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最終章
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しおりを挟む貴族街を抜けて商業街の境まで歩くと、辻馬車が馬車乗り場に停まっていた。これ幸いと、すぐさま乗り込み、いつもとは違う馬車からの景色を眺めながら、目的地を目指した。
時折吹く秋風が肌を撫でるたび、季節の移り変わりを実感する。収穫祭初日を10日後に控え、行き交う街並みは去年とは一味違った装飾が施されていた。街中を歩く人たちの表情は明るく、収穫祭を目前に浮足立っているようだった。そんな人々を見ていたら、自然と頬が緩んで、目的地に到着する頃には少し気持ちが軽くなっていた。
馬車を降りると、目の前には見慣れた<レジウム大聖堂>が、天を突くように聳え立っていた。石段を登り、建物に入った瞬間に厳かな雰囲気に包まれ、まるで別世界に来たようだ。
僕は通路を進み、<世界樹>がよく見えるいつもの場所に腰かけた。今日も生命力に溢れる<世界樹>は、陽の光を浴びてキラキラ輝いていた。ここで<世界樹>を見ていると、自分がとてもちっぽけに思える。だから、何かで悩んだり気持ちが沈んだ時は、大聖堂に来るようになった。
ここに来てから、鬱々とした気分が随分晴れた気がする。
「おや、ユイ。連日来るとは珍しいな」
視界の外から声をかけられて顔を向けると、そこには黒い長衣に赤紫色の腰帯を巻いた司教様がそこに立っていた。いや、そのような出で立ちをしているだけで、正確には司教様ではない。
「モーリス大──」
名前を言いかけた時、モーリス大司教様が人差し指を自身の唇に立てた。僕が慌てて口をつぐむと、彼はこれまでと変わらない調子で話しを続けた。
「何やら、浮かない顔をしていたようだが?」
「……たいしたことではないです」
僕が笑顔でそう答えると、モーリス大司教様もにこやかに「そうか」と言って、深く追求してこなかった。昨日の返事を聞かれると思っていたが、それも特に尋ねてこなかった。どうするかはもう決めているが、聞かれなければ今伝える必要もないだろう。
「ところで今日は、クイントス家のご令息とは一緒じゃないのかね?」
「はい。そうですが…」
ルークと一緒に大聖堂に来たのは昨日が初めてなのに、なぜそんなことを聞くんだろう?そんなに仲が良いように見えたのか?
「そうか。昨日君たちを見たとき…、正確には伯爵令息の様子を見て、彼にとって君は特別な存在なのだと感じたものだから」
僕たちが一緒にいるところを初めて見る人でも、そんな風に感じるんだ……。
それくらい、ルークの態度があからさまだったと思うと恥ずかしくなる。そういえば孤児院にいたときも、度々ライルに「イチャつくな」と言われていた。
「…でも、人の心は変わりやすいです。昨日まではそうでも、今日は違うかもしれない」
「そうだな。人の心のみならず、この世界のあらゆるものに変化は訪れる。ただ、それが今日なのかは分からない」
「……」
「その者の心が変化したのか知りたければ、まずは語りかけてみることだ」
その通りだ。僕が抱いているこの不安も、自分の勝手な憶測から生まれたものだ。ルークが何を思ってあんな苦悶の表情を浮かべ、触れることを止めたのか、ただ彼に聞いてみればいいだけのことだ。
「本当に…そうですね」
勇気はいるが、再会後の彼の態度を思えば、そんなに酷いことを言われることはないかもしれない。
ルークのこととなると、本当に臆病になるな…。
「少しは気持ちが晴れたかね?」
「はい。お話を聞いてくださって、ありがとうございました」
僕の表情を見て、モーリス大司教様も微笑み返した。やはり大聖堂に来て正解だったと思う。
「ところで、ユイ。昨日の件について考えてくれたかな?」
今日は聞かれないだろうと思っていたのに、何の前触れもなく言及されて少し驚いた。もしかしたら、モーリス大司教様は僕が思っている以上に、今回の件に関して焦りを感じているのかもしれない。
「もし既に答えが出ているのなら、聞かせてほしい。もちろん、まだであれば明日まで待つが…」
「いえ、大丈夫です。もう心は決まっています」
僕は一呼吸おいて、モーリス大司教様をまっすぐ見つめた。
「今回の件、お引き受けします。僕の力がどこまで及ぶのかは分かりませんが…」
僕の答えに対して、モーリス大司教様は安心したように微笑み、「ありがとう」と掠れた声でぽつりと言ったのが聞こえた。
「決心した理由を聞いても?」
正直、利己的な理由だから言い難い。しかし、モーリス大司教様はそれを見越して、僕に<最後の救済>の特性を話したはずだ。
「……叶えたい願いが、あるんです」
正確には、願いを叶えるために果たしたいことがあるからだ。それは、どんな魔法を使っても成せることじゃない。もしかしたら、<最後の救済>でも不可能かもしれない。それでも、可能性があるのなら試してみたい。
「それならば、必ず今回の件を成功させねばならんな」
「はい。そこで…、折り入ってお願いしたことがあるのですが…」
「私に出来ることであれば」
「もし、まだ時間に猶予があるのなら、僕に訓練の場を設けていただけませんか」
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