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第二章
88 -ルークside- ㉞
しおりを挟む店を訪れてから半刻ほど経った頃、俺たちが待つ部屋に二人の男性が入ってきた。一人はさっきユイがディーンさんと呼んでいたアッシュブランの髪の男性で、もう一人はアレックスと同じ、榛色の長髪の男性──ユイと一緒にあの噴水広場にいた男だった。
ユイが間を取り持ちながら、俺とその二人は互いに紹介し合った。
俺たちを迎えれてくれた女性は、カフェの営業中、アレックスの子守りをするためにウィリアムさんの実家から派遣された使用人だと、ユイが教えてくれた。彼女は営業が終わった夫夫が戻ってくると、手短に業務報告をして早々に帰途に就いた。
目の前に座る夫夫は、およそのことはナイトレイ家の使者から聞いているらしく、無理に話さなくてもいいと言ってユイを気遣ってくれた。それでも、ユイは小さく首を振って、ゆっくりと昨夜のことを二人に話した。テーブルの下で繋いでいたユイの手は震えていて、俺は何度も握った手に力を込めた。
「…でも、ルークが来てくれて、僕を助けてくれたんです」
話の締めくくりに、ユイが俺の名前を出した。俺に柔らかい笑顔を向けるユイを見て、夫夫の視線が俺に注いだ。
「ユイ君を助けてくれて、本当にありがとう。ルーク君」
「アタシ達からもお礼を言うわ。アナタがいなかったらと思うと……。ユイ、店のことは気にせず、ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。ウィルさん、ディーンさん」
帰り際、ウィリアムさんが作った料理や、ディーンさんが配合した茶葉をたくさん持たせてくれた。そしてアレックスは、大泣きしながらユイの首にぎゅっとしがみついて、なかなか離れようとしなかった。
「アル。またすぐに会いに来るから、ね?」
「うぅ~っ」
アレックスを優しく宥めるユイの姿は、まるでわが子をあやす母親のようだった。最後はユイからアレックスを少し強引に引き剥がし、ユイも後ろ髪を引かれているような表情で店をあとにした。
ユイが住んでいるのは、1階に花屋がある2階建てのアパートメントだった。顔馴染みの女性店主にユイが挨拶をすると、「今日はもう店仕舞いだから持って行って!」と青いリンドウを一束くれた。たまにそうやって花を貰うことがあるらしく、そのたびにお礼としてクッキーを焼いていると、店舗の隣にある階段を上りながらユイが言った。
アパートメントの部屋は3部屋のみで、ユイの部屋は階段を上って一番奥にある角部屋だった。何でもここの大家は、このアパートメントには気に入った人しか入居を許さない、少し偏屈な人物らしい。
ユイは部屋の鍵を開けながら「どうぞ」と言って、中に招き入れてくれた。
部屋は孤児院の個室の倍くらいの広さで、ドアを開けて右手に小さなキッチンと浴室があり、部屋の奥の方にベッドやテーブルセットといった家具が設置されていた。淡い色を基調にした部屋は、ユイの匂いで満たされていた。
「ごはんの準備するから、適当に座って待ってて」
「俺も一緒にやる」
「ありがとう。でも、貰ったものをお皿によそうだけだから…」
そう言ってユイは、店で貰った紙袋とリンドウを持ってキッチンに立った。俺はベッドに腰かけて、ユイの横顔を見ながら落ち着いたその空間に居心地のよさを感じていた。
「ルーク、準備できたよ。ウィルさんの料理すごく美味しいから、冷めないうちに食べよう?」
「うん。ありがとう、ユイ」
気づくとテーブルの上には、食欲をそそるような香ばしい香りの肉料理やサラダ、スープにスライスされたパンが並び、さっきもらったリンドウも小さな花瓶に活けられて真ん中に飾られいた。ユイに促されて食卓に着くと、二人で向かい合って座るのは初めてじゃないのに、なぜか少し気恥ずかしくなった。
「!……うまい」
「でしょ?ディーンさんが配合した紅茶も絶品だよ。食後に淹れるね」
「うん、楽しみにしてる」
ほわっと柔らかく笑うユイにつられて、俺も自然と頬が緩んだ。それを皮切りに、ユイは店のおすすめや人気メニューを楽しそうに話し始めた。他愛のない会話だったが、昨夜の出来事や昼間の大司教の話のことを忘れるくらい、穏やかなひとときだった。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに……。
そう思わずにはいられなかった。
食後に淹れてもらった、ディーンさんが配合した紅茶は、ユイの言ったとおりすごく美味しかった。眠気を誘うほどゆったりした気分になった俺の様子を見て、ユイは微笑みながら「少し横になったら?」と気遣ってくれた。
皿洗いを買って出てもやんわり断られて手持ち無沙汰となり、俺はベッドに上半身を横たわらせて目を閉じ、水音やカチャカチャと食器がぶつかり合う音に耳を傾けた。心地いい生活音の中にユイの存在を感じながら、意識の浅瀬を揺蕩っていると、そばにしゃがみ込んで俺の顔を覗き見るユイの気配がした。
「……ルーク?寝ちゃった?」
目を閉じたまま反応せずにしばらく様子を窺ったら、ユイは俺の髪をいじりながら頭を優しく撫で始めた。ユイがどんな表情をしているのか気になって、俺がゆっくり目を開くと、優しさの奥に熱を孕んでるような瞳が、俺を捉えていた。
……ああ、ユイだ。夢でも、瞼の裏の虚像でもないユイが、俺の手が届くところにいる。
その事実が堪らなく嬉しくて、手をユイの頬に滑らせながら後頭部に回し、そっと引き寄せて唇を重ねた。触れるだけの口づけに、柔らかく濡れた唇は微かに震えていた。唇を離すとユイは切なげに微笑み、複雑な感情を抱えて葛藤しているように見えた。
まだまだ、時間が必要だよな……。
今日一日のユイの様子を見た限りでは、ぎこちなさはあるものの、俺が触れることに抵抗はないように思えた。再会したばかりで、俺がまだユイに信用されていないのもあるかもしれないが、昨夜の事件であんな目にあって、そう簡単に心身が回復するはずもない。
今朝はユイに触れられることが嬉しすぎて自制心がきかず、ユイの恐怖心を煽ってしまった。もっと慎重に接していくべきなのに、ユイを前にすると気持ちを思うように抑えられない。
俺は起き上がって、怖がらせないようにそっと抱き寄せると、ユイは拒絶することなく身体を預けてくれた。
「…ごめん、配慮が足りないことばかりして」
「僕なら大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
ユイは背中に手を回し、俺を安心させるようにポンポンと優しくたたきながら、抱き返してくれた。そんな彼の優しさに甘え続けるのはよくないと思いながらも、俺はユイを抱きしめる腕をほどけなかった。
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