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第三章 美しすぎる海と湖
襟裳の夏
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根室半島を太平洋に沿ってひたすら西に向かって走ると、厚岸町というところに来た。左に厚岸湖というのが見えてきた。綺麗な湖だ。しばらくすると厚岸湾というのが出て来た。見た目は何も変わらない。とこから別れているのかと地図を見ると、さっき見た橋と別れているらしい。そこでその橋に戻って橋を渡ると、愛冠岬(アイカップみさき)と言うのがあった。この岬の名前、つまり愛冠はアイヌ語のアイ・カップ(矢の上)手の届かないところをという意味から、困難を乗り越えて愛が実る岬ということらしい。そこで、なんとなく二人で並んで立って見た。厚岸湾がとても美しかった。私はごく自然に紫野の肩をそっと抱き寄せた。
私と紫野が結ばれることはない。そのことはお互い良く分かっている。私は紫野を追い求めないし、紫野も私の生活に踏み入らない。こうして二人で出かけることは常に極秘。完璧に隠蔽する。常に二人だけの思い出なのだ。私たちはこの岬に立って、こうしていることが、困難を乗り越えて結ばれている姿なのだと思っている。思いがけずお互いの気持ちを確かめ合うことになった厚岸に別れを告げて更に西へ車を走らせる。
襟裳岬までは約200キロの道のり。時速80キロで飛ばしても2時間半はかかる計算だ。とにかく、北海道は移動距離が長い。道内に入って何度コインランドリーに寄ったことか。釧路でもコインランドリーを探した。見つけるとそのたびに、二人のものを全部一緒に放り込んでいるので、まるで旅というより移動しながら生活しているような感じがする。私と紫野に隙間は1ミリたりとも存在しない。むしろ、間の距離はマイナスの値になっている。私の三分の一は紫野で紫野の三分の一は私になっている。
釧路を過ぎると襟裳岬までの道は切り立った間や肌に無理やり作った道が延々と続く。左は海、右は崖である。そんな道が百キロも続いた。やがて襟裳岬の看板が出てきた。
やっとのことで襟裳岬に着いた。クルマを降りると風が強い。帽子が飛ばされそうだったので、帽子はクルマに残した。岬の突端に立つと岩礁が海に向かって長く延びていた、「紫野、この襟裳岬は隆起によって出来た岬らしいね」と話した。すると「先生、どうしてわかるんですか?」と当たり前のように聞いてきた。「海底にあったと思われる岩礁が海面から顔を出してしまっている。」「北海道が載っている「北アメリカプレートの下に、太平洋プレートが沈み込んで、北アメリカプレートを押し上げているんだと思うよ」そして土地の隆起の証拠がほかにもあった。それは、襟裳岬に見られる海岸段丘だ。かつて東日本大震災よりも規模の大きい地震が何度もあったに違いない。そのたびに襟裳岬は隆起したことがわかる。
「~襟裳の春は何もない春です。」と吉田拓郎が歌っていたが、よく見ると古代から何度も大がかりな大地の変動を繰り返して来たのが襟裳岬だとわかった。「襟裳の夏は発見の夏」だった。風の強かった襟裳岬と別れを告げて、いよいよ旅の終盤となる登別に向かうことにした。とはいえ、襟裳を出たのが3時だったので、途中の静内駅の近くのホテルに泊まることにした。屋上の露天風呂からは海に沈む夕日がとても美しかった。二人ともやや旅の疲れが出てきたようで、夕食の時もその後も会話が少なかった。しかし、何故かこの夜は手をつないだまま眠りに着いた。朝食を済ますと早々とホテルをあとにして、登別を目指した。
すると「アイヌ民族博物館」の看板が目に入った。「先生、行って見たいです。」と紫野がいった。「白老ポロトコタン」と書いてあった。「ポロト」と言うのはアイヌ語で「大きな湖」と言う意味で、「コタン」と言うのは「集落」という意味らしい。ここにはアイヌ部落が残っていたのか、復元したのかたくさんのアイヌの建物や文化が展示されていた。口で鳴らす不思議な楽器のようなもののの演奏なども聴くことができた。かつては道内のいたるところにこうしたアイヌ部落が存在していたのかと思うと、残念な思いがした。
ポロトコタンをあとにした私達はやっと登別温泉に着いた。ここでも不思議な湖を見つけた。湖の形が円形なのだ。しかも、周りをぐるっと山が囲んでいる。さてはこれは火山、つまり火口湖かと思って調べて見るとやはりそうだった。こうした湖が北海道には多いんだなと感心してしまった。この湖は「倶多楽湖」といって平均水深は100mもあるのだ。
ここに来た目的の一つは「クマ牧場」北海道といえば「クマ」自然の中ではなかなか見られないしさ、そんな所で遭遇したらどうしていいかわからない。かつて私がまだラリーカーを駆っていた頃、北岳の入り口に夜叉神峠というのがあって、そこに一件の店があった。朝の早い時間だったと記憶しているが、「おじさんコーヒーもらえますか」と言うと、「いくつ」と言われたので「2つ」といってコーヒーが来るのを待った。私はどこにいっても土地の人と話すのが大好きなのでコーヒーを運んで来てくれた店主に「この先どの辺までクルマで入れますか」と聞いた。「通行止めの看板までは行けるよ。」とはぐらかされた。そこで、「おじさんこの店に独りでいるんですか」と聞くと「そうだよ、北岳に登る人のために、登山道の修理をしてるんだよ」と教えてくれた。「こないだも、大雨が降って階段の木が流されて、直すのに大変だったよ」と言った。「その時は運悪くサルの縄張りに入ってしまったらしく、猿に追いかけられてえらい目にあった。」「え、猿って追いかけて来るんですか」と言うと「奴らはボス猿が決めた範囲で遊んだり餌を喰ったりするんだ。その中に入ってくるよそ者は許さない、みんなで追い出すのさ」「猿って面倒くさいですね」と言うと「猿ならまだいいが、クマに会ってしまった時が一番面倒だよ」「え、どうしたらいいんですか」と聞くと「まず、絶対に目を見ないこと、そして相手と全く同じ格好でとにかくクマのへそを見続ける。そうするとクマが勝手にどこかにいってしまう」と言った。それはおじさんだから出来ることで、俺達が真似をしたら喰われるだけだろうと思った。
そんな出会いがきっかけで「クマ牧場」には是非行きたかった。
「先生、あんなにたくさんクマがいますよ。」紫野が指差している。「本当だ、20頭はいるかな?」「先生、なんか可愛くないですか?」と紫野が言う。確かによく見ていると色こそ違うがあの上野のパンダを見ている錯覚がしないでもない。じゃれてることろはパンダと全く同じだ。「クマ牧場」でクマを見たらクマのイメージが怪しくなってしまった。「熊」が可愛いはずがない!猛獣なのだ。
クマと別れて私たちは地獄谷までクルマを走らせた。「硫黄の臭い」正しくは硫化水素ガスの臭いが強くなってきた。「先生、ここ温泉の臭いがします。」「そうだよ。ここが登別温泉の源泉地さ」
今夜はこの温泉地で宿を探すことにした。ここでも運良く、手頃な宿を見つけることが出来た。しかも貸切風呂がついていた。私たちはいつか二人で能登半島の突端にある「ランプの宿」に泊まった時のことを思い出した。あの時、部屋の前にある露天風呂に二人で入ったことを。夕日が沈み、空が赤く染まっていた。その明かりの中で見た紫野の体の美しさは言葉では表現出来ない。
「先生、お風呂入ろう!」と紫野にいわれて、私たちはやや紅みかかった山の上の空を眺めながら並んで湯船に浸かっていた。紫野の肩とお尻が私の身体に触れている。私はそっと紫野の腰に手を回した。紫野の胸元がまだ明るい夕空の光を反射して美しい。これ以上幸せな時間が有るだろうか。
私と紫野が結ばれることはない。そのことはお互い良く分かっている。私は紫野を追い求めないし、紫野も私の生活に踏み入らない。こうして二人で出かけることは常に極秘。完璧に隠蔽する。常に二人だけの思い出なのだ。私たちはこの岬に立って、こうしていることが、困難を乗り越えて結ばれている姿なのだと思っている。思いがけずお互いの気持ちを確かめ合うことになった厚岸に別れを告げて更に西へ車を走らせる。
襟裳岬までは約200キロの道のり。時速80キロで飛ばしても2時間半はかかる計算だ。とにかく、北海道は移動距離が長い。道内に入って何度コインランドリーに寄ったことか。釧路でもコインランドリーを探した。見つけるとそのたびに、二人のものを全部一緒に放り込んでいるので、まるで旅というより移動しながら生活しているような感じがする。私と紫野に隙間は1ミリたりとも存在しない。むしろ、間の距離はマイナスの値になっている。私の三分の一は紫野で紫野の三分の一は私になっている。
釧路を過ぎると襟裳岬までの道は切り立った間や肌に無理やり作った道が延々と続く。左は海、右は崖である。そんな道が百キロも続いた。やがて襟裳岬の看板が出てきた。
やっとのことで襟裳岬に着いた。クルマを降りると風が強い。帽子が飛ばされそうだったので、帽子はクルマに残した。岬の突端に立つと岩礁が海に向かって長く延びていた、「紫野、この襟裳岬は隆起によって出来た岬らしいね」と話した。すると「先生、どうしてわかるんですか?」と当たり前のように聞いてきた。「海底にあったと思われる岩礁が海面から顔を出してしまっている。」「北海道が載っている「北アメリカプレートの下に、太平洋プレートが沈み込んで、北アメリカプレートを押し上げているんだと思うよ」そして土地の隆起の証拠がほかにもあった。それは、襟裳岬に見られる海岸段丘だ。かつて東日本大震災よりも規模の大きい地震が何度もあったに違いない。そのたびに襟裳岬は隆起したことがわかる。
「~襟裳の春は何もない春です。」と吉田拓郎が歌っていたが、よく見ると古代から何度も大がかりな大地の変動を繰り返して来たのが襟裳岬だとわかった。「襟裳の夏は発見の夏」だった。風の強かった襟裳岬と別れを告げて、いよいよ旅の終盤となる登別に向かうことにした。とはいえ、襟裳を出たのが3時だったので、途中の静内駅の近くのホテルに泊まることにした。屋上の露天風呂からは海に沈む夕日がとても美しかった。二人ともやや旅の疲れが出てきたようで、夕食の時もその後も会話が少なかった。しかし、何故かこの夜は手をつないだまま眠りに着いた。朝食を済ますと早々とホテルをあとにして、登別を目指した。
すると「アイヌ民族博物館」の看板が目に入った。「先生、行って見たいです。」と紫野がいった。「白老ポロトコタン」と書いてあった。「ポロト」と言うのはアイヌ語で「大きな湖」と言う意味で、「コタン」と言うのは「集落」という意味らしい。ここにはアイヌ部落が残っていたのか、復元したのかたくさんのアイヌの建物や文化が展示されていた。口で鳴らす不思議な楽器のようなもののの演奏なども聴くことができた。かつては道内のいたるところにこうしたアイヌ部落が存在していたのかと思うと、残念な思いがした。
ポロトコタンをあとにした私達はやっと登別温泉に着いた。ここでも不思議な湖を見つけた。湖の形が円形なのだ。しかも、周りをぐるっと山が囲んでいる。さてはこれは火山、つまり火口湖かと思って調べて見るとやはりそうだった。こうした湖が北海道には多いんだなと感心してしまった。この湖は「倶多楽湖」といって平均水深は100mもあるのだ。
ここに来た目的の一つは「クマ牧場」北海道といえば「クマ」自然の中ではなかなか見られないしさ、そんな所で遭遇したらどうしていいかわからない。かつて私がまだラリーカーを駆っていた頃、北岳の入り口に夜叉神峠というのがあって、そこに一件の店があった。朝の早い時間だったと記憶しているが、「おじさんコーヒーもらえますか」と言うと、「いくつ」と言われたので「2つ」といってコーヒーが来るのを待った。私はどこにいっても土地の人と話すのが大好きなのでコーヒーを運んで来てくれた店主に「この先どの辺までクルマで入れますか」と聞いた。「通行止めの看板までは行けるよ。」とはぐらかされた。そこで、「おじさんこの店に独りでいるんですか」と聞くと「そうだよ、北岳に登る人のために、登山道の修理をしてるんだよ」と教えてくれた。「こないだも、大雨が降って階段の木が流されて、直すのに大変だったよ」と言った。「その時は運悪くサルの縄張りに入ってしまったらしく、猿に追いかけられてえらい目にあった。」「え、猿って追いかけて来るんですか」と言うと「奴らはボス猿が決めた範囲で遊んだり餌を喰ったりするんだ。その中に入ってくるよそ者は許さない、みんなで追い出すのさ」「猿って面倒くさいですね」と言うと「猿ならまだいいが、クマに会ってしまった時が一番面倒だよ」「え、どうしたらいいんですか」と聞くと「まず、絶対に目を見ないこと、そして相手と全く同じ格好でとにかくクマのへそを見続ける。そうするとクマが勝手にどこかにいってしまう」と言った。それはおじさんだから出来ることで、俺達が真似をしたら喰われるだけだろうと思った。
そんな出会いがきっかけで「クマ牧場」には是非行きたかった。
「先生、あんなにたくさんクマがいますよ。」紫野が指差している。「本当だ、20頭はいるかな?」「先生、なんか可愛くないですか?」と紫野が言う。確かによく見ていると色こそ違うがあの上野のパンダを見ている錯覚がしないでもない。じゃれてることろはパンダと全く同じだ。「クマ牧場」でクマを見たらクマのイメージが怪しくなってしまった。「熊」が可愛いはずがない!猛獣なのだ。
クマと別れて私たちは地獄谷までクルマを走らせた。「硫黄の臭い」正しくは硫化水素ガスの臭いが強くなってきた。「先生、ここ温泉の臭いがします。」「そうだよ。ここが登別温泉の源泉地さ」
今夜はこの温泉地で宿を探すことにした。ここでも運良く、手頃な宿を見つけることが出来た。しかも貸切風呂がついていた。私たちはいつか二人で能登半島の突端にある「ランプの宿」に泊まった時のことを思い出した。あの時、部屋の前にある露天風呂に二人で入ったことを。夕日が沈み、空が赤く染まっていた。その明かりの中で見た紫野の体の美しさは言葉では表現出来ない。
「先生、お風呂入ろう!」と紫野にいわれて、私たちはやや紅みかかった山の上の空を眺めながら並んで湯船に浸かっていた。紫野の肩とお尻が私の身体に触れている。私はそっと紫野の腰に手を回した。紫野の胸元がまだ明るい夕空の光を反射して美しい。これ以上幸せな時間が有るだろうか。
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