【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

文字の大きさ
99 / 128
最終章

95

しおりを挟む

 領都のお邸を出るとき、領主様にちゃんと挨拶ができていたか、よく覚えていない。気づいたら、出発地点のルークの部屋に降り立っていて、ルークは疲れた様子でベッドに倒れ込んだ。

「大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れただけ」

 クイントス領から王都は、陸路を使ったら一週間から10日はかかる距離だ。それを一瞬で転移するには、相応の魔力を消費するはずだ。さすがのルークも、その疲労が出たようだ。しかしそれに反して彼は、胸のつっかえが取れたように晴れやかな表情をしていた。お父さんと腹を割って話すことができて、気持ちが軽くなったんだろう。
 もっと話をしなくてもよかったのかと聞くと、ルークは目を細めて応えた。

「十分だ。それに、会いたければいつでも会いに行ける」
「……そっか」

 ルークは目を閉じると、そのまますっと眠りに就き、静かに寝息を立てはじめた。身体を動かして上掛けをかけても起きないほど、深く眠っているようだった。
 僕はベッドのそばに膝をついて、しばらくルークを見つめながら、領都のお邸で彼が見せた苦悶の表情に考えを巡らせた。

 転移魔法を発動させた時、ルークは手を差し出してくれたけど、今思えばどこか遠慮がちだった。昨日まであんなに遠慮なく触れてきて、霊園で領主様と邂逅した時も手を繋いでいたのに…。

 ……もしかして、他人にいいように触られた僕が、嫌になった?

 一度持ち上げられて、一気にたたき落さた気分になった。そして、悪いことを考えると、思考がどんどんそっちに傾いていく。もう一度ルークと向き合おうと思っていた矢先、彼の距離を置くような態度にどうしようもなく寂寥感せきりょうかんが増していく。
 鬱々とした気分をどうにか変えたくて、窓の外に目を向けた。陽はまだ頂点を過ぎたばかりで、このまま帰宅するには惜しいくらいの秋晴れだ。

 ……そうだ、あそこに行こう。

 僕は立ち上がってドアに向かい、ノブに手をかけたところでピタリと動きを止めた。僕はエントランスから入っていないから、ここの使用人たちは僕を客と認識していないはずだ。このまま部屋を出て誰かに見られたら、不審者として扱われかねない。

 ルークが起きるのを待つか?

 気持ちを立て直すためにも、今は少しルークと距離をおきたい。でも、安易にこの部屋を出ると迷惑をかけてしまう。ドアの前でどうしたものかと立ち尽くしていると、突然ノックの音が部屋に響いた。ルークはまだ起きそうにないし、勝手に開けるわけにもいかない。反応しないのが最適解と判断して、足音を忍ばせてルークのそばに戻ろうとしたら、ドアの向こう側から知った声が聞こえてきた。

「ルーク様、ユイ様。ロイドです」

 今、僕の名前が呼ばれた?

 そっとドアを開けると、そこには今朝もこの部屋に訪れた従者さんだった。ロイドさんは僕の顔を見ると、一礼して用件を告げた。

「ルナシス様より応接室に案内するよう申し付かり、お迎えに上がりました」
「──ルクス様は今眠っていますが…?」
「それでしたら、ユイ様だけでお越しください」

 有無を言わせぬ気迫を感じて、僕は黙って頷き、ロイドさんの後についていった。ルークより少し背が高く、スマートな身のこなしの彼は、従者というより貴族のような佇まいをしている。いや、本当に貴族家出身なのかもしれない。
 何の会話もなく廊下の奥へ進んでいると、ロイドさんは一つのドアの前で止まった。ノックして来訪を知らせると、中から入室を許可するルナシスさんの声が聞こえてきた。
 ロイドさんはドアを開けて先に部屋に入ると、ドアを支えて「どうぞ」と僕に入室を促してくれた。

「思ったよりも早い帰りだったな」

 ルナシスさんが着席を促すように、手を上向きにして優雅にソファを示した。僕は会釈をして、促されたとおり彼女の正面に座った。

「領主様とルクス様のお話が、大変スムーズに進みましたので」
「そうか。それは何よりだった」

 微笑みながらティーカップを口元に運ぶ彼女の仕草がとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。

「それで、アーティファクトのことは何か掴めたか?」
「はい。ただ、クイントス家の秘匿情報のようですので、詳細はルクス様にお聞きください」

 領主様からお借りした手記の内容を知りたいが、赤の他人の僕が見ることも憚られる。それに、今はルークのマジックバッグの中で見ることができない。
 自分はあくまでも部外者なのだと再認識し、何ともいえない寂しさが胸に広がった。
 
「浮かない顔をしているな」
「……領主様とルクス様の様子を見て、少し感傷的になってしまっただけです。僕は既に両親を亡くしておりますので」

 僕はそう言ったことを、すぐに後悔した。ルナシスさんに気を遣わせたかもしれない。無表情の彼女からは感情を読み取れなかったが、周りの空気が少し重くなった気がする。

「…この世界で、新しい家族をつくろうとは考えないのか?」
「……」
「ルクスでは、不服か?」

 ルナシスさんの思いがけない問いに驚いて、うまく言葉が出なかった。

「僕では分不相応、…とは思わないのですか?」
「お前たちのことを、どうこう言う気はない。それにルクスは、この先ずっとお前を離さないつもりだ」

 本当にそうだろうか?人の心ほど、変わりやすく不確かなものはない。それはルークだって例外ではないはずだ。それに、ただ触れられなかっただけで、こんなにも不安になる自分は、ずっとルークの隣に居続けることができるのか?些細なことでルークの気持ちを疑っていては、とてもじゃないがこの先やっていけない気がする。

 ルークにとって何が最良なのか、もう一度考えないと……。

 僕はそう思いながら立ち上がり、ルナシスさんに向かって一礼した。

「すみませんが、僕はこれで失礼させていただきます」
「帰るのか?」
「いえ、ちょっと所用を思い出しまして…。差し出がましいお願いですが、ルクス様を無理に起こさないであげてください。随分気を張って、お疲れのようでしたから」
「……承知した」

 僕はもう一度ルナシスさんにお辞儀をし、応接室をあとにした。部屋の外に控えていた使用人の案内でエントランスまで来た時、「馬車をすぐにご用意します」と言われたが、歩きたい気分だった僕はそれを丁重に断った。
 空を見上げると、そこには雲一つない清々しい秋空が広がっていた。しかし、それとは対照に、僕の心は暗雲が立ち込めたように重く沈んでいた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!

カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。 魔法と剣、そして魔物がいる世界で 年の差12歳の政略結婚?! ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。 冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。 人形のような美少女?になったオレの物語。 オレは何のために生まれたのだろうか? もう一人のとある人物は……。 2022年3月9日の夕方、本編完結 番外編追加完結。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...