三千子② ~ another(アナザー)~ 悪夢再び【全方位型グロホラー続編】

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

文字の大きさ
21 / 39

そして、現在①

しおりを挟む
◆そして、現在

 その後、中谷さんは離婚した。
 彼に何があったのか知る由もないが、私にはあの声の女性が関係していると思えてならなかった。
 中谷さんのことを思い出しながら歩いていると、
「白井さん」と後ろから呼び止められた。
 三井主任だ。
 由美子曰く、30代、長身でイケメン、なおかつ現在彼女がいないということだ。
 けれど私は彼には全く興味が沸かなかった。その気持ちは以前にも増して強くなっている気がする。
 まるで私の好みの男性が、中谷さんに変わってしまったかのようだった。その思いは、あの声の女性が「中谷くん」と呼びかけた日から強くなった気がする。

「白井さん、さっき総務部長が探していたよ」
 何だか話し方が気障っぽい。
「そうですか」
「見つけたら、あとで第二応接室に来てくれって」
「分かりました。すぐに行きます」
 何だろう?
 総務部の田辺部長は、花田課長に負けず劣らずのセクハラ親父だ。パワーショベルの事件のことを訊かれるのかな。
 三井さんは要件だけ言い終えると、他にも何か言いたそうな顔をした。
「あの、白井さん・・」と言いかけ、口ごもった。
 私は言葉の続きを促すように「何ですか?」と言った。
「今日の帰り、ちょっと時間ないかな?」三井さんはそう言った。
 帰りって、まさか食事? えっ、それって私に対するアプローチなの?
 けれど三井さんは、
「決して、そういう意味じゃないんだ」
 と、私の推測の先回りをするように言って、
「ちょっと相談したいだけなんだ。特に場所は問わない。白井さんの行きつけの喫茶店でもかまわない」と言った。
 相談であれば、私に対するアプローチではないだろう。いずれにしろ、男女の話は今はしたくない。
「はい。それならかまいません」
 私はわざわざ「それなら」と付け加えて言った。
「じゃあ、今日は仕事が早仕舞いだから、終わったら下のロビーで待っているよ」
 三井さんはそれだけ言うと、来た方向に去り、私は第二応接室に向かった。
 
 総務部長が私に何の用があるのか知らないが、
 何か気が進まないなあ、と思いつつドアをノックした。
「どうぞ」
 田辺部長の太い声を確認し、部屋に入った。
「おお、白井くん、待っていたんだよ」
 応接の豪華なソファーの壁側に、田辺部長はドカッと座っていた。灰皿を見ると、数本の吸い殻がある。かなり時間を潰していたみたいだ。
 けれど、私に用事があるのなら、デスクの内線でもいいはずだ。三井主任に呼びつけさせたということは、急に思い立った用事なのだろうか。

「まあ、座りたまえ」
 田辺部長は顔で指図した。
 私は、「失礼します」と言って、向かい側に腰かけた。決して真正面にはならないように少し位置をずらした。真正面に座ると、この短いスカートのことだ。太腿どころか、下着まで見えるかもしれない。
 もしかすると、それが目的で、こんな部屋に呼びだして座らせたのかもしれない。
 それにこのソファー・・お尻がすごく深く沈み、膝が上がってしまう。
 これではしっかり膝を閉じていないと、角度を少し変えただけで、太腿の奥が見えてしまいそうだ。
 ましてや、前にいるのは、田辺部長だ。
 田辺部長は花田課長より年齢が上な分だけ、貫禄もあるし、加えて厭らしさも数段上だ。それは決して被害妄想ではない。彼のセクハラやパワハラは課員の中でも有名だ。
 実際にスキンシップと称して、体に触れられた女子社員が何人かいる。
 始末に悪いのは彼が総務部の部長だということだ。総務部は人事部と深いつながりがある。仮に誰かが訴えて、その直訴が通ったとしても、その後に待っているのは、人事異動だ。いや、それくらいならまだいい。何かの理由を付けられ、依願退職となった社員を私は知っている。
 皆は、そんなことにはなりたくない。
 つまり、お尻を触られるくらいなら、我慢をすればいいだけだ。それが女子社員の間では暗黙の了解になっている。酷い話だ。
 でも、私は触られるのも見られるのもイヤだし、イヤらしいことを言われるのもイヤだ。

 由美子曰く、田辺部長は、廊下を歩く私のお尻をずっと眺めていたそうだ。
 話を聞いただけでゾッとする。

「白井くん、体調の方はどうかね?」
 田辺部長は薄っすら笑みを浮かべて聞いた。離れていても口臭が漂ってくる。
「ええ、だいぶ良くなりました」
 部長は私の返事を聞くと、煙草に火をつけ、ふーっと深く煙を吐き出した。すると煙草のイヤな臭いに乗って口臭も引っ付いてくる。おそらくどこかでニンニク料理を食べたのだろうか、かなり匂う。
 匂うだけならまだいい。田辺部長の視線は上下にせわしなく動いている。その目の先は私の胸や下半身だ。ねちっこい視線だけは逃れようがない。

 今回、何の件で私を呼び出したのか、訊こうと思っていると、
「例の事件のことは思い出せないかね」
 田辺部長はそう切り出した。
 花田課長を死に追いやったパワーショベルの事は病院にいた時は思い出せなかったが、今ははっきりと憶えている。
 けれど、それは言えないし、言っても信じてはもらえない。
 姿形の見えない女性の声に踊らさせるように重機を操ったなど、誰が信じようか。

「ごめんなさい。私、何度も言いましたけど、その時の記憶が本当にないんです」
この言葉を何度言ったことだろう。検査もされたし口頭でも様々な質問を受けてきた。言うのがイヤなくらいだ。
 田辺部長は困惑する私の顔を見て、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。同時に鼻の二つの穴から煙草の煙がスーッと出た。
 そして、煙草をガラスの灰皿で捻り潰した後、
「実はね。目撃証言が出てきたんだよ」と言った。
 目撃証言?
 一体誰が何を見たというのかしら?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/11/30:『かべにかおあり』の章を追加。2025/12/7の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

処理中です...