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イジメの兆候

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「村上くんを推薦します」
 副委員長の香山さんが手を上げて先生に言った。
 もう一人の副委員長の上田くんがお父さんの会社の都合で引っ越すことになった。それで副委員長の男子の席が空いて誰かがやらなければならなくなったのだ。
 香山さん、あれほど、僕には委員なんて似合わないって言っていたのに。
 香山さんがそう言ったあとに、修二や文哉くん、松下くんまで賛成、賛成、と手を上げた。小川さんまで手を上げている。
「反対の人は?」先生がみんなに訊いたけど、誰も反対する人などいなかった。
 休み時間に「ごめんね。村上くん、あと二ヶ月ちょっとの辛抱だから」と香山さんは僕の方に寄ってきて言った。
「何で僕なんや?」と訊くと「村上くん以外、他に誰も思いつかなかったから」
 香山さんはあっさりと答えた。
「村上くん、仁美ちゃんに頼られているんだよ」
 小川さんがそばに来て微笑んだ。
 頼られてる?・・とてもそんな感じはしないけどな。
「それに副委員長なんて、そんなにたいした仕事なんてないから安心して」
 香山さんはそう断言したけれど、本当だろうな。

 香山さんの言った通りたいした仕事なんてなかった。日誌を順番で書いたり、ウサギの餌やりの当番や掃除当番を決めたり、教室の片づけをするくらいだ。
 長田さんは朝の「起立」や「礼」を毎日のように言って、交替で僕と香山さんも言う。
 教室の一番後ろには相談箱というのがあって誰でも匿名で投書ができる。
 僕と香山さんは金曜日に箱から投書の紙を取り出してノートに書き移す。
 投書には、誰かが友達同士で映画館に行っているのを見た、とかウサギのマルちゃんが病気みたい、だとかが書かれてある。そんなに多くは入っていない。
 けれど、ノートに書かれた投書の中の四月の内容が僕の目に留まった。
「クラスの女子でみんなに押し花を渡す人がいました。本人は何も言わないけれど、それは自分の配下になれ、という意味なんだそうです。それっておかしいと思います。生徒はみんな平等のはずです。上下関係があったらおかしいと思いませんか? 先生はこのことをご存知なのでしょうか?」
 これって長田さんのことなのか? 以前、修二に聞いたことがある。
 僕は彼女の誕生会の嫌な出来事を思い出した。
 僕はもらなかったけれど、女の子は全員貰っていたのか?
 香山さんや小川さんも?
 先生はこのノートを読んでないだろう。僕以外の委員もおそらく読んでいないだろう。



「芦田智子、長田さん派、脱落!」
 私の机の中に誰かが入れたのだろうか? 汚い字でそう書かれた紙切れが入っていた。
 どういう意味なんだろう? 何かの嫌がらせ?
 長田さん派になるのに、条件なんてあるのかな?
 私は押し花を受け取っていないから長田さん派じゃないのにな。それにクラスだって違う。
 前に私が考えさせてくださいと言ったからかな?
 加奈ちゃんに話そうと思ったけど、加奈ちゃん、ピアノの発表会で忙しいだろうな。
 次の日、学校に行くと私の椅子に大きく「ブス」とマジックで書かれていた。
 マジックは消せない。濡らした雑巾を持ってきて洗剤を使って何度も拭いた。少し薄くなってわからなくなったけど椅子の色が落ちてしまった。
 隣の席の伊藤さんが「芦田さん、どうしたの?」と聞いてきた。
 私は「何でもない」と首を振り椅子に座った。椅子がまだあまり乾いていなかったのでスカートがだんだん湿ってくるのがわかって気持ち悪かった。
 授業が始まるので机の中から国語の教科書を出すと、そこにもマジックで大きく「ブス」と書かれてあった。教科書の何ページかが破れていた。今日の授業で習うところだ。
 加奈ちゃんの所に寄って相談しようと思ったけれど、こんな落書きのようなちっぽけな話で相談なんてできない。
「伊藤さん、教科書、見せて」と隣の伊藤さんに言うと「かまへんよ」と快く見せてくれた。
 でも、加奈ちゃんには聞いて欲しい。

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