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最終章
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しおりを挟む領都のお邸を出るとき、領主様にちゃんと挨拶ができていたか、よく覚えていない。気づいたら、出発地点のルークの部屋に降り立っていて、ルークは疲れた様子でベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れただけ」
クイントス領から王都は、陸路を使ったら一週間から10日はかかる距離だ。それを一瞬で転移するには、相応の魔力を消費するはずだ。さすがのルークも、その疲労が出たようだ。しかしそれに反して彼は、胸のつっかえが取れたように晴れやかな表情をしていた。お父さんと腹を割って話すことができて、気持ちが軽くなったんだろう。
もっと話をしなくてもよかったのかと聞くと、ルークは目を細めて応えた。
「十分だ。それに、会いたければいつでも会いに行ける」
「……そっか」
ルークは目を閉じると、そのまますっと眠りに就き、静かに寝息を立てはじめた。身体を動かして上掛けをかけても起きないほど、深く眠っているようだった。
僕はベッドのそばに膝をついて、しばらくルークを見つめながら、領都のお邸で彼が見せた苦悶の表情に考えを巡らせた。
転移魔法を発動させた時、ルークは手を差し出してくれたけど、今思えばどこか遠慮がちだった。昨日まであんなに遠慮なく触れてきて、霊園で領主様と邂逅した時も手を繋いでいたのに…。
……もしかして、他人にいいように触られた僕が、嫌になった?
一度持ち上げられて、一気にたたき落さた気分になった。そして、悪いことを考えると、思考がどんどんそっちに傾いていく。もう一度ルークと向き合おうと思っていた矢先、彼の距離を置くような態度にどうしようもなく寂寥感が増していく。
鬱々とした気分をどうにか変えたくて、窓の外に目を向けた。陽はまだ頂点を過ぎたばかりで、このまま帰宅するには惜しいくらいの秋晴れだ。
……そうだ、あそこに行こう。
僕は立ち上がってドアに向かい、ノブに手をかけたところでピタリと動きを止めた。僕はエントランスから入っていないから、ここの使用人たちは僕を客と認識していないはずだ。このまま部屋を出て誰かに見られたら、不審者として扱われかねない。
ルークが起きるのを待つか?
気持ちを立て直すためにも、今は少しルークと距離をおきたい。でも、安易にこの部屋を出ると迷惑をかけてしまう。ドアの前でどうしたものかと立ち尽くしていると、突然ノックの音が部屋に響いた。ルークはまだ起きそうにないし、勝手に開けるわけにもいかない。反応しないのが最適解と判断して、足音を忍ばせてルークのそばに戻ろうとしたら、ドアの向こう側から知った声が聞こえてきた。
「ルーク様、ユイ様。ロイドです」
今、僕の名前が呼ばれた?
そっとドアを開けると、そこには今朝もこの部屋に訪れた従者さんだった。ロイドさんは僕の顔を見ると、一礼して用件を告げた。
「ルナシス様より応接室に案内するよう申し付かり、お迎えに上がりました」
「──ルクス様は今眠っていますが…?」
「それでしたら、ユイ様だけでお越しください」
有無を言わせぬ気迫を感じて、僕は黙って頷き、ロイドさんの後についていった。ルークより少し背が高く、スマートな身のこなしの彼は、従者というより貴族のような佇まいをしている。いや、本当に貴族家出身なのかもしれない。
何の会話もなく廊下の奥へ進んでいると、ロイドさんは一つのドアの前で止まった。ノックして来訪を知らせると、中から入室を許可するルナシスさんの声が聞こえてきた。
ロイドさんはドアを開けて先に部屋に入ると、ドアを支えて「どうぞ」と僕に入室を促してくれた。
「思ったよりも早い帰りだったな」
ルナシスさんが着席を促すように、手を上向きにして優雅にソファを示した。僕は会釈をして、促されたとおり彼女の正面に座った。
「領主様とルクス様のお話が、大変スムーズに進みましたので」
「そうか。それは何よりだった」
微笑みながらティーカップを口元に運ぶ彼女の仕草がとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。
「それで、アーティファクトのことは何か掴めたか?」
「はい。ただ、クイントス家の秘匿情報のようですので、詳細はルクス様にお聞きください」
領主様からお借りした手記の内容を知りたいが、赤の他人の僕が見ることも憚られる。それに、今はルークのマジックバッグの中で見ることができない。
自分はあくまでも部外者なのだと再認識し、何ともいえない寂しさが胸に広がった。
「浮かない顔をしているな」
「……領主様とルクス様の様子を見て、少し感傷的になってしまっただけです。僕は既に両親を亡くしておりますので」
僕はそう言ったことを、すぐに後悔した。ルナシスさんに気を遣わせたかもしれない。無表情の彼女からは感情を読み取れなかったが、周りの空気が少し重くなった気がする。
「…この世界で、新しい家族をつくろうとは考えないのか?」
「……」
「ルクスでは、不服か?」
ルナシスさんの思いがけない問いに驚いて、うまく言葉が出なかった。
「僕では分不相応、…とは思わないのですか?」
「お前たちのことを、どうこう言う気はない。それにルクスは、この先ずっとお前を離さないつもりだ」
本当にそうだろうか?人の心ほど、変わりやすく不確かなものはない。それはルークだって例外ではないはずだ。それに、ただ触れられなかっただけで、こんなにも不安になる自分は、ずっとルークの隣に居続けることができるのか?些細なことでルークの気持ちを疑っていては、とてもじゃないがこの先やっていけない気がする。
ルークにとって何が最良なのか、もう一度考えないと……。
僕はそう思いながら立ち上がり、ルナシスさんに向かって一礼した。
「すみませんが、僕はこれで失礼させていただきます」
「帰るのか?」
「いえ、ちょっと所用を思い出しまして…。差し出がましいお願いですが、ルクス様を無理に起こさないであげてください。随分気を張って、お疲れのようでしたから」
「……承知した」
僕はもう一度ルナシスさんにお辞儀をし、応接室をあとにした。部屋の外に控えていた使用人の案内でエントランスまで来た時、「馬車をすぐにご用意します」と言われたが、歩きたい気分だった僕はそれを丁重に断った。
空を見上げると、そこには雲一つない清々しい秋空が広がっていた。しかし、それとは対照に、僕の心は暗雲が立ち込めたように重く沈んでいた。
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