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その先にあるもの②
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それならば、食事は余計となる。それに食事なら、今度のルノワール展の帰りでもできる。
別れ際、三崎涼子は「また連絡するわ」と言った。
初めて会った時の顔を傾けるだけの挨拶とは違って、「バイバイ」と手を振ってくれた。
ああ、何て素敵な言葉なんだろう、と思った。
「バイバイ」・・僕は彼女の声を何度も反芻した。
別れてから気がついた。
ああ、本のことを聞けばよかった。
絵画に囚われていて、僕は自分が文芸部員だということをすっかり忘れていた。
三崎涼子は文学部だし、文学の話題に振ればよかったのだ。
彼女が何を読んでいるのか? そんな質問をすればよかった。
だが、待てよ・・彼女は僕が文芸部だということを知っている。
だが、三崎涼子はその事について話をしなかった。
ということは、彼女は文学にはそれほど興味がない。もしくは、あっても二の次なのだろうか。
いずれにしても、三崎涼子について知らないことが多すぎる。
知っているのは、彼女が絵画に関心があることと、
現在、彼女には交際している人がいない、ということだ。
家に帰ると、気になっていたことを解消すべく、部屋の書架に並んだ背表紙に目を走らせた。
三崎涼子が自分で言った「変わり者」という言葉で、ある少女の顔がふと浮かんだからだ。
その顔は、この部屋にあったような気がした。だとすれば写真だ。
自分のアルバムや雑誌の写真などではない。おそらく本だ。それも文庫本じゃない。単行本だ。と思いながら探すと、すぐに見つかった。
手に取ったのは、
「分裂病の少女の手記―心理療法による分裂病の回復過程」という心理学の本だ。
表紙が、ある少女の顔写真になっている。
間違いない。この少女の顔だ。僕は三崎涼子との会話の中で、この少女の顔がふと浮かんだのだ。
これは、同じ文芸部員の九条さんという女の子から借りている本だ。
本の内容は、ルネと呼ばれる少女が、精神分裂病にかかり、著者であるセシュエーの献身的な精神療法によって快復にいたる過程を、ルネ自身が回復後、回想的に記録したものだ。
確か九条さんは心理学に興味を持っていて、「この本、面白いよ」と言って貸してくれたのだ。九条さんは本を貸すのが好きなのか、「返すのはいつでもいいから」と言って、他にも遠藤周作の「沈黙」やサガンの「悲しみよ、こんにちは」とかも貸してくれた。
「悲しみよ、こんにちは」は読んで九条さんに返したが、この本は、難しそうなので後回しになっていた。
問題は、その本の表紙だ。
表紙になっている「ルネ」という少女。
三崎涼子と似ている・・その顔立ちではない。ルネは異国の少女で、三崎涼子は日本人だ。
その顔が訴えかけるものが似ているのだ。
そして、ルネと少女は・・鉄格子の中にいる。鉄格子の鉄棒に指を絡ませ、悲しそうな表情をしている。
自分の境遇、或いは心を悲しんでいるのだろうか?
「早く私を解放して・・」そう言っているような気がした。
そこまで思いを馳せらせると、「気のせいだ」と僕は心の中で言った。
あんなに輝くような三崎涼子と、この少女が似ているわけがないじゃないか。
それに、顔のイメージ以外は、三崎涼子とは何の共通点もないではない。
対立する心が交錯する中、僕は本を読み始めた。
別れ際、三崎涼子は「また連絡するわ」と言った。
初めて会った時の顔を傾けるだけの挨拶とは違って、「バイバイ」と手を振ってくれた。
ああ、何て素敵な言葉なんだろう、と思った。
「バイバイ」・・僕は彼女の声を何度も反芻した。
別れてから気がついた。
ああ、本のことを聞けばよかった。
絵画に囚われていて、僕は自分が文芸部員だということをすっかり忘れていた。
三崎涼子は文学部だし、文学の話題に振ればよかったのだ。
彼女が何を読んでいるのか? そんな質問をすればよかった。
だが、待てよ・・彼女は僕が文芸部だということを知っている。
だが、三崎涼子はその事について話をしなかった。
ということは、彼女は文学にはそれほど興味がない。もしくは、あっても二の次なのだろうか。
いずれにしても、三崎涼子について知らないことが多すぎる。
知っているのは、彼女が絵画に関心があることと、
現在、彼女には交際している人がいない、ということだ。
家に帰ると、気になっていたことを解消すべく、部屋の書架に並んだ背表紙に目を走らせた。
三崎涼子が自分で言った「変わり者」という言葉で、ある少女の顔がふと浮かんだからだ。
その顔は、この部屋にあったような気がした。だとすれば写真だ。
自分のアルバムや雑誌の写真などではない。おそらく本だ。それも文庫本じゃない。単行本だ。と思いながら探すと、すぐに見つかった。
手に取ったのは、
「分裂病の少女の手記―心理療法による分裂病の回復過程」という心理学の本だ。
表紙が、ある少女の顔写真になっている。
間違いない。この少女の顔だ。僕は三崎涼子との会話の中で、この少女の顔がふと浮かんだのだ。
これは、同じ文芸部員の九条さんという女の子から借りている本だ。
本の内容は、ルネと呼ばれる少女が、精神分裂病にかかり、著者であるセシュエーの献身的な精神療法によって快復にいたる過程を、ルネ自身が回復後、回想的に記録したものだ。
確か九条さんは心理学に興味を持っていて、「この本、面白いよ」と言って貸してくれたのだ。九条さんは本を貸すのが好きなのか、「返すのはいつでもいいから」と言って、他にも遠藤周作の「沈黙」やサガンの「悲しみよ、こんにちは」とかも貸してくれた。
「悲しみよ、こんにちは」は読んで九条さんに返したが、この本は、難しそうなので後回しになっていた。
問題は、その本の表紙だ。
表紙になっている「ルネ」という少女。
三崎涼子と似ている・・その顔立ちではない。ルネは異国の少女で、三崎涼子は日本人だ。
その顔が訴えかけるものが似ているのだ。
そして、ルネと少女は・・鉄格子の中にいる。鉄格子の鉄棒に指を絡ませ、悲しそうな表情をしている。
自分の境遇、或いは心を悲しんでいるのだろうか?
「早く私を解放して・・」そう言っているような気がした。
そこまで思いを馳せらせると、「気のせいだ」と僕は心の中で言った。
あんなに輝くような三崎涼子と、この少女が似ているわけがないじゃないか。
それに、顔のイメージ以外は、三崎涼子とは何の共通点もないではない。
対立する心が交錯する中、僕は本を読み始めた。
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