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Broken seals①
しおりを挟む僕の前に、またあの女が現れた。
のどから引きずり出したような声。はっきり聞こえるわけではないが、そう発している気がする。
長い髪をゆらし、フラフラと近づいてくる。ツメはむざんにもすべてはがれ落ち、赤ピンク色のいたんだ肉がのぞいている。
青白い手が、僕の首にのびてくる。あともうちょっとでふれてしまう。そんな時——
僕は目が覚めた。なにか大きな音に起こされたような気がする。なんの音だっただろうか。
昔の夢をまた見てしまった。子どものころはずいぶんこれに悩まされた。二週間くらいで見なくなったが、その時から、僕は幽霊を見たいと思うようになった。
僕はねる前のことを思い出そうとした。リビングで他の人と話したあと、ながれで解散になった。最後に部屋の前でマナさんと別れた。
よし、ちゃんと覚えているな。今度は記憶をうしなっていないことにほっとする。
まくらもとのスマホに手をのばす。今は何時だろう。
電源ボタンを押すが、画面がつかない。なんど押してみてもダメで、おそらくバッテリーが切れてしまったのだろう。明日(いや正確には今日だが)のためにも充電しておこう。
ベッドからはい出て、かべ伝いに進む。明かりのスイッチを入れたが、こちらもつかなかった。
「え、どういうこと」
パチパチパチ。なんどくり返しても部屋は真っ暗のままだ。
「おかしいな」
僕は不安になって部屋を出た。
ぶわっと冷気がろう下から流れこんでくる。僕はぶるりと身をふるわせた。ここは空調が効いていないようで、ひどい寒さだ。
たまにガタンガタンとゆれる音がする。窓に風がぶつかっているのだ。ここはカーテンがついていないため、外のくらやみがよく見える。ものすごい吹雪じゃないか。どうりでこんなに寒いわけだ。
はだしでろう下のフローリングを歩く。
冷たい。はだのふれた部分がこおりついて、そのままベリベリとはがれてしまいそうだ。
ひたっ ひたっ ひたっ ひたっ
風の音がうるさいはずなのに、僕の足音はやけに大きくひびいた。ろう下は昼間よりも暗く長いものに感じられ、まるでどこまでも続いているようだ。
こおりついたろう下を進み、遊戯場までやってくる。
黒でぬりつぶされた視界の中に、たてに長い角ばったシルエットがあった。大きな置き時計だ。洋館にぴったりな振り子式のアンティークで、秒針をカチカチと鳴らしていた。
近づいていって円盤をのぞきこむ。目を細めてやっと、二時十七分と時刻を確認できた。
二時……まだ一時間ちょっとしかねていないじゃないか。ますますどうして起きてしまったんだろう。僕はふしぎに思った。
そのとき、ふと遊技場の奥に目をやった。
昼間見た時と同じ鉄扉が、だらりと、その口を開けていたのである。
開かずの扉がひらいている。
全身にぞわっと恐ろしさがかけめぐり、僕は口をパクパクさせた。目をむき、ひざがふるえた。
なぜ。いったいどうして、開かずの扉がひらいてるんだ。
まさか。
僕の想像はさらに恐怖を増長する。
まさか、中にいた幽霊が出てきた?
「誰かいるのか」
僕の問いに返事はない。意を決して近づき、とびらに手をかけた。金属がすりへるような音をたてて、僕をむかえ入れた。
暗くてよく見えない。空気はまったくカビっぽくない。換気がされているようだ。僕は両手を前につきだし、虫の触覚のようにあたりをさぐった。コツンと足になにか当たる。ガラガラと大きな音が鳴った。
「なんだ?」
足元をさぐってみると、抱えられるくらいの大きさの箱がある。側面にモニターがついていて、引き出しと挿入口があって……これは、プリンターじゃないか。どうしてこんなものが。
文明の利器の登場に僕はとまどった。
おや、印紙がセットされている。僕はなんの気なしにそれを取り出した。B5くらいのサイズで、はじがほつれている。繊維っぽいざらざらした手ざわりだ。
待てよ。これは、和紙じゃないか。まちがえるはずもない。僕自身が手でふれ、感覚で覚えている。これは雄二郎さんへの脅迫状につかわれた和紙だ。
驚きと同時に疑問が頭にわいてくる。
これは立派な証拠になる。あやしい人物の家から出てきたなら、犯人として立件できるにちがいない。けれど、これが脅迫された本人の家から発見されたとなると、どうなるだろう?
ぐるぐる考えていたけれど、考えがまとまらない。仕方がない、明日マナさんに報告してどうにかしよう。僕は和紙を半分に折りたたみ、パジャマのポケットに入れた。
部屋にはまだたくさんのものがある。それは、くらやみに目が慣れてきてわかった。ベッドやつかわれていない家具、古い道具などがまとめておしこめられていた。この部屋の扉がなぜ開かなくなってしまったのかはわからないが、手当たりしだいに僕は調べていった。
そしてふと、幽霊がいるかもしれない、と思い出してきょろきょろ周りを見回す。なにもいないことがわかると安心してふたたびあさった。
おや、また紙がある。今度は普通のコピー用紙だ。
北とか南とか方角が書かれていて、中央には勾玉がふたつ、くっついて円をえがいている。陰陽玉、ということは、これは風水を表しているのか。壬、子、癸、丑、艮、寅……と方角が二十四等分されて書かれている。
なんだってこんなものをデカデカと印刷したんだろう。
僕はかるくため息をついて元あった場所に戻した。そのとき手が冷たいものにふれた。
見上げると、かべに大きな絵がかざられていた。足元ばかりさぐっていたため、高い場所にかけてあるこの絵には気づかなかったのだ。
うすい色の背景に三角形のシルエット、それは人がならんでいる肖像画のようだった。真ん中に立派なヒゲをたくわえた男、手前に少女と女性が配置されて、なかむつまじくしている。
彼らにまったく見覚えはなかった。この屋敷の人ではないのか。
いや、そんなはずはない。見たところ有名な画家が描いていそうなものではないし、そうでなければ他人の肖像画など持っているはずがないだろう。これはまさか、以前亡くなったという鬼木源一郎一家なのだろうか。
だとすると、出てきた幽霊は彼らなのか。
近くでもっと確認しようと思ったけれど、もし落としてこわしてしまったらと思い、ふみとどまった。
それに、亡くなった人の絵にふれるというのは、なんだかたたられそうで気が引けた。
僕は幽霊を見たい気持ちこそあれど、すすんで呪われたいわけではない。心霊スポットに行ったり、こっくりさんをやったりしたことはある。だが、墓や神社仏閣をあらすなんてバチ当たりはしない。それは目に見えない存在を怒らせるだけの行為だ。僕はそこをはきちがえたりしないのだ。
見るべきものはこんなくらいだろうか。
開かずだった部屋をあとにしようとした時————
突然の音が、しずかだった空気を切りさいた。
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