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五章
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1・「シャオ陛下、ルシファー騎士団の皆さん、私たちエルフ族は貴方がたルシファー騎士団に協力します」
次の日、宿にある食堂で朝ごはんを食べていたら、レエヤさんがやって来てこんなことを言われた。それってエルフのヒトも俺たちと一緒に戦ってくれるっていうこと?
「エネミーは弱き者を傷付け、金品を一方的に奪い取るばかりです。そんなことを許してはなりません。彼らには罪をしっかり償ってもらわなければ」
レエヤさんの言うことは最もだ。
「昨日、私たちはみなで話し合いました。エネミーの問題は魔族だけではなく、今ではみなの問題ではないかと。現在のエネミーは大半が魔族とはいえ、エルフ族の者がいるのもまた事実。今日エルフの代表として私が会見をして、このことを世界に発信します」
「レエヤ、そんなことしたら後戻りできねえぞ」
シャオがレエヤさんを睨む。それにも動じず、レエヤさんは笑った。
「優しいのですね、陛下は」
「なんでそうなる」
舌打ちするシャオ。あ、これは照れてるな。
「エルフの谷を抜けた先に、エネミーの巨大な集落があると目撃情報が相次いで出ています。どうやら集落に近付くことすらままならないとか」
スカーさんがそれに重々しく頷いた。
「あぁ、間違いなく拠点がある。拙者も距離を詰めようと試みたが、そやつの射程範囲外が限界だった。一人、相当な猛者がいると見える」
「我々エルフ族もその拠点の殲滅に参戦します。他のエネミーの拠点もこの辺りでまた増加してきていますし、そちらは私たちにお任せください。陛下たちは南部にいるエネミーに集中を」
「レエヤ、恩に着る」
レエヤさんが嬉しそうに微笑む。ご飯も食べ終わって、俺たちは戦いの準備をしていた。ああ、また服がボロボロになってしまった。可愛くて気に入っていたのに。せっかくこの服をくれたフギさんに申し訳ない。
「ましろさん!」
小声で誰かに呼ばれて、振り返るとレエヤさんがドアを少し開けて手招きしている。どうしたんだろう?俺はドアを開けて、向こう側に行った。もちろん、ドアを閉めるのを忘れない。
「ましろさんはいつも可愛らしい格好をされているので、私からも服を贈らせてください。きっと幸運を引き寄せてくれるでしょう。今までもそうだったんですから」
レエヤさんが俺に向かって軽く指を振ると、俺の服がぱっと変わった。
フギさんがくれたケープは新品になって、動物の耳を模した形のフードが付いている。
トップスはパフスリーブの可愛らしいもの。そして安定のハーフパンツだ。今までの服もそうだったけど、周りの環境に適応できるようになっている。
「わああ、ありがとうございます。レエヤさん」
「いいえ。こんなことしか出来ないので。貴方が姫としてシャオ陛下を支えてくださって、とても有難いのですよ」
「レエヤさんはシャオと会ってどれくらい経つんですか?」
レエヤさんは笑った。どうやら記憶を掘り起こしているらしい。
「確か、シャオ陛下が幼い頃に会ったのが最初ですね。魔界のパーティに長老の付き添いで呼ばれていったのです」
「え・・・」
俺はその言葉をよくよく考えてみた。これに関しては聞くことしか出来ない。
「えーと、失礼ですが、レエヤさんはおいくつなのですか?」
レエヤさんが笑う。
「こう見えて私は三百二歳ですよ」
「えええ」
ひええ、めちゃくちゃ目上の方だった。レエヤさんがくすくす笑っている。
「年齢なんて関係ありません。私は私。ただのレエヤなのですよ」
レエヤさん改めてリスペクト。
「では、エネミーを倒しに行きましょうか。皆さん、準備が整ったようですし」
「はい」
***
「おいおい。あいつ、もうこっち見てやがる」
シャオが呟く。魔族って目が凄く良いみたいだ。ヒト族の俺にはそれが全く見えない。スカーさんも言っていたけれど、どうやら強そうなのがいるらしい。シャオがすでに楽しそうだ。でも、俺たちのこのエネミーとの戦いはできるだけ消耗をしてはいけない。何故ならこれからもずっと同じメンバーで戦い続けるからだ。
すでにケガをして動けない兵士さんも出てきている。俺たちはもうこれ以上兵を失うわけにはいかない。
「この距離では弓でもきついな」
白蓮さんが呟く。ってことはどうすれば。
「陛下!」
レエヤさん含む数人のエルフさんが大きな何かを持ってきた。布で隠されているから何かまでは分からない。
「バリスタを持ってきました」
「組み立て式か」
シャオがそれを見て呟く。確かにバリスタなら射程が長いから集落に届く。
「威力としてはいまいち弱いですが、我々が近付くための隙は作れるかと」
「なるほどな」
レエヤさんたちがテキパキとバリスタを組み上げて行く。それはあっさり完成した。
「皆さん、このバリスタは連射式です。相手を多少混乱させることくらいは出来るかと」
「心強いですね」
「俺っち、バリスタの弾に当たらないようにしねえと」
それは確かに。レエヤさんが弾をバリスタに込め始める。
「照準を合わせます。皆さん、準備はよろしいでしょうか」
ガララとバリスタの方向をレエヤさんが操作する。軽々とレエヤさんはバリスタを動かしているけれど、実際はかなり重たいはずだ。
俺たちはそっと物陰にかくれながら集落に近付いている。こっちをすごく見られてるけどまだバリスタに気付かれたわけじゃない。バリスタの射程が長くて助かった。
「てー!!!」
レエヤさんの掛け声でバババと弾が発射される。俺たちはそれを合図に集落に向かって走り始めた。
「ましろ、俺の後方にいろ」
「うん」
シャオに腕を引っ張られる。
魔力の上限が増えた状態でする初めての戦闘だ。覚えていたけど魔力不足で使えなかった白魔法も使えそうだな。
2.集落に入ると早速戦闘になる。この集落はなんでこんなに見張りが厳重なんだろう。エネミーの対応も明らかに素早い。今までとは質が全然違う。
「なんかエネミー強いよね?」
「ここにはなにかあるんだろうよ」
シャオが相手の蹴りを避けながら俺に言う。俺は妨害魔法を唱えた。相手の攻撃が少しでも鈍ればいい。シャオはタイプで分けるとしたらアタッカーだ。タンカーであるランスさんの後ろから殴りかかる。相手がやりにくさにイラつくのが狙いだ。
テンゲさんやモウカ、スカーさんも容赦なくエネミーを攻撃している。後方からフギさん、睡蓮、白蓮も攻撃の手を緩めない。
今の戦況としては五分五分だろうか。
「ちっ、アイツがなかなか出てきやがらねえ」
シャオがエネミーに止めをさしながら言う。それは俺たちをずっと警戒していたヒトの事だろう。今は俺たちを様子見しているのかな。どうであれプレッシャーなのは間違いない。次から次にエネミーが襲いかかってくる。こうなったら。
「シャオ、詠唱に時間が欲しい。稼いでくれる?」
「姫君の仰せのままに」
俺は詠唱を始めた。白魔法の全体攻撃技の一つ。かなりの魔力を消費するから、しばらく簡単な回復すら出来なくなる。シャオや仲間のみんなが俺の協力をしてくれた。今の状況を少しでも良くしたい。
「轟け!!ジャッジメント!!」
ズガァァンという轟音。沢山いたエネミーたちが雷に当たって気絶している。今だ!みんなで手分けしてエネミーたちを鎖で拘束。移動魔法で収容所送りにする。
「ましろ、すごいな」
「疲れた…」
この技は連発出来ない。やってみてよく分かった。
今、すごく眠たいしダルい。
俺はその場に倒れこんでしまった。いけないと思っても体が重たくて動かない。
遠くでシャオの声がする。ごめんね、シャオ。今は返事が出来ないや。
***
「ふぁ…」
「ましろ?」
目を開けて、真っ先に見えたもの。それがシャオの顔だった。緑の瞳が綺麗だな。あんなに怖かったのに今は全然そう思わない。むしろホッとする。
額にタオルが乗っているのか冷たくて気持ちいい。
起き上がろうとして、無理だとわかった。体が鉛みたいに重くなっている。
「 ましろ、熱があるんだ。動くのはよせ」
「戦いは?」
シャオが首を横に振る。
「撤退した。拠点にいたエネミーはあらかた捕まえたんだがな。もう兵たちの疲労もピークにきている。これ以上、無理は出来ない」
「そうだよね。ごめんね」
「なんでお前が謝る?」
「せっかく魔力量が増えたのにみんなの役に立てなかった」
シャオが俺を抱き締める。シャオの体に触るとすごく安心する。
「シャオどうしたの?」
「お前の攻撃、良かった。
でも無茶だけはするな」
「…うん」
「そうだ、腹が減ってるだろ?
睡蓮がお粥を作ってくれた」
「わぁ」
「食べさせてやる」
「え、あの・・・お断りします」
そう言うと、むすうとシャオが口角を下げる。こういうとこ、本当幼女なんだよな。笑いそうになるのをなんとか堪える。
「分かった。シャオに食べさせてもらいたいな」
シャオが笑う。嬉しそうだ。シャオにフーフーしてもらって食べたお粥は美味しかった。
3・その日の夜、ようやく俺は元気になって来た。熱が出た理由としては、魔力を使い過ぎたことによる体への負荷だそうだ。
「姫、熱が下がりましたね」
「はい。もうすっかり元気です」
フギさんが俺の脈を測りながら言う。
「無理はしないでくださいね」
「気を付けます」
その日の夜、俺は軍事会議に出席することが出来た。
拠点をなんとしても潰すために俺たちルシファー騎士団とエルフさんの軍勢は二手に分かれることになった。挟み撃ちのような形になる。集落に一体何があるんだろう。なにか知られたくない秘密があるのかもしれない。
それがなにか分からない。怖いけどやるしかない。
例のすごく強いヒトもいるし、うまく作戦が決行出来ればいいのだけど。
明朝、俺たちは仕掛ける。もう負けたくない。
傷付いた兵士さんたちの為にも絶対に勝つぞ。
***
次の日、俺たちは拠点の周りから相手の状況を窺っている。もう昨日みたいにバリスタは使えない。完全に周りを警戒されているもんなあ。相手の兵の数は明らかに減っているけれど、残っている兵はそれだけ強いってことだしな。
「ましろ、俺たちは正面突破する。エルフの奴らは裏側から集落を攻める。合図を待て」
「分かった」
そうだ、俺たちにエルフのヒトが戦いに加わってくれたんだ。
戦うのが俺たちだけじゃないってすごく心強い。
会見でレエヤさんは随分周りから叩かれたらしい。魔族なんかにってみんなに言われたと彼は笑っていた。まあ普通、そうなるよね。魔族はそれだけ強い力を有している。
それにしても、なんでエネミーはできたんだろう。目的は一体なんだ?
合図の花火が打ちあがる。俺たちはその隙に集落に突撃していた。
スカーさんが爆竹を敵の足元に投げつける。相手の足を止めるのに有効だ。
「ましろ、こっちだ!」
シャオに腕を引っ張られる。俺たちは建物の陰に隠れた。エネミーたちがウロウロしている。
俺の白魔法で眠らせようか。そう思っていた矢先、ぱらぱらと岩が崩れて来た。もしかして崩れる?
俺たちは慌てて陰から飛び出した。
「やはり魔王か」
そのヒトはシャオが言っていた強いヒトだ、間違いない。隙を感じさせない立ち居振舞いだ。
そのヒトが槍を一振りする。それだけで崩れかけていた建物がガラガラと崩れた。すごい力の持ち主なのは間違いない。
「お前、面白いな」
シャオが気安く声をかけるから、俺はハラハラした。
「魔王よ、俺が何故エネミーにいるか分かるか?」
「理由があるのか?」
シャオが首を傾げる。
「俺は妹を殺した犯人を探しているのだ」
「その犯人がエネミーに居るってのか?」
「まだ確証はないが、俺は諦めない」
シャオは一瞬考えて笑った。
「なああんた。俺たちと来ないか?俺たちはあんたに協力できる。
悪い話じゃないと思うぜ」
「お前たちはこの集落を潰しに来たのか?」
「そりゃそうさ。エネミーは弱いやつから色々な物をどんどん奪うだろ?みんな迷惑を被ってるんだよ」
「マザーはそんなこと・・・」
「誰だ?マザーって」
シャオの問いかけに彼は答えなかった。
「一晩待って欲しい。
俺なりに考えたい」
「あぁ。聞き忘れたけど、あんたの名は?俺はシャオ。こっちがましろだ」
「俺はイサール。しがない戦士だ」
「そうか、イサール。いい返事を待っているぜ」
それからイサールさんはどこかに身を隠したらしい。俺たちはついに拠点を潰すのに成功したのだった。
盗られたものを持ち主に返すために拠点の中を確認する。
エネミーはとにかく周りの村や町から資金や資源を一方的に搾取する。それは絶対に許されないことだ。
ふと俺は机の上が気になった。その机の上には乱雑に物が置かれている。俺はそこから一枚の便箋を引っ張り出した。
「どうした?ましろ?」
シャオが隣から覗き込んでくる。俺は信じたくなかった。でもこれが現実なんだ。体が震えそうになる。
「エリザ様がエネミーに指示を出してる」
その便箋には確かにエリザ様のサインが書かれていた。どうか偽物であって欲しい。
俺はあまりのことにくらくらした。心から慕っているヒトを疑うなんて、と思う。彼女の指示は、あらゆる町から金品を奪い去るようにという非情な物だった。そしてその資金で新しい世界を作るのだと。
「ましろ、まだ確証はないだろう」
シャオが励ましてくれている。
「俺、どうすれば」
シャオが俺を優しく抱き寄せてくれる。
「ましろ落ち着け。いつものお前らしくない。熱くなった俺を止めてくれるのはお前だろう?」
「シャオ・・・うん」
確かに確証はない。このことをどうやって確かめればいいんだろう。俺は考えた。そうだ、かけるだ。
かけるならエリザ様と近い距離にいる。でもどうやって連絡すればいいんだろう。分からない。
もやもやしたまま俺たちはエルフの谷へ戻った。
次の日、宿にある食堂で朝ごはんを食べていたら、レエヤさんがやって来てこんなことを言われた。それってエルフのヒトも俺たちと一緒に戦ってくれるっていうこと?
「エネミーは弱き者を傷付け、金品を一方的に奪い取るばかりです。そんなことを許してはなりません。彼らには罪をしっかり償ってもらわなければ」
レエヤさんの言うことは最もだ。
「昨日、私たちはみなで話し合いました。エネミーの問題は魔族だけではなく、今ではみなの問題ではないかと。現在のエネミーは大半が魔族とはいえ、エルフ族の者がいるのもまた事実。今日エルフの代表として私が会見をして、このことを世界に発信します」
「レエヤ、そんなことしたら後戻りできねえぞ」
シャオがレエヤさんを睨む。それにも動じず、レエヤさんは笑った。
「優しいのですね、陛下は」
「なんでそうなる」
舌打ちするシャオ。あ、これは照れてるな。
「エルフの谷を抜けた先に、エネミーの巨大な集落があると目撃情報が相次いで出ています。どうやら集落に近付くことすらままならないとか」
スカーさんがそれに重々しく頷いた。
「あぁ、間違いなく拠点がある。拙者も距離を詰めようと試みたが、そやつの射程範囲外が限界だった。一人、相当な猛者がいると見える」
「我々エルフ族もその拠点の殲滅に参戦します。他のエネミーの拠点もこの辺りでまた増加してきていますし、そちらは私たちにお任せください。陛下たちは南部にいるエネミーに集中を」
「レエヤ、恩に着る」
レエヤさんが嬉しそうに微笑む。ご飯も食べ終わって、俺たちは戦いの準備をしていた。ああ、また服がボロボロになってしまった。可愛くて気に入っていたのに。せっかくこの服をくれたフギさんに申し訳ない。
「ましろさん!」
小声で誰かに呼ばれて、振り返るとレエヤさんがドアを少し開けて手招きしている。どうしたんだろう?俺はドアを開けて、向こう側に行った。もちろん、ドアを閉めるのを忘れない。
「ましろさんはいつも可愛らしい格好をされているので、私からも服を贈らせてください。きっと幸運を引き寄せてくれるでしょう。今までもそうだったんですから」
レエヤさんが俺に向かって軽く指を振ると、俺の服がぱっと変わった。
フギさんがくれたケープは新品になって、動物の耳を模した形のフードが付いている。
トップスはパフスリーブの可愛らしいもの。そして安定のハーフパンツだ。今までの服もそうだったけど、周りの環境に適応できるようになっている。
「わああ、ありがとうございます。レエヤさん」
「いいえ。こんなことしか出来ないので。貴方が姫としてシャオ陛下を支えてくださって、とても有難いのですよ」
「レエヤさんはシャオと会ってどれくらい経つんですか?」
レエヤさんは笑った。どうやら記憶を掘り起こしているらしい。
「確か、シャオ陛下が幼い頃に会ったのが最初ですね。魔界のパーティに長老の付き添いで呼ばれていったのです」
「え・・・」
俺はその言葉をよくよく考えてみた。これに関しては聞くことしか出来ない。
「えーと、失礼ですが、レエヤさんはおいくつなのですか?」
レエヤさんが笑う。
「こう見えて私は三百二歳ですよ」
「えええ」
ひええ、めちゃくちゃ目上の方だった。レエヤさんがくすくす笑っている。
「年齢なんて関係ありません。私は私。ただのレエヤなのですよ」
レエヤさん改めてリスペクト。
「では、エネミーを倒しに行きましょうか。皆さん、準備が整ったようですし」
「はい」
***
「おいおい。あいつ、もうこっち見てやがる」
シャオが呟く。魔族って目が凄く良いみたいだ。ヒト族の俺にはそれが全く見えない。スカーさんも言っていたけれど、どうやら強そうなのがいるらしい。シャオがすでに楽しそうだ。でも、俺たちのこのエネミーとの戦いはできるだけ消耗をしてはいけない。何故ならこれからもずっと同じメンバーで戦い続けるからだ。
すでにケガをして動けない兵士さんも出てきている。俺たちはもうこれ以上兵を失うわけにはいかない。
「この距離では弓でもきついな」
白蓮さんが呟く。ってことはどうすれば。
「陛下!」
レエヤさん含む数人のエルフさんが大きな何かを持ってきた。布で隠されているから何かまでは分からない。
「バリスタを持ってきました」
「組み立て式か」
シャオがそれを見て呟く。確かにバリスタなら射程が長いから集落に届く。
「威力としてはいまいち弱いですが、我々が近付くための隙は作れるかと」
「なるほどな」
レエヤさんたちがテキパキとバリスタを組み上げて行く。それはあっさり完成した。
「皆さん、このバリスタは連射式です。相手を多少混乱させることくらいは出来るかと」
「心強いですね」
「俺っち、バリスタの弾に当たらないようにしねえと」
それは確かに。レエヤさんが弾をバリスタに込め始める。
「照準を合わせます。皆さん、準備はよろしいでしょうか」
ガララとバリスタの方向をレエヤさんが操作する。軽々とレエヤさんはバリスタを動かしているけれど、実際はかなり重たいはずだ。
俺たちはそっと物陰にかくれながら集落に近付いている。こっちをすごく見られてるけどまだバリスタに気付かれたわけじゃない。バリスタの射程が長くて助かった。
「てー!!!」
レエヤさんの掛け声でバババと弾が発射される。俺たちはそれを合図に集落に向かって走り始めた。
「ましろ、俺の後方にいろ」
「うん」
シャオに腕を引っ張られる。
魔力の上限が増えた状態でする初めての戦闘だ。覚えていたけど魔力不足で使えなかった白魔法も使えそうだな。
2.集落に入ると早速戦闘になる。この集落はなんでこんなに見張りが厳重なんだろう。エネミーの対応も明らかに素早い。今までとは質が全然違う。
「なんかエネミー強いよね?」
「ここにはなにかあるんだろうよ」
シャオが相手の蹴りを避けながら俺に言う。俺は妨害魔法を唱えた。相手の攻撃が少しでも鈍ればいい。シャオはタイプで分けるとしたらアタッカーだ。タンカーであるランスさんの後ろから殴りかかる。相手がやりにくさにイラつくのが狙いだ。
テンゲさんやモウカ、スカーさんも容赦なくエネミーを攻撃している。後方からフギさん、睡蓮、白蓮も攻撃の手を緩めない。
今の戦況としては五分五分だろうか。
「ちっ、アイツがなかなか出てきやがらねえ」
シャオがエネミーに止めをさしながら言う。それは俺たちをずっと警戒していたヒトの事だろう。今は俺たちを様子見しているのかな。どうであれプレッシャーなのは間違いない。次から次にエネミーが襲いかかってくる。こうなったら。
「シャオ、詠唱に時間が欲しい。稼いでくれる?」
「姫君の仰せのままに」
俺は詠唱を始めた。白魔法の全体攻撃技の一つ。かなりの魔力を消費するから、しばらく簡単な回復すら出来なくなる。シャオや仲間のみんなが俺の協力をしてくれた。今の状況を少しでも良くしたい。
「轟け!!ジャッジメント!!」
ズガァァンという轟音。沢山いたエネミーたちが雷に当たって気絶している。今だ!みんなで手分けしてエネミーたちを鎖で拘束。移動魔法で収容所送りにする。
「ましろ、すごいな」
「疲れた…」
この技は連発出来ない。やってみてよく分かった。
今、すごく眠たいしダルい。
俺はその場に倒れこんでしまった。いけないと思っても体が重たくて動かない。
遠くでシャオの声がする。ごめんね、シャオ。今は返事が出来ないや。
***
「ふぁ…」
「ましろ?」
目を開けて、真っ先に見えたもの。それがシャオの顔だった。緑の瞳が綺麗だな。あんなに怖かったのに今は全然そう思わない。むしろホッとする。
額にタオルが乗っているのか冷たくて気持ちいい。
起き上がろうとして、無理だとわかった。体が鉛みたいに重くなっている。
「 ましろ、熱があるんだ。動くのはよせ」
「戦いは?」
シャオが首を横に振る。
「撤退した。拠点にいたエネミーはあらかた捕まえたんだがな。もう兵たちの疲労もピークにきている。これ以上、無理は出来ない」
「そうだよね。ごめんね」
「なんでお前が謝る?」
「せっかく魔力量が増えたのにみんなの役に立てなかった」
シャオが俺を抱き締める。シャオの体に触るとすごく安心する。
「シャオどうしたの?」
「お前の攻撃、良かった。
でも無茶だけはするな」
「…うん」
「そうだ、腹が減ってるだろ?
睡蓮がお粥を作ってくれた」
「わぁ」
「食べさせてやる」
「え、あの・・・お断りします」
そう言うと、むすうとシャオが口角を下げる。こういうとこ、本当幼女なんだよな。笑いそうになるのをなんとか堪える。
「分かった。シャオに食べさせてもらいたいな」
シャオが笑う。嬉しそうだ。シャオにフーフーしてもらって食べたお粥は美味しかった。
3・その日の夜、ようやく俺は元気になって来た。熱が出た理由としては、魔力を使い過ぎたことによる体への負荷だそうだ。
「姫、熱が下がりましたね」
「はい。もうすっかり元気です」
フギさんが俺の脈を測りながら言う。
「無理はしないでくださいね」
「気を付けます」
その日の夜、俺は軍事会議に出席することが出来た。
拠点をなんとしても潰すために俺たちルシファー騎士団とエルフさんの軍勢は二手に分かれることになった。挟み撃ちのような形になる。集落に一体何があるんだろう。なにか知られたくない秘密があるのかもしれない。
それがなにか分からない。怖いけどやるしかない。
例のすごく強いヒトもいるし、うまく作戦が決行出来ればいいのだけど。
明朝、俺たちは仕掛ける。もう負けたくない。
傷付いた兵士さんたちの為にも絶対に勝つぞ。
***
次の日、俺たちは拠点の周りから相手の状況を窺っている。もう昨日みたいにバリスタは使えない。完全に周りを警戒されているもんなあ。相手の兵の数は明らかに減っているけれど、残っている兵はそれだけ強いってことだしな。
「ましろ、俺たちは正面突破する。エルフの奴らは裏側から集落を攻める。合図を待て」
「分かった」
そうだ、俺たちにエルフのヒトが戦いに加わってくれたんだ。
戦うのが俺たちだけじゃないってすごく心強い。
会見でレエヤさんは随分周りから叩かれたらしい。魔族なんかにってみんなに言われたと彼は笑っていた。まあ普通、そうなるよね。魔族はそれだけ強い力を有している。
それにしても、なんでエネミーはできたんだろう。目的は一体なんだ?
合図の花火が打ちあがる。俺たちはその隙に集落に突撃していた。
スカーさんが爆竹を敵の足元に投げつける。相手の足を止めるのに有効だ。
「ましろ、こっちだ!」
シャオに腕を引っ張られる。俺たちは建物の陰に隠れた。エネミーたちがウロウロしている。
俺の白魔法で眠らせようか。そう思っていた矢先、ぱらぱらと岩が崩れて来た。もしかして崩れる?
俺たちは慌てて陰から飛び出した。
「やはり魔王か」
そのヒトはシャオが言っていた強いヒトだ、間違いない。隙を感じさせない立ち居振舞いだ。
そのヒトが槍を一振りする。それだけで崩れかけていた建物がガラガラと崩れた。すごい力の持ち主なのは間違いない。
「お前、面白いな」
シャオが気安く声をかけるから、俺はハラハラした。
「魔王よ、俺が何故エネミーにいるか分かるか?」
「理由があるのか?」
シャオが首を傾げる。
「俺は妹を殺した犯人を探しているのだ」
「その犯人がエネミーに居るってのか?」
「まだ確証はないが、俺は諦めない」
シャオは一瞬考えて笑った。
「なああんた。俺たちと来ないか?俺たちはあんたに協力できる。
悪い話じゃないと思うぜ」
「お前たちはこの集落を潰しに来たのか?」
「そりゃそうさ。エネミーは弱いやつから色々な物をどんどん奪うだろ?みんな迷惑を被ってるんだよ」
「マザーはそんなこと・・・」
「誰だ?マザーって」
シャオの問いかけに彼は答えなかった。
「一晩待って欲しい。
俺なりに考えたい」
「あぁ。聞き忘れたけど、あんたの名は?俺はシャオ。こっちがましろだ」
「俺はイサール。しがない戦士だ」
「そうか、イサール。いい返事を待っているぜ」
それからイサールさんはどこかに身を隠したらしい。俺たちはついに拠点を潰すのに成功したのだった。
盗られたものを持ち主に返すために拠点の中を確認する。
エネミーはとにかく周りの村や町から資金や資源を一方的に搾取する。それは絶対に許されないことだ。
ふと俺は机の上が気になった。その机の上には乱雑に物が置かれている。俺はそこから一枚の便箋を引っ張り出した。
「どうした?ましろ?」
シャオが隣から覗き込んでくる。俺は信じたくなかった。でもこれが現実なんだ。体が震えそうになる。
「エリザ様がエネミーに指示を出してる」
その便箋には確かにエリザ様のサインが書かれていた。どうか偽物であって欲しい。
俺はあまりのことにくらくらした。心から慕っているヒトを疑うなんて、と思う。彼女の指示は、あらゆる町から金品を奪い去るようにという非情な物だった。そしてその資金で新しい世界を作るのだと。
「ましろ、まだ確証はないだろう」
シャオが励ましてくれている。
「俺、どうすれば」
シャオが俺を優しく抱き寄せてくれる。
「ましろ落ち着け。いつものお前らしくない。熱くなった俺を止めてくれるのはお前だろう?」
「シャオ・・・うん」
確かに確証はない。このことをどうやって確かめればいいんだろう。俺は考えた。そうだ、かけるだ。
かけるならエリザ様と近い距離にいる。でもどうやって連絡すればいいんだろう。分からない。
もやもやしたまま俺たちはエルフの谷へ戻った。
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