「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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困惑する父

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学校の帰りは家に帰ると自転車を出して吉水川まで行って川伝いに土手を走る。
毎日欠かさずに走った。今日は修二をつき合わせた。
陽が沈みかけると家に戻る。運動しているのですごくお腹が空く。
 晩御飯を食べてお風呂に入る。ふくらはぎが日に日に硬くなっていくのがわかる。
「村上、おまえ、えらいなあ」
 その日、修二はへとへとになった様子で大きな息を吐きながら言った。
「何でや?」僕はまだまだ走れる。
「長田さんにあんなこと言うて」
「教壇に上がってくれ、とか、アンカーどっちにするかを決めてくれ、とかのことか?」
「わかってるんか」
「わかってるけど。別に普通やないか」
「普通が普通でない場合もあるんや。今まで長田さんにそんなこと言うた奴、おらんで」
「そやけど、人って、平等やろ」僕は井口さんの投書を思い出していた。
「俺は違うと思うで、平等なことあるかいな」
「何でそう思うんや」
「たとえな、喧嘩の強い悪い奴に『間抜け!』とか言えるか?」
「言えへん。言うたら殴られる」
「そうやろ。でも松下にやったら言えるやろ」
 松下くんには悪いけど、言える。
「修二、それが今回の長田さんのことに当てはまると言いたいんやな」
「そうや」
「修二の言ってることはわかるけど。それは平等の話とは関係あらへんと思う。喧嘩の強い奴が悪いことしてたら、僕は何か言うと思うし、何も悪いことをしてへん松下くんには何も言わへん」
「そうやな。村上やったら、そう言うと思った」
 修二から拍子抜けの言葉が返ってきた。
「えっ、人間って平等じゃないんや、って言い返さんのか?」
「いいや、もう言うのはやめや。なんか、最近の村上、ちゃんとした考えがあるみたいやから。俺が言うても話にきりがないような気がする」
 ちゃんとした考えなんて僕にはない。僕はちゃんとしたことを知りたいだけだ。
「僕は悔しいんや。この世の中に僕の知らんことがあることが」
 子供たちが川の真ん中にある中洲で遊んでいる。大雨が降ったりすると中洲なんて完全に川の水の中に埋没する。でも、子供たちはそんなことになることは考えない。
 そんなことをいちいち考えていたりしたら遊べなくなる。しかし、親たちは考えないといけない。
 子供たちは親が心配してくれるという大きな安心があるから、気にせずに遊んでいる。
 僕も川の土手を走っているけど、家に帰れば父と母がいて暖かいご飯が待っている。
 ただ、家に帰っても親がいない家の子供だったらどうだろうか?
 雨が降り始めても中洲に残ったまま遊び相手もいないのに遊び続けるだろう。
「私はここにいるよ」と泣きながら誰かが迎えに来てくれるのを待っているのではないだろうか?
「ふーん。村上のそんな所が香山さんとかに好かれるんかもしれんなあ」
 香山さんに?
「香山みたいな、いつもつんつんしてる女子と普通にしゃべっとるの村上ぐらいやぞ」
 別に普通に話していないけどな。香山さんの方が圧倒的に上の立場のような気がする。
「しかしなあ、村上、それでも俺は長田さんは特別な人間やと思うぞ」



「今まで苦情なんて出たことなかったんだよ・・んっ」
「ちょっと、智子、パンを飲み込んでから話しなさいよ」
 給食を食べながら智子は言った。パンを喉に詰まらせている。
「加奈ちゃん、ごめん」
 智子は牛乳を飲み胸をトントンと叩きながらパンを胃の中に落としたようだった。
「それでね。私がなるべくお店にいるようにして、もし変な電話がかかってきたら、私、言ってやるの」
 智子はすごく張り切っている。
「どう言うの?」
「当店ではお客様に変なものは一切、出しておりません、って」
 智子はお店のこととなると一生懸命だ。父親譲りなのだろうか?
 でも、私には気になる。向こうにいる赤坂さんと川田さんがこちらを時々見て薄ら笑いのようなものを浮かべているのを。
「智子、最近、何かされた?」
 智子は首を振ると「大丈夫だよ、何にもない」と答えた。
 教室は運動会の話で結構盛り上がっている。
 以前、一人で給食を食べていた伊藤さんは橋本さんと二人で食べるようになったようだ。
 そんな二人を見ていると私まで嬉しくなる。
 伊藤さんは言っていた「大事な人は一人でいい」と。
 本当にそうだろうか?
 私にはとても無理だけど、智子ほどの明るさがあれば、私以外の他の人とも友達になってその人を幸せにしてあげることができるのではないだろうか?
「ねえ、智子、私と友達になる前に友達を作ろうと思わなかったの?智子くらい明るかったらいくらでも」
「えへへ。馴れ合いで友達になるのはよくないんだよ。何か理由がないと」
「それもお父さん?」
 智子はこくりと頷いた。
 私と智子にそれほどの理由があったのだろうか?
「それと、智子、ごめん、私、運動会、見学か、欠席することにした」
 私は智子の顔の前で両手を合わせて謝った。
「そうなんだ」
「手の怪我のことで、お医者さんにも大事をとって運動会とか体育の授業はしばらく休んだ方がいいって言われて。智子、本当にごめん!」
「加奈ちゃん、謝らなくてもいいよ。どうして謝るのかな?」
「だって、智子と友達になってからの初めての運動会じゃない」
「うん、そう言えば、そうだね」
 智子は給食を食べ終わって口元をハンカチで拭くと両手を合わせて「ごちそうさま」をした。
「私、加奈ちゃんの分も頑張るよ。大玉転がしも綱引きも頑張るよ」
「でも走るのだけは、私、ダメだから」智子はそう言い笑った。



「あくどい悪戯やな」
 お父さんが画用紙サイズの紙を持っていた。
「こんなものが店の郵便受けに投げ込まれてあったんや」
 お父さんはお母さんにその紙を見せた。私も見せてもらった。
 書かれてある内容もそうだけど、その字を見た瞬間、私の両足がガタガタと震えだした。
 変な汗が体中から噴き出てくるのを感じた。
「何か、わし、恨まれとるんかなあ」
 これは大人の字じゃない。
 これは私と同年齢くらいの女の子の字だ。
 その紙には「この町から出ていけ!」と書かれてあった。
 女の子の字と書かれている内容がアンバランスなのでよけいに残酷に見えた。
 どうしてこんなことが書けるの?
 加奈ちゃん、私、自信ないよ・・この悪戯書きが川田さんたちがしたものではないと言い切れる自信がないよ。
「お父さん、前にかかってきた悪戯電話って、男の人やった?」
「男や。若い男の声やったな」
 川田さん本人でないかもしれない。男の兄弟がいて、電話をさせたのかもしれない。
「そやけど、これ、どうみても子供の字やなあ」
 お父さんがそう言うんだから、間違いない。私と同じ子供の字だ。
 お父さんは子供に恨まれることなんて絶対にない。
 加奈ちゃん、ごめんなさい。これって加奈ちゃんが言ってたイジメだよね。
 家族が困っているのを楽しんでするのもイジメだよね。
「お父さん、私のせいかもしれない」
 私がようやく口にした言葉は震えていた。
「なんで智子のせいなんや?」
 何も知らないお父さんの顔を見るのが辛い。

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