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十三章

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1・あれから俺たちは無事に魔界にある城に帰ってきている。ここしばらく、エネミーについての世界会議やらなんやらで、俺たちはとにかくバタバタしていた。エネミーを先導していたのがヒト族であるエリザ様だったという事実に、世界中が大騒ぎになった。そりゃあそうだよな。挙げ句の果てには、第三者機関によるエネミー対策班という組織が立ち上げられて、エリザ様の屋敷や、その周辺が捜索されたらしい。そこから、色々な物的証拠が出てきたようだ。シャオはエネミーとして活動していた魔族に関して、改めて謝罪をした。その姿には沢山の反応があった。ほとんどが称賛であり、残りのほとんどはこちらも悪かったというものだった。シャオがそれにホッとしていたのは言うまでもない。

「チョコレート♪チョコレート♪」

シャオがご機嫌に歌いながらチョコレートを食べる分だけ割っている。こういうとこ、本当に幼女。あまりに可愛くて、俺が色々堪えていると、シャオがぎゅるっと振り返った。怖い。

「ましろもチョコレート欲しいか?」

「それはシャオの分でしょ」

俺がそう言うと、むううと膨れた。可愛いな、本当に。そう思ってシャオを見ているとチョコレートを差し出してくる。

「ましろにならやる!お前は特別だからな!」

「ありがと。じゃあ一口もらうね」

「!!」

シャオの緑色の瞳がキラキラしている。喜んでくれているようだな。もらったチョコレートも美味しいし。一口っていうサイズじゃない。

「姫ー、ちょっと見てもらいたいものが…」

睡蓮がなにかの書類の束を持って現れた。なんだろう?シャオの新しいお仕事かな?でも俺に見てもらいたいって言ってるし、なんだ?

「王、また甘いものを食べてるんですか?」

「だって美味いからな!お前にもやろう」

シャオが睡蓮にもチョコレートを渡している。

「ありがとうございます。休憩もいいですが、なるべく早くお仕事してくださいね。そうじゃないと日が暮れるまでに終わりませんよ。締め切りもありますし」

「睡蓮が厳しい」

シャオがしょぼーんとしながら書類に向き合い始める。シャオが集中し始めたのを確認して、睡蓮が俺に手招きをした。どうやら場所を変えるようだな。その方がシャオの邪魔にならないし、睡蓮の持ってきたものも気になる。俺は睡蓮に付いて部屋を出た。廊下を歩きながら、睡蓮が言う。

「あのね、式に着る姫のタキシードのデザインなんだけど」

「ん?」

「あれ?もしかして聞いてなかった?」

「うん」

「王ってばすっかり忘れちゃってるし。俺に任せておけって言ったじゃん」

はあああと睡蓮がため息をついている。シャオの「任せておけ」のどや顔が容易に想像できるな。さすが幼女。本日も可愛らしい。

「ま、いいや。とにかく来月に姫と王の結婚式があるの」

「はあ」

結婚式って言うとなんだか大事になって来た気がする。
俺、本当にシャオの番になるんだ。
嬉しいな。でもちょっと不安でドキドキするのはマリッジブルーってやつなのかな?俺って意外と繊細なのか?ヒト族はこうゆう時、専用の雑誌を買って結婚の準備をする。俺も買いに行った方がいいのかな。

睡蓮に連れてこられたのは城の廊下にある休憩スペースだった。ゆったりしたソファに二人で腰かける。そこでタキシードのデザインを睡蓮が何パターンか見せてくれた。さっき持っていた書類ってこれか。タキシードとはいっても全て可愛らしい雰囲気だ。ちょっとドレスっぽい感じかな。ピンク色が基調なのもまた可愛い。

「ねえ、ずっと思っていたんだけど、俺ってこういうイメージなの?」

「え?姫、気が付いてなかったの?そんなに可愛いのに?」

「や…えーと」

そう言われても困るな。俺って可愛いか?体は小さい方だけど。

「とりあえず、姫はどれがいい?全部可愛いから全部作って式の間いっぱいお色直しする?」

睡蓮、めちゃくちゃ楽しそう。俺はその中から、一番無難そうなデザインを選んだのだった。お色直しなんてしてられるか。

「シャオはどんなの着るの?」

一応尋ねたら睡蓮が楽しそうに笑う。

「カッコいいのは保証するよ。王は、素材だけはいいからね」

シャオ、部下にめちゃくちゃ言われてるよ。確かに睡蓮の気持ちも分からないことないけれど…。今頃、くしゃみしてるかもしれないな。

「来月の式、楽しみにしていて!僕、これからタキシードの件、連絡してくるー!」

俺を残して、睡蓮は風のように走っていってしまった。睡蓮も忙しいんだよな。今回のエネミーの件でもかなり頑張ってくれた。なにかお礼が出来たらいいのにな。

「おや、ましろ姫。ちょうどよかった。あなたにお願いしたいことがありまして」

「あ、フギさん、なんでしょうか?」

フギさんはくい、と眼鏡を指で押し上げる。まさにインテリっていう感じがカッコいいよね。ルシファー騎士団の中でも特にファンが多いしな。とにかく今回のことでルシファー騎士団のグッズがバカ売れらしい。魔界大繁盛。
フギさんが言う。

「エネミーの収容所のことです」

「あ、それは俺も気になっていました」

「姫に施設の視察に行っていただきたいのです。スカーが同行します。行っていただいて、構わないでしょうか?」

「わ、それ、俺が行って大丈夫なんですか?」

フギさんは笑った。

「下手に口の悪い王が行くより数億倍はいいかと」

シャオ、また部下にめちゃくちゃ言われてるよー。でもエネミーだった人たちのことは心配だし、俺でいいなら行ってみようかな。

「分かりました。いつ出発ですか?」

「はい。明朝です。今回は車を用意したので、ご安心を」

スカーさんの背中じゃなくてってことかな。俺は頷いた。

「俺、すぐ準備してきます」

「姫、あなたがここに来てくれて本当によかった」

フギさんにそう言ってもらえるなんて。ちょっと目頭が熱くなってしまった。フギさんが笑う。

「姫、これを渡しておきましょう。あなたはもう、王族なのですから」

フギさんが渡してくれたのはもはや定番になってきたセットアップだった。春らしい淡い水色のロングシャツと白のパンツ。うん、可愛い。俺のイメージがこれならもうこれでいこう。

俺はフギさんに頭を下げて部屋に戻った。


2・「やだやだあ」

次の日の朝、シャオがぐずっている。俺がエネミーの収容所に行くことを告げたら急にぐずりだした。
どうしたんだろう?幼女シャオちゃんにはちゃんと理由がある。

「シャオ?どうして嫌なの?口があるんだからちゃんと理由が言えるよね?」

そう諭したらシャオがうつむく。

「ましろがいないと仕事が楽しくない」

そう呟かれて俺はたまらなくなった。本当に可愛いな。
シャオを抱きしめる。

「可愛いシャオ、大丈夫だよ。俺は夕方には帰って来るし、シャオには睡蓮がいてくれるでしょ」

「ああ」

シャオも渋々といった様子で俺から離れた。

「じゃ、行ってきます。シャオ、お仕事頑張ろうね」

シャオが泣きそうな顔でひらひら手を振って来た。ちょっと心配だけど、頑張ってもらおう。
俺はスカーさんと一緒に車に乗ってエネミーの収容所を目指したのだった。

***

エネミーの収容所。そこは本当に広い場所にあった。フギさんの説明によれば魔族の人口の減少が影響しているらしい。
空き家を持ち主から許可を得て、取り壊したり、区画整理をしていたらぽかっと土地が空いてしまったと言っていた。フギさんは区画整理、得意そうだな。
それでも最近になって、他に空いた土地をリゾート地にするという楽しそうな案も出ているらしい。魔界は寒い、つまりその寒さを生かす遊びを探そうというものだ。雪も多いから子供たちも喜びそうだしな。他にも、新しく別荘を建てるという案もある。フギさんもこれからますます忙しくなりそうだな。

「姫、拙者から離れぬように」

スカーさんの声に俺はドキッとした。まるで敵の本拠地にいくみたいじゃないか。車を降りて、中に入ると、病院みたいな雰囲気だった。どうもこういう冷たく感じる場所は得意じゃないなぁ。

「姫様、スカー様、わざわざお越しくださり、誠にありがとうございます。どうぞこちらへ」

細身の白衣を着た男性が中を案内してくれた。中に入ると、簡単な作業をしたり、ボードゲームで遊んだり、器具で運動をしているヒトたちがいる。こんなに色々やることがあるのか。

「もっと厳しい施設なのかと思っていました」

俺の素直な感想に、案内してくれた男性が笑った。彼はどうやらここの施設長さんで、ノボルさんというらしい。思っていたより偉いヒトだった。

「エネミーはほぼ洗脳に近い形で立ち上げられた組織だと最近の聞き取りで分かってきていまして」

「洗脳?」

ノボルさんの言葉に俺は驚いた。
彼が頷く。

「当初はこの施設も厳罰という形で中で自由に出来ないように封鎖されていたんです。
でも何度もここのメンバーさんから事情を聞いているうちに、それは違うんじゃないかって」

俺は怖くなったけど、確認のために聞くことにした。

「あの…洗脳ってどういう?」

ノボルさんが悲しげな顔で説明してくれた。エネミーに入った人は、ほとんどが低所得者で、明日暮らせるかも分からない状態のヒトが多かったらしい。また、低所得でなくても、現実世界に不満を抱いていたり、孤独を感じていたヒトが多かったようだ。

エネミーはその心の闇を上手く引き付けたのだとノボルさんが説明してくれた。もしかしたら俺自身がエネミーになっていた可能性がある。ここにいるヒトが特別なんじゃない。誰もがエネミーになり得たのだから。

「これからメンバーさんとディスカッションを行います。姫様たちも是非見学していってください」

「はい、そうさせてもらいます」

***

「姫、どうでしたか?」

俺たちは再び車に乗っている。スカーさんが心配そうに声を掛けてくれた。俺はどう答えたものか困った。ディスカッションの内容はなかなかに衝撃的なものだった。
特に印象に残っているのは、子供たちのディスカッションだった。俺は思わずため息をついてしまった。いや、これじゃ答えになってない。

「ごめんね。上手く答えられなくて」

スカーさんが首を横に振る。元から口数の少ないヒトだ。それだけで俺は随分救われた。

「今日のこと、まとめてフギさんに報告するね。俺、しばらくあそこに通おうと思う」

「姫…しかし…」

スカーさんが心配してくれて嬉しい。俺は彼に笑い掛けた。

「俺は俺の出来ること、なんでもやりたい」

「…姫がそう言うのであれば」

城に帰ると、シャオはおやつタイムでご機嫌だった。
今日はシュークリームだ。

「ましろ!お帰り」

「ただいま。シャオ、お仕事はどう?」

シャオがどや顔をする。お、終わったのかな?

「夜には終わる予定だ」

シャオはやっぱりシャオだった。

3・その日の夜、俺もシャオと同じ部屋で、今日視察してきた収容所の様子の記録をまとめていた。なるべく客観的な記録になるよう気を付けたつもりだ。バイアスが…って結局なるんだけどね。

「この国には、福祉制度が全然足りてなかったよな」

シャオがぽつっと呟いた。さっき、簡単にフギさんに今日の施設の様子を報告したのを聞いていたんだろう。シャオ、落ち込んでるのかな?

「俺は浮かれてた」

「シャオだけのせいじゃないよ。
どこの国も同じような課題を抱えてる」

「ましろ…俺はこの国をいい方に変えるぞ。一緒についてきてくれるか?」

「うん、もちろんだよ」

シャオとなら地獄だって行く。俺はそう決めている。番になるって決めたから。その覚悟を決めたんだ。

「ね、シャオ。君も収容所の視察に行くでしょ?」

「あぁ、そのつもりだけどスケジュール見たら随分先になってた。なんかあるのか?」

「まだみんなが落ち着かないみたいで」

俺は今日の収容所のヒトたちの様子をシャオに話した。俺とスカーさんが来たことで、慌てたり動揺するヒトが何人かいたのだ。
そんなところに魔王が来たら大混乱になるかもしれない。

「俺ってそんなに怖いのか?」

シャオがしょぼんとする。俺は首を横に振った。

「違うよ。シャオが優しいお兄さんなのはすぐ分かると思う。でもまだ収容所の環境がしっかり整ってないんだ」

「なるほどな」

シャオ、分かってくれたかな?シャオがふふんと不敵に笑う。

「俺は明日から、魔界の福祉制度の見直しをするつもりだ。議員のジジイどもの重い腰を粉砕してやる」

大丈夫かなー?それー?魔界揺らがないー?
フギさんなら上手にまとめてくれそうだけど、シャオの暴走が心配だなー。うわあ、聞くんじゃなかった。睡蓮とフギさんによくお願いしておこ。通信魔法でシャオにばれないように、静かに言伝てを送る。とりあえず明日も俺は収容所の視察だ。なにか俺が出来ることがあるといいんだけど。

「ましろ、仕事終わった!」

「はいはい、えらいえらい」

シャオが膨れる。どうやら魔王様はそれだけじゃ満足されなかったようで。

「ましろ、好きだ」

そっと抱き締められたから、俺もシャオをぎゅっと抱き締めた。

「俺もシャオが好きだよ」

「しばらく視察、頼むな」

「うん」

俺の旦那様、最強にかっこいいよね。
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