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十一章

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「んーと、姫の場所はと」

睡蓮は軽く杖を振った。

「姫の位置がわかるのか?」

イサールの疑問に睡蓮は笑った。

「この前、王が姫の魔力の成分を教えてくれたんだ。姫はヒト族だけど天使属性を持っているから、普通のヒトと違って、かなり特殊な魔力素を持っているしね」

「それなら、なお急ごう。なんとなく嫌な予感がする」

「僕もそれには大賛成。行こう!」

二人は屋敷の奥に向かって走り出した。睡蓮がイサールを導く。イサールはそれに従った。

***

「く、なんてしつこい殿方なのでしょう」

師匠とエリザ様が戦い始めて、すでに5分以上が経過している。
確か、師匠の鬼人化にはタイムリミットがあったはずだ。
そろそろ変身が解けてしまうかもしれない。俺も先程から妨害魔法を唱えてはいるけれど、あまり意味がないようだ。正直に言って体中ががたがたで言うことを聞かない。
そのせいか、呪文を唱えても、詠唱失敗とみなされてしまっているらしい。また俺は何も出来ないのか?こうして見ているだけ。
それにしても、師匠の鬼人化をあんなに簡単に捌けるヒト、初めて見た。エリザ様の能力の高さには驚かされる。師匠も大概だけど。

「あなた方には最大の制裁が必要なようですね」

エリザ様が魔力を右手に込め始める。やばい、これはただじゃ済まないぞ!

「姫様!!」

後ろから駆け寄ってきたのは睡蓮とイサールだった。二人とも、来てくれたんだ。シャオはどうしたんだろう。なにか危ない目に遭っていなければいいけれど。

「姫様、すごい怪我!こんなになるまで…許さない」

睡蓮がエリザ様を睨み付けている。普段あんなに温厚な睡蓮がこんなに怒っているなんて。イサールさんがエリザ様に歩み寄る。

「あんたがマザーなのか?エネミーに教えを説いているのだろう?エネミーは俺から妹を奪った。犯人を捜している。なにか知らないか?」

エリザ様は何も答えない。

イサールは妹さんを殺した誰かを探している。エネミーの中に必ず犯人がいる、彼はそう確信している。犯人の声をイサールは聞いているのだ。目の見えない彼にとって音を聞くことは、彼にとって最大限の情報をもたらしてくれる。
エネミーに入ったのは全て妹さんを殺した犯人を見つけるため。そしてエリザ様のこの沈黙は。

イサールの気配が変わる。彼は構えている。もしかしてエリザ様と戦う気なの?

「どうやら貴女は何か知っているようだ」

エリザ様はイサールの様子に大きく溜め息をついた。

「あの娘なら私が殺しました」

エリザ様?何を言っているの?イサールがそれに激昂する。当然だ。

「く…何故だ!!あの時妹はたった七つだったんだぞ!!」

「だから殺したのです。あの娘とあなたには魔族の血が混じっている。将来に害が及ばぬようにしたまで。そして、今こそ私があなたを妹のもとへ誘いましょう」

「許さない!!」

イサールがエリザ様に飛びかかる。睡蓮も立ち上がった。ああ、彼もとても怒っている。エリザ様は俺たちの敵だった。これが真実だった。

「姫、僕たちのことを信じてくれる?」

「睡蓮…うん。信じてる、みんなのこと。俺は信じてる」

体の出血部分がさっきまで冷たかったけど、睡蓮が魔法で応急手当をしてくれたから、体温が戻ってきている。睡蓮がこつり、と杖をつくと魔法陣が床に広がる。睡蓮の魔法は彼のオリジナルだ。術式を一から作り出す才能に彼は恵まれた。
それをよく思わなかったヒトも中にはいたらしい。でもシャオはそんな睡蓮を拾った。実際、年齢的には睡蓮の方がかなり年上らしいけど、シャオはそれを努力というセンスで埋めたらしい。改めてシャオのすごさが分かる。

「僕の魔法は、みんなを守るためにある。闇よ、そして、光よ」

睡蓮が流れるように詠唱を始める。イサールはその間もエリザ様を攻撃している。もちろん師匠もだ。

「く…」

さすがのエリザ様もきつくなったらしい。俺たちに背を向けて逃げ出そうとした。

「逃がさないよ!カオスプレッシャー!!」

睡蓮の魔法がエリザ様を貫いた。彼女が倒れる。倒した?いや。エリザ様の姿が泥のような茶色い物体に変わる。さっき師匠が言っていたのってこういうこと?

「やはり泥人形だったか」

師匠の姿が元に戻っている。師匠、ぼろぼろじゃないか。彼はそこに座り込んだ。

「ヒト族にとって年をとること程辛いことはないね」

「大丈夫ですか?今、回復しますね」

睡蓮が師匠とイサールの応急手当をしてくれた。
俺もいい加減起き上がらないと。ステイタスを見ると、随分回復しているしな。俺は息をついて、起き上がろうと腕に力を入れた。イテテ。結構食らったみたいだな。

「姫、大丈夫か?」

「うん、イサールも大丈夫?」

「姫の方が重症なような感覚だが」

イサールが首を傾げている。その通りなので、俺はつい笑ってしまった。

「もー、姫様!無理しないで!」

睡蓮がぷりぷりしている。

「俺なら大丈夫だよ、睡蓮」

「どこが大丈夫なの!」

「パーティにいた時はもっとボロボロになってたし」

「僕たちはルシファー騎士団だよ!前のこととか関係ない!」

あれ、睡蓮が泣きそうになってる。俺は彼の頭を撫でた。

「大丈夫だよ、睡蓮」

「姫…」

睡蓮が抱き着いてくる。俺は彼の頭を撫でた。そうだ、シャオは今どうしているだろう。
早く行かないと。

「睡蓮、シャオは?」

俺の言葉に睡蓮は頷いた。

***

睡蓮、イサールと離れたシャオは辺りを探っていた。自分がこれからどこに連れていかれるのか、警戒する必要があると感じたからだ。

「お前、生き物じゃないだろう?」

自分をここまで案内してきた人物にシャオは声を掛けた。

「さすが陛下。エリザ様があなたと直々にお話があるとのことです」

「話?今さら何だってんだ」

「それはご自分でお確かめください」

案内された場所は地下だった。暗い上に、湿っぽい空気が陰鬱な気持ちにさせてくる。

「俺はパーティーに来たんだと思ったんだがな」

シャオがそう、一人ごちると、パッと照明が点いた。辺りには泥で出来た人形があちらこちらにいる。テーブルやその上の料理も全て泥で出来ていた。

「俺は泥なんて食わねえ」

「シャオ」

コツ、コツ、とヒールの音を立ててエリザが歩いてくる。

「俺に何の用だ?」

「あなたは何故世界を手中に入れないのですか?あなたにはその手段が継承されているはず」

シャオは自分の頭をかいた。

「あのな、俺はそういうの興味ねえんだよ。世界はみんなのもんだ。違うか?」

「いいえ、世界は強者のものです」

「あんたとはつくづく反りが合わねえな」

「残念です、シャオ」

ドス、という重たい音と衝撃にシャオは呻いた。口から血液が漏れる。

「か…は…!」

刺されたと分かったのは、その数瞬後だった。

「シャオ、あなたはここまで。安心なさい。世界は私がちゃんと管理します」

エリザの靴音が遠ざかる。シャオの頭の中はましろのことでいっぱいだった。

「くそったれ、こんなとこで死んでたまるか」

自分はまだ何も手に入れていない。シャオは刺された部分を手で探った。

「毒か。あの女、絶対許さねえ」

毒を分解するのには30分以上かかる。だが、それでは遅いのだ。

「チッ、上等だ。やってみるか」

シャオの緑の瞳が輝いた。

***

「シャオの場所が分からない?」

「ごめんなさい。姫。まさか僕の追跡術が使えないなんて」

睡蓮が大きな瞳を潤ませる。

「多分、彼女の仕業だ。彼女をなんとか止めなくてはね」

時間が経過して、師匠もだいぶ回復してきたようだな。エリザ様は一体なにをするつもりなんだ。

「世界統一…とマザーは言っていたようだ。それがエネミーという集団が成し得る最終目的だと」

イサールが呟く。俺はその言葉にぞっとした。あのヒトがやろうとしているのは独裁じゃないのか?

「と、とにかく王を探さなきゃ」

睡蓮はすっかり慌ててしまっている。俺は彼に声を掛けた。

「落ち着いて、睡蓮。多分、シャオなら大丈夫だと思う。先に俺たちはエリザ様を探そう。あのヒトの本体を」

「姫…わかりました。まずはフギさんに連絡してみます」

「うん、お願い」

シャオの顔が頭を過る。大丈夫なんて言ってしまったけれど、実際は心配だ。でも俺は彼を信じている。シャオ、君なら大丈夫だよね。
睡蓮がフギさんに呼び掛けている。彼はすぐ応答してくれた。
睡蓮が空間に彼らの映像を映し出す。向こうには俺たちが見えているらしい。

「姫、その怪我は…」

俺を見た向こう側にいるみんながどよめく。結構出血したもんな。でも今はそんなことを言っていられない。

「フギさん、そちらの状況を教えてください」

「集落は完全に押さえました。我々もすぐにそちらに参ります」

「フギさん、みんな、なる早で来てね!」

睡蓮がぎゅ、と両拳を握りながら言う。フギさんが頷いてくれた。

「分かっていますよ。では通信を切ります。くれぐれもお気を付けて」

画面がプツリと消えた。

「私たちも早く動かなくてはね」

「姫、怪我は大丈夫なのか?」

イサールが俺の頭にぽむ、と手を置いた。

「まだ痛みを感じるから大丈夫だと思う。早く、エリザ様を追いかけよう」

「俺が姫を負ぶっていこう」

イサールがそう言って、俺をおんぶしてくれた。

「睡蓮、エリザ様の魔力は追える?」

「うん、なんとか…なると思う。あのヒトが何をしようとしているかは分からないけれど…とりあえずこっち!」

睡蓮が走り出す。イサールと師匠も後に続いた。
広い屋敷内を走っていると、誰かが近付いてくる。ヤナ君だ!

「姫様、スカー様たちも間もなく合流できます。俺が一番近くにいたので先に来ました」

ヤナ君がいるなら好都合だ。彼なら動物と話が出来る。その力を使ってケルベロスがヒトを少しでも恨まないでくれたら。

「睡蓮、裏門にケルベロスが囚われているんだ。なんとか助けてあげられない?」

「大丈夫です。でも、あのケルベロスを捕獲するなんて」

エリザ様の力はやっぱり半端ないようだな。

「グルル…」

門の近くに行くと、ケルベロスはまだイライラしているようだった。自分の足につけられている鎖をもう一方の足でがりがりと触っている。きっと鎖がきつくて苦しいんだろうな。

「ケルベロス!鎖を壊すよ!」

魔力をなるべく溜めてケルベロスの鎖を破壊した。前より魔力を使えるようになってきた気がする。
ガシャンと鎖が音を立てて外れる。

「グル…」

あとはヤナ君にお任せだ。ヤナくんがケルベロスに話しかけている。ケルベロスはヤナくんに頭を擦り寄せている。うまく行ったみたいだな。

「姫!」

「姉御!!」

ランスロットさんとスカーさん、モウカが走りよってくる。フギさんたちもだ。
彼は白蓮と一緒に砂で出来たイルカに乗っている。

「みんな!来てくれたんだね!」

「当たり前だろ!姉御!」

エリザ様と戦うのは出来れば避けたい。もう誰かが傷付くのは見たくない。

ふと、向こうから声が聞こえてくる。
その声はエリザ様だった。もしかして集会が行われている?

『エネミーを先導していたのはやはりシャオ陛下でした。私が彼を捕らえています』

嘘ばかりじゃないか。
集会からどよめきがわいているのが聞こえる。

『魔王がいなくなった今、私は世界統一を提案します』

はじめから彼女は世界を自分のものにしようとしていたのか。イサールが更に走るスピードを上げる。会場内に飛び込んだ瞬間、俺は叫んでいた。

「嘘だっ!!!」

またも観衆からどよめきが沸く。エリザ様に全く慌てた様子はない。

「何故ヒト族であるあなたが、憎らしき魔王を肯定するのでしょう?」

「シャオはみんなのことを考えてくれる優しいヒトです!あなたにも分かるでしょう?シャオが本気を出せば世界を壊すことすら簡単に出来るんですよ?」

「だからこそ、その魔王はエネミーを先導していました」

「違う!!!エネミーを先導していたのはあなたじゃないか!」

観衆がざわめき始める。

「エリザ様、正直に言ってください。あなたがしたこと全てを」

「くく…あはははははは!!」

エリザ様の魔力量が増えている?
イサールもそれを感じ取ったのか後ろに引いた。
 エリザ様の体が巨大化していく?彼女がヒトじゃなくなっていく。
まるで植物のようだ。

「くだらないわね。愛情なんて要らないわ」

バン、と彼女は太いツルで地面を叩いた。それに地面が揺れる。
大変だ。ここにはまだヒトが沢山いる。避難?いや、間に合わない。

「姫!こいつは俺たちで止めよう!」

白蓮が弓を構えている。みんな、臨戦体勢だ。よし、ここまで来たらやるしかない。体が震えている。怖い。シャオ!!

「まずはあなた方から潰して差し上げましょう」

ツルで俺たちを薙ぎ払おうとしてきた。咄嗟に防御壁を張る。
今のでぎりぎり防げたって感じだ。防御壁をもっと厚く張るには詠唱が必要か。

「姫様、やつの隙はワシらが作りますよ。安心してください」

ランスロットさんが前に出てくれる。イサール、テンゲ、モウカもだ。俺には頼りになる仲間がこんなにいる。

「姫、我々の出来ることをしましょう」

フギさんたちに向かって俺は頷いた。俺は一人じゃない。
ここで、こいつを止める!!
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