三千子② ~ another(アナザー)~ 悪夢再び【全方位型グロホラー続編】

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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踊り場

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◆踊り場

 あれから工場長は退職した。会社への背信行為、暴力的な言動、更に小山田さんを突き飛ばし、大怪我をさせたことで、会社に居れなくなった。居ようとしても、会社側が彼を無理にでも辞めさせただろう。
 
 一方、小山田先輩は、しばらく会社に出てこなかったけれど、今では笑顔を見せて出社している。頭には包帯を巻いているが、トレードマークの三つ編みは短いながらも復活させているようだった。
 この事件も不思議なことに、彼女を責め立てる人はいなかったし、工場長は訴えもしなかった。
 小山田先輩の身に起こったことと、私の事件とは似通っている気がした。
 どちらの被害者もセクハラをする男が惨たらしい目に遭っているし、私や小山田先輩のような事件を起こした当人が罪に問われていない。
 手を挙げて、「私を罰してください!」と言う勇気もない私は、その流れに身を任せることにした。小山田先輩も同じだったと思う。
 その意味では私たちは共犯のようなものだ。

 あれは、私が退院し、中谷さんが離婚する前のことだ。
 会社の階段を下りていると、踊り場に中谷さんがいた。誰かと携帯電話で話をしていたようだった。
 何の話か知らないけど、彼が壁に向かって、溜息をついているので、気づかれないように足を忍ばせ、背中をポンポンと叩いた後、「中谷さん」と声をかけた。
 中谷さんは予想以上に驚きの声を上げた。
「中谷課長代理、驚かせちゃいました?」
 中谷さんは花田経理課長の亡き後、係長から課長代理に昇進した。
「そりゃ、びっくりするよ」中谷さんは笑顔で言った。
「こんな場所で、お仕事の話ですか?」
 私は悪戯っぽい目を見せ、「ひょっとすると、奥さん以外にいい人がいたりして」と、からかった。
 冗談で言ったつもりだったが、これは私なりの探りだ。中谷さんには何か陰のようなものがある気がしてならない。それが女性によるものだと私は思っている。
「あまり、人に聞かせたくない話をしてたんだ」中谷さんが言った。
 やっぱり女の人かな?

「白井さん、体の方はもう大丈夫なのか?」
「ええ、体はいたって元気ですよ」
 私は快活な笑顔を見せて、「私、元気なだけが取り柄みたいなものですから」と笑った。
「白井さんは、あの時のことを憶えていないんだろう?」
 そう訊かれたけれど、パワーショベルのことはほとんど思い出してしまった。けれどそれを誰かに言う訳にはいかない。

 その時、
「中谷さんに、さゆりちゃん!」
 そう言って階段を下りてきたのは、小山田先輩だ。頭に包帯をグルグル巻いている。
「小山田さんも、出社しても大丈夫なのか?」
 中谷さんは、彼女の身を案じるように訊ねると、
「この頭のことですか?」小山田さんは自分の頭を触りながら、
「みんな、この包帯の頭の方が似合っている、って言うんですよ。失礼ですよね」と言った。
 そして、
「私、丈夫なだけが取り柄なんですよ」と言って笑った。
 何でもない言葉だが、ドキリとした。私と小山田さんが同じ意味の言葉を言ったからだ。
 私は、「元気なだけが取り柄」と言い、小山田さんは「丈夫なだけが取り柄」と言った。
 ただの偶然なのだろうか。

 その言葉のせいか、中谷課長の目が宙を見ていた。頭がどこかに飛んだように他のことを考えているようだった。
「中谷課長代理!」
 私と小山田さんが同時に声をかけた。
「聞いてます?」私が言った。
「悪い。ちょっとぼやっとしていた。何の話だ?」
 訊き直した中谷さんの顔を見て、私はこう言った。
「セクハラって許せませんよね」
 すると小山田先輩も、「不倫も許せないですよね」と真顔で言った。
 二人の問いに、中谷さんは、「無論だ」と答えた。
 そして、「俺は、セクハラもしていないし、不倫にも縁がない」と強く言った。

 中谷さんの顔を見ながら私は思い出していた。
 パワーショベルの事件も小山田さんの事件の際も、中谷さんは居合わせている。そして、私や小山田さんに寄り添うように声掛けをしている。
 果たしてこれは偶然だろうか。
 もし偶然でないのなら、今後も同じような事が起きる気がする。
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