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高嶺の花と詩
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◆高嶺の花と詩
「三崎さんは、北原くんのことを気に入ったみたいだよ」
平日の午後、いつもの部室での雑談の中で、小山は言った。
三崎さんが、僕のことを気に入ってくれた!
飛び上がりそうな言葉だった。その言葉が小山の口から発せられると、親戚の叔父さんに褒められたような感覚だが、三崎涼子が僕のことを嫌っていない事だけは確かなようだった。
僕と小山の話の中に、伊藤が割り込み、
「三崎さんかぁ・・」と呟くように言った。
すると中垣が、
「伊藤は、彼女がいるからいいじゃないか」と、お前は関係ないだろ、という風に言った。
「そういう意味じゃないよ。羨ましいから言ったんだよ」
「だから、彼女のいる奴が、どうして北原を羨ましいなんて言うんだ」
中垣が詰め寄るように言うと、伊藤は、
「だってさ、三崎涼子って言えば、つい最近もテニス同好会の二回生が、声をかけたって聞いたぜ」
二回生が?
「どうせ、振られたんだろう?」中垣が言った。
「そう、その通り」伊藤が声高々に言った。
そして、「そんな子が、北原とデートだって、おかしいじゃないか。世の中、理不尽だ!」と不満を言った。
そんなことを言われてまで黙っていない。
「いや、僕は三崎さんとつき合っているわけじゃないんだ」僕は言った。
すると、皆の会話を聞いていた小山がこう言った。
「三崎さんはねえ・・北原くんみたいなタイプが好きなんだよ」
ええっ、そんな話は初めて聞いた。
「僕みたいなタイプって?」
僕みたいなタイプの人間・・小山の言葉が早く聞きたい。
僕の問いに小山は、「三崎さんの好きなタイプは、本が好きな青年・・つまり、文学青年、もしくは詩人だよ」と答えた。
詩人? 文学青年?
僕は首を傾げた。
文学青年なら、いつも「三四郎」を鞄に忍び込ませている小山の方がよほど文学青年らしいし、ドストを語る右系の中垣も小山に劣らず文学青年だ。
他にも太宰治や三島由紀夫を好きな部員もいる。
それに、詩人って、どういうことだよ。
僕が訊こうとすると、伊藤が割り込んで、
「おいっ、俺も文芸部所属の文学青年なんだけどな」とふてくされて言った。
小山は伊藤の言葉を無視して、
「いや、北原くんの場合は、『詩』が目に留まったんだよ」と言った。
「詩?」
「そう、北原くんの書いた詩だよ」と小山は言った。
えっ、ちょっと待ってくれ。三崎涼子が僕の詩を読んだ、そういうことなのか。
文芸部の活動は二つある。
一つは読書会で、もう一つは、個人持ち込みの作品の合評会だ。
持ち込みの作品は、小説と詩に限るが、小説を書く部員は少ない。
自作の詩をコピーして皆に配り、感想を述べたりするパターンがほとんどだ。
当然、僕も小説なんて大それたものは書くことなく、高校時代に書いた詩を提出した。
出した時は、恥ずかしくて仕方なかった。
高校時代、半分趣味で、初恋の詩をたくさん書いていたが、それは自分だけが楽しむような詩だった。他人に見せれる代物ではなかった。
唯一、これなら見せてもいいか、と思った詩を合評会に出した。
それは、「蒲団の中」という詩だ。
詩は、「おねえさん。雨降る中は傘の中」という言葉で始まる。
幼い男の子が姉を想う詩で、少し相姦的なイメージのある詩だった。
にもかかわらず意外と合評会では評判が良かった。
「室生犀星の『幼年時代』という小説を思い出した」とか、「子供の頃に好きだった近所のお姉さんを思い出した」などと好意的な感想が上がった。
同じ一回生の朝見などは、「この詩は何度でも読めるし、頭の中に焼き付く感じがした」などと言っていた。
そんな大した詩とは思わなかったけれど、高校の時、誰にも見せずに書いてきた詩が公になって評価を受けたのは新鮮だった。
「ええっ、あの詩を三崎さんに見せたのか!」
恥ずかしいという気持ちより、驚きの方が強かった。
なぜなら、三崎涼子はそんな話は全然しなかったからだ。
三崎涼子も言わなかったし、小山も今頃になって、そんな話をするなんておかしいじゃないか。
僕がそう言うと小山は、「それは美術館だからじゃないのか? きっと、場所的に詩の話題が相応しくなと思ったんだよ」と応えた。
よく分からない回答だが、最も気になるのは三崎涼子の反応だ。
「そ、それで、三崎さんは僕の詩を読んで何て言っていたんだ?」
小山は天井を見上げ「何て言っていたのかな?」と呟くように言った後、「そうそう、思い出した」と言って、僕の目を見た。
「『優しさが伝わってくるわね』・・と、言っていたよ」小山はそう言った。
「それだけか?」
「『私、この詩、好きよ』・・確か、そう言っていたと思う」
ああ、何だか嬉しい。
「優しさが伝わってくる」という言葉も嬉しかったが、「この詩、好きよ」という言葉はもっと嬉しかった。
つまり、そういうことだったのか。
どうして、三崎涼子が美術館に一緒に行く相手に僕を選んだのか?
小山から詳しく聞くと、事の流れはこうだった。
まず小山は、三崎涼子に絵画展の誘いを受けた時、
「僕は絵には興味はないけど、北原くんなら、良いと思うよ」と僕の名前を出した。
「その人、絵に興味があるの?」三崎涼子はそう訊いた。
「興味があるかどうか、分からないけど、いい奴だよ」小山がそう言うと、
三崎涼子は更に小山に訊ねた、
「北原くんて、どんな人なの?」
そこで、小山は気を利かしたのか、僕の人柄を示すべく、
「こんな詩を書く人だよ」
と言って、僕の詩のコピーを渡したのだ。
詩は、20行程度の短い詩だ。三崎さんは僕の詩を読み、「この詩、好きよ」と言ったらしい。
詩と絵画は、かなり異なると思うけれど、三崎さんは詩を読んで僕の人柄を解した、ということだろうか?
この話を美術館に行く前に、小山から聞いていたら、もっと違った展開になっていたかもしれない。
詩の話もできたし、本の話もできたかもしれない。
肝心な話が抜けるのも、小山の特徴だと思ったが、詩の話はまた三崎涼子に会った時にすればいいと思った。話題に詰まった時に、詩や本の話をすることにしよう。
「三崎さんは、北原くんのことを気に入ったみたいだよ」
平日の午後、いつもの部室での雑談の中で、小山は言った。
三崎さんが、僕のことを気に入ってくれた!
飛び上がりそうな言葉だった。その言葉が小山の口から発せられると、親戚の叔父さんに褒められたような感覚だが、三崎涼子が僕のことを嫌っていない事だけは確かなようだった。
僕と小山の話の中に、伊藤が割り込み、
「三崎さんかぁ・・」と呟くように言った。
すると中垣が、
「伊藤は、彼女がいるからいいじゃないか」と、お前は関係ないだろ、という風に言った。
「そういう意味じゃないよ。羨ましいから言ったんだよ」
「だから、彼女のいる奴が、どうして北原を羨ましいなんて言うんだ」
中垣が詰め寄るように言うと、伊藤は、
「だってさ、三崎涼子って言えば、つい最近もテニス同好会の二回生が、声をかけたって聞いたぜ」
二回生が?
「どうせ、振られたんだろう?」中垣が言った。
「そう、その通り」伊藤が声高々に言った。
そして、「そんな子が、北原とデートだって、おかしいじゃないか。世の中、理不尽だ!」と不満を言った。
そんなことを言われてまで黙っていない。
「いや、僕は三崎さんとつき合っているわけじゃないんだ」僕は言った。
すると、皆の会話を聞いていた小山がこう言った。
「三崎さんはねえ・・北原くんみたいなタイプが好きなんだよ」
ええっ、そんな話は初めて聞いた。
「僕みたいなタイプって?」
僕みたいなタイプの人間・・小山の言葉が早く聞きたい。
僕の問いに小山は、「三崎さんの好きなタイプは、本が好きな青年・・つまり、文学青年、もしくは詩人だよ」と答えた。
詩人? 文学青年?
僕は首を傾げた。
文学青年なら、いつも「三四郎」を鞄に忍び込ませている小山の方がよほど文学青年らしいし、ドストを語る右系の中垣も小山に劣らず文学青年だ。
他にも太宰治や三島由紀夫を好きな部員もいる。
それに、詩人って、どういうことだよ。
僕が訊こうとすると、伊藤が割り込んで、
「おいっ、俺も文芸部所属の文学青年なんだけどな」とふてくされて言った。
小山は伊藤の言葉を無視して、
「いや、北原くんの場合は、『詩』が目に留まったんだよ」と言った。
「詩?」
「そう、北原くんの書いた詩だよ」と小山は言った。
えっ、ちょっと待ってくれ。三崎涼子が僕の詩を読んだ、そういうことなのか。
文芸部の活動は二つある。
一つは読書会で、もう一つは、個人持ち込みの作品の合評会だ。
持ち込みの作品は、小説と詩に限るが、小説を書く部員は少ない。
自作の詩をコピーして皆に配り、感想を述べたりするパターンがほとんどだ。
当然、僕も小説なんて大それたものは書くことなく、高校時代に書いた詩を提出した。
出した時は、恥ずかしくて仕方なかった。
高校時代、半分趣味で、初恋の詩をたくさん書いていたが、それは自分だけが楽しむような詩だった。他人に見せれる代物ではなかった。
唯一、これなら見せてもいいか、と思った詩を合評会に出した。
それは、「蒲団の中」という詩だ。
詩は、「おねえさん。雨降る中は傘の中」という言葉で始まる。
幼い男の子が姉を想う詩で、少し相姦的なイメージのある詩だった。
にもかかわらず意外と合評会では評判が良かった。
「室生犀星の『幼年時代』という小説を思い出した」とか、「子供の頃に好きだった近所のお姉さんを思い出した」などと好意的な感想が上がった。
同じ一回生の朝見などは、「この詩は何度でも読めるし、頭の中に焼き付く感じがした」などと言っていた。
そんな大した詩とは思わなかったけれど、高校の時、誰にも見せずに書いてきた詩が公になって評価を受けたのは新鮮だった。
「ええっ、あの詩を三崎さんに見せたのか!」
恥ずかしいという気持ちより、驚きの方が強かった。
なぜなら、三崎涼子はそんな話は全然しなかったからだ。
三崎涼子も言わなかったし、小山も今頃になって、そんな話をするなんておかしいじゃないか。
僕がそう言うと小山は、「それは美術館だからじゃないのか? きっと、場所的に詩の話題が相応しくなと思ったんだよ」と応えた。
よく分からない回答だが、最も気になるのは三崎涼子の反応だ。
「そ、それで、三崎さんは僕の詩を読んで何て言っていたんだ?」
小山は天井を見上げ「何て言っていたのかな?」と呟くように言った後、「そうそう、思い出した」と言って、僕の目を見た。
「『優しさが伝わってくるわね』・・と、言っていたよ」小山はそう言った。
「それだけか?」
「『私、この詩、好きよ』・・確か、そう言っていたと思う」
ああ、何だか嬉しい。
「優しさが伝わってくる」という言葉も嬉しかったが、「この詩、好きよ」という言葉はもっと嬉しかった。
つまり、そういうことだったのか。
どうして、三崎涼子が美術館に一緒に行く相手に僕を選んだのか?
小山から詳しく聞くと、事の流れはこうだった。
まず小山は、三崎涼子に絵画展の誘いを受けた時、
「僕は絵には興味はないけど、北原くんなら、良いと思うよ」と僕の名前を出した。
「その人、絵に興味があるの?」三崎涼子はそう訊いた。
「興味があるかどうか、分からないけど、いい奴だよ」小山がそう言うと、
三崎涼子は更に小山に訊ねた、
「北原くんて、どんな人なの?」
そこで、小山は気を利かしたのか、僕の人柄を示すべく、
「こんな詩を書く人だよ」
と言って、僕の詩のコピーを渡したのだ。
詩は、20行程度の短い詩だ。三崎さんは僕の詩を読み、「この詩、好きよ」と言ったらしい。
詩と絵画は、かなり異なると思うけれど、三崎さんは詩を読んで僕の人柄を解した、ということだろうか?
この話を美術館に行く前に、小山から聞いていたら、もっと違った展開になっていたかもしれない。
詩の話もできたし、本の話もできたかもしれない。
肝心な話が抜けるのも、小山の特徴だと思ったが、詩の話はまた三崎涼子に会った時にすればいいと思った。話題に詰まった時に、詩や本の話をすることにしよう。
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