに抱き締められ、ローゼは自身の体の冷たさにようやく気が付いた。
「寒かったし怖かったよね」
「いや、僕より怖かったのは本人さ。泣くことも満足に出来なかったのだからね」
看護師がやって来る。
「お二人とも、診察室にどうぞ」
二人は医師の待つ診察室に入った。
*
医師の話によれば、乳児はまだ生まれるには早い段階だったとのことだった。そのため、もう少し大きくなるまで入院を勧められた。ローゼが連れてきていなければとっくに亡くなっていたと医師は渋い顔で言った。
「ローゼ、俺たちが里親を引き受けるって言っちゃったけど大丈夫かな?」
ヴァルドとローゼは屋敷に戻ってきている。
「子猫の世話より大変だろうね。あの子はよく泣きそうだ」
「ローゼ、楽しそう」
「命が助かったからね。僕は嬉しい」
「そうだね」
ヴァルドに抱き寄せられ二人はキスをしていた。
「ローゼ、知っていたけれど君は勇敢なんだね」
「僕にはそれくらいしか取り柄がないのさ」
二人は再び口づけを交わしていた。
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