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十五章

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1・次の日、シャオ宛にきた俺の母さんからの手紙を読ませてもらった。シャオは今現在、絶賛お仕事中だ。昨日、あんなに酔い潰れていた割に、二日酔いにはなっていないみたいだ。さっきから、うーとかあーとか呻きながら仕事をしている。あまり取り合わないようにするのが仕事を捗らせるコツだ。今は春だから、新しく予算を組み直したり、必要なものを数え上げなければいけないらしい。国のトップって大変だな。

手紙によれば、母さんはみんなで、魔界に引っ越してくることを決意したらしい。シャオの言っていた城の別邸では申し訳ないから、もっと安い物件でお願いしたいと書いてあった。真面目な母さんらしいな。弟たちも学校に行けるようになるのかと、とても喜んでいるらしい。
ヒト族の住む町では学費がとにかく高い。だから学校に通えるヒトは富裕層であるごく一部だ。シャオはこの前、魔界の福祉制度がまだまだだとぼやいていたけれど、そんなことはない。ちゃんとやれることはやっていると思う。学校か、俺も行ってみたかったな。俺に勉強を教えてくれたのはもちろん母さんだ。母さんは母さんのお父さん、つまり俺のおじいさんから教わったらしい。師匠からも俺は勉強を教わったな。懐かしい。

母さんは今日の午後、休みを取って魔界に来るらしい。
一緒に仕事も探すと張り切っているようだ。

「そういやスカーが付けた記録読んだか?詰所にあるぞ」

あ、とシャオが声をあげて話し掛けてきた。記録というのは、もちろんエネミー収容所のものだろう。今日もスカーさんは収容所に出掛けている。俺はしばらく収容所からは離れていたから、少し読むのがドキドキするな。

「ちょっと詰所に行って、見てくるね」

「あぁ、俺も一段落したら行く。なんていったって、今日はケーキがあるからな」

ふふふ、とシャオが腕まくりをしている。白蓮がケーキを焼いてくれると約束してくれたらしい。シャオは本当に甘いものが好きなんだな。いつもより仕事に熱が入っていたのはそのせいか。

俺が詰所に向かうと、いつものように睡蓮がいた。記録の管理を彼は全て請け負っている。シャオの代わりに期限が来て、要らなくなった記録の破棄をしたり、新しくなった記録の更新をしたりと、何かと忙しいらしい。他の騎士団のみんなも自分の仕事をしたり、いざというときのための訓練をしている。

「あ、姫。こんにちは」

「こんにちは、睡蓮。エネミー収容所の記録を見せて欲しくて」

「もちろん。王はちゃんと仕事してる?」

「うん、ケーキを食べるからって張り切ってるよ」

「なるほどね。兄さんが今、城の厨房でパルカスさんとケーキを焼いているよ」

睡蓮が急にあたりを窺った。そして小声で尋ねてくる。

「ねえ、聞いた?」

睡蓮の様子からしてただ事じゃないと感じた。

「何かあったの?」

「エリザ様の屋敷で変なものが見つかったんだって」

「変なもの?」

睡蓮がふっと笑う。

「まあまだ調査中だからね。僕たちに直接関係があるかって言うとないだろうし」

睡蓮がそう言うのなら大丈夫かな。俺は棚から出した記録を読み始めた。スカーさんの達筆な文字がずらっと並んでいる。筆で書いたのかな。すごい。記録には、メンバーさんの安全のために、職員さんが更に増えたことや、これからメンバーさんが今より更に回復したあとの施設が必要になるのではないかということが書かれていた。収容所の雰囲気は変わらず穏やからしい。良かったな。俺もまた収容所に行ってみよう。

しばらくパラパラ記録を見ていたら、白蓮が大きなケーキを手にやってきた。甘い匂いがする。もう焼きあがったんだ。

「白蓮、こんにちは。ケーキ美味しそうだね」

「あぁ、こんにちは。いい苺が手に入ってな。後でみんなで食べよう」

「うん、楽しみ」

よし、そろそろ俺もシャオのお手伝いをしますか。

「じゃあシャオを連れてまた来るね」

「後でねー!」

俺は睡蓮と白蓮に手を振って、詰所を後にしたのだった。
 
***
一週間前のこと。

ソレは走っていた。

「撃てっ!逃がすな!!」

「っ…!」

パキュッと銃器から放たれた弾が左腕を掠める。ソレは左腕を変化させた。みるみるうちに左腕が鋭い刃になる。
次々と飛んでくる弾を全て刃で切り落とす。自分は、誰かを傷つけたい訳ではない。だが、ここで処分されるわけにもいかない。ソレはひたすら北に向かって走り続けた。あのヒトを目指して。

2・「わあ、お城でけえ!」

「すっげー!」

その日の夕方、約束通り母さんたちは魔界に来てくれた。駅までスカーさんが車で迎えに行ってくれたのだ。弟たちが真っ黒な城を見てはしゃいでいる。シャオが一時期、お土産に城の模型を売り出したらどうかって言って、みんなからスルーされていた。もしかしたら需要ある?シャオとまた話してみようかな。

「ましろ、陛下によくしてもらって本当によかったわね」

母さんにそう言われて、俺は頷いた。急に一番小さな弟が俺の背中に隠れる。理由はシャオがやってきたからだと分かった。シャオは体が大きいから、迫力あるもんね、気持ちは分かる。

「お母様、ようこそ、魔界へ」

シャオって、ちゃんとしてればかっこいいんだよな。中身が幼女だけど。

「陛下、ましろがお世話になって本当にありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ。では新しいお住まいへご案内致します」

マイクロバスが俺たちを待っている。シャオがにこにこしながら応対しているのを見ると、なんかドキドキするな。

「兄ちゃん、あのヒトすごくかっこいいね」

ポソッと弟の一人に囁かれて、俺はどう答えたものか迷った。かっこいいよ、確かにかっこいい。でも普段のシャオを知っているとなんだかむず痒いわけで。そんなことを思っているうちに、目的地に到着した。

「わ、ひっろーい!」

確かに部屋は広かった。今、魔界は人口の過激な減少で、土地が有り余っているから安い家賃で広い部屋が借りられる。弟たちがそれぞれ部屋を見て回っている。

「こんないいところ…」

母さんは困惑気味だった。まあそうだよね。

「ここからなら学校も近いですし、オフィス街ですからお仕事にも通いやすいかと」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

母さんがシャオにお辞儀をする。

「母さん、どう?」

「えぇ、びっくりよ。こんなにいい部屋初めてだもの」

母さんはずっと小さな工場の経理事務をやっていた。大変な仕事であることは俺もよく知っている。
お金を扱うってそういうことだよな。急にシャオが母さんの両手を握り締める。あ、女性をたぶらかしているな?

「お母様、お母様がよろしければ、城で働きませんか?
経理の人員が足りてなくて」

母さんの表情がそれに明るくなる。

「よろしいんですか?」

「もちろんです。子供さんたちの学校の手配もしておきます」

シャオの力強い言葉に、母さんもようやくホッとしてくれたみたいだな。それから城で早い夕ご飯を食べて、母さんたちは帰っていった。

「シャオ、今日はありがとう」

「ましろの大事な母さんだからな。俺に出来ることはやる。なんでも言ってくれ」

「うん、ありがとう」

シャオが俺を抱き寄せてくる。

「ましろ、約束のケーキを食べに行くぞ!」

そういえばそうだった。詰所に戻ると白蓮がケーキを切り分けてくれている。

「白蓮、このでかいのは俺のだ」

「わかった」

「姫のお母様って美人だよねー」

睡蓮がにこにこしながら言う。どこかで見ていたらしい。ちょっと恥ずかしいな。白蓮がケーキを切って、皿に取り分けてくれた。今日は苺が主役のケーキだ。生クリームがたっぷりで美味しい。シャオも幸せそうに食べている。

そこに、砦の視察に出掛けていたイサールさんが戻ってくる。その表情は険しい。

「これからなにかある、用心するに越したことはない。油断するな」

なにかあったんだ、みんながイサールさんを見つめる。

「例のエリザの屋敷で見つかったっていうあれか?」

シャオが尋ねると彼は首を横に振る。

「まだ断定はできない。だがこちらに向かってきているらしい。
銃器も効かないようだ」

「おいおい、厄介事はごめんだぜ」

「犠牲者は出てるの?」

睡蓮の言葉に、イサールさんは首を横に振った。

「いや、攻撃は防いでいるようだが、自分から戦いに出るわけではないようだ。ヒトの形をしているらしい」

「それならその子に攻撃しなければ害はないってこと?」

睡蓮が尋ねるとイサールさんは頷いた。

「ああ。そうなる」

「なんでそんな子に攻撃してるのさ?」

睡蓮の疑問は最もだ。イサールさんはまた首を振った。理由は分からない…か。

「砦に来た報告によれば、ただ警戒しろ、というものだけだった。俺はこれから砦を兵で固める。王、判断を」

「許可する、というか俺も行こう。ましろ、俺たちと一緒に来てくれるか?」

「もちろん」
 
何が起きているか分からない以上、警戒するヒトが多い方が間違いない。

必要な物資を持って、俺たちは砦に向かうことになった。
また飛龍に乗れるのが嬉しい。

頭を擦り付けて甘えてくるのが本当に可愛いよな。頭を撫でてあげると気持ち良さそうにする。

「ギュル」

「いいこだね。俺を砦まで運んでくれる?」

「ギュアア!」

飛龍に飛び乗ると、羽根を大きく羽ばたかせた。ふわり、と空に浮かびあがる。しばらく飛んでいると砦が見えてきた。リーシャさんに会うのも久しぶりだな。
飛龍から降りて、頭を撫でていると、リーシャさんが駆け寄ってきた。

「ましろ!!」

文字通りぴょーんと俺に抱き着いてくる。

「リーシャさん、お久しぶりです」

「久しぶりだな。ましろ。倒れたと聞いたが大丈夫か?」

「はい」

情報が伝播するのはやっぱり早いなぁ。

「砦の兵たちも随分回復してきてな。今回はもう侵入を許さない」

「はい、俺もお手伝いします!」

「鍵も外れたようだし期待している」

リーシャさんにそう言われると少しプレッシャーかもな。
ドドドドドという地響きが鳴る。
ん?砦に向かって誰かが走ってくるぞ。その後ろにはモンスターの大群。え、やばくない?

どうやら他のみんなも俺と同じことを思ったらしい。隊列が乱れる。

「弓兵!落ち着け!!てー!」

リーシャさんの号令で矢が放たれる。でもモンスターの勢いは止まらない。

「我が光よ」

俺も詠唱を始めた。

リーシャさんとシャオが前に出てモンスターを次々に倒していく。

「いけ!ましろなる光よ!
ホーリーアロー!!」

ズガァンという衝撃でモンスターの大群が止まった。追いかけられていた子は大丈夫だったかな?

俺がその子に近付こうとしたらシャオに止められる。

「ましろ、お前はここにいろ」

「でも怪我をしてるよ」

シャオがその子を指で示した。
傷が塞がっていく?この子は一体。

「一応、警戒しろと言われたからな」

シャオの言う通りだ。彼がその子を抱き上げた。

「リーシャ、宿舎を借りる」

「あぁ、好きに使え」

宿舎のベッドにその子を寝かせる。まだ幼い感じだ。性別も正直分からない。女の子みたいな可愛い顔をしているけど。

「ん…」

その子が目を開けて、俺をじっと見た。そして急に抱きていてくる。

「君、名前は?」

「?」

俺の言葉がわかってないのかな?
困ったように首を振られた。

「体、痛いとこない?」

俺が身振り手振りで尋ねたらようやく伝わったらしい。笑った。

「対策班はこんな子供を警戒してたのか?まあ普通のヒトじゃないみたいだしな」

「シャオ、この子はこのままだと、どうなっちゃうの?」

「まあ処分だろうな」

「そんな…」

「まあガキの一人や二人、なんとかなるだろ」

「本当?」

シャオが口の端を歪める。

「俺は嘘をつかねえ」

それからシャオがうまく奔走してくれて、この子を無事に引き取ることができたのだった。
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