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そして、現在①
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◆そして、現在
その後、中谷さんは離婚した。
彼に何があったのか知る由もないが、私にはあの声の女性が関係していると思えてならなかった。
中谷さんのことを思い出しながら歩いていると、
「白井さん」と後ろから呼び止められた。
三井主任だ。
由美子曰く、30代、長身でイケメン、なおかつ現在彼女がいないということだ。
けれど私は彼には全く興味が沸かなかった。その気持ちは以前にも増して強くなっている気がする。
まるで私の好みの男性が、中谷さんに変わってしまったかのようだった。その思いは、あの声の女性が「中谷くん」と呼びかけた日から強くなった気がする。
「白井さん、さっき総務部長が探していたよ」
何だか話し方が気障っぽい。
「そうですか」
「見つけたら、あとで第二応接室に来てくれって」
「分かりました。すぐに行きます」
何だろう?
総務部の田辺部長は、花田課長に負けず劣らずのセクハラ親父だ。パワーショベルの事件のことを訊かれるのかな。
三井さんは要件だけ言い終えると、他にも何か言いたそうな顔をした。
「あの、白井さん・・」と言いかけ、口ごもった。
私は言葉の続きを促すように「何ですか?」と言った。
「今日の帰り、ちょっと時間ないかな?」三井さんはそう言った。
帰りって、まさか食事? えっ、それって私に対するアプローチなの?
けれど三井さんは、
「決して、そういう意味じゃないんだ」
と、私の推測の先回りをするように言って、
「ちょっと相談したいだけなんだ。特に場所は問わない。白井さんの行きつけの喫茶店でもかまわない」と言った。
相談であれば、私に対するアプローチではないだろう。いずれにしろ、男女の話は今はしたくない。
「はい。それならかまいません」
私はわざわざ「それなら」と付け加えて言った。
「じゃあ、今日は仕事が早仕舞いだから、終わったら下のロビーで待っているよ」
三井さんはそれだけ言うと、来た方向に去り、私は第二応接室に向かった。
総務部長が私に何の用があるのか知らないが、
何か気が進まないなあ、と思いつつドアをノックした。
「どうぞ」
田辺部長の太い声を確認し、部屋に入った。
「おお、白井くん、待っていたんだよ」
応接の豪華なソファーの壁側に、田辺部長はドカッと座っていた。灰皿を見ると、数本の吸い殻がある。かなり時間を潰していたみたいだ。
けれど、私に用事があるのなら、デスクの内線でもいいはずだ。三井主任に呼びつけさせたということは、急に思い立った用事なのだろうか。
「まあ、座りたまえ」
田辺部長は顔で指図した。
私は、「失礼します」と言って、向かい側に腰かけた。決して真正面にはならないように少し位置をずらした。真正面に座ると、この短いスカートのことだ。太腿どころか、下着まで見えるかもしれない。
もしかすると、それが目的で、こんな部屋に呼びだして座らせたのかもしれない。
それにこのソファー・・お尻がすごく深く沈み、膝が上がってしまう。
これではしっかり膝を閉じていないと、角度を少し変えただけで、太腿の奥が見えてしまいそうだ。
ましてや、前にいるのは、田辺部長だ。
田辺部長は花田課長より年齢が上な分だけ、貫禄もあるし、加えて厭らしさも数段上だ。それは決して被害妄想ではない。彼のセクハラやパワハラは課員の中でも有名だ。
実際にスキンシップと称して、体に触れられた女子社員が何人かいる。
始末に悪いのは彼が総務部の部長だということだ。総務部は人事部と深いつながりがある。仮に誰かが訴えて、その直訴が通ったとしても、その後に待っているのは、人事異動だ。いや、それくらいならまだいい。何かの理由を付けられ、依願退職となった社員を私は知っている。
皆は、そんなことにはなりたくない。
つまり、お尻を触られるくらいなら、我慢をすればいいだけだ。それが女子社員の間では暗黙の了解になっている。酷い話だ。
でも、私は触られるのも見られるのもイヤだし、イヤらしいことを言われるのもイヤだ。
由美子曰く、田辺部長は、廊下を歩く私のお尻をずっと眺めていたそうだ。
話を聞いただけでゾッとする。
「白井くん、体調の方はどうかね?」
田辺部長は薄っすら笑みを浮かべて聞いた。離れていても口臭が漂ってくる。
「ええ、だいぶ良くなりました」
部長は私の返事を聞くと、煙草に火をつけ、ふーっと深く煙を吐き出した。すると煙草のイヤな臭いに乗って口臭も引っ付いてくる。おそらくどこかでニンニク料理を食べたのだろうか、かなり匂う。
匂うだけならまだいい。田辺部長の視線は上下にせわしなく動いている。その目の先は私の胸や下半身だ。ねちっこい視線だけは逃れようがない。
今回、何の件で私を呼び出したのか、訊こうと思っていると、
「例の事件のことは思い出せないかね」
田辺部長はそう切り出した。
花田課長を死に追いやったパワーショベルの事は病院にいた時は思い出せなかったが、今ははっきりと憶えている。
けれど、それは言えないし、言っても信じてはもらえない。
姿形の見えない女性の声に踊らさせるように重機を操ったなど、誰が信じようか。
「ごめんなさい。私、何度も言いましたけど、その時の記憶が本当にないんです」
この言葉を何度言ったことだろう。検査もされたし口頭でも様々な質問を受けてきた。言うのがイヤなくらいだ。
田辺部長は困惑する私の顔を見て、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。同時に鼻の二つの穴から煙草の煙がスーッと出た。
そして、煙草をガラスの灰皿で捻り潰した後、
「実はね。目撃証言が出てきたんだよ」と言った。
目撃証言?
一体誰が何を見たというのかしら?
その後、中谷さんは離婚した。
彼に何があったのか知る由もないが、私にはあの声の女性が関係していると思えてならなかった。
中谷さんのことを思い出しながら歩いていると、
「白井さん」と後ろから呼び止められた。
三井主任だ。
由美子曰く、30代、長身でイケメン、なおかつ現在彼女がいないということだ。
けれど私は彼には全く興味が沸かなかった。その気持ちは以前にも増して強くなっている気がする。
まるで私の好みの男性が、中谷さんに変わってしまったかのようだった。その思いは、あの声の女性が「中谷くん」と呼びかけた日から強くなった気がする。
「白井さん、さっき総務部長が探していたよ」
何だか話し方が気障っぽい。
「そうですか」
「見つけたら、あとで第二応接室に来てくれって」
「分かりました。すぐに行きます」
何だろう?
総務部の田辺部長は、花田課長に負けず劣らずのセクハラ親父だ。パワーショベルの事件のことを訊かれるのかな。
三井さんは要件だけ言い終えると、他にも何か言いたそうな顔をした。
「あの、白井さん・・」と言いかけ、口ごもった。
私は言葉の続きを促すように「何ですか?」と言った。
「今日の帰り、ちょっと時間ないかな?」三井さんはそう言った。
帰りって、まさか食事? えっ、それって私に対するアプローチなの?
けれど三井さんは、
「決して、そういう意味じゃないんだ」
と、私の推測の先回りをするように言って、
「ちょっと相談したいだけなんだ。特に場所は問わない。白井さんの行きつけの喫茶店でもかまわない」と言った。
相談であれば、私に対するアプローチではないだろう。いずれにしろ、男女の話は今はしたくない。
「はい。それならかまいません」
私はわざわざ「それなら」と付け加えて言った。
「じゃあ、今日は仕事が早仕舞いだから、終わったら下のロビーで待っているよ」
三井さんはそれだけ言うと、来た方向に去り、私は第二応接室に向かった。
総務部長が私に何の用があるのか知らないが、
何か気が進まないなあ、と思いつつドアをノックした。
「どうぞ」
田辺部長の太い声を確認し、部屋に入った。
「おお、白井くん、待っていたんだよ」
応接の豪華なソファーの壁側に、田辺部長はドカッと座っていた。灰皿を見ると、数本の吸い殻がある。かなり時間を潰していたみたいだ。
けれど、私に用事があるのなら、デスクの内線でもいいはずだ。三井主任に呼びつけさせたということは、急に思い立った用事なのだろうか。
「まあ、座りたまえ」
田辺部長は顔で指図した。
私は、「失礼します」と言って、向かい側に腰かけた。決して真正面にはならないように少し位置をずらした。真正面に座ると、この短いスカートのことだ。太腿どころか、下着まで見えるかもしれない。
もしかすると、それが目的で、こんな部屋に呼びだして座らせたのかもしれない。
それにこのソファー・・お尻がすごく深く沈み、膝が上がってしまう。
これではしっかり膝を閉じていないと、角度を少し変えただけで、太腿の奥が見えてしまいそうだ。
ましてや、前にいるのは、田辺部長だ。
田辺部長は花田課長より年齢が上な分だけ、貫禄もあるし、加えて厭らしさも数段上だ。それは決して被害妄想ではない。彼のセクハラやパワハラは課員の中でも有名だ。
実際にスキンシップと称して、体に触れられた女子社員が何人かいる。
始末に悪いのは彼が総務部の部長だということだ。総務部は人事部と深いつながりがある。仮に誰かが訴えて、その直訴が通ったとしても、その後に待っているのは、人事異動だ。いや、それくらいならまだいい。何かの理由を付けられ、依願退職となった社員を私は知っている。
皆は、そんなことにはなりたくない。
つまり、お尻を触られるくらいなら、我慢をすればいいだけだ。それが女子社員の間では暗黙の了解になっている。酷い話だ。
でも、私は触られるのも見られるのもイヤだし、イヤらしいことを言われるのもイヤだ。
由美子曰く、田辺部長は、廊下を歩く私のお尻をずっと眺めていたそうだ。
話を聞いただけでゾッとする。
「白井くん、体調の方はどうかね?」
田辺部長は薄っすら笑みを浮かべて聞いた。離れていても口臭が漂ってくる。
「ええ、だいぶ良くなりました」
部長は私の返事を聞くと、煙草に火をつけ、ふーっと深く煙を吐き出した。すると煙草のイヤな臭いに乗って口臭も引っ付いてくる。おそらくどこかでニンニク料理を食べたのだろうか、かなり匂う。
匂うだけならまだいい。田辺部長の視線は上下にせわしなく動いている。その目の先は私の胸や下半身だ。ねちっこい視線だけは逃れようがない。
今回、何の件で私を呼び出したのか、訊こうと思っていると、
「例の事件のことは思い出せないかね」
田辺部長はそう切り出した。
花田課長を死に追いやったパワーショベルの事は病院にいた時は思い出せなかったが、今ははっきりと憶えている。
けれど、それは言えないし、言っても信じてはもらえない。
姿形の見えない女性の声に踊らさせるように重機を操ったなど、誰が信じようか。
「ごめんなさい。私、何度も言いましたけど、その時の記憶が本当にないんです」
この言葉を何度言ったことだろう。検査もされたし口頭でも様々な質問を受けてきた。言うのがイヤなくらいだ。
田辺部長は困惑する私の顔を見て、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。同時に鼻の二つの穴から煙草の煙がスーッと出た。
そして、煙草をガラスの灰皿で捻り潰した後、
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目撃証言?
一体誰が何を見たというのかしら?
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