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4 「えと……うーんと、僕の好きな人」
それからリーシャは、立ち上がれる程には快復していった。リハビリ代わりの散歩は恒例になり、忘れられた側室と呼ばれたのが嘘のように庭園に出る。
その理由の一つに王宮内の空気を知るためだというのもあるのだろう。
お気に入りの侍女を侍らせ、全盛期によく着ていたような普段着に袖を通すとその美しさを見せつけるように闊歩する。
前王の側室が、こんなにもどうどうと歩くだなんてどれだけの嫌悪を浴びせられるかと思っていたリーシャだが、王宮の空気はまるで違う。
それはフェルナンドがどれだけうまく立ち回っているかの証明。
前王が稀に見る愚王だっただけにそう見えるのかもしれないが、フェルナンドは貴族にも旨味を与え、平民や商人にも分かりやすく利を感じさせている。
リーシャの目から見ても、彼は自分の欲など興味のない男だ。
もちろんたった一つを除いては。
「リーシャ様、以前気にしてらした他の側室の事ですが…全員望む進路へ進む助けを敷いて、王宮からはもう一人も居ないそうです」
「…そうですか」
リーシャは、暖かい庭園で耽るくらいしかする事が無かった。
自死から生還し、ようやく動くようになってきた足。監視は常に張りついているし、自死騒動があった為自室にももう戻れない。
「フェルナンドが王ねぇ」
フェルナンド以上に、その事に実感が湧かないのはリーシャの方だ。
リーシャは、毎日たくさんの侍従に世話をされ、一流の食事を摂り、フェルナンドの母が過ごしていた皇后宮で眠りにつく。
その寵愛が当たり前のようになされている日々が、なんだか不思議なのだ。
「お嫌いですか、……陛下のことは」
ちらりと侍女を睨むが、リーシャだって仕方ないのは理解している。
「嫌いです。昔から…泣き虫で、甘くて。巷では賢王だなんて呼ばれて…唯一の贅沢は使い古しの側室を囲うくらいの男ですから」
「私からすると…なんだかロマンチックに存じます。陛下はその事でリーシャ様に砂が掛からないように、最大限の牽制をしておられますから。確かに、リーシャ様の扱いに苦い顔をされる貴族もいるようですが、その口を黙らせる程に…うまく立ち回っていらっしゃる」
フェルナンドの行動理念はリーシャだけ、まるでそう言いたげな侍女はリーシャの髪を結いながら笑みを浮かべた。
「だからこんなにも、私が外に居ても白い目ひとつ無いのですね」
「ええ、あんなに甘くてお優しい陛下がただ一つ、侍従に言い聞かせたのがそれです」
「そういう所が嫌い、私にはそんな事言いもしないで優しくするだけして、何も求めない」
リーシャは侍女を手招きするとその頬に手を這わせる。
「あの男、私が何をすれば感情を顕にするでしょう」
「リーシャ様?」
「見てみたいでしょう?私を一番だと豪語するあの男が、私に感情的になって…支配しようとする?もしくは興味を失くすでしょうか…殺されるのも一興か」
ぞくりとする程の彼の闇。
まだ少年の頃、たった一人でこの王宮に訪れた。夢も人生も捨て、聖女という神に身も心も心酔する事だけが彼の唯一。
リーシャは愛など知らない、知らないのだから受け取る事も出来ない。
無償に与えられたフェルナンドからの溢れる程の愛など、リーシャにとっていつか潰える…もしくはリーシャを置いて居なくなる、絶望の根源でもある。
◇
「どうです?」
「…どれも美しい。僕は嬉しいです、こんな綺麗な装いをたくさん用意したという事は、たくさん出掛けたいということ。流石に一人ではダメですが、心のままに生きてくださいね」
煌びやかな衣装や宝石、侍従たちのお仕着せまで新調し悪辣な妃のようにふんぞり返る。
だが、フェルナンドは笑うだけだった。
むしろフェルナンドに充てられた予算など到底使い切る額ではなく、五番として産まれた彼は贅沢の仕方すらも思いつかない。
以前の王は側室も十人以上住まわせていたし、リーシャがどれだけ衣装を買おうが前王の側室の予算の1/5にも満たなかった。
リーシャ自身も、欲のない人間だ。
フェルナンドを困らせてやろうにも贅沢のレパートリーが少ない。
食事は元々最高級のものだし、何せ食が細くたくさん食べれる訳でもない。
そして聖女の信仰のひとつである、食べ物や道具を粗末にはしないという教えから、もう贅沢も限界が来ていた。
「フェルナンド……あなた、私が何をしてもどんな人間でも顔色ひとつ変えないつもりですか?」
「……やはり、最近の妙な行動は僕に対する何かの暗示だったのですか」
リーシャは、元気になってからというものフェルナンドを困らせてやるというのが一つの目標になっていた。
ある時は、夕食を二人で共にしている時、いきなり食べるのが面倒になったと、全て給餌するように命じた。
フェルナンドは困るどころか、嬉しそうにリーシャの横に付き、その口に切り分けた肉を運ぶ。
リーシャが、面倒な要求をすればする程に…フェルナンドは喜んでしまうのだ。
「…でも、その装いは出来たら止めてほしいですね」
リーシャは、フェルナンドの即位前から側室の着る薄いベールだけを羽織っている。
それは、王の劣情を誘うだけの役割だと言わんばかりの衣装。
この生活が始まってからも服装の根本的な理念は変わらない。
「…仕方がないでしょう、側室なのですから。これが側室にとっては正装のようなものです」
「あなたは側室なんかじゃありませんよ…!」
「じゃあ、私は何ですか?」
「えと……うーんと、僕の好きな人」
リーシャの意識が牢の中に居た時に言ったあの言葉、別にそれを求めているはずなんてない。
『ねぇリーシャ、僕の正室になって』
「……あの時のあなたの方がよっぽど男らしかった」
その小さな呟き、フェルナンドは不思議そうにリーシャを覗き込む。
「…?あの時?」
「とにかく、もし誰かに私の事を聞かれた時なんて言うつもりなのですか?というか、侍女に聞きましたが王宮中に牽制していると。なんと言って牽制しているのです?」
「それは、もうそのまま。僕の大切な人ですから、何かあったら許す事はないと。僕はリーシャ以外の人を抱く気も愛する気もありませんからね、そう皆にも伝えていますよ」
フェルナンドは、呆れ返るリーシャを抱き締めた。昔は少し触れるだけでも夢のような存在だったのに、リーシャが快復してからというもの、こうしたスキンシップは日常になっている。
それは、時折いきなり仕掛けられるリーシャの悪戯のせいでもあった。
フェルナンドの理性が擦り切れてしまって、酷く抱けばいいという新手の嫌がらせは、続けられている共寝の時にも行われているから。
リーシャの誘惑に、フェルナンドは気づいているのかいないのか、未だに添い寝以上の事は起きていない。
そして、良くも悪くも、こうして触れ合う事は二人にとっての当たり前になっている。
「前王の側室を囲う王など聞いた事がありません。どうするのですか?王としての素質を疑われたら。悪辣な妾に溺れる愚かな王だと言われたら…。そもそも、子はどうするのです」
フェルナンドはリーシャの耳元に口付けをした。いい香りがする、彼の匂いの強い首周りに擦り付く。
「…僕を王として認めてくれているのですか?子はアルベルトに頼みましょう、今じゃ第一王子ですからね。女性も好きだし、丁度いい」
「ああ、あの軽薄な男……じゃなくて、私は認めてなんかいません!でも、即位しているのですから私が認めないだけで世間的に王だという事は事実です」
「リーシャ、今日も一緒に寝てもいいのですか?」
リーシャはフェルナンドのその言葉に発起すると、今日こそこの身を抱かせてやると決意した。
フェルナンドは公務から戻ると、まずその身体を抱き締める。
大体ベッドの上で本を読んでいるか、身嗜みを整えているか…お気に入りの侍女と何やら話しているかのどれか。
その身体を抱き上げて、耳の後ろから香るリーシャのフェロモンのような甘い香りを堪能する。
そこからは、リーシャはフェルナンドの腕の中からは出してはもらえずに夕餉を待つ。
うざったいと口にはしても、その腕を振りほどく事もない。
夕餉を取ってからはリーシャの時間。
最近はフェルナンドを誘惑する事ばかりに躍起になり、フェルナンドに寄り添った。
「フェルナンド、今日は一緒に湯浴みをする事を許しましょう」
「………湯浴み?」
「ええ」
「でも…湯浴みは絶対に一人で行いたいと…」
「だから、特別に許します」
流石のフェルナンドもこれには堪えた。
湯浴み用の肌着はその二つの突起がくっきりと透けていて、あまりに扇情的でつい目を逸らす。
リーシャは湯浴みが唯一の趣味と言ってもいい程に好んだ。
以前の側室宮よりもずっと立派なフェルナンドの母が使用していた皇后宮。
部屋の作りが立派になった事に関しては強い関心を見せなかったが、浴室が広く美しい事はリーシャを喜ばせたようだ。
侍女が用意した、花びらの浮く湯の中で舞う黒髪。そして……わざとらしくフェルナンドの太ももに添えられたリーシャの手。
「リーシャ、何故あなたはそんなにも僕に懐いてくれたのか…いや、意地悪をするのか、ずっと不思議に思っていたのですが、今日分かりました」
そしてフェルナンドの膝に乗ると、フェルナンドの首に腕を回し、硬くなったそれにわざと擦りつく。
「これ、なんです?」
「……リーシャ、僕の劣情で遊ぶのはやめてください。僕も男なのです…」
「なら、私に命令しますか?抱かれろと」
「……そんな事するはずがない」
リーシャは、とうとう籠絡しそうなフェルナンドの理性を煽るように唇に吸い付いた。
「ん、は…何故?抱きたいのなら抱かれろと命じればいいでしょう」
「…あなたは、僕の愛を試してる。僕の愛が、性欲に負けるのを待っている」
当たらずも遠からず、いや…リーシャはその言葉を否定出来るのかは分からない。
「愛などくだらない」
フェルナンドは、ほとんど裸のリーシャの腰を抱くと、首筋に口付けを落とし…そのまま髪の毛を食む。
「なぜ、あなたが王に持ち合わせた感情ではありませんか」
「……愛は愛ですが、崇拝ですから。あなたたち王族の祖先、聖女に対する崇拝。私が望むのは陛下個人への愛じゃない、主への忠誠と傾倒です」
フェルナンドは、リーシャの黒髪が大好きだった、美しくて…気高くて、リーシャそのものを示しているようで。
「それだと…僭越ですが、現王の僕にもその敬心はあるはずではないですか…?」
正論のようなその言葉に、リーシャの心の中でも整理のつかない問題を突きつけられたようでフェルナンドの両頬を引っ張った。
「フェルナンドはフェルナンド!陛下は陛下」
フェルナンドは、その可笑しなリーシャの言い分さえも酷く愛おしいらしい。
瞳を細めると、リーシャの頬を優しく撫であげ唇を近づける。
「もしかして、フェルナンド…お前童貞なのでしょう?幼い頃から私に心酔していたのだから、そうなのでしょう?だから、自信が無いのですか?」
両頬をふにふにと弄びながら、リーシャは同じように目を細め、その嘲笑を目に浮かべた。
「…え?あ、いや……性交自体はさすがに」
だが、その小悪魔のような嘲笑が凍りついた。
「…は?」
「え?」
「あなた、経験あるのですか?」
フェルナンドには分からなかった、リーシャが何故その事をそこまで追求するのかを。
フェルナンドがずっとリーシャに心酔していたのは確かだが、本来なら絶対にこうして触れ合う事も叶わなかった関係だ。
操を立てるにはあまりにも切ない。
そして…誰にも言った事がないが、王宮から出た時、リーシャに少しだけ似た町娘と関係を持った事がある。
リーシャの声色には怒気が乗っているが、フェルナンドは気づかなかったらしい。
「僕だって男ですから」
「……お前の愛とやらもそれ程ですか」
「え……!何故です!」
「私を愛しているから抱かない?じゃあ、もし催淫薬を盛られてどうしようもなくなったら?」
リーシャは長らく侍女たちに囲まれ生きてきた側室、男兄弟とのうのうと暮らしてきたフェルナンドとはまるで違う。
こんな時にどう言えば、リーシャの怒りを沈められるかも、もちろん知らない。質問の意図も、何もかも。
「……リーシャ?安心してください。あなたにそんな醜い欲をぶつけたりしませんから」
「~~~」
リーシャは、過去一番フェルナンドの頬を強く抓りあげた。
そして何も言わずに湯から上がると、侍女の渡すバスローブに身を包んだ。
長年仕えた侍女は、リーシャの怒りを宿した目を覗き込む。
「っ、あの男……一生愛するなど嘘です」
「リーシャ様?何かあったのですか?」
「今日は、自分の部屋へ帰らせなさい、あんな男。私にあんなに懐いていたのに、その間に他の者を抱いていた」
その言葉に、侍女は口角を上げた。
「……リーシャ様、嘘のようです。私はあなたが召し上げられからずっと見ていましたが、閨に何の感情も動かさないあなた様を心配していましたから」
「……別に嫌だとかそういうのではありません。あの男は信用に値しない、それだけ」
リーシャの機嫌を伺いながら、フェルナンドがリーシャの後を追う足音が聞こえて、リーシャは逃げるように寝室へ向かう。
そして、眉尻を下げ肌着で出てくるフェルナンドにも侍女はタオルを渡した。
「…リーシャは?」
「今日はお一人でお眠りになると」
おろおろとリーシャに嫌われたかもしれないと、表情を歪めるフェルナンドに侍女は笑う。
「ふふ、難しい人なのです。陛下に抱かれても…第一王子に抱かれるように命ぜられても顔色一つ変えなかったのに、こんな事で取り乱すだなんて」
フェルナンドにも聞こえないその小さな呟き、彼女しか知らないリーシャの欠片。
フェルナンドは閉まった寝室のドア越しに、小さく謝罪の言葉を絞り出すと、何も言わない静かなドアに背を向けた。
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