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12『フェルディナンド、また背が伸びましたか?』
◇
「どういう事ですか?」
私の齢も二十代も後半に差し掛かり、側室としても名が知れた頃。数年も陛下の元で仕事をこなす日々はあっという間に私を大人に変えた。
歩き慣れた側室宮、篭絡した官吏をアイリス経由で呼び付けようかと思っていた…何もかもが普段通りの日だったはず。
だが、そこには殿下が居た。
陛下だけが立ち入る事を許されたこの側室宮、基本的には誘惑した要人以外は踏み入る事を許されない。
「正室になるの、随分時間が掛かっていますね」
「…あなたのせいなのでしょう?」
この数年、何度も陛下は私を正室にしようと申し入れを行ったが、何らかの力が働き様々な理由で頓挫した。
表向きには、私のマリッジブルーのせいだという事になっているらしい。
私が側室として陛下の為に生きてきた数年、私の邪魔をするでもなく生きてきたこの男、やはりその執着は手放していないようだった。
第一王子のノアは、酷く狡猾に、賢く育っていき…次期王として申し分ない男に育っている。
もちろん、深い信仰心を持つ私や陛下以外の人間に対しての評価であり、私からすればこの男だけには政を任せるわけにはいかない。
「父を殺そうかとも思いましたけどねぇ、悪手ですよね。生きてる方がよっぽどあなたは僕の思い通りに動きますから」
「…あなた、今なんと……」
昔の私ではないので…手はもう震えない。
だがおかしい、周りに従者が見当たらない。
「人を呼んでも来ませんよ、この六年…いや全部で十年超か…あなたを手中に入れる為だけに生きていましたからね」
「私は陛下のものです」
「そうですか、僕だって愛してもらおうなんて思っていない。ただ、あなたを苦しめて苦しめてずっと飼い殺したい」
この男の言葉は呪詛のように私を取り巻いた。
数年、この男の事はずっと気がかりではあったから。
陛下は、この醜悪な次期王に対し何をお考えなのかは私でも知る由もない。
王子の暗殺を命じられればいつでもこの手を汚す覚悟は出来ている。
もし私がそれで死罪になろうが…この男から国を守れるならどうでもよかった。
それだけの憎悪を抱くこの男を殺さないのは、やはりそれでも陛下の嫡男であるからだ。
「帰ってください」
殿下は、私の頬に指先を這わせる。
「随分いい暮らしをしているようですね、いい部屋だ。仲のいい侍女に身体を整えさせ、愛おしい人の渡りを待つ。あの時僕が陛下に会わせなければリーシャが誰かのものになる事もなかったのに」
拳を握り込んだ。
私は…この男が怖い。
次期王として着々と王宮での幅を利かせ、その腹の中にあるのは反聖女信仰。
陛下の子であり、私への執着心を持つ男が権力すらも持ち合わせているという現実は私の身体を不安で満たす。
「ここに訪れていいのは陛下と私の侍従だけ、殿下はお帰りください」
「……ああ、それは昨日までの話です」
この国は絶対王権、いくら次期王とはいえ王に歯向かう事は死を意味する。
なのに、なのに…この男は私をベッドに倒す。
「陛下が許したのです。リーシャを好きにしていいと。あなたは本当に僕を変えていく。約十年前、僕は次期王なんて嫌でした。人前に出るのも…勉強も全部。でもあなたに出会って、相応しい男になろうと思った」
殿下は、私のシャツをはだけさせ、首に口付けを落とす。
「そして…あなたを幸せな次期王の寵妃として迎えようとすれば、あなたはその僕の愛した唇で他の男の物になると言った。その時僕は何も出来ませんでした、つまらない王政という団結力に負けて、好きな人の身体も心も父に明け渡すしかなかった」
私は抵抗が出来なかった。
陛下が私を殿下に許した…?だが、いつもいる従者が全くいないこのイレギュラーが、それが真実だと物語っている。
そのまま慈しむように身体中に口付けを落とされ、とうとう聖女の誓いを空で口ずさむ私の口唇に…殿下の唇が重なった。
「ん、ぅ」
「だから、もっともっと力を付けたのです。ヒントはあなたから貰いました。洗脳というのでしょうか、善人のふりをして…聖女の声が聞こえると吹聴し、近衛兵も騎士も個人の目を見て説き伏せた。愚王の父よりずっと、皆は僕に傾倒してくれましたよ?」
殿下の舌は私の口内を吸い、歯列をなぞると角度を変え蹂躙し、私を纏っていた服はどんどんと剥がされていく。
「事実上、この国はもう僕のものってことです。ただ…綺麗で仕方がないあなたを僕のものにしたかっただけなのに、愛憎に形を変え僕をこんな風にした。……あなたが」
「…私のせいにするな」
「まぁなんでもいい。陛下は僕にどんどん国を乗っ取られているのにも気づかず、手遅れになってから僕を罰せようとした。でも、この国にもう僕に手をかける者などいません。メレニーを殺すと耳打ちすれば、あなたを貰い受けるという話に簡単に首を振りましたよ」
下肢を広げられ、私の秘部が顕になる。
確かに湿潤ではあるが、それは陛下の為にした準備だ。
指一本触れていないのに、殿下のそこは膨らみ…自らの性器を取り出すと私の後孔に擦付ける。
「ぁ、う……」
「ああ憎い、憎い。王族も、王宮も…父もあなたも、普通に生きさせてくれなかった全てが憎い」
私の身体は、憎悪産む殿下の性器でさえも性感帯を付かれれば快楽を産む。
私だって憎い。
聖女を愚弄し、人の信仰心に泥を塗り、私を物のように自分の思い通りにしようとした。
ましてやその胃を借り権力を掴むなど。
許す事なんて出来るわけがない。
「ぅ、あ、ぁ……」
「っ、リーシャ…リーシャ、これが…君のナカ、頭がおかしくなりそうだったこの六年と半月、っ…これから君は僕のものだ……っ」
誰に抱かれても何も感じないこの心…。
それは志や目的があったから。
だがこの性交には何も無い、私がどれだけ鳴いてもこの男を悦ばせる一端にしかならず、いくら我慢しようにも凶悪なそれはごりゅごりゅと前立腺を抉る。
「ぅ、うぅ…あ、う…」
「リーシャ、リーシャ……可愛い」
「ゆる、さな……んぁ、あ…」
「ふふ……許さなくていい、一生……そう、一生」
その日、私の目的も信念もない快楽は…僕を穢したのだ。
◇
その日から、陛下が渡る事はなくなった。
しかも私は殿下の命令で側室宮から出る事は出来なくなり、彼に手懐けられた侍従は何を話しかけても私に目もやらない。
私のお抱えの侍女たちも違う仕事に就かされているのか、実家に返されたのか姿を見る事も出来ない。
特に…伯爵家から連れてきたアイリスの事は常に気に掛かるが、外にも出れない…話を聞いても貰えない私には何も持たない小鳥と同じだ。
そして…生きるのに必要な衣食住は全てこの男が私に与えた。
「リーシャ、いい子にしてた?」
「………」
「ふふ、そんな可愛くない態度を取るなら父を殺しますよ?もう誰とも会わせなくなって一年も経つのに、よくそんなに気丈でいられますね。僕なんて、弱音を吐く度に父に閉じ込められ、三日もすれば頭がおかしくなりそうただったのに」
殿下は、度々私の知らない陛下の話をした。
この男の得意な人心掌握かもしれないが、私には恨みの籠ったその顔を嘘だとは言えなかった。
朝と晩の二度、この男は側室宮に訪れる。
確かに誰とも関わりを持たず、この男の来訪だけが私にとっての刺激であればとっくに気が狂っていただろう。
今日も、食事を直接口元に持っていき親鳥のように私に与えた。
「リーシャ、美味しい?」
「殿下、陛下はお元気ですか?」
人心掌握に長けているのは、この男だけではない。この数年で培ったのは男性の悦ばせ方だけでは無かった。
私にとっての泣き所…陛下やメレニーの近況…それすらもこの静かな側室宮には届かないのだ。
私がそう問うと、殿下は愉快そうに口元に弧を描く。
「知りたい?どうしようねぇ…父はもう死んでて…とっくに僕が即位しているかもしれませんよ?ここにはそれすらも伝えぬよう言ってありますから」
その言葉に、私は取り乱したふりをした。
あくまで、本来の私であれば取ったであろう行動を予測して……。
「大丈夫、あなたが僕に陥落してその目が濁るその日まで…あれは殺さない。まぁ…それも嘘かもしれませんけどね」
殿下は笑いながら…器を置き僕を押し倒すと、大事そうに髪の毛を撫で上げ触れるだけの口付けを落とした。
「リーシャ、また夜来ますから……いい子にしてて。前みたいに僕を拒否したら、あの男の前で犯しますからね…ふふ」
そう言うと後ろ手に手を振りながら殿下が去っていく。
殿下は、近くに居るようになって知ったが、蓋を開けてみれば権力を奮う為なら努力や勉強に妥協しない男だった。
それを私に見せない所も、生きづらさが見え隠れしている。
王は生きている、殿下に事実上の王権は奪われても聖女への礼拝は欠かせていないというから陛下らしい。
そして…王の死すらも告げられないであろう私がそれを知っている理由があった。
「リーシャ様ー」
「フェルディナンド」
日中になると、この男は例の隠し通路からひょっこりと顔を出した。
昔はただ興味がなくて対処しなかったこの扉がこんなにも私にとっての利益を産むものになるとは。
初めてあった時は…まだ幼かった小さな王子……。
小さな…?
「フェルディナンド、また背が伸びましたか?」
「はい、もう百八十を越えました。私ももう十六歳なのですから、リーシャ様だって軽々と持ち上げられます」
気づけばフェルディナンドとの逢瀬も七年ほどか、凛々しく逞しく育った第五王子…少し線の細いノア殿下ともまた違う魅力のある青年だ。
「持ち上げる必要はありません…。フェルディナンド、最近陛下のご様子は?」
フェルディナンドと話していて分かったのだが、ノア殿下は私を幽閉している事をうまく隠しており、単純に陛下からの寵愛が潰えたのだと世間に思わせたらしい。
実際には、侍従さえも近寄らせず、本来殿下としか訪れる事はない立派な監禁なのだが。
たった一年で、ここは忘れられた側室宮と呼ばれているようだ。
そして、フェルディナンドにそんな真実を告げるはずもなく、私が陛下の事を聞けばフェルディナンドは何を勘違いしたのか眉を下げ黙り込んだ。
「フェルディナンド?」
「……リーシャ様、実はこの間も…この部屋に来ました。あなたは泣いていました。メレニー様が正室になったからですよね?泣くあなたなど初めて見たから…抱き締めたかった。僕なら…絶対にリーシャ様を正室にするのに…っあ!すみません、失言です…。申し訳ございません…」
私にはもちろん伝えられてはないが、陛下はメレニー様を正室にしたらしい。
フェルディナンドがいなければ私はそれを知る事も出来なかった。
愛するメレニーを正室にしたくなかった陛下…そして親友の祝福も祝う事も出来ない現状を思えば、気持ちは涙になってシーツを濡らした。
今陛下のお力は事実上殿下に奪われている。
本来なら私が正室になり、政の裏方や盾としての仕事を担うべきだった。
もう数年不在にした陛下の隣、陛下のお子がいるメレニー様がなるしかなかったのだろう。
「フェルディナンド、余計な事は考えなくていい。陛下がお元気かだけを答えなさい」
陛下の寵愛の潰えた側室から、陛下のお加減を聞かれるのはさぞ惨めに映るのだろう。
それでも私は、この男に聞かなければ陛下の生死すら知る事が出来ない。
そして、全ての交流が遮断されたこの忘れられた側室宮で私が正気でいられるのはこの男のおかげでもあった。
私への好意を隠そうともしないこの男が、私は可愛かった。
私の人生は目まぐるしかったから、特に王宮に来てからの八年…騎士になるはずだった私が陛下の側室になって…騎士になる為切った髪はもう女のように長くて…男を誘惑する表情や仕草、そんな物ばかりを得て時には人も殺めた。
殿下は私を苦しめる為に閉じ込めたのだろうが、この一年間は側室としての自分を忘れられる休息とも言える。
それも…この男、フェルディナンドのお陰。
私の唯一のフェルディナンド。
「…陛下はお元気ですよ、その、先日も…メレ二ー様のお誕生日だったので酷く幸せそうで…すみません、こんな話…」
「いいのです、陛下の事は何でも報告しなさい。さぁ…帰って。間違っても朝と晩はこの部屋に来てはいけませんよ」
数日に一度、私の楽しみが終わってしまう。
それでもフェルディナンドをノア殿下の執着には巻き込みたくはなかった。
フェルディナンドはおずおずと例の扉に帰っていく。この生活がいつまでも続かないとは分かっていたが、約二年後に終わりを告げる。
それから二年、幽閉されてからは約三年。
殿下が私に給餌し風呂に入れ、時には抱き…時には抱き締めたまま朝を迎える。
陛下の事を殺すと脅された日から私はこの男に少しは懐いた振りをしていた。
私が殿下の機嫌を損ねても、何の益もない。
むしろこの男は私が甘やかせばある程度穏やかに側室宮での時間を過ごす。
だがその日は珍しく、殿下は気が立っていた。
「リーシャ、何故あなたは…もう三年も閉じ込めているのにそんなにも気高いのですか…。三日程訪れなくてもあなたは私に縋る事もしない」
縋り付く演技は少しは見せたはずだ。
でも、私の中に咲く信仰とフェルディナンドの与える希望は目の光を奪う事をしなかった。
「殿下、私はあなたを必要としているではありませんか」
「……嘘をつくな、あなたの目は…十五年前、王宮で見た美しいあなたのままだ。もっともっと……荒み狂っていくあなたを見たかった。何があなたをそんなにも支えるのですか」
狂っているのはこの男の方。
私を痛い程に抱きしめると、ぽたりと肩口に冷たい何かが落ちる。
「…殿下、私はここに居ますよ」
ノア、この男もまた……王族という異端の中で苦しんだ一人なのだろう。
「……でももう全て終わり。リーシャ…この国は終わりです。若き愚王が即位し…こんなにも聡明な次期王がいてもこの国は終わります。私にとってはどうでもいい話ですが」
「…終わる?」
珍しく殿下の語る戯言は重みがあり、先を憂うような儚い口ぶり。
「……強かで聡明な僕でも逃げる事しか出来ない。それもいい…あなたさえ居れば。どうせあなたはこの側室宮から出れないのだから、あなただけが僕の全てです」
殿下は時々こうして酷く悲観に浸る時があった。この時もその延長なのだろうと思っていたが、その後この言葉の意味を私は深く考える事になるのだ。
約三年の幽閉、朝晩の殿下との時間と数日に一度のフェルディナンドとの逢瀬。
情報は手に入り不安はない、常に黙ったままの侍従が張り付いているから出たいとも思わなくなった。
だがそれも先程まで。
私が何の式典にも出席しない理由は、したくないからじゃない、出来ないからだ。
「……リーシャ、さま…最後の、一度だけのお願いです。来年、現皇后の息子である六番目の皇太子と共に成人の義が行われます。その時だけ…顔を見せて頂けませんか。そうしたら、僕は爵位を賜り結婚するでしょう、あなたを忘れて。お願いです」
フェルディナンドは私に懇願した。
私だって行きたくないわけじゃない、可愛いフェルディナンドの晴れ姿。
そして…三年私を支えたフェルディナンドとの別れは私にとって重くのしかかった。
陛下の顔も見たかったのもある。
自分の中ではっきりと決めていたわけではないが、もしあのまま無事に聖人の義が終わり、このたった一人の側室宮に戻ったら……あの薬、聖女の妙薬を口にしていたのかもしれない。
いつか聖女の元へ陛下が来る日を願いながら。
だがその日が来なかった事は……この国の史実を知るものなら火を見るより明らかだろう。
表には張り付いた侍従たち。
だがここから出る事が簡単だという事は知っていた。
私は…フェルディナンドの成人の義の当日、クローゼットの奥に押し込まれたモーニングに袖を通し、散々フェルディナンドが通ったその扉を…自ら潜ったのだ。
「どういう事ですか?」
私の齢も二十代も後半に差し掛かり、側室としても名が知れた頃。数年も陛下の元で仕事をこなす日々はあっという間に私を大人に変えた。
歩き慣れた側室宮、篭絡した官吏をアイリス経由で呼び付けようかと思っていた…何もかもが普段通りの日だったはず。
だが、そこには殿下が居た。
陛下だけが立ち入る事を許されたこの側室宮、基本的には誘惑した要人以外は踏み入る事を許されない。
「正室になるの、随分時間が掛かっていますね」
「…あなたのせいなのでしょう?」
この数年、何度も陛下は私を正室にしようと申し入れを行ったが、何らかの力が働き様々な理由で頓挫した。
表向きには、私のマリッジブルーのせいだという事になっているらしい。
私が側室として陛下の為に生きてきた数年、私の邪魔をするでもなく生きてきたこの男、やはりその執着は手放していないようだった。
第一王子のノアは、酷く狡猾に、賢く育っていき…次期王として申し分ない男に育っている。
もちろん、深い信仰心を持つ私や陛下以外の人間に対しての評価であり、私からすればこの男だけには政を任せるわけにはいかない。
「父を殺そうかとも思いましたけどねぇ、悪手ですよね。生きてる方がよっぽどあなたは僕の思い通りに動きますから」
「…あなた、今なんと……」
昔の私ではないので…手はもう震えない。
だがおかしい、周りに従者が見当たらない。
「人を呼んでも来ませんよ、この六年…いや全部で十年超か…あなたを手中に入れる為だけに生きていましたからね」
「私は陛下のものです」
「そうですか、僕だって愛してもらおうなんて思っていない。ただ、あなたを苦しめて苦しめてずっと飼い殺したい」
この男の言葉は呪詛のように私を取り巻いた。
数年、この男の事はずっと気がかりではあったから。
陛下は、この醜悪な次期王に対し何をお考えなのかは私でも知る由もない。
王子の暗殺を命じられればいつでもこの手を汚す覚悟は出来ている。
もし私がそれで死罪になろうが…この男から国を守れるならどうでもよかった。
それだけの憎悪を抱くこの男を殺さないのは、やはりそれでも陛下の嫡男であるからだ。
「帰ってください」
殿下は、私の頬に指先を這わせる。
「随分いい暮らしをしているようですね、いい部屋だ。仲のいい侍女に身体を整えさせ、愛おしい人の渡りを待つ。あの時僕が陛下に会わせなければリーシャが誰かのものになる事もなかったのに」
拳を握り込んだ。
私は…この男が怖い。
次期王として着々と王宮での幅を利かせ、その腹の中にあるのは反聖女信仰。
陛下の子であり、私への執着心を持つ男が権力すらも持ち合わせているという現実は私の身体を不安で満たす。
「ここに訪れていいのは陛下と私の侍従だけ、殿下はお帰りください」
「……ああ、それは昨日までの話です」
この国は絶対王権、いくら次期王とはいえ王に歯向かう事は死を意味する。
なのに、なのに…この男は私をベッドに倒す。
「陛下が許したのです。リーシャを好きにしていいと。あなたは本当に僕を変えていく。約十年前、僕は次期王なんて嫌でした。人前に出るのも…勉強も全部。でもあなたに出会って、相応しい男になろうと思った」
殿下は、私のシャツをはだけさせ、首に口付けを落とす。
「そして…あなたを幸せな次期王の寵妃として迎えようとすれば、あなたはその僕の愛した唇で他の男の物になると言った。その時僕は何も出来ませんでした、つまらない王政という団結力に負けて、好きな人の身体も心も父に明け渡すしかなかった」
私は抵抗が出来なかった。
陛下が私を殿下に許した…?だが、いつもいる従者が全くいないこのイレギュラーが、それが真実だと物語っている。
そのまま慈しむように身体中に口付けを落とされ、とうとう聖女の誓いを空で口ずさむ私の口唇に…殿下の唇が重なった。
「ん、ぅ」
「だから、もっともっと力を付けたのです。ヒントはあなたから貰いました。洗脳というのでしょうか、善人のふりをして…聖女の声が聞こえると吹聴し、近衛兵も騎士も個人の目を見て説き伏せた。愚王の父よりずっと、皆は僕に傾倒してくれましたよ?」
殿下の舌は私の口内を吸い、歯列をなぞると角度を変え蹂躙し、私を纏っていた服はどんどんと剥がされていく。
「事実上、この国はもう僕のものってことです。ただ…綺麗で仕方がないあなたを僕のものにしたかっただけなのに、愛憎に形を変え僕をこんな風にした。……あなたが」
「…私のせいにするな」
「まぁなんでもいい。陛下は僕にどんどん国を乗っ取られているのにも気づかず、手遅れになってから僕を罰せようとした。でも、この国にもう僕に手をかける者などいません。メレニーを殺すと耳打ちすれば、あなたを貰い受けるという話に簡単に首を振りましたよ」
下肢を広げられ、私の秘部が顕になる。
確かに湿潤ではあるが、それは陛下の為にした準備だ。
指一本触れていないのに、殿下のそこは膨らみ…自らの性器を取り出すと私の後孔に擦付ける。
「ぁ、う……」
「ああ憎い、憎い。王族も、王宮も…父もあなたも、普通に生きさせてくれなかった全てが憎い」
私の身体は、憎悪産む殿下の性器でさえも性感帯を付かれれば快楽を産む。
私だって憎い。
聖女を愚弄し、人の信仰心に泥を塗り、私を物のように自分の思い通りにしようとした。
ましてやその胃を借り権力を掴むなど。
許す事なんて出来るわけがない。
「ぅ、あ、ぁ……」
「っ、リーシャ…リーシャ、これが…君のナカ、頭がおかしくなりそうだったこの六年と半月、っ…これから君は僕のものだ……っ」
誰に抱かれても何も感じないこの心…。
それは志や目的があったから。
だがこの性交には何も無い、私がどれだけ鳴いてもこの男を悦ばせる一端にしかならず、いくら我慢しようにも凶悪なそれはごりゅごりゅと前立腺を抉る。
「ぅ、うぅ…あ、う…」
「リーシャ、リーシャ……可愛い」
「ゆる、さな……んぁ、あ…」
「ふふ……許さなくていい、一生……そう、一生」
その日、私の目的も信念もない快楽は…僕を穢したのだ。
◇
その日から、陛下が渡る事はなくなった。
しかも私は殿下の命令で側室宮から出る事は出来なくなり、彼に手懐けられた侍従は何を話しかけても私に目もやらない。
私のお抱えの侍女たちも違う仕事に就かされているのか、実家に返されたのか姿を見る事も出来ない。
特に…伯爵家から連れてきたアイリスの事は常に気に掛かるが、外にも出れない…話を聞いても貰えない私には何も持たない小鳥と同じだ。
そして…生きるのに必要な衣食住は全てこの男が私に与えた。
「リーシャ、いい子にしてた?」
「………」
「ふふ、そんな可愛くない態度を取るなら父を殺しますよ?もう誰とも会わせなくなって一年も経つのに、よくそんなに気丈でいられますね。僕なんて、弱音を吐く度に父に閉じ込められ、三日もすれば頭がおかしくなりそうただったのに」
殿下は、度々私の知らない陛下の話をした。
この男の得意な人心掌握かもしれないが、私には恨みの籠ったその顔を嘘だとは言えなかった。
朝と晩の二度、この男は側室宮に訪れる。
確かに誰とも関わりを持たず、この男の来訪だけが私にとっての刺激であればとっくに気が狂っていただろう。
今日も、食事を直接口元に持っていき親鳥のように私に与えた。
「リーシャ、美味しい?」
「殿下、陛下はお元気ですか?」
人心掌握に長けているのは、この男だけではない。この数年で培ったのは男性の悦ばせ方だけでは無かった。
私にとっての泣き所…陛下やメレニーの近況…それすらもこの静かな側室宮には届かないのだ。
私がそう問うと、殿下は愉快そうに口元に弧を描く。
「知りたい?どうしようねぇ…父はもう死んでて…とっくに僕が即位しているかもしれませんよ?ここにはそれすらも伝えぬよう言ってありますから」
その言葉に、私は取り乱したふりをした。
あくまで、本来の私であれば取ったであろう行動を予測して……。
「大丈夫、あなたが僕に陥落してその目が濁るその日まで…あれは殺さない。まぁ…それも嘘かもしれませんけどね」
殿下は笑いながら…器を置き僕を押し倒すと、大事そうに髪の毛を撫で上げ触れるだけの口付けを落とした。
「リーシャ、また夜来ますから……いい子にしてて。前みたいに僕を拒否したら、あの男の前で犯しますからね…ふふ」
そう言うと後ろ手に手を振りながら殿下が去っていく。
殿下は、近くに居るようになって知ったが、蓋を開けてみれば権力を奮う為なら努力や勉強に妥協しない男だった。
それを私に見せない所も、生きづらさが見え隠れしている。
王は生きている、殿下に事実上の王権は奪われても聖女への礼拝は欠かせていないというから陛下らしい。
そして…王の死すらも告げられないであろう私がそれを知っている理由があった。
「リーシャ様ー」
「フェルディナンド」
日中になると、この男は例の隠し通路からひょっこりと顔を出した。
昔はただ興味がなくて対処しなかったこの扉がこんなにも私にとっての利益を産むものになるとは。
初めてあった時は…まだ幼かった小さな王子……。
小さな…?
「フェルディナンド、また背が伸びましたか?」
「はい、もう百八十を越えました。私ももう十六歳なのですから、リーシャ様だって軽々と持ち上げられます」
気づけばフェルディナンドとの逢瀬も七年ほどか、凛々しく逞しく育った第五王子…少し線の細いノア殿下ともまた違う魅力のある青年だ。
「持ち上げる必要はありません…。フェルディナンド、最近陛下のご様子は?」
フェルディナンドと話していて分かったのだが、ノア殿下は私を幽閉している事をうまく隠しており、単純に陛下からの寵愛が潰えたのだと世間に思わせたらしい。
実際には、侍従さえも近寄らせず、本来殿下としか訪れる事はない立派な監禁なのだが。
たった一年で、ここは忘れられた側室宮と呼ばれているようだ。
そして、フェルディナンドにそんな真実を告げるはずもなく、私が陛下の事を聞けばフェルディナンドは何を勘違いしたのか眉を下げ黙り込んだ。
「フェルディナンド?」
「……リーシャ様、実はこの間も…この部屋に来ました。あなたは泣いていました。メレニー様が正室になったからですよね?泣くあなたなど初めて見たから…抱き締めたかった。僕なら…絶対にリーシャ様を正室にするのに…っあ!すみません、失言です…。申し訳ございません…」
私にはもちろん伝えられてはないが、陛下はメレニー様を正室にしたらしい。
フェルディナンドがいなければ私はそれを知る事も出来なかった。
愛するメレニーを正室にしたくなかった陛下…そして親友の祝福も祝う事も出来ない現状を思えば、気持ちは涙になってシーツを濡らした。
今陛下のお力は事実上殿下に奪われている。
本来なら私が正室になり、政の裏方や盾としての仕事を担うべきだった。
もう数年不在にした陛下の隣、陛下のお子がいるメレニー様がなるしかなかったのだろう。
「フェルディナンド、余計な事は考えなくていい。陛下がお元気かだけを答えなさい」
陛下の寵愛の潰えた側室から、陛下のお加減を聞かれるのはさぞ惨めに映るのだろう。
それでも私は、この男に聞かなければ陛下の生死すら知る事が出来ない。
そして、全ての交流が遮断されたこの忘れられた側室宮で私が正気でいられるのはこの男のおかげでもあった。
私への好意を隠そうともしないこの男が、私は可愛かった。
私の人生は目まぐるしかったから、特に王宮に来てからの八年…騎士になるはずだった私が陛下の側室になって…騎士になる為切った髪はもう女のように長くて…男を誘惑する表情や仕草、そんな物ばかりを得て時には人も殺めた。
殿下は私を苦しめる為に閉じ込めたのだろうが、この一年間は側室としての自分を忘れられる休息とも言える。
それも…この男、フェルディナンドのお陰。
私の唯一のフェルディナンド。
「…陛下はお元気ですよ、その、先日も…メレ二ー様のお誕生日だったので酷く幸せそうで…すみません、こんな話…」
「いいのです、陛下の事は何でも報告しなさい。さぁ…帰って。間違っても朝と晩はこの部屋に来てはいけませんよ」
数日に一度、私の楽しみが終わってしまう。
それでもフェルディナンドをノア殿下の執着には巻き込みたくはなかった。
フェルディナンドはおずおずと例の扉に帰っていく。この生活がいつまでも続かないとは分かっていたが、約二年後に終わりを告げる。
それから二年、幽閉されてからは約三年。
殿下が私に給餌し風呂に入れ、時には抱き…時には抱き締めたまま朝を迎える。
陛下の事を殺すと脅された日から私はこの男に少しは懐いた振りをしていた。
私が殿下の機嫌を損ねても、何の益もない。
むしろこの男は私が甘やかせばある程度穏やかに側室宮での時間を過ごす。
だがその日は珍しく、殿下は気が立っていた。
「リーシャ、何故あなたは…もう三年も閉じ込めているのにそんなにも気高いのですか…。三日程訪れなくてもあなたは私に縋る事もしない」
縋り付く演技は少しは見せたはずだ。
でも、私の中に咲く信仰とフェルディナンドの与える希望は目の光を奪う事をしなかった。
「殿下、私はあなたを必要としているではありませんか」
「……嘘をつくな、あなたの目は…十五年前、王宮で見た美しいあなたのままだ。もっともっと……荒み狂っていくあなたを見たかった。何があなたをそんなにも支えるのですか」
狂っているのはこの男の方。
私を痛い程に抱きしめると、ぽたりと肩口に冷たい何かが落ちる。
「…殿下、私はここに居ますよ」
ノア、この男もまた……王族という異端の中で苦しんだ一人なのだろう。
「……でももう全て終わり。リーシャ…この国は終わりです。若き愚王が即位し…こんなにも聡明な次期王がいてもこの国は終わります。私にとってはどうでもいい話ですが」
「…終わる?」
珍しく殿下の語る戯言は重みがあり、先を憂うような儚い口ぶり。
「……強かで聡明な僕でも逃げる事しか出来ない。それもいい…あなたさえ居れば。どうせあなたはこの側室宮から出れないのだから、あなただけが僕の全てです」
殿下は時々こうして酷く悲観に浸る時があった。この時もその延長なのだろうと思っていたが、その後この言葉の意味を私は深く考える事になるのだ。
約三年の幽閉、朝晩の殿下との時間と数日に一度のフェルディナンドとの逢瀬。
情報は手に入り不安はない、常に黙ったままの侍従が張り付いているから出たいとも思わなくなった。
だがそれも先程まで。
私が何の式典にも出席しない理由は、したくないからじゃない、出来ないからだ。
「……リーシャ、さま…最後の、一度だけのお願いです。来年、現皇后の息子である六番目の皇太子と共に成人の義が行われます。その時だけ…顔を見せて頂けませんか。そうしたら、僕は爵位を賜り結婚するでしょう、あなたを忘れて。お願いです」
フェルディナンドは私に懇願した。
私だって行きたくないわけじゃない、可愛いフェルディナンドの晴れ姿。
そして…三年私を支えたフェルディナンドとの別れは私にとって重くのしかかった。
陛下の顔も見たかったのもある。
自分の中ではっきりと決めていたわけではないが、もしあのまま無事に聖人の義が終わり、このたった一人の側室宮に戻ったら……あの薬、聖女の妙薬を口にしていたのかもしれない。
いつか聖女の元へ陛下が来る日を願いながら。
だがその日が来なかった事は……この国の史実を知るものなら火を見るより明らかだろう。
表には張り付いた侍従たち。
だがここから出る事が簡単だという事は知っていた。
私は…フェルディナンドの成人の義の当日、クローゼットの奥に押し込まれたモーニングに袖を通し、散々フェルディナンドが通ったその扉を…自ら潜ったのだ。
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