沈みゆく恋 ~ 触れ合えば逃げていく者へ ~

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

文字の大きさ
27 / 40

日課からの進展②

しおりを挟む
「ここが私の家よ」
 彼女が指したのは、先ほどと同じようなマンションだった。
「あそこの五階なの」
 三崎さんは敷地の手前まで来ると、「北原くん、ありがとう」と言って、「また明日ね」と手を振った。
 三崎さんと別れると、徒歩20分の帰途につく。今度は上り坂で、道程は長いけれど、三崎さんとの会話や彼女の声を反芻しながら帰るので、苦にはならない。

 この日からこのパターンが、僕の日課となった。この行程は週に二回繰り返された。
 けれど飽きることはない。
 三崎涼子と過ごす素敵な時間だからだ。周りの目を気にせず、二人きりの世界に浸れる時間だ。僕たちを見ている者がいるとするなら、それは空に浮かぶお月さんくらいだろう。
 この夢のような時間・・この時間は誰にも邪魔はさせない。
 二人きりの時間に入ってくる人間は僕が許さない。
 ・・ここには誰も入れないはずだ。

 この日課を繰り返しているうちに、僕たちの関係は次第に形を変えていった。
 横並びで歩くと、何かの拍子に手が触れることがある。
 僕はある時、そのまま手を繋いでしまった。偶然なのか意図的だったのか、分からないほどだった。
 軽く握っただけだ。振り解くには造作ないほどの触れ合いだ。けれど、彼女の手は僕にの手に任されたままだった。
 無言が続いた。
 心臓がトクントクンと太鼓のように鳴り、靴音だけが延々と続くような気がした。
 それでも僕は彼女の手を握り続けた。汗が伝わらないか、不安になったけれど、握り続けた。
 そして、彼女はこう言った。
「こうしている方が歩きやすいね」
「そうだね」僕は彼女の言葉に合わせた。

 一度、手に触れると、その後、何度も手を繋ぐようになった。
 それでも、お互いに「好き」という言葉はなかった。
 言葉が無いと、手を繋いでいることが、不自然な気もしたが、今は考えないことにした。
 誰がどう見ても、僕たちは恋人同士なのだ。
 僕はそう思った。そうでないとおかしい。

 そして、手を繋ぎだすと、キスをするまでの時間はそう長くはなかった。
 初めてのキスは、彼女を送って帰る神社の境内だった。
 境内の塀に隠れるようにして、僕は彼女の肩を引き寄せた。
 彼女の唇が近づいた瞬間、夜が更に暗くなった。
 夜空の星が消え、闇が僕たちを包み込んだ。
 聞こえるのは、僕の心音と彼女の吐息だけだった。

 三崎さんも緊張していたのか、僕の腕の中で震えているのが分かった。
 僕は、喘ぐ彼女の吐息を塞ぐようにキスをした。
 息遣いが聞こえ、心臓の音まで聞こえそうだった。
 彼女の両腕が僕の背中に回ったのが分かった。
 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 僕の腕の中から流れるように逃れた彼女は、
「ここだと神さましか見ていないわね」
 そう言って微笑んだ。
「本当だね」と僕は言った。

 熱い抱擁の場所は、神社から、近くの公園に移った。そこは、二人きりで過ごす時間にはピッタリの場所だった。
 誰もいない夜の公園のベンチ。
 そこは、藤棚が傘になって、ある程度の雨なら防げるし、近くの家の目も届かなかった。僕たちは寄り添って座った。
 僕は彼女の肩を抱きながら、
「早く帰らないと、お家の人が心配するよね」と言った。
「そうね」三崎さんはそう言って立ち上がった。
 そして、いつものように彼女の家まで来ると、「また明日ね」と手を振った。
 やはり、僕たちはつき合っているのだ。彼女の後ろ姿を見ながらそう思った。
 お互いに「好き」という言葉は無かったけれど、これも一つの交際の形なのだ、僕はそう思うことにした。
 ふと思ったのは、三崎涼子は、高校時代、つき合った人はいなかったのだろうか。
 当然、気になる。
 彼女にとってキスが初めてだったかどうかだ。
 仮にそんな人がいたとしたら、その人には「好き」と言ったのだろうか?
 だがそんな問いかけさえできない僕がいた。彼女の過去を知ることが怖かったのかもしれない。三崎涼子の高校時代のことも。

 様々な思いが交錯しながらも、僕と三崎涼子は、そんな関係を続けていた。
 このままいけば、それ以上の関係になる・・そう思っていた。
 あいつが現れるまでは・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

処理中です...