【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

文字の大きさ
100 / 128
最終章

96

しおりを挟む

 貴族街を抜けて商業街の境まで歩くと、辻馬車が馬車乗り場に停まっていた。これ幸いと、すぐさま乗り込み、いつもとは違う馬車からの景色を眺めながら、目的地を目指した。
 時折吹く秋風が肌を撫でるたび、季節の移り変わりを実感する。収穫祭初日を10日後に控え、行き交う街並みは去年とは一味違った装飾が施されていた。街中を歩く人たちの表情は明るく、収穫祭を目前に浮足立っているようだった。そんな人々を見ていたら、自然と頬が緩んで、目的地に到着する頃には少し気持ちが軽くなっていた。

 馬車を降りると、目の前には見慣れた<レジウム大聖堂>が、天を突くように聳え立っていた。石段を登り、建物に入った瞬間に厳かな雰囲気に包まれ、まるで別世界に来たようだ。
 僕は通路を進み、<世界樹>がよく見えるいつもの場所に腰かけた。今日も生命力に溢れる<世界樹>は、陽の光を浴びてキラキラ輝いていた。ここで<世界樹>を見ていると、自分がとてもちっぽけに思える。だから、何かで悩んだり気持ちが沈んだ時は、大聖堂に来るようになった。

 ここに来てから、鬱々とした気分が随分晴れた気がする。

「おや、ユイ。連日来るとは珍しいな」

 視界の外から声をかけられて顔を向けると、そこには黒い長衣に赤紫色の腰帯を巻いた司教様がそこに立っていた。いや、そのような出で立ちをしているだけで、正確には司教様ではない。

「モーリス大──」

 名前を言いかけた時、モーリス大司教様が人差し指を自身の唇に立てた。僕が慌てて口をつぐむと、彼はこれまでと変わらない調子で話しを続けた。

「何やら、浮かない顔をしていたようだが?」
「……たいしたことではないです」

 僕が笑顔でそう答えると、モーリス大司教様もにこやかに「そうか」と言って、深く追求してこなかった。昨日の返事を聞かれると思っていたが、それも特に尋ねてこなかった。どうするかはもう決めているが、聞かれなければ今伝える必要もないだろう。

「ところで今日は、クイントス家のご令息とは一緒じゃないのかね?」
「はい。そうですが…」

 ルークと一緒に大聖堂に来たのは昨日が初めてなのに、なぜそんなことを聞くんだろう?そんなに仲が良いように見えたのか?

「そうか。昨日君たちを見たとき…、正確には伯爵令息の様子を見て、彼にとって君は特別な存在なのだと感じたものだから」

 僕たちが一緒にいるところを初めて見る人でも、そんな風に感じるんだ……。

 それくらい、ルークの態度があからさまだったと思うと恥ずかしくなる。そういえば孤児院にいたときも、度々ライルに「イチャつくな」と言われていた。

「…でも、人の心は変わりやすいです。昨日まではそうでも、今日は違うかもしれない」
「そうだな。人の心のみならず、この世界のあらゆるものに変化は訪れる。ただ、それが今日なのかは分からない」
「……」
「その者の心が変化したのか知りたければ、まずは語りかけてみることだ」

 その通りだ。僕が抱いているこの不安も、自分の勝手な憶測から生まれたものだ。ルークが何を思ってあんな苦悶の表情を浮かべ、触れることを止めたのか、ただ彼に聞いてみればいいだけのことだ。

「本当に…そうですね」

 勇気はいるが、再会後の彼の態度を思えば、そんなに酷いことを言われることはないかもしれない。

 ルークのこととなると、本当に臆病になるな…。

「少しは気持ちが晴れたかね?」
「はい。お話を聞いてくださって、ありがとうございました」

 僕の表情を見て、モーリス大司教様も微笑み返した。やはり大聖堂に来て正解だったと思う。

「ところで、ユイ。昨日の件について考えてくれたかな?」

 今日は聞かれないだろうと思っていたのに、何の前触れもなく言及されて少し驚いた。もしかしたら、モーリス大司教様は僕が思っている以上に、今回の件に関して焦りを感じているのかもしれない。

「もし既に答えが出ているのなら、聞かせてほしい。もちろん、まだであれば明日まで待つが…」
「いえ、大丈夫です。もう心は決まっています」

 僕は一呼吸おいて、モーリス大司教様をまっすぐ見つめた。

「今回の件、お引き受けします。僕の力がどこまで及ぶのかは分かりませんが…」

 僕の答えに対して、モーリス大司教様は安心したように微笑み、「ありがとう」と掠れた声でぽつりと言ったのが聞こえた。

「決心した理由を聞いても?」

 正直、利己的な理由だから言い難い。しかし、モーリス大司教様はそれを見越して、僕に<最後の救済>の特性を話したはずだ。

「……叶えたい願いが、あるんです」

 正確には、願いを叶えるために果たしたいことがあるからだ。それは、どんな魔法を使っても成せることじゃない。もしかしたら、<最後の救済>でも不可能かもしれない。それでも、可能性があるのなら試してみたい。

「それならば、必ず今回の件を成功させねばならんな」
「はい。そこで…、折り入ってお願いしたことがあるのですが…」
「私に出来ることであれば」

「もし、まだ時間に猶予があるのなら、僕に訓練の場を設けていただけませんか」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...