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第二章
87 -ルークside- ㉝
しおりを挟む大司教がガゼボから去った後も、俺とユイはしばらくその場に留まり、思考を巡らせていた。思いがけずユイのスキルを知って驚いたが、今までのユイの言葉を聞いたときのことを思い返すと、納得できる部分もあった。しかし、今重要なのはそこではない。
大司教は、ユイが引き受ける前提で話していたようにも見えた。でも俺は、ユイの命を危険に晒すようなことを、絶対にさせたくない。
クイントス家の人間を一緒に呼んだのは、錬金術師としてユイのサポートしてほしいと、暗に言いたかったからかもしれない。あるいは、アーティファクトについて精通していると思ったからか?<最後の救済>についての文献は少なく、アーティファクトの中でも謎の多い魔法具だ。しかし、クイントス家は王立図書館や王宮の図書室にはないような、錬金術や魔法具にまつわる文献をいくつも所持している。そこに目を付けたのかもしれない。
だが、かく言う俺も<最後の救済>に関する知識は深くない。いつ頃作られたのか製作者も不明で、大司教が言ったことと同じ、過去このアーティファクトを使用したのは<鎮魂師>と呼ばれる者だけ。それ以上のことは知らなかった。
……もしかしたら、姉さんなら何か知っているかもしれない。それか──。
「ルーク?」
ユイに呼ばれて、俺は思考は途切れた。随分物思いに耽っていたようで、気付けば陽が西の方へ傾いていた。
「ああ、ごめん。考え事してて…。そろそろ帰ろうか」
「うん」
ふわりと笑うユイの手を取って、俺達は庭園を抜け、大聖堂の外に出た。石段を降る途中も、ずっと俯いて考え込んでいるユイを見て、別れ際に大司教に何を囁かれたのか尋ねることができなかった。
そのまま何も話すことなく、ユイの様子を窺いながら歩調を合わせていると、ユイは辻馬車乗り場で足を止めた。
「僕は辻馬車で帰るけど、ルークは転移魔法でお邸に帰る?」
少し遠慮がちに言ったその言葉に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。ユイは俺とここで別れようとしているらしい。
「俺、ユイと片時も離れたくないって言ったよね?」
「えっ…でも、帰る場所も違うし、もう日も暮れるよ」
「ユイの家に行きたい。…ダメ?」
俺がそう言うと、ユイは眉間にしわを寄せて、何かを思案するように天を仰いだ。だが、俺はここで引く気はない。まだあの榛色の髪の親子について何も聞けていないし、これからユイが家に帰るのなら、その家に二人がいるのか確認しなければならない。
ユイを他の男のところへ帰したくない。このまま攫って、誰も知らないどこかに閉じ込めて、俺だけを感じて、俺なしでは生きていけないようにしたい……。
その欲求をぐっと押し込めながら、俺はユイの正面に立ち、もう片方の手に指を絡めながら「お願い」と耳元で囁いた。そのまま近い距離で返事を待っていると、ユイの頬から耳、項がほんのり色づき始めた。俯いてしまったユイから目を離さずにいると、やがてか細い声で「…わかった」と言ったのが聞こえた。ちょうどそこへ辻馬車が到着し、俺たちは馬車に揺られながら、何を話すでもなく、通り過ぎる夕暮れ時の街を肩を寄せてただ眺めていた。
西地区の平民街の中を走る辻馬車は、昨日ユイを見かけた噴水広場の近くで止まった。そこで降りると、ユイは商業街の方を指さしながら俺に尋ねてきた。
「ちょっと寄りたい所があるんだけど、いい?」
「もちろん」
ユイの隣を歩く間も、俺は絡めた手を離さなかった。ユイも俺の手を振り解こうとする素振りは見せず、黙々と目的地に向かって歩き続けていた。会話は殆どなかったが重苦しい空気はなく、むしろ手を繋いで街中を堂々と歩けることに喜びすら感じた。
やがて、ユイは一軒のカフェの前で足を止めた。すっかり陽が暮れ、店の内外を温かな灯りが照らしている。「ここだよ」と言いながら、ユイは俺の手を引いて、店のドアではなく裏路地の方へ進んだ。
ユイが裏口であろうドアをノックすると、「はい、どちらさま?」と40代くらいのお仕着せを着た女性がにこやかに中から出てきた。
「あら、ユイさん。本日からしばらくお休みと伺っておりましたが?」
「こんばんは、ダナさん。ちょっとウィルさんとディーンさんにお話がありまして…」
「そうなのですか?では、お声掛けしてきますので、少々お待ちください」
ダナと呼ばれた女性がドアを閉めると、足音が遠のいていった。そして程なくして再びドアが開き、「お連れ様もご一緒に、中でお待ちくださいとのことです」と言い、招き入れてくれた。
「ぅい~!」
中に入った途端、幼子の声が室内に響き、榛色の髪をした子どもがユイをめがけて手を広げて駆け寄ってきた。ユイは迷うことなくその子を抱き上げ、柔らかそうな頬にキスをした。
「いい子にしてた?アル」
ユイとその子どもの親し気な姿を目にして、それまで心の隅に追いやっていた不安が再び湧き上がってきた。それまで胸を満たしていた温かいものが、急に冷めていくのを感じる。
「……その子だれ?まさか、ユイの子ども?」
俺の存在に気付いた子どもは、びくっと身体を震わせると、隠れるようにユイの首元に抱きついた。ユイはというと、俺の質問に目を丸くして固まっている。かと思ったら突然吹き出し、肩を震わせながら笑い始めた。
「っははは…っ!なっ…何、言って…っ!ちっ…ちが…っっ」
ユイの笑う様子を見て、自分が盛大な勘違いをしていたことに気付く。たった1年で、この年頃の子を出産できるわけがない。冷静に考えてみれば分かるはずなのに、ユイが関わっているという事だけで思考力が鈍ってしまっていた。顔が熱くなって背けたら、ユイの笑いが加速した。
「はぁ…はぁ。この子は、このお店を経営しているご夫夫の息子さんだよ。アレックスっていうんだ」
「…じゃあ、ユイはここで?」
「うん、働かせてもらってる。アルが生まれる少し前から、給仕係としてね」
ユイが明るい表情で話していると、奥からアッシュブラウンの髪色をした、落ち着いた雰囲気の男性が部屋に入ってきた。
「ユイ君!まさか今日来るとは思ってなくて…っ。大丈夫なの!?」
「お疲れ様です、ディーンさん。その…僕は大丈夫です。いろいろ、報告しなきゃと思って」
ディーンと呼ばれた男性は、心配そうな表情でユイに話しかけた。そんな彼を心配させないように、ユイは笑顔で受け答えしていた。
「もうすぐ店が終わる時間だから、座って待ってて?ウィルも、すぐこっちに来れると思う」
「はい。お忙しいときにすみません」
そして男性は、俺の方にチラリと視線を移すと、軽く会釈してまた慌ただしく店舗の方へ戻っていった。
夫夫を待つ間、ユイはここで働きだした経緯や、店のことを教えてくれた。その明るい表情を見て、ここがユイにとって心地いい場所であることが伝わってきた。そして、未だユイの腕の中から離れようとしないこの子どもが、ユイの子ではないことに心から安堵した。
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