4 / 18
春の靴
ある静かな日に
しおりを挟む
久しぶりに日光が森を照らし出していた。
昨晩の吹雪が嘘のように静かで、小動物の足音さえ聞こえない。私と兄が雪を踏み固める音だけが響いている。息をするたびに外気は胸を凍らせ、血が滲みそうなほどだ。襟巻きに顔を埋めながら、二人で雪の中に穴を掘る。
ヨーゼフおじさんの骨を埋めるためだ。
親しい人を殺してしまった罪悪感が冷気と共に胸を刺す。兄は、彼の骨をどう感じているだろう。殺したことを理解しているのだろうか。
私たちは黙りこくったまま、鍬で雪をかきわけた。雪に次第に泥が混じり、茶色く染めていく。その土の中から出てきたものを見て、口元が緩んだ。
小さな玉ねぎだ。
鍬で土の中をかき分けるたびに、いくらでも土の中から小さな塊が出てきた。
「兄さん見て、間引いた玉ねぎがまだ残ってる!」
凍りついた土の中に沈んでいた玉ねぎは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。小さく歪み、指でよく触らないと石と見分けがつかない。
保存用の玉ねぎはほとんど底をついている。口にできるのも久しぶりのことだ。
「ね、これとベーコンでスープにしようよ! パンもあるし、今日はご馳走……」
兄は眩しいものを見るような目で私を見下ろしていた。その表情には冬の間の狂気はなかった。
「ああ、楽しみだね。ドロシー、作ってくれる?」
目尻にうっすらと涙が浮かんでいた気がしたのは、ちらつき始めた雪が兄の頬を濡らしたせいだろうか。
私は泥のついた玉ねぎを掴めるだけ掴んで家へ戻った。形こそ汚かったものの、皮を剥けば食べられそうな部分はそれなりにある。井戸から水を汲んで丁寧に洗い、昨日おじさんがくれたベーコンの端っこと干しキノコと一緒に火にかける。
おじさんのくれたベーコンには塩がしっかりときかせてあった。実の子でもない兄妹のために、彼はちゃんとしたものを持ってきてくれたのだ。パンだって豆じゃなくてライ麦と小麦を混ぜたもので、いつも食べているものよりずっと柔らかく感じる。
ふわりと香る塩の香りに、ふと涙が浮かんだ。
本当にご馳走だ。
私はスープの入った鍋をじっと見下ろして、しばらくそうしていた。
そして、中々戻ってこない兄を呼ぶために家を出た。日が傾きかけて雪を赤く染めている。
「あれ……?」
兄は畑にいなかった。
うさぎでも見つけて追いかけているのだろうか。普段ならそう思うところだ。しかしなぜか胸はざわついていた。
森の奥に向かって点々と兄の足跡が残っていたが、降り始めの真っ白い雪が、泥混じりの足跡をほとんどかき消してしまっていた。
さっきの泣き出してしまいそうな、それでいて嬉しそうだった兄の顔が頭から離れない。
不安に震える唇が、足跡が見えなくなってしまってからようやく開いた。
「兄さん……?」
豚の脂で作った蝋燭がじりじりと溶けていく嫌な匂いが鼻につく。赤い雪が徐々に色を失って黒く染まっていく。
最後に聞いた優しい声が、何度も耳の中でこだまする。
そして、兄が家に戻ってくることは二度となかった。
昨晩の吹雪が嘘のように静かで、小動物の足音さえ聞こえない。私と兄が雪を踏み固める音だけが響いている。息をするたびに外気は胸を凍らせ、血が滲みそうなほどだ。襟巻きに顔を埋めながら、二人で雪の中に穴を掘る。
ヨーゼフおじさんの骨を埋めるためだ。
親しい人を殺してしまった罪悪感が冷気と共に胸を刺す。兄は、彼の骨をどう感じているだろう。殺したことを理解しているのだろうか。
私たちは黙りこくったまま、鍬で雪をかきわけた。雪に次第に泥が混じり、茶色く染めていく。その土の中から出てきたものを見て、口元が緩んだ。
小さな玉ねぎだ。
鍬で土の中をかき分けるたびに、いくらでも土の中から小さな塊が出てきた。
「兄さん見て、間引いた玉ねぎがまだ残ってる!」
凍りついた土の中に沈んでいた玉ねぎは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。小さく歪み、指でよく触らないと石と見分けがつかない。
保存用の玉ねぎはほとんど底をついている。口にできるのも久しぶりのことだ。
「ね、これとベーコンでスープにしようよ! パンもあるし、今日はご馳走……」
兄は眩しいものを見るような目で私を見下ろしていた。その表情には冬の間の狂気はなかった。
「ああ、楽しみだね。ドロシー、作ってくれる?」
目尻にうっすらと涙が浮かんでいた気がしたのは、ちらつき始めた雪が兄の頬を濡らしたせいだろうか。
私は泥のついた玉ねぎを掴めるだけ掴んで家へ戻った。形こそ汚かったものの、皮を剥けば食べられそうな部分はそれなりにある。井戸から水を汲んで丁寧に洗い、昨日おじさんがくれたベーコンの端っこと干しキノコと一緒に火にかける。
おじさんのくれたベーコンには塩がしっかりときかせてあった。実の子でもない兄妹のために、彼はちゃんとしたものを持ってきてくれたのだ。パンだって豆じゃなくてライ麦と小麦を混ぜたもので、いつも食べているものよりずっと柔らかく感じる。
ふわりと香る塩の香りに、ふと涙が浮かんだ。
本当にご馳走だ。
私はスープの入った鍋をじっと見下ろして、しばらくそうしていた。
そして、中々戻ってこない兄を呼ぶために家を出た。日が傾きかけて雪を赤く染めている。
「あれ……?」
兄は畑にいなかった。
うさぎでも見つけて追いかけているのだろうか。普段ならそう思うところだ。しかしなぜか胸はざわついていた。
森の奥に向かって点々と兄の足跡が残っていたが、降り始めの真っ白い雪が、泥混じりの足跡をほとんどかき消してしまっていた。
さっきの泣き出してしまいそうな、それでいて嬉しそうだった兄の顔が頭から離れない。
不安に震える唇が、足跡が見えなくなってしまってからようやく開いた。
「兄さん……?」
豚の脂で作った蝋燭がじりじりと溶けていく嫌な匂いが鼻につく。赤い雪が徐々に色を失って黒く染まっていく。
最後に聞いた優しい声が、何度も耳の中でこだまする。
そして、兄が家に戻ってくることは二度となかった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜
来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。
自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。
「お前は俺の番だ」
番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。
一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。
執着と守護。すれ違いと絆。
――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。
甘さ控えめ、でも確かに溺愛。
異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる