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魚①
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◆魚
「えっ?」
部長はきょとんとした顔で口元に手を当てた。確かに何か出ている。というか、何かが口からはみ出している。
「お魚?」
思わず私はそう言った。魚の尾・・そうとしか見えない。
それで、口から魚の腐ったような匂いがしていたのか。
けれど、部長の口から出ているのは死んだ魚ではなく、生きているように見える。
生きているはずはないけれど、その尾は痙攣するようにぶるぶると震えている。部長の口から出ようと懸命にもがいているように見えるが、部長の口は魚を引き戻そうともごもごと動いている。
私たちがじっと見ていると、
部長は、「ああ、これか・・」と言って、更にもごもごと口を動かだした。
そして、信じられないことに、口の中へと魚をパクっと引き入れた。まるで歯に引っ掛かっていた異物を取り除いて改めて飲み込むかのようだった。
更に部長は咀嚼しながら、「昼の寿司の残りのようだな」と誰ともなく言った。
ええっ、そんなことがあるの?
お昼に食べたお寿司のお魚が、口から出てくるなんてことが現実にあるの?
それにさっきの魚は、切りさばいた魚ではなくて、原型をとどめていたし、生きていた。
この異様な光景に中谷さんも声を失っている。目を背けるでもなく、部長の口に吸い寄せられるように見ている。
一方、部長はゴクンと美味しそうに魚を飲み込むと、「ああ、美味い、美味い」と言った。
こんな気持ちの悪い人は見たことがない。
部長が魚を飲み込むのと同時に、部屋に悪臭が漂い出した。魚の腐ったような匂いだ。
まるで、さっきの魚の匂いが、部長の全身から漂いだしたかのようだ。
けれど、事態はそれだけでは終わらなかった。
部長は激しくえずきだした。今度は本当に苦しいようだ。
さっきは、「口の中に何かが入って来た」と言っておいて、その後、魚が口から出てきて、それを飲み込んだ。今度は、さっきの魚が飛び出てくるのだろうか?
部長は「おえっ、おえっ」と空えずきを繰り返し、「吐きそうだ」と訴えた。
さすがに今度は芝居ではないらしく、私に迫っては来ずに、
口を押えながらドアに向かった。トイレにでも行くつもりだろうか?
そこへドアを開け、
運悪く、「失礼しま~す」と、入ってきたのは、30歳前後の小綺麗な女性清掃員だった。この部屋の担当みたいだ。
このままお互いが突き進めば、部長と清掃員は対面する格好になる。
部長のあの状態で清掃員にぶつかれば、その結果は見えている。ロクな結果とはならない。
私は、「逃げてっ」と清掃員に大きく呼びかけた。
でも、清掃員には何のことか分からない。その代わりに「臭いっ」と言って眉をしかめた。
当の部長は、清掃員の反応などおかまいなしに、
「おげえええっ」とえずきながら、清掃員に向かって突進していく。
ああ、もう間に合わない。間違いなく、彼女の清掃の汚れ物が増えることだろう。
ぎょっとした清掃員は、「田辺さん、どうかされたんですか?」と言いかけようとしたが、部長の異様さに後ずさった。
だが部長は彼女を逃がさなかった。支える物の代わりに清掃員の両肩を掴み、
「んげええっ」とえずきながら、彼女の胸の辺りに吐き出した。
「きゃああっ」
驚いた清掃員は手にしていたモップとバケツを落とした。無理もない。彼女の制服が吐瀉物でドロドロになってしまったのだから。
だが当然、部長はそんなことで謝ったりはしない。
部長はその場に蹲り、何度も嘔吐を繰り返した。綺麗なカーペットが吐瀉物にどろどろに染まっていく。
「おおおっ」と異様な声を上げ、
あろうことか今度は、清掃員が落としたモップで口や顔を拭い出した。
信じられない。いくら清掃前のモップでも、そんなもので顔を拭く人を見たことがない。
「みっともない男ね」
また「みちこ」さんの声が聞こえた。
部長の様子を見てあざけ笑っているみたいだ。
けれど、異様な事態はそれだけではなかった。
「白井さん・・あれを・・」
中谷さんが私に、あれを見ろ、と言った。
目の先には、見たくもない部長の汚物がある。けれど、中谷さんはそのことを言っているのではなかった。
汚物の中で、蠢いているものがある。
それは小さな生き物のようだった。吐瀉物の中で、ぴちゃぴちゃと音を立て跳ねている。
「あれは、魚だよな?」中谷さんはそう言った。
「えっ?」
部長はきょとんとした顔で口元に手を当てた。確かに何か出ている。というか、何かが口からはみ出している。
「お魚?」
思わず私はそう言った。魚の尾・・そうとしか見えない。
それで、口から魚の腐ったような匂いがしていたのか。
けれど、部長の口から出ているのは死んだ魚ではなく、生きているように見える。
生きているはずはないけれど、その尾は痙攣するようにぶるぶると震えている。部長の口から出ようと懸命にもがいているように見えるが、部長の口は魚を引き戻そうともごもごと動いている。
私たちがじっと見ていると、
部長は、「ああ、これか・・」と言って、更にもごもごと口を動かだした。
そして、信じられないことに、口の中へと魚をパクっと引き入れた。まるで歯に引っ掛かっていた異物を取り除いて改めて飲み込むかのようだった。
更に部長は咀嚼しながら、「昼の寿司の残りのようだな」と誰ともなく言った。
ええっ、そんなことがあるの?
お昼に食べたお寿司のお魚が、口から出てくるなんてことが現実にあるの?
それにさっきの魚は、切りさばいた魚ではなくて、原型をとどめていたし、生きていた。
この異様な光景に中谷さんも声を失っている。目を背けるでもなく、部長の口に吸い寄せられるように見ている。
一方、部長はゴクンと美味しそうに魚を飲み込むと、「ああ、美味い、美味い」と言った。
こんな気持ちの悪い人は見たことがない。
部長が魚を飲み込むのと同時に、部屋に悪臭が漂い出した。魚の腐ったような匂いだ。
まるで、さっきの魚の匂いが、部長の全身から漂いだしたかのようだ。
けれど、事態はそれだけでは終わらなかった。
部長は激しくえずきだした。今度は本当に苦しいようだ。
さっきは、「口の中に何かが入って来た」と言っておいて、その後、魚が口から出てきて、それを飲み込んだ。今度は、さっきの魚が飛び出てくるのだろうか?
部長は「おえっ、おえっ」と空えずきを繰り返し、「吐きそうだ」と訴えた。
さすがに今度は芝居ではないらしく、私に迫っては来ずに、
口を押えながらドアに向かった。トイレにでも行くつもりだろうか?
そこへドアを開け、
運悪く、「失礼しま~す」と、入ってきたのは、30歳前後の小綺麗な女性清掃員だった。この部屋の担当みたいだ。
このままお互いが突き進めば、部長と清掃員は対面する格好になる。
部長のあの状態で清掃員にぶつかれば、その結果は見えている。ロクな結果とはならない。
私は、「逃げてっ」と清掃員に大きく呼びかけた。
でも、清掃員には何のことか分からない。その代わりに「臭いっ」と言って眉をしかめた。
当の部長は、清掃員の反応などおかまいなしに、
「おげえええっ」とえずきながら、清掃員に向かって突進していく。
ああ、もう間に合わない。間違いなく、彼女の清掃の汚れ物が増えることだろう。
ぎょっとした清掃員は、「田辺さん、どうかされたんですか?」と言いかけようとしたが、部長の異様さに後ずさった。
だが部長は彼女を逃がさなかった。支える物の代わりに清掃員の両肩を掴み、
「んげええっ」とえずきながら、彼女の胸の辺りに吐き出した。
「きゃああっ」
驚いた清掃員は手にしていたモップとバケツを落とした。無理もない。彼女の制服が吐瀉物でドロドロになってしまったのだから。
だが当然、部長はそんなことで謝ったりはしない。
部長はその場に蹲り、何度も嘔吐を繰り返した。綺麗なカーペットが吐瀉物にどろどろに染まっていく。
「おおおっ」と異様な声を上げ、
あろうことか今度は、清掃員が落としたモップで口や顔を拭い出した。
信じられない。いくら清掃前のモップでも、そんなもので顔を拭く人を見たことがない。
「みっともない男ね」
また「みちこ」さんの声が聞こえた。
部長の様子を見てあざけ笑っているみたいだ。
けれど、異様な事態はそれだけではなかった。
「白井さん・・あれを・・」
中谷さんが私に、あれを見ろ、と言った。
目の先には、見たくもない部長の汚物がある。けれど、中谷さんはそのことを言っているのではなかった。
汚物の中で、蠢いているものがある。
それは小さな生き物のようだった。吐瀉物の中で、ぴちゃぴちゃと音を立て跳ねている。
「あれは、魚だよな?」中谷さんはそう言った。
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