三千子② ~ another(アナザー)~ 悪夢再び【全方位型グロホラー続編】

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

文字の大きさ
25 / 39

魚①

しおりを挟む
◆魚

「えっ?」
 部長はきょとんとした顔で口元に手を当てた。確かに何か出ている。というか、何かが口からはみ出している。
「お魚?」
 思わず私はそう言った。魚の尾・・そうとしか見えない。
 それで、口から魚の腐ったような匂いがしていたのか。
 けれど、部長の口から出ているのは死んだ魚ではなく、生きているように見える。
 生きているはずはないけれど、その尾は痙攣するようにぶるぶると震えている。部長の口から出ようと懸命にもがいているように見えるが、部長の口は魚を引き戻そうともごもごと動いている。

 私たちがじっと見ていると、
 部長は、「ああ、これか・・」と言って、更にもごもごと口を動かだした。
 そして、信じられないことに、口の中へと魚をパクっと引き入れた。まるで歯に引っ掛かっていた異物を取り除いて改めて飲み込むかのようだった。
 更に部長は咀嚼しながら、「昼の寿司の残りのようだな」と誰ともなく言った。
 ええっ、そんなことがあるの?
 お昼に食べたお寿司のお魚が、口から出てくるなんてことが現実にあるの?
 それにさっきの魚は、切りさばいた魚ではなくて、原型をとどめていたし、生きていた。
 この異様な光景に中谷さんも声を失っている。目を背けるでもなく、部長の口に吸い寄せられるように見ている。

 一方、部長はゴクンと美味しそうに魚を飲み込むと、「ああ、美味い、美味い」と言った。
 こんな気持ちの悪い人は見たことがない。
 部長が魚を飲み込むのと同時に、部屋に悪臭が漂い出した。魚の腐ったような匂いだ。
 まるで、さっきの魚の匂いが、部長の全身から漂いだしたかのようだ。

 けれど、事態はそれだけでは終わらなかった。
 部長は激しくえずきだした。今度は本当に苦しいようだ。
 さっきは、「口の中に何かが入って来た」と言っておいて、その後、魚が口から出てきて、それを飲み込んだ。今度は、さっきの魚が飛び出てくるのだろうか?
 部長は「おえっ、おえっ」と空えずきを繰り返し、「吐きそうだ」と訴えた。
 さすがに今度は芝居ではないらしく、私に迫っては来ずに、
 口を押えながらドアに向かった。トイレにでも行くつもりだろうか?

 そこへドアを開け、
 運悪く、「失礼しま~す」と、入ってきたのは、30歳前後の小綺麗な女性清掃員だった。この部屋の担当みたいだ。
 このままお互いが突き進めば、部長と清掃員は対面する格好になる。
 部長のあの状態で清掃員にぶつかれば、その結果は見えている。ロクな結果とはならない。
 私は、「逃げてっ」と清掃員に大きく呼びかけた。
 でも、清掃員には何のことか分からない。その代わりに「臭いっ」と言って眉をしかめた。
 当の部長は、清掃員の反応などおかまいなしに、
「おげえええっ」とえずきながら、清掃員に向かって突進していく。
 ああ、もう間に合わない。間違いなく、彼女の清掃の汚れ物が増えることだろう。

 ぎょっとした清掃員は、「田辺さん、どうかされたんですか?」と言いかけようとしたが、部長の異様さに後ずさった。
 だが部長は彼女を逃がさなかった。支える物の代わりに清掃員の両肩を掴み、
「んげええっ」とえずきながら、彼女の胸の辺りに吐き出した。
「きゃああっ」
 驚いた清掃員は手にしていたモップとバケツを落とした。無理もない。彼女の制服が吐瀉物でドロドロになってしまったのだから。
 だが当然、部長はそんなことで謝ったりはしない。
 部長はその場に蹲り、何度も嘔吐を繰り返した。綺麗なカーペットが吐瀉物にどろどろに染まっていく。
「おおおっ」と異様な声を上げ、
 あろうことか今度は、清掃員が落としたモップで口や顔を拭い出した。
 信じられない。いくら清掃前のモップでも、そんなもので顔を拭く人を見たことがない。

「みっともない男ね」
 また「みちこ」さんの声が聞こえた。
 部長の様子を見てあざけ笑っているみたいだ。
 けれど、異様な事態はそれだけではなかった。
「白井さん・・あれを・・」
 中谷さんが私に、あれを見ろ、と言った。
 目の先には、見たくもない部長の汚物がある。けれど、中谷さんはそのことを言っているのではなかった。
 汚物の中で、蠢いているものがある。
 それは小さな生き物のようだった。吐瀉物の中で、ぴちゃぴちゃと音を立て跳ねている。
「あれは、魚だよな?」中谷さんはそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/11/30:『かべにかおあり』の章を追加。2025/12/7の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

怪異の忘れ物

木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。 さて、Webコンテンツより出版申請いただいた 「怪異の忘れ物」につきまして、 審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。 ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。 さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、 出版化は難しいという結論に至りました。 私どもはこのような結論となりましたが、 当然、出版社により見解は異なります。 是非、他の出版社などに挑戦され、 「怪異の忘れ物」の出版化を 実現されることをお祈りしております。 以上ご連絡申し上げます。 アルファポリス編集部 というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。 www.youtube.com/@sinzikimata 私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。 いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...