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卑劣②
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部長のひび割れた唇が迫っている。
「やめてください!」
私は頭をイヤイヤするように振った。このままでは臭い息を吐き出す口が私の唇に被さってしまう。
それだけは絶対に防がないと・・
私は首を振りながら唇をしっかりと合わせた。同時に、拘束から逃れようと両腕を動かし、足をバタバタさせた。「いやっ、いやっ」
けれど部長は、臭い口から長い舌を突き出し、べろべろと動かしだした。
私の唇、もしくは顔を舐め回すつもりだ。 この変態!
「いやあああっ」
誰か助けてっ!
部長のどんよりした目と、脂汗でテカった鼻と、臭い息を吐き続ける口と、ナメクジのような舌が眼前に迫った。 こんな気持ちの悪い顔を見たのは初めてだ。
私は頭をそらし、精一杯の抵抗をした。すると部長は私の頭を押さえにかかった。
もうダメだ。
私はこの男に舐め回される・・
そう思った瞬間、
コンコン・・誰かが応接室をノックした。
部長は一旦は顔を離し、ドアの方に目を向けた。
この隙に逃げようと思ったが、部長の腕は私の体を掴んで離さなかった。このままの体勢で誰かが入ってきたらどうするつもりなの?
「誰だ!」
こんな時に来るとは空気の読めん奴だ、と言わんばかりに声を上げた。
すると「経理の中谷です」と声が聞こえた。
中谷さんだ!
ああ、助かったわ。
ひょっとして「みちこ」さんが中谷さんを呼んでくれたのかしら?
部長は、中谷さんの声が聞こえても、
「今、取り込んでいるんだ。何か用事があったら、後にしてくれ!」と言って追い払おうとした。
「田辺部長、来年度の予算のことで営業部長が探しているんです。応接にいると聞いたのですが、内線が繋がらなくて」
何と部長は電話線を切っていたのだ。道理でいつまで待ってもかかってこないはずだわ。
「営業部長が探しているだと!」
田辺部長が困惑している隙に私はするっと彼の腕の中から逃げ出した。そして、ドアに向かった。
「おいっ、待たんか! 今、出て行ったら許さんぞ」
部長の怒号が聞こえたのか、
「田辺部長、どうかされたんですか?」ドアの向こうで、中谷さんが心配そうに言った。
「入って来るな!」
部長が怒鳴った瞬間、異変が起こった。
「んぷうっ」
田辺部長が何かを噴き出すような声を出したかと思うと、
「んげええっ」苦しそうな呻き声を上げ、腹部を押さえたまま、ドカッと床に膝をついた。
部長は、「うえっ、うげえっ」と空えずきを何度か繰り返した後、私を見上げ、こう言った。
「何かが、入ってきた・・」
あの時と同じだ。
エレベーターの時の花田課長と全く同じだ。あの時、花田課長は何かを吐き出した。
あの時、花田課長は、「何かが入って来た」と言っていた。
同じであれば、この後、田辺部長は吐くはずだ。
「部長、大丈夫ですか?」
訊きたくもないのに訊ねると、
「く、苦しいんだ」
田辺部長は、ドアにいる私の足元まで這うようにゆっくりと来て、
「白井くん・・助けてくれ」と哀願した。
彼は、私にすがるように足首を掴もうとしたので、咄嗟に私は退いた。
退きながらハッとした。
それは部長の目に気づいたからだ。何というイヤらしい目だろう。
部長は苦悶しながら、私を見上げている。
しかも部長が見ているのは、おそらく私のパンツだ。この男はどさくさに紛れて私の下着を覗き込んでいるのだ。
その顔を私の両脚の間に入れ込もうとして必死だ。
それに気づいた私は、部長の手を振り切り、ドアノブに手をかけた。幸いにもカギはかかっていない。それでも部長は這ってくる。気持ち悪すぎる。
「ドアを開けるんじゃない!」
部長が私を見上げながら怒鳴った。怒鳴りながら人の下着を見ようとする男なんて、聞いたことがない。
私が、「イヤです」と断り、ノブを回しかけると、
何と私の手に部長のごつい手が被さった。
部長が立ち上がっている。そして、その顔には苦悶の表情はない。
まさか、さっきのはお芝居だったの?
顔が間近に見える。
・・みちこさん、助けて!
私が願うのと同時に、
「田辺部長、入りますよ」
中谷さんが異変を感じたのか、勢いよく入ってきた。そして部屋の様子を見るなり、
「白井さんもいたのか」
中谷さんは部長と私の顔を見比べながら言った。二人の表情を見て何か察したのだろう。
「中谷くん、失礼じゃないか!」
部長が怒鳴った。「せっかく白井くんと良いところまでいっていたのに」と言いたそうな顔だ。
どっちが失礼なのよ!
部長とは反対に、私は中谷さんが来てくれて嬉しかった。まるで白馬の騎士みたいだ。
「ちっ」と舌打ちをする部長に私は、「部長、さっきの事、中谷課長代理に言いますよ」と強く言った。
部長は私の顔を見据えるように睨んだ。「言うとどうなるかわかっているだろうな?」とその表情が語っている。
けれど、黙っている訳にはいかない。
おそらく、「さっきのことを中谷に言えば、この会社に居れなくしてやる」と脅かしてくるだろう。けれど、そんな風に脅迫されたことを皆に言えばいいだけのことだ。
中谷さんは私の顔を心配そうに覗き、「白井さん、何かあったのか?」と訊ねた。
私はコクリと小さく頷いた。「イヤらしいことをされそうに・・」と小さく言いかけたが、中谷さんの顔は私を見ていなかった。
彼の目は部長に注がれていた。
私もつられるように部長の顔に目をやった。
その顔がどうもおかしい。顔に何か付いている。さっきは無かったはずだけど・・
「なんだ、俺の顔に何かついているのかね?」部長は、私たちの視線を感じて言った。
「部長、口から何か出ていますよ」
中谷さんが指摘した。
「やめてください!」
私は頭をイヤイヤするように振った。このままでは臭い息を吐き出す口が私の唇に被さってしまう。
それだけは絶対に防がないと・・
私は首を振りながら唇をしっかりと合わせた。同時に、拘束から逃れようと両腕を動かし、足をバタバタさせた。「いやっ、いやっ」
けれど部長は、臭い口から長い舌を突き出し、べろべろと動かしだした。
私の唇、もしくは顔を舐め回すつもりだ。 この変態!
「いやあああっ」
誰か助けてっ!
部長のどんよりした目と、脂汗でテカった鼻と、臭い息を吐き続ける口と、ナメクジのような舌が眼前に迫った。 こんな気持ちの悪い顔を見たのは初めてだ。
私は頭をそらし、精一杯の抵抗をした。すると部長は私の頭を押さえにかかった。
もうダメだ。
私はこの男に舐め回される・・
そう思った瞬間、
コンコン・・誰かが応接室をノックした。
部長は一旦は顔を離し、ドアの方に目を向けた。
この隙に逃げようと思ったが、部長の腕は私の体を掴んで離さなかった。このままの体勢で誰かが入ってきたらどうするつもりなの?
「誰だ!」
こんな時に来るとは空気の読めん奴だ、と言わんばかりに声を上げた。
すると「経理の中谷です」と声が聞こえた。
中谷さんだ!
ああ、助かったわ。
ひょっとして「みちこ」さんが中谷さんを呼んでくれたのかしら?
部長は、中谷さんの声が聞こえても、
「今、取り込んでいるんだ。何か用事があったら、後にしてくれ!」と言って追い払おうとした。
「田辺部長、来年度の予算のことで営業部長が探しているんです。応接にいると聞いたのですが、内線が繋がらなくて」
何と部長は電話線を切っていたのだ。道理でいつまで待ってもかかってこないはずだわ。
「営業部長が探しているだと!」
田辺部長が困惑している隙に私はするっと彼の腕の中から逃げ出した。そして、ドアに向かった。
「おいっ、待たんか! 今、出て行ったら許さんぞ」
部長の怒号が聞こえたのか、
「田辺部長、どうかされたんですか?」ドアの向こうで、中谷さんが心配そうに言った。
「入って来るな!」
部長が怒鳴った瞬間、異変が起こった。
「んぷうっ」
田辺部長が何かを噴き出すような声を出したかと思うと、
「んげええっ」苦しそうな呻き声を上げ、腹部を押さえたまま、ドカッと床に膝をついた。
部長は、「うえっ、うげえっ」と空えずきを何度か繰り返した後、私を見上げ、こう言った。
「何かが、入ってきた・・」
あの時と同じだ。
エレベーターの時の花田課長と全く同じだ。あの時、花田課長は何かを吐き出した。
あの時、花田課長は、「何かが入って来た」と言っていた。
同じであれば、この後、田辺部長は吐くはずだ。
「部長、大丈夫ですか?」
訊きたくもないのに訊ねると、
「く、苦しいんだ」
田辺部長は、ドアにいる私の足元まで這うようにゆっくりと来て、
「白井くん・・助けてくれ」と哀願した。
彼は、私にすがるように足首を掴もうとしたので、咄嗟に私は退いた。
退きながらハッとした。
それは部長の目に気づいたからだ。何というイヤらしい目だろう。
部長は苦悶しながら、私を見上げている。
しかも部長が見ているのは、おそらく私のパンツだ。この男はどさくさに紛れて私の下着を覗き込んでいるのだ。
その顔を私の両脚の間に入れ込もうとして必死だ。
それに気づいた私は、部長の手を振り切り、ドアノブに手をかけた。幸いにもカギはかかっていない。それでも部長は這ってくる。気持ち悪すぎる。
「ドアを開けるんじゃない!」
部長が私を見上げながら怒鳴った。怒鳴りながら人の下着を見ようとする男なんて、聞いたことがない。
私が、「イヤです」と断り、ノブを回しかけると、
何と私の手に部長のごつい手が被さった。
部長が立ち上がっている。そして、その顔には苦悶の表情はない。
まさか、さっきのはお芝居だったの?
顔が間近に見える。
・・みちこさん、助けて!
私が願うのと同時に、
「田辺部長、入りますよ」
中谷さんが異変を感じたのか、勢いよく入ってきた。そして部屋の様子を見るなり、
「白井さんもいたのか」
中谷さんは部長と私の顔を見比べながら言った。二人の表情を見て何か察したのだろう。
「中谷くん、失礼じゃないか!」
部長が怒鳴った。「せっかく白井くんと良いところまでいっていたのに」と言いたそうな顔だ。
どっちが失礼なのよ!
部長とは反対に、私は中谷さんが来てくれて嬉しかった。まるで白馬の騎士みたいだ。
「ちっ」と舌打ちをする部長に私は、「部長、さっきの事、中谷課長代理に言いますよ」と強く言った。
部長は私の顔を見据えるように睨んだ。「言うとどうなるかわかっているだろうな?」とその表情が語っている。
けれど、黙っている訳にはいかない。
おそらく、「さっきのことを中谷に言えば、この会社に居れなくしてやる」と脅かしてくるだろう。けれど、そんな風に脅迫されたことを皆に言えばいいだけのことだ。
中谷さんは私の顔を心配そうに覗き、「白井さん、何かあったのか?」と訊ねた。
私はコクリと小さく頷いた。「イヤらしいことをされそうに・・」と小さく言いかけたが、中谷さんの顔は私を見ていなかった。
彼の目は部長に注がれていた。
私もつられるように部長の顔に目をやった。
その顔がどうもおかしい。顔に何か付いている。さっきは無かったはずだけど・・
「なんだ、俺の顔に何かついているのかね?」部長は、私たちの視線を感じて言った。
「部長、口から何か出ていますよ」
中谷さんが指摘した。
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