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中庭の喫茶室①
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◆中庭の喫茶室
「お茶」と言うから、てっきり外に出るのかと思っていたら違った。三崎涼子は予め決めていたように、美術館の中心に進んだ。
美術館の吹き抜けの中庭には、喫茶室があった。白色を基調としていて、美術館に相応しい感じの店だった。
天井はガラス張りだ。五月の優しい太陽の光が差し込んでいる。
店の中は、ほとんどの席が埋まっていたが、彼女は隅っこの空いた席を見つけると、「あそこにしましょう」とずんずんと進んだ。
白色の丸テーブルで向き合うと、改めて三崎涼子を意識した。
先ほどまでは絵画を鑑賞している彼女の横顔ばかりだったが、こうして真正面で目が合うと、気恥ずかしさが倍増する。
「三崎さんは、前にもここに来たことがあるの?」僕がさりげなく訊くと、
「何度か、親戚の叔父さんと来たわ」
やはり彼女には特定の男子はいないのだろうか? と考えながら、彼女と同じアイスコーヒーを頼んだ。
「いつもは紅茶・・アールグレイを頼むのだけど、今日は暑いから」
その言い方は、普段は「私、紅茶主義なの」と言っているようだった。
辺りを見ると、客層は静かな人たちばかりだ。画集を広げていたり、また画集でなくとも文庫本を熱心に読んでいる人も目立つ。若い男女は僕たちだけだ。
アイスコーヒーが運ばれてきて、落ち着くと、「初めての美術館はどうだった?」と彼女が訊いた。
僕は正直に思ったことを言った。
想像していたより遙かに面白かったこと、絵が描かれた時代の背景や、画家の人生を知ると、もっと面白くなること等を話した。更に、日本人画家の「朝顔」が印象的だったことも付け加えた。
僕が話すのを三崎涼子は頷きながら聞いていた。その様子を見る限りでは見当違いなことは言っていないように思った。
しばらくすると・・さて、困った。
・・話題がない。
何の話をしよう?
大学の話をしようとしても、学部が法学部と文学部で異なるし、一般教養の話をするのも堅苦しい感じがした。
ここは正直に、この大学に入って感じたことを話せばいい、そう思って、
「この大学の生徒って、金持ちが多いよね」と言った。
言ってから、「ああ、何てことを言ってしまったんだ!」と思った。話題がこの場に相応しくないし、ここでなくとも世俗的な話題だと思った。
更に問題なのは、三崎涼子がお金持ちだった場合だ。仮にそうであれば、かなりの嫌味に聞こえてしまう。
「ごめん、聞かなかったことにして」と言おうとしたけど、
三崎涼子は、「そうね」と先に応えた。
「そう思うよね」僕は嬉しそうに言った。
なんだか、自分が情けなく感じた。話題もつまらないし、会話のやり取りがリズムに乗っていない。すぐに話題が尽きてしまう流れだ。
三崎涼子はアイスコーヒーのストローで氷をくるくる回すと、
「ということは、北原くんは、『そうではない』ということなのね」と言った。
「ごめん、変なことを言ってしまって」
僕は謝った。謝る必要もないと思うが、流れで言ってしまった。
「僕の家は普通だよ」と僕は答えて、「この大学に入ってから、そう感じたんだ」と言った。
「入る前に分からなかったの?」三崎涼子は不思議そうに言った。
知らなかったわけではない。ただ受験勉強中は志望校の校風よりも偏差値とかが先に目につき、大学にどんな人種がいるのか、校風がどんなかだなんて、あまり関心がなかったのだ。
そして、思った。
僕のつまらない話を三崎涼子は表情を変えずに受け入れている。ということは彼女の家は僕と同じようないわゆる「普通の家」なのだろうか。
その証のように三崎涼子はこう言った。
「先に言っておくけど、私の家は普通の家よ」と強く言った。
少しホッとしていると、彼女は続けて、
「確かに私の周りには・・文学部の女の子は裕福な家庭の子女が多いわね」と前置し、
「たとえば、私の友だち・・『めぐみ』っていうんだけど、めぐみは御殿みたいな家に住んでいるわよ」と少し笑顔を見せて言った。「家の場所も芦屋の高級住宅街よ」
めぐみ・・
その名前には記憶があった。三崎涼子と初めて本屋で出会った際、彼女に声をかけた女の子だ。
「めぐみさんって、もしかして、生協の本屋さんにいた女の子?」
「本屋?」
それを言ってしまえば、僕が三崎さんを見かけたことが知れてしまう。盗み見ていたようにとられる。それならば、もう言ってしまおう。
「ちょっと前に、本屋で三崎さんを見かけたんだ。その時、一緒にいた女の子に、三崎さんは『めぐみ』って呼んでいたよ」
僕が説明すると、三崎涼子は記憶を辿るような顔をして、
「ああ、そう言えば、北原くんのお顔、どこかで見かけたと思ったら、あの時の・・」と言った。
憶えてくれて嬉しい。
初めて出会った時の思い出は、かけがえのないものだ。
その人を好きになれば、出会った時のことを必ず思い出す。何度も思い返す。そんな大切なものだ。
「お茶」と言うから、てっきり外に出るのかと思っていたら違った。三崎涼子は予め決めていたように、美術館の中心に進んだ。
美術館の吹き抜けの中庭には、喫茶室があった。白色を基調としていて、美術館に相応しい感じの店だった。
天井はガラス張りだ。五月の優しい太陽の光が差し込んでいる。
店の中は、ほとんどの席が埋まっていたが、彼女は隅っこの空いた席を見つけると、「あそこにしましょう」とずんずんと進んだ。
白色の丸テーブルで向き合うと、改めて三崎涼子を意識した。
先ほどまでは絵画を鑑賞している彼女の横顔ばかりだったが、こうして真正面で目が合うと、気恥ずかしさが倍増する。
「三崎さんは、前にもここに来たことがあるの?」僕がさりげなく訊くと、
「何度か、親戚の叔父さんと来たわ」
やはり彼女には特定の男子はいないのだろうか? と考えながら、彼女と同じアイスコーヒーを頼んだ。
「いつもは紅茶・・アールグレイを頼むのだけど、今日は暑いから」
その言い方は、普段は「私、紅茶主義なの」と言っているようだった。
辺りを見ると、客層は静かな人たちばかりだ。画集を広げていたり、また画集でなくとも文庫本を熱心に読んでいる人も目立つ。若い男女は僕たちだけだ。
アイスコーヒーが運ばれてきて、落ち着くと、「初めての美術館はどうだった?」と彼女が訊いた。
僕は正直に思ったことを言った。
想像していたより遙かに面白かったこと、絵が描かれた時代の背景や、画家の人生を知ると、もっと面白くなること等を話した。更に、日本人画家の「朝顔」が印象的だったことも付け加えた。
僕が話すのを三崎涼子は頷きながら聞いていた。その様子を見る限りでは見当違いなことは言っていないように思った。
しばらくすると・・さて、困った。
・・話題がない。
何の話をしよう?
大学の話をしようとしても、学部が法学部と文学部で異なるし、一般教養の話をするのも堅苦しい感じがした。
ここは正直に、この大学に入って感じたことを話せばいい、そう思って、
「この大学の生徒って、金持ちが多いよね」と言った。
言ってから、「ああ、何てことを言ってしまったんだ!」と思った。話題がこの場に相応しくないし、ここでなくとも世俗的な話題だと思った。
更に問題なのは、三崎涼子がお金持ちだった場合だ。仮にそうであれば、かなりの嫌味に聞こえてしまう。
「ごめん、聞かなかったことにして」と言おうとしたけど、
三崎涼子は、「そうね」と先に応えた。
「そう思うよね」僕は嬉しそうに言った。
なんだか、自分が情けなく感じた。話題もつまらないし、会話のやり取りがリズムに乗っていない。すぐに話題が尽きてしまう流れだ。
三崎涼子はアイスコーヒーのストローで氷をくるくる回すと、
「ということは、北原くんは、『そうではない』ということなのね」と言った。
「ごめん、変なことを言ってしまって」
僕は謝った。謝る必要もないと思うが、流れで言ってしまった。
「僕の家は普通だよ」と僕は答えて、「この大学に入ってから、そう感じたんだ」と言った。
「入る前に分からなかったの?」三崎涼子は不思議そうに言った。
知らなかったわけではない。ただ受験勉強中は志望校の校風よりも偏差値とかが先に目につき、大学にどんな人種がいるのか、校風がどんなかだなんて、あまり関心がなかったのだ。
そして、思った。
僕のつまらない話を三崎涼子は表情を変えずに受け入れている。ということは彼女の家は僕と同じようないわゆる「普通の家」なのだろうか。
その証のように三崎涼子はこう言った。
「先に言っておくけど、私の家は普通の家よ」と強く言った。
少しホッとしていると、彼女は続けて、
「確かに私の周りには・・文学部の女の子は裕福な家庭の子女が多いわね」と前置し、
「たとえば、私の友だち・・『めぐみ』っていうんだけど、めぐみは御殿みたいな家に住んでいるわよ」と少し笑顔を見せて言った。「家の場所も芦屋の高級住宅街よ」
めぐみ・・
その名前には記憶があった。三崎涼子と初めて本屋で出会った際、彼女に声をかけた女の子だ。
「めぐみさんって、もしかして、生協の本屋さんにいた女の子?」
「本屋?」
それを言ってしまえば、僕が三崎さんを見かけたことが知れてしまう。盗み見ていたようにとられる。それならば、もう言ってしまおう。
「ちょっと前に、本屋で三崎さんを見かけたんだ。その時、一緒にいた女の子に、三崎さんは『めぐみ』って呼んでいたよ」
僕が説明すると、三崎涼子は記憶を辿るような顔をして、
「ああ、そう言えば、北原くんのお顔、どこかで見かけたと思ったら、あの時の・・」と言った。
憶えてくれて嬉しい。
初めて出会った時の思い出は、かけがえのないものだ。
その人を好きになれば、出会った時のことを必ず思い出す。何度も思い返す。そんな大切なものだ。
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