忘れられた側室は、次期王の寵妃になりたくないので

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10 「違います、私を見初めたのは第一王子、ノア殿下でした」


日が沈んでいくと、アルベルトはその逢瀬の終わりに思いを馳せていた。

そもそもこんな幸福な時間を与えられて、自分は何を命ぜられるのかも知らない。

数年単位で王宮を離れるような使命かもしれないし、怠惰に生きる彼には酷な仕事を与えられてもおかしくはない。

灯りを消した真っ暗な部屋、そして腕の中には裸のリーシャ。

まだ寝息は聞こえない、アルベルトはその耳に囁いた。

「リーシャ様、俺に何を命じるの」

リーシャ自身も、ようやくその質問が投げかけられたと感じた。

フェルディナンドのように、アルベルトが抵抗すれば王族は途絶えてしまう。

「あなたには、私の親戚…伯爵家の者との婚姻を提案致します。少し大人しいですが、美しく、私の言う事をよく聞きます」

だが、リーシャが真実を告げた時に驚いたのはアルベルトの方だった。

「…え、そんな事?」

リーシャは、フェルディナンドの意固地な愛に慣れすぎていた。王族であれば、妻を娶り子を作るなど当たり前の事だ。

本当に愛している者を側室に置き、正室には政略的に相応しい者を置くというのも一般的。

この国では、側室の子でも同じように王位が与えられる為、正室に相応しければ男性だって構わない。

その婚姻には政治的な意味しかないのだから。

「……すみません、フェルディナンドの年頃の令嬢のようなら考え方が私にも移っていたみたいです」

「びっくりした……どんな過酷な任務を任せられるのかと思った。そんな事でリーシャ様とまた会えるなら易いものです」

リーシャの想像を優に超えるほどにあっさりと了承された。

だが問題が無くなったわけではない。
お互いに拒否権がないとはいえ、まだ会ったこともない男女である。

「了承してくださってありがとうございます…」

「え、なんでちょっと機嫌悪そうなの?もしかしてヤキモチですか?リーシャ様」

「……ヤキモチというより、こんなにあっさりと片がつく問題を考えすぎていた己への怒りです」

アルベルトは、つまらなそうに口をへの字にするリーシャの振る舞いを都合よく解釈したようで、ニヤニヤと細い身体を抱き締めた。

「…アルベルト、それに辺り顔合わせを行います。その場にはフェルディナンドと私、メレニー様とあなたと婚約者の五人で」

「え、母上も?」

王の崩御後、立場上は全皇后として一時的に大公の地位を与えられたらしいが、フェルディナンドが皇后の座に迎えるとの噂も出ている。

「…リーシャ様は、母上と仲が悪いって。ここ数年は一度も会ってないって聞いたけど…」

「あなたには関係のない話です」

そう突っぱねるリーシャだが、目には嫌悪が宿る。

リーシャを愛するフェルナンドとアルベルト、そして昔は正室の座を奪い合ったリーシャと母親…修羅場が見て取れるようでアルベルトは身震いした。

「リーシャ様、寝たくない。朝まであなたの玉のような声を聞きたい」

だが、アルベルトにとって唯一の悦はこの二人きりの体温だけだ。リーシャの命令を聞けばまた褒美が賜られ、母の愛すらも目先の快楽には叶うはずはない。

「アルベルト」

「分かってる、いい子にしてろって言うんでしょう。ああ、こんな事ならリーシャ様なんて抱かなきゃよかった。甘い蜜をチラつかされて蜘蛛の巣に絡めとられた」

彼を抱く前の、たった一目見てやろうという好奇心は、軽薄な王子さえも殺す。

知ってしまえばもう、この巣からは逃げられないのだとアルベルトは理解していた。

「あなたたちは何故私のせいにするのでしょう」

「どうしようもない現実を前にすると、あなたのせいにしたくもなります。兄上も同じ様な事を?なんか面白いなぁ。あんまり関わりが無かったから、いつも真面目な人ってイメージで、あなたに溺れて、それをあなたのせいにしている姿、想像がつかない」

リーシャは内心、いつも犬のように尻尾を振るフェルディナンドしか知らないが…と思ったが口を噤んだ。

最近ではようやく王としての威厳も見え隠れするのに、リーシャ自身の手で壊してしまったら元も子もない。

「アルベルト、朝食は一緒に摂りましょうね」

寝てしまうのがもったいないと言わんばかりの駄々っ子に最後に与えられた楽しみ。

そう言えば、アルベルトは大人しくリーシャを抱き締め灯りを落とした。

「おやすみ、リーシャ様」

「おやすみアルベルト」

次に朝までこの身体を抱けるのはいつなのかは知らない。顔合わせの後だろうか、結婚式の少し先だろうか。

アルベルトは、細い身体を抱き竦めながらこのまま時間が止まればいいと柄にもなく夢のような事を考えていた。





アイリスは、苛立ちを顔に宿すリーシャの為に香を炊く。

少しでも、その気持ちを収められるようにと…出来る限りの奉仕だ。

フェルディナンドは、リーシャが戻るなり黙ったまま抱き竦め、リーシャが宥めようが離そうとはしない。


「フェルディナンド…いい加減離して」

「………」

「せめて、何か言いなさい。話くらい聞きますから」

どうせ、機嫌が良くない事は分かっていたがこれ程までとはリーシャも思ってはいない。

「私からしたらどちらも犬ですが、アルベルトのがまだ聞き分けがいい。アルベルト曰く真面目で清廉な兄……?嘘でしょう」

だが、その発言にさらに抱き締める腕の圧は強くなる。

「……フェルディナンド、今日はあなたと寝ますから、ね」

首筋のリーシャの香りにようやく満足したのか、フェルディナンドは膝に乗せたまま向き合った。

「リーシャ」

「…寂しかったのですか?」

そして、また向き合ったまま、きゅと抱き締める。

「昨日は眠れませんでした」

「はいはい、それは悪かったですね。今日はちゃんと寝ましょう。アルベルトの事も説得出来ましたからね」

本題を口にすると、フェルディナンドはようやくリーシャの目を見つめた。

「アルベルト…結婚すると?」

「はい、そんな事でいいのかと笑っていました」

フェルディナンドからすれば、断腸のような決断を弟は笑って承知したらしい。

それを、聞き分けの良い子だと褒められ、あの巻き毛を撫でられたのかと想像すればまたしても嫉妬が心に灯る。

「本人の以降で領地に戻り大公を下賜したのですからメレニー様は呼ばなくてもいいのでは?」

アルベルトさえ了承すればすぐにでも行われる予定であった顔合わせ。大公位に就いたメラニー元皇后と、フェルディナンド、アルベルトとリーシャという顔触れだ。

フェルディナンドは元々聞いてはいたが、考えれば考える程地獄のような組み合わせである。


「あの子の母親ですよ?私だって積極的に会いたい相手ではありませんが仕方がないでしょう」

フェルディナンドの目は嫉妬から同情や不安に変わっていく。彼女が正室になってリーシャはさぞ苦しんだと聞いたから。

「いいのです。それよりも、フェルディナンド…先が思いやられます。アルベルトと顔を合わせても間違っても威嚇しないでくださいね」

アルベルトは、自由人ではあるが褒美をチラつかされた時に志を捨てても自分の利を優先する小賢しい男だ。

それに比べ、フェルディナンドは褒美や罰をぶら下げても、自分の心のままに行動する節は否めない。

当初のリーシャの扱いやすさの順位はアルベルトとフェルディナンドで逆転していた。

「……気をつけます」

「あと…謀反についてですが、分かった事は?」


約四ヶ月前に起こった謀反、王族を王も含む五人も殺した痛ましい行為の首謀者、それをずっと探っていた。

だが探れば探る程に王宮内の不自然な隠蔽や、不穏な陰謀の影を感じてならない。

「やはり隣国の爆弾でした。この国ではあの規模の爆弾は作れません。やはり隣国が…祖国の王政を崩そうと………?」

「フェルディナンド、単純に考えてはいけません。隣国が隠しもせず国の爆弾を使うはずはないでしょう?」

リーシャの言葉に、フェルディナンドは然りと頷く。

「しかも……隣国が王政を崩す事に対するメリットが感じられません。この国では聖女信仰という強い柱によって纏まっています。資源も多くなく輸入に頼る国の内政を壊して、侵攻してもメリットがない」

頭のいい官吏達が散々意見を出し合った結論とほぼ同じリーシャのそれ。

フェルディナンドは難しい話は任せきりで、それでいいんじゃないかと肯定するだけの王であった為リーシャの思慮深さには驚いた。

「リーシャは凄いね…」

「私は、側室といっても陛下の右腕になる為に生きてきた男です。舐められたら困ります」

その気高さにふと、過去のリーシャのイメージとの違いを感じる。

悪辣で隠微で…冷酷な忘れられた側室。

「リーシャ、あなたは権力や地位に縋る人じゃないでしょう?まだ部屋で会っていただけの頃は、それも頷けた。でも、この四ヶ月のあなたを見たら、正室の地位に固執する人ではない。そして……王が捨てるわけもない。そろそろ、正室に固執したあなたが正室になる事を断ったのか教えてはくれませんか?」

リーシャは、いつも謎をまとっていた。

同じ王宮に居ても、噂くらいでしか知らない父と側室の話……そして、最愛の人の過去。


「私は、陛下に助けて頂いたのです。元々、私が騎士になりたくて王宮に来たのは知っていますね?」

「そして、父上に見初められた…と」

「違います、私を見初めたのは第一王子、ノア殿下でした」


フェルディナンドの初めて見るリーシャ。
その顔色は紙のように蒼白で…第一王子への恐怖や不安が宿った怯えた目でフェルディナンドを見据える。

「第一王子の……殿下」

「そう、謀反が無ければ次期王だった男…ノア殿下。王の最初の子で、第二王子とも歳が離れていましたから…権力は絶大でした」

「それは知っています…兄上は、この王政が盛んな国でも王に口がきける立場だと」

リーシャは、窓辺に目をやると月明かりの眩しいバルコニーへと歩みを進める。

リーシャは月が好きだった。
夜になれば同じように輝くこの月が。

「……もし私がいなくなっても、アルベルトとうまくやれるのか心配です」

「リーシャがいなくなる?」

「もしも、私が居なくなったらその事は知らせないで下さい。アルベルトを縛る鎖が無くなりますから。アルベルトに宛てがった子はとても美しく器量がいい。私の事なんてすぐに忘れるでしょう」


話のベクトルはフェルディナンドの知る由のない方向に飛んでいく。

「…っちょっと待ってください!リーシャが居なくなる?」

「あなたはメラニーを皇后にするべきですね。って言っても、いくら私が言っても聞く子じゃないか…」

「リーシャ………?」

「約束して、フェルディナンド。絶対に国の事を一番に考えると。そうしたら昔話を教えましょう」

フェルディナンドは、月明かりに曝されるリーシャを引っ張り抱き締めると話の意図を問いただそうと口を開けた。

だが、リーシャの真剣な瞳に気圧され……ただ肯定の言葉を吐いたのだ。

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