「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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押し花

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「押し花を配った長田さんは別に悪いことをしたわけではないわ。あまり感心できるものではないけれど」
 池永先生は最初「そんなことがあるの?」と言って少し驚いたようだった。
 池永先生は石谷さんの二組の担任の先生だ。
 僕と石谷さんは職員室にいた。ほとんどのことを石谷さんと一緒になって話した。
「芦田さんをいじめているのは川田さんと赤坂さんの二人ね」
 僕たちは揃って強く頷く。
「そして、石谷さんは芦田さんのお友達というわけね」
 先生はボールペンを手でクルクルと回している。
「石谷さん、芦田さんは来ないのね」
「あの子、そういう子なんです」
 石谷さんは芦田さんに先生の所に一緒に行こう、って誘ったけれど断られたらしい。
「でもねえ、気持ちはわかるけど、芦田さんがいないと、先生、困るのよ」
 回していたペンがピタリと止まる。
「どうしてですか?」
 石谷さんは少し興奮気味だ。
「先生は川田さんたちに芦田さんに対して何かしていないか、問いただしてみるわよ。それで彼女たちが何もしていないって言ったらどうなると思う?」
「先生、どういうことですか?」
 石谷さんは声を荒げてた。
 彼女はすごく友達思いなんだと思う。
 僕が姉妹だと知っている香山さんが小川さんに対してそうだったように、石谷さんも芦田さんに対して同じくらい大事に思っているのだろう。
「それで、芦田さんも何もされてないって言ったら、よけいにいじめはひどくなるわよ。芦田さんが先生に告げ口したっていうことになってしまうわ」
「そんなっ」
 先生の言うことは理解できる。けれど、石谷さんに納得のできる回答ではない。
「こういうことは、『根っこ』の部分を直さないと」
 先生は再びボールペンを手でクルクルと回しはじめた。
「智子が押し花を長田さんからもらえばいいということですか?」
「うーん。その押し花の話、先生、今、初めて聞いたところだし、よくわからないのよ。長田さんのクラスの担任の先生にも訊いておくわ」
 誰だってわからないと思う。そして、押し花を配った意味もだんだわからなくなってきた。
 そもそも長田さんはどうしてそんなものを配ったりしたのだ。
 何かが見えかけているのに、まだそれがはっきりと見えない。
 僕は修二が長田さんに訊かれた言葉を思い出した。
 僕が香山さんと小川さんと仲がいいのか、と訊ねられたことを。
 この事態は最初はすごく単純なことから始まったのではないだろうか?

「村上くん、合同練習の時は本当にありがとう」
 石谷さんは職員室からの帰りにそう言い始めた。
 違うクラスの男女が職員室から出て廊下を歩くのは人目を引く。
 変な風に勘ぐる人もいるかもしれない。
 石谷さんは長い髪で清楚な雰囲気を漂わせているからなお更だ。でもこれが石谷さんでなくても香山さんや小川さんでも目を引くのかもしれない。要するに男女が一緒に歩いていたら人って何かしら勘ぐるものだ。
「智子とはね。最近、友達になったばかりなの」
「そうなんか。ずっと前からの友達やと思ってた」
「十月になってからよ」
「まだ間がないやんか。すごく仲がええように見えたけど」
 僕は「芦田堂」の前で会った芦田さんの明るい笑顔を思い出していた。
「だから、まだどこにも遊びに行ったことがなくて」
「これから、どこでも行ったらええやんか」
「うん、そのつもり。でも智子に元気がなかったら、どこに行っても楽しくないわ」
 石谷さんの話を聞きながら僕は元気のない叔母さんとどこかに行くことを想像したりしたけど、上手く想像できなかった。
「ピアノは何であんなに頑張って弾いているんや」
「今度のピアノの発表会に出ることになっているの。もう三年も出てるんだけど」
「すごいな。僕なんて音痴やから、縦笛も満足に吹かれへんからな」
石谷さんは少し笑った。
「長田さんも、たぶん出ると思うわ」
長田さんがピアノ?石谷さん同様に似合いすぎてあまり驚かないから不思議だ。
きっと長田さんもどこかで一生懸命にピアノを弾いているんだろう。
僕は考えていた。
僕は勝手に長田さんを特別な人間だと考えすぎなのではないだろうか、と。
「石谷さん、僕、応援してるよ」
「ありがとう、村上くん」
僕たちはそう言ってお互いの教室に入った。



 日曜日には父と十文字山の山頂を目指して歩いた。年に何回か休みの日にはこうして父と山に登る。十文字山や他の山を登る。
 そんなに楽しくもないけれど、山に登るのは好きだったし、この習慣は僕が小学一年生の時から続けている。年を重ねるにつれて怖かった父が少しずつそうではなくなっていくのが山に来てみてわかる。
 紅葉まではまだ少し間があるけれど秋らしい色になっているのが分かる。
 山頂に着いて大きな岩の上に二人で腰を掛けると父は煙草に火を点け煙をくゆらせた。
「学校はどうだ?」父はまるで叔母さんの会社の男の人のような質問をした。
 男の人の話はみんなこういう質問をするものなのだろうか?
「うん、楽しいよ」と答える。詳しい話をしても仕方ない気がする。
 例えば長田さんの押し花の話をすれば父はのってくるのだろうか?
「陽一、優美子叔母さんといつも仲いいな」
 まるで長田さんが修二にしたという質問みたいだ。
「叔母さん、面白いから」
「そやけど、あんまり二人の仲がええと、お母さん、焼餅やくかもしれんぞ」
 お母さんが焼餅?あまり想像できない。
「まあ、それは冗談や。お母さんはそんな人やないからな」
 でも一つ分かったことがある。「学校がどうだ?」とかの質問は他に言いたいことがある時の前置きみたいなものだと。
 しかし、それでは叔母さんの会社の男の人は僕に前置きばかり言っていたことになる。
 本当は他に言いたいことがあったのだろうか?
 そして叔母さんには当然、前置き以上の話をしていたのだろう。
 ああ、そうか。僕のような子供には前置きくらいのことしか言えない、ってことなんだな。そう思うとだんだん腹が立ってきた。
「お父さんって、会社に友達はおるんか?」他に話すこともないので一応訊いてみる。
「あまり、考えたことはあらへんけどなあ。まあ、麻雀仲間が友達みたいなもんや」
「ふーん」あまり面白くない。
「でもなあ、陽一、大きくなっても麻雀はせん方がええぞ」
「なんで?」
「麻雀しだすと会社の中に派閥ができるんや。陽一にはグループと言うた方が分かりやすいか。麻雀する奴と、せえへん奴と。それが会社の仕事の中にも影響したりするから始末に悪い。」
「麻雀ってただのゲームみたいなもんやろ?」
「ただのゲームでもする奴にとっては、それはもうただのゲームやなくなるんや」
「そんなもんなん?」
「しかもせえへん奴から見たら麻雀って、もう憎しみの対象でしかなくなるんや」
「そこまで考えるんか?なんか大人気ないなあ」
「そこんところは大人も子供もないかもしれへんなあ」
「そしたら、僕が修二とゲームしとったら誰かが憎みだすかもしれへんのか?」
 父はそこで煙草の煙を大きく吐いた。
「陽一は修二くんとだけ遊んどるんとちゃうやろ?」
 まあ、そうだけど、今は他にも松下くん、山中くんや文哉くんがいる。
 女の子だけど香山さんや小川さんもいる。
「お父さん、そんな話をしても麻雀はやめないんやな?」
「あれは中毒性があるからなあ。それに今さら、抜けられへんし」
 そんな事を聞かされると父が弱い人間のように感じてしまうから不思議だ。
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