「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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お店にまで

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 最近、お父さんはすごく嬉しそうだ。お店の栗饅頭が飛ぶように売れているからだ。
 私が店に出ている時も近所の主婦が栗饅頭お目当てで来てたくさん買ってくれる。
 今度、加奈ちゃんにも食べてもらおう。
 お父さんはもっと売れ行きがよくなればお手伝いさんを雇って私が店番をやらなくてもいいようになるな、と言って笑っている。
 お母さんも機嫌が良くて御飯の中にもお饅頭に使えなかった栗をたくさん入れてくれる。
 家の中にいてそんな二人を見ていればいじめなんて本当にあるのかな?と他人事のように思えてくる。
 学校に行かなければ何事も起こらない。でも、学校に行かないと加奈ちゃんに会えない。
 そうだ、いつか私が「芦田堂」の主人になって加奈ちゃんにお店にずっといてもらおう。
 お店をもっと広くしてピアノが置ける場所を作って、お店にお客さんが少ない時にはピアノを弾いてもらおう。忙しい時間には加奈ちゃんと二人でお店を切り盛りしよう。
 そんなことを考えたりしていたらすごく楽しい。
 でも「芦田堂」はお兄ちゃんが継ぐのだろうか?私はどこかお嫁に行くことになるのだろうか?そしたら加奈ちゃんにもずっと会えなくなるのかな?
 加奈ちゃんには加奈ちゃんの人生がある。

「おかしいなあ」
 昨日まで嬉しそうにしていた父がそわそわと落ち着かないでいる。
「どうしたの?お父さん」
「さっき変な電話があってなあ。おまえんとこは腐り物を売ってるんか?って」
 お父さんは私にいつも教えるようにきちんとした考えを持っているし、商売でも間違ったことはしたりしない。
 和菓子の苦情もこれまでほとんどない。
 だから、これだけ長く愛され続ける店になったのだ。
「誰か、わからないの?」
「それがわかったら苦労はせえへんて。訊いても名乗らずじまいや」
 お父さんはすごく悔しそうだ。
 娘の私もお父さんの気持ちが痛いほどわかる。お母さんと手分けして、ずっとこのお店を守ってきたんだもの。
「あなた、どの商品のことを言っているのか、わからないの?」
 お母さんもおろおろしながらお父さんに訊ねている。
「いやあ、それがなあ、わからへんねや。ただの悪戯やったらええねんけどなあ」
 お父さん、すごい汗だ。
「お父さん、そんなのいちいち気にしていたら、お店、できないよ」
「でもなあ」
 それでも気にするのがお父さんだ。気にしない人がやっていれば「芦田堂」はとっくに潰れている。



「長田さん、運動会のクラス対抗のリレーのアンカーやけどな。僕と文哉くん、どっちがええと思う?」
 僕は長田さんに訊ねた。
 長田さんの青い瞳が僕の目と合った。
 問題は前日の香山さんの言葉から始まった。
「村上くん、リレーのアンカー、村上くんより文哉くんがいいっていう声が上がったのよ」
 助かった!
「その方がええやん」
 絶対に文哉くんの方がいいに決まってる。
「私は修二くんの推薦もあったし、私が村上くんがいいって言ったのよ!」
 香山さんが少し怒り顔だ。
「それに、村上くんは100m走も速かったわ」
 僕はすごくおだてられているのか?
「どないしたらええんや?」
「多数決ね」
「僕、降りてもええよ」
「ダメよ。それに私は、文哉くんの方ががいいって言っている女子が清田さんや八木さんのような長田さんの腰巾着が言っているから反対したいのよ」
 香山さんはあの連中のことをかなり嫌いみたいだ。
「清田さんたちが、何でやろ?」
「知らないわよ。女子に人気があるからなんじゃないの?」
 少なくとも僕よりはありそうだ。

 結局、次の日のクラスの話し合いの時間に多数決ということになった。
 多数決は文哉くんの方が一票多かった。助かった!と思ったけど香山さんはこう言った。
「多数決は村上くんの方が少ないけど、100mの予選では村上くんの方が速かったわ」
 香山さん、もういいよ。多数決で決まったんだから。
 小川さんが手を上げた。
「私は委員長の長田さんに決めてもらった方がいいと思います」
 小川さんの発言に教室の空気が少し引き締まった。
 当の本人である委員長の長田さんは自分の席に座っている。
 どうして長田さんは委員長になんかなろうと思ったのだろう?
 何もしないのなら委員長になる必要なんて全くない。
 今度は清田さんが手を上げた。
「もう多数決で決まったんだから、文哉くんでいいと思います!」
 引き締まった空気がまたざわつきはじめる。
「ほら、村上くん。出番!」
 横にいる香山さんが僕の脇腹を小突いた。
 ほら、出番って、香山さんは叔母さんみたいなことを言うな。

「長田さん、悪いけど、席に座っとらんで教壇に上がってくれる?」
 それは、はじめて僕が長田さんに言った命令口調だった。
「長田さんに向かって命令するなんて!」
 清田さんがすごい剣幕で怒鳴った。
えっ、あかんのか?生徒同士なのに。
 けれど、清田さんの言葉より生徒たち全員が長田さんの方に注目が集まっていた。
 長田さんは静かに教壇に上がった。金色の髪がふわりと動く。
 歩き方、身のこなし方、全てに気品があり、まさしく本当のお嬢さまに見える。
「長田さん、これも委員長の仕事やと僕は思う」
 そう言って僕は長田さんに決めてもらうように訊ねた。
「長田さんはどっちがええ?」
 教室の全員が静まり返っていた。みんな長田さんの言葉を待っていた。
「私・・村上くんがいい」
 長田さんの口から発せられたのは、すごく短い単語だった。
 何の理由も付さない子供のような言葉だ。
「村上くんの方が速そうだから」とか、香山さんのように「100mの予選では村上くんの方が速かったから」とかの理由がなく、もっと「根っこ」のような言葉だった。
 単に長田さんは好き嫌いのように「いい」と言った。
 けれどその長田さんの言葉に一番驚いていたのは清田さんと八木さんだった。

 その時、僕は理解した。
 清田さんと八木さんは長田さんが文哉くんが女子に人気があるから長田さんもそうであろうと勝手に思い込んで僕がアンカーになることを反対していたのだ。
 そこには何の信頼関係もない。
 当然、友情が生まれることなんてない。
 そして僕は長田さんの誕生会を思い出していた。
 あの時、一番情けないプレゼントを長田さんに渡したのは僕だ。
 僕は感じていなかったけれど、清田さんと八木さんたちは僕のことを長田さんに合わない人間だと感じていたのだろう。
「委員長の言葉もあったのでリレーのアンカーは村上くんで決まりということでいい?」
香山さんの言葉に誰も文句を言う生徒はいなかった。
「誰か異論のある人はいる?」
 清田さんや八木さんは何も言わず黙っている。
 長田さんは何も言わず自分の席に戻った。
 一言で長田さんは委員長の仕事を終えた。ある意味すごい貫禄を持っているとも言える。
 それで結局、僕はリレーのアンカーということになった。
 何の意味もない出来事のように思えたが、これではっきりした。
 長田さんの配下たちは長田さんの意思とは関係なく行動する。

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